追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

叫びと解説と、


「――は?」

 俺は人への好き嫌いに関しては、割と選り好みする。
 ただ明確に嫌いとハッキリ言える相手はそれほど多くは無い。
 例えば父と母は嫌いと言えば嫌いではあるが、どちらかというと苦手、という分類に当てはまる。シッコク兄やロイロ姉も同じように苦手だ。
 嫌いな相手と言えば、苦手というより嫌いが若干先行する、身分のみでなにもせず贅を尽くす貴族と、貴族を犠牲を当然と思い受け身になる存在か。
 今は記憶が曖昧だが、嫌いと言える中で一番嫌いなのは前世の母だ。アレを超えるのは滅多に無いだろう。アレはある意味での教師である。

 そしてもう一人、明確に嫌いと言える相手いる。

 クロ・ハートフィールドとして生を受け、友人になった相手を道具かの様に扱った男。
 同級生として何度も学園内で見かけ、眺めて行く内にある意味での前世の母と似ており、元々苦手であったがとある事で嫌いになった男。
 似たような身長、似たような体格。赤い髪に、王族特有の紫の瞳。俺をシキに送り、あらゆる悪評を流す小物。

「カーマイン……!?」

 カーマイン・ランドルフがそこには居た。
 誰にも入れないはずの空間に、まるで食事処に入って中の会話に参加したかのような気軽さで、俺達の前に現れた。

「久しぶりだなぁ、クロ・ハートフィールド。直接話すのは、オマエに殴られて以来になるだろうか」

 薄っぺらい笑顔に、こちらを見通し自然に見下すような声色。
 自身がタンやテラコッタの生死に関わり、俺が憎しみを抱いている事を認識している上での話し方だ。

――落ち着け。

 故に俺はこの男をに対して怒りを見せてはならない。
 ヴァーミリオン殿下のこの魔法についての説明が確かならば、この空間に入って来れる者はこの男以外には居ない。そしてこの空間に居るのは俺とヴァーミリオン殿下とこの男のみだ。
 つまりは分かりやすく無防備。そんな状態でこの男が、閉じ込められ不安な状況を作ったと明言している状態で俺の前に無策で現れるはずがない。故に落ち着こうと内心で努めた。

「カーマイン兄さん、何故貴方が此処に? 助けに来た、という事ではなさそうですが」
「うん、その通りだとも我が弟よ。咄嗟に身構え兄であろうと俺を拘束しようとする構え。優秀な判断能力を持ち、兄は喜ばしいぞ」

 冷静でいるのに精一杯で言葉をすぐに紡ぐ余裕が無いと思われたのか、ヴァーミリオン殿下は俺を一瞬見てから代わりに問い質した。
 それに対しカーマインはこの空間をコツコツと音を立てながら歩き、無防備な姿を見せながら移動する。

「お答えください、カーマイン兄さん。この状況を作ったのが貴方なのですか?」
「まったく、全て問い質せば答えが返って来ると思うのは良くないぞ。お前は私より濃い王族の血を引いているんだ。王族らしく自分で答えを見つけてはどうだ?」

 濃い王族の血。つまりはヴァーミリオン殿下達の親御さんに付いて言っているのだろうが……濃い血、というのは両親ともに王族であるという事を言っているのか。カーマインの母親は王族ではあるが、嫁いできた貴族であるからな。

「……お答えください、兄さん」
「まぁ良いだろう。愚弟の問いに答えてやるのも愚兄の務めだ」

 そして両親の事を言うとヴァーミリオン殿下に対する煽りとなると分かって、わざわざ濃いなんて言ったであろうカーマインは、立ち止まるとこちらを振り向く事無く手を広げた。

「私だよ。シキで起こしている状況全てがね」

 そしてカーマインが向いている方向の空中に、複数の“画面”が映し出された。
 それはこの世界には無い技術であり、俺が前世でよく見る様な光景でもあるモノ。

「これは今のシキの状況だ。魔力を通した動物が見たモノをここに映しているんだ。凄い魔法だろう?」

 いわゆる監視カメラのライブ映像かのような、現在のシキのとある場面であった。
 そして映っているのは……夜であるにも関わらず赤く空間を照らしている火事や、何名もの人達がなんらかの戦闘を受け倒れ伏しているシキの姿であった。

「――これは」

 これはなんだ。
 今のシキの状況? これが?
 なにを言っているんだ、この男は?

「兄さん、なにを言っているんです。このような、」
「このような、別の場所にある現在を映し出す魔法は既に目の前にあるんだ。否定をする前に把握に努めたらどうだ愚弟よ」
「っ……だとしてもこの状況を作り出しているのが兄さんとは……何故ですか?」
「何故、と来たか。まぁその問いに答えるのは良いが、その前にあの画面を見なさい」

 カーマインに言われ、ヴァーミリオン殿下と……俺もその指が差された方の画面を見る。
 そこに映っていたのは、火事にはなっていないが木々に囲まれた、俺の屋敷から比較的近い場所にある場所で――

――グレイにハクさん……?

 その場所がめんに映っているのは、俺達を教会に呼びに来た格好とは違うハクさんと、ハクさんに抑えつけられ、身動きが取れない状態のグレイ。
 グレイはなにかに苦しむ様な、絶望するような表情でいて。
 ハクさんは何処か楽しそうな表情でグレイの頭を掴み、なにかを強制的に見せつけていて。

――アプリ、コット……?

 そして、その視線の先に居るのは、いつも手入れをして綺麗で長い黒髪が首の辺りから乱雑に切られており。閉じられた右眼から血を流しているアプリコットであった。

「なに、が……?」

 アプリコットがそのような状態で居るのも、グレイが捕まっているのも、ハクさんがまるでそれを引き起こしているかのような状態なのも、なにがなんだか分からない。
 ……あの、クリームヒルト達と心底楽しそうに遊び、料理も楽しそうに作っていたハクさんが、何故……?

「おや、なにが起きているか分からないか。まぁそれも仕様が無い事だ。ではちょっと音声を出してみようか。そちらの方が臨場感も増すというモノだろう」

 カーマインはまるで無声映画よりも音有りで聞いた方が、見るのも楽しいだろうと言わんばかりに指でなにか文字を書く。

『ぁ、あああああああああああああ!?』

 そして、グレイの悲痛な叫びがこの空間に大きく響いた。
 出会った当初に前領主からの暴力によるトラウマから叫んでいたような、ここ数年では聞かなくなったグレイの恐怖を伴う叫びであった。

『ふふ、は、はは! 弟子よ、そう叫ぶモノではない。我は自ら選び、これを選んだのだ。弟子が苦しむ必要は無いのだぞ』
『ですが、アプリコット様の、目が、髪が……!』
『叫ぶではない。……命はまだあるのだ。これだけで弟子の命が守られるのならば、安いモノである。――ハクさん。分かっておろうな』
『うんうん、分かっているよ。言われた通りにしてくれてありがとう、アプリコットちゃん』

 そして次に聞こえて来た会話は、その状況を推測するには充分すぎる内容であった。
 だが同時に何故という疑問が沸き上がる。
 ハクさんがこんな事をする理由はなんだ。グレイを人質にし、アプリコットを自傷させ、そうして人質を解放しようとしている。
 実は“そういった事”が好きで、楽しむためだけにあのような事を?
 あるいは――

「ハクを操っているのは私だよ」

 あるいは、目の前にいるこの男がハクさんを――

「【落鷲の星ベガ】」
「がっ――!?」

 俺はあの状況を作り出しているのがカーマインだと分かった瞬間に、カーマインを殴――取り押さえようと動こうとしたが、それよりも早く魔法名を唱えたカーマインによって動きを封じられた。
 封じられた、というよりは重力のような負荷が急に強くなり、地面に倒れ伏しそうになり動けないという状態だ。動けない俺の視線の先でヴァーミリオン殿下がそのような状況になっているので、恐らく俺もなっているのだろう。

「そう慌てるな。まだ話は続いているんだ」

 カーマインは動きを封じられた俺達になにかをする訳でも無く、ただ話を最後まで話させてくれ、と言わんばかりにこちらを見てくる。

「ハクに関してもそうだが、先程シルバが偽者かと言ったね? それは操られている気配、つまりは魔力が無いからそう思ったのだろう。だが違うんだ。操っているが、同じ魔力だから分からなかったんだよ」
「同じ、魔力……?」
「そう。ハクは地脈の魔力、つまりは私達王族と同じ魔力を持っており、シルバもそれに準じた魔力を持っている。違いはよく調べれば分かるのだろうけど、調べなきゃ分からないほど、ね」
「まさか、それは……」
「そう、私が操っても似た魔力と処理されるようになるんだ」

 カーマインはまるで種明かしかと言うように、何故俺達が操られているかを気付かなかったかを話す。
 話すが……それはおかしい。確かに似た魔力を有していれば、対象に言霊魔法のような魔力を込めても気付くにくいかもしれない。
 だが今映っているハクさんの様に、“人質をとって、要求をする”なんて複雑な事をしようとすれば、多くの違った魔力が感じられるため確実に分かりやすくなるはずだ。
 しかも教会に来た時から操られていたとすれば、なおさら……

「二人共疑問に思っているのは分かる。コップの水に絵の具を一滴垂らすのと、海に一滴垂らすのとでは違う。母数に対しての割合が多いほど汚れあやつりやすいが、その分異物に気付きやすくなる。だがね、逆なんだよ。母数に対し少数の異物が紛れ込んでいるから分かるんだ」
「それがどうしたと――」
「っ、兄さん、まさか貴方は……!?」

 俺が分からない中、ヴァーミリオン殿下はそのヒントで答えを得たのか、信じられないかと言うような表情をとる。

「そう、一滴程度だから分かるんだ。だから全部塗り替えてやったんだよ。元の魔力が異物となる程に」
「……は?」
「何度もね、何度も何度も何度も何度も何度も。抵抗できない状態でひたすらに塗り替える。自我が壊れれば楽だ。なにせ操られてなにがなんだか分からなくなるんだからね」

 この男は、なにを言って……

「他の画面にも映っているだろう? シキで暴れようとする奴らが。アレね、ほとんどが自我なんて無いよ。私が望めば望んだとおりに動く、文字通りの傀儡さ」
「まさか、そのようにシルバやハクを……!?」
「あー、そうしようとも思ったんだが。あの二人は王族特有の魔力に近しいせいか、操れても数時間程度“私と同調し、行動するように”しか出来なかったんだよ」
「同調……?」
「しかも繰り返せば耐性がつくとも分かった。さすがは王族の魔力だ。――ああ、でもハクの方は時間切れのようだ」

 カーマインはグレイ達が映っている画面を見て、なにも言わなくなる。
 それを追うように俺達もその画面の方を見ると、そこにはまだグレイを人質に取っている状態のハクさん達が映っていた。

『しかし、何故だハクさん。……我達にあのようなモノを見せただけでなく、弟子やカナリアさんまで……』

 ……カナリア?

『我達に、なにか、恨みが……っ!』
『無理しない方が良いよ。視界も曖昧、痛みは襲い掛かって来続けている。無理に話さない方が、話さない、方、が……?』
『ハク、さん……?』
『あれ、私はなにを……なに、を……っ!?』

 ハクさんは突然楽しそうにしていた表情を止め、今目が覚めたかのように周囲を確認し、近くに居るグレイを見て、アプリコットを見る。

『あ、そうだ、私、アプリコット、を……アプリコットの髪と、目を……いや、イヤだ、なんでこんな……私、受け入れて、くれた皆と、折角、友達に、なった、のに……!?』
『ハクさん……?』
『ハク、様……?』

 そして自分がした事を理解し、目に涙が溢れ、言葉が途切れ途切れに紡がれる。恐らく過呼吸になっているのだろう。
 ……その姿はビャクと同じ姿形でありながら全く違うと言える、ある意味ではクリームヒルトと似て精神的に幼いと言えるハクさんとしての不安定な姿であり――

『いや、ぁ。――――――』

 言葉にならない叫びをあげる、痛ましいとすら言える姿であった。

「うん、良いタイミングで切れたモノだ」

 そしてその姿を見て、まるで仕事を熟した後輩を、気軽に褒めるかのように画面を眺める男が一人。

「メアリー・スーを呼び出し、連れて行き。地脈と相性が良いからアレも見せる事が出来、なによりも――」

 そして、男は俺を見る。

「クロ・ハートフィールドの息子と娘を苦しめた。いやはや、想像以上の働きぶりだ。しかも最後に良い表情と叫びを聞けた」

 この男はまさか……

「ああ、そうだ。今現在この結界を張っているシルバも良い表情を見る事が出来ると思うんだ。なにせメアリー・スーをあのような状態にしただけでなく、こうして皆を閉じ込めた。――正気を取り戻した時、あの子はどうなるんだろうね」
「お前は……」
「ん?」
「お前は、俺がそんなに憎いのか」

 この男は俺が憎いから、復讐のためにこのような事をしていると言うのか。
 俺は確かにこの男に恨まれても仕様が無い事はしている。
 学園祭で恥をかかせた。殺される寸前だった。一方的に殴った。
 俺がそのような行動をした理由はともかく、俺はこの男に恨まれる事は充分にしている。

「復讐をするのなら俺だけにしろ。他を巻き込むな。シキもあの子達もこれ以上巻き込むな。俺だけで充分だろうが!」

 だが、それで他の皆が巻き込まれる事は許してはならない。
 そんな事はあってはならないんだ。

「おいおい、勘違いしているようだな、クロ・ハートフィールド。しかも二つ」
「二つ……?」

 しかしカーマインは溜息を吐き、俺に近付いてしゃがみ目線を近付けて来た。
 それでも俺の体勢からして見下されるような形になる。

「一つはクロ・ハートフィールドだけで充分なんて事は無い。私の目的のためには、これだけで済むはずが無いだろう?」
「なに……?」

 目的。これだけ。
 まさか俺への復讐に見せかけて、実は王国への反逆を目的としているとでも言うのか。
 今現在シキには殿下達が全員そろっている。さらには学園生や軍や騎士の者も多く居る。
 それを利用し、独裁国家を作ろうとしているとでも言うのか。

「そしてもう一つ。これが重要なのだが……私はクロ・ハートフィールドを憎んでなんていないさ。これっぽっちもな」
「……は?」

 憎んでいない?
 なにを言っているんだ。俺を憎んでいるからこのような事をしているんだろう。
 恨んでいるから普段から俺に対する悪評を流しているんだろう。
 憎悪しているから普段から領主としての仕事を増やしているんだろう。
 そうでなければ、このような……

はね、クロ」

 そんな疑問を余所に、カーマインは俺を見て、

「この世で一番貴方オマエを愛している男だよ」

 と、今までにないほどのにこやかな笑顔で、言い放った。

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