追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

あの笑顔が恋しくて(:茶青)


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 運命せかいは時に幸福であり、世界うんめいは時に残酷だ。
 そんな詩的な表現を使うような光景を、私は目の当たりにしていた。

 私達学園生が使っていた屋敷だけではなく、軍や騎士の皆さんが使っていた屋敷も火事になっており。
 それをどうにかしようという皆々の喧騒が遠くで聞こえる。
 本当はそこまで遠くない場所で騒いでいるのだろうが、今の私には遥か遠くでの事のように聞こえるのだ。

「……疲れた」

 火魔法による焦げた跡。風魔法により抉られた壁。地魔法による乱れた大地。
 男が倒れ、女が倒れ、あらゆる種族、あらゆる年齢の者達が倒れ伏し、彼らに意識はなく。
 彼らの血は、溜まりはしないが浴びる程には周囲を染めており。
 とある家の裏手で私とエクル先輩以外でこの場に立つ者は、一人の少女のみ。

「クリームヒルトくん!」

 エクル先輩が彼女の名を呼ぶ。
 私達の目的の相手であり、この場で起きたであろう戦闘の後で唯一立ちつくす一人の小柄な少女。

「……あ、エクル先輩に……アッシュ君」

 普段の様に笑わない彼女は、私達を見て心を乱す事無く淡々と名を呼ぶ。
 最近少し短くなった赤が混じった金髪は所々が赤く染まり。
 透明に近い瞳は、虚ろな目をより際立出せており。
 白く小さな手は返り血で赤く染まっているだけではなく、所々が変色している。まだ大事には至らないだろうが、あのまま行けば取り返しのつかない事になるだろう。

「大丈夫かい、怪我は――」
「来ないで!」

 怪我の心配をしたエクル先輩に対し、今までにないような声で彼女は近付かない様に牽制する。
 その声にエクル先輩も私も動く事は出来ず、ただその場に立ち尽くすのみだ。

「……来ないで。お願いだから、来ないでよ……」

 消え入るような声で呟く彼女は、私達に言うと同時に自分に言い聞かせるように、私達に願っていた。

――危うい。

 いつかの私はクリームヒルト・ネフライトを危うい少女だと警戒した。
 それは明るさの中に何処か異質な、なにかを隠しているような性質モノ……誰かを見ているようで見ておらず、“そうあるべき”と言い聞かせているような感覚を覚えたからだ。
 しかしある時、それは彼女が強いようで弱い部分があったからであると気付いた。
 自分の中の正しさを否定され、実の親にも拒絶された事による自己防衛に過ぎなかったのだ。

――だが、今の彼女はその時とは違う危うさを持っている。

 それはバーガンティー殿下の利き腕を折ってしまった事に起因するのだろう。
 兄であるクロさんとは違った方面で自身を認めてくれ、好いてくれた男性を自身の手で傷付けてしまった。
 今の彼女は「自分が居ると周囲が傷付く」と思っている。自分が原因で無くとも、事実とは異なる事が有ろうとも、今の彼女はそう思い込んでいるんだ。

「……ごめんなさい。彼らはシキでクーデターを起こそうとしていた人達だよ。襲い掛かって来たから、私が倒したの。……あれ、なにかをしようとしていたから倒したんだっけ……?」

 故に不安定であり、故に脅威を振り払おうと自ら手を汚しても構わないと思っている。
 ……いつかの私がそうであったように、自己犠牲で脅威を払えるのなら問題無いと思っている。……この場合の犠牲は、自己であるから勘定に入れていないのだ。

「まぁ、いいや。実はさ、他にも潜んでいるらしいし、モンスターも居るらしいんだ。他の皆も対応しているみたいだけど……私も頑張らなくっちゃ」
「待ちなさい、クリームヒルトくん! 今以上に戦闘を繰り返せば取り返しがつかなくなる! 何処かで治療をしないと駄目だ!」
「大丈夫だよ、エクル先輩。……私は、大丈夫だから」
「クリームヒ――」

 エクル先輩が名を呼びきるよりも早く、彼女はこの場を勢いよく離れて行った。
 戦闘後の疲れがあり、148cmという小柄な体格。可憐な少女で守りたいと不思議と思わせるような華奢な外見にも関わらず、もう既に追い付けないと思ってしまうようなスピードで彼女は去って行った。

「アッシュくん、なにをしているんだ、彼女を今すぐ追わないと!」
「無駄ですよ、エクル先輩。例え追い付いた所で私達に彼女は止められません。それはエクル先輩も分かっているでしょう」
「だからって諦めたら可能性は無くなるんだ! 例え小さくとも彼女を――」
「諦めてはいません。だから今は追わないんです。……今の彼女を止められるのは、クロさんかバーガンティー殿下だけですから」
「そうかもしれないが……!」
「私だって止めたいんです。……ですが、そのために調べなくてはならないんです」
「調べる……?」

 追おうとするエクル先輩を言葉で止め、私は彼女が倒した者達へと近づく。
 私の行動に疑問と憤りを感じつつも、エクル先輩は後ろから付いて来て同じように、先程までクリームヒルトが居た足元で倒れている男を覗き込んだ。

(「どうですか?」)
(「■■、■」)
(「やはりそうですか……」)

 私は契約しているカーバンクルに気になる事を尋ね、予想通りと言える回答が返ってきた事に小さく歯噛みする。

「……アッシュくん、その倒れている男達だけど……」
「ええ、気付かれましたか」

 そして魔法に関しては今シキに居る中では誰よりも優れているだろうエクル先輩も気付いたようだ。
 先程から不思議であった。
 魔法を使った形跡はあるが、魔力を感じない。火事が起きているのに火事が起きている気配はない。
 そして先程クリームヒルトに言霊魔法が使われたと聞いたが、その残滓が見当たらない。私はローシェンナが逮捕された際に、言霊魔法の特徴を学んだにも関わらず感じられなかった。
 どれも“そういう時もある”で片付けられるようなモノではあるが、今回の場合は片付ける事は出来ない。
 何故ならば。

「彼らは、

 彼らの魔力と今のシキは、王族特有の魔力に塗り替えられている。
 理由は分からない。何故そうなっているかも今は分からない。
 だが……だが、もしかしたらという予想が一つあるのだ。

「この騒動を起こしているのは――」
「アッシュくん。……言葉にするのは事実が確定してからにした方が良い」
「……そうですね」

 恐らくエクル先輩も私と同じ予想を立てただろう。そして不用意な発言をしようとした私を諫めた。
 ……イケない。思いついた事を言おうとするとは私もまだ未熟である。
 今は私の予想を立てる事よりも、手にした情報から出来る事を行動に移す事だ。まずはクリームヒルトを止めるために、クロさんを探すかバーガンティー殿下の意識を回復させ連れて来る事を優先した方が良いだろう――

「?」
「今のは……?」

 ガコン、という音がした。
 なにかが当たったかのような、あまり良い感情は持てない鈍い音。
 場所は家の中からだ。

「…………」
「……(コクリ)」

 エクル先輩と目配せをして、黙って警戒態勢を取りながら音がした方――家の裏手の扉に近づいていく。
 エクル先輩が扉に手をかけ、力を入れると鍵がかかっていなかったのかゆっくりと開いた。

「誰か居るのですか?」

 慎重に中を覗き、中に呼びかける。
 しかし返事はなく物音もしない。
 再びエクル先輩と目を合わせ、頷き合うと中に入っていった。

――中は明るい……?

 中に入ると明るく、そして静かであった。
 これだけならばこの家の住民が火事で慌てて消火活動をしようと家を空けており、なにかの拍子に物が落ちてそれに反応した、という可能性が一番高くなるが、それを否定する要素が一つだけあった。

「……あそこだ」

 私達の死角に、誰かが居る気配があった。
 それは弱々しく、同時に先程まで居た場所のような血の臭いがする。
 先程までずっと嗅いでいたせいで上手く鼻が利かないが、それでも血があると感じる事は出来た。
 私達は警戒を抱きつつ、一歩ずつ死角が見える様な場所へと移動して行き――


「誰かいるのでしょうか――」

 運命せかいは時に幸福であり、世界うんめいは時に残酷だ。
 ……そんな詩的な表現を使うような光景を、私は再び目の当たりにした。

「――え?」

 疑問符しか出せない、間の抜けた言葉は私の口から出て来る。
 同時に私の見た光景を処理するのに時間がかかる。
 見たモノを信じられず、ただ呆然とするなど実に愚かしい事であるが、私はその御姿を見て、状況を理解するのに時間がかかってしまっていた。
 何故ここに居るのかも分からない。
 いつも姿勢が正しく、在り方はとても綺麗で。
 これが王族なのだと子供ながらに憧れた存在。
 そんな彼女が――

「――ローズ殿下!?」

 ローズ第一王女が、髪のように鮮やかで綺麗な赤で、その身を染めていた。

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