追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

忘却と記憶(:淡黄)


View.クリームヒルト


――忘れていた事がある。

 前世の幼少期。笑顔は良いモノだと聞いたからよく笑っていた。
 遊ぶ時も、クラスでなにかを作る時も、保母さんに迫っていた保父さんを相手して保母さんを守った時も、私にちょっかいを出してきた男の子達と時も。よく笑っていた。
 そうしたら周囲には何故かズレていると言われ、孤立した。
 黒兄のお陰で中学にはあまり浮かなくなり、高校の時は多くの友人もいた。同じ部活内では同級生の親友と言える存在が男女でそれぞれ一人ずついる程にもなった。
 けれど黒兄が居なくなってからは、私が亡くなるまでは明るく振舞えたけど何処か無気力になり、黒兄の声も表情も思い出となり。
 私の身に着いた生活に馴染むための振る舞いは、今世で生を受ける頃には忘れてしまっていた。

――覚えている事がある。

 つい先日の影騒動の際。私は前世の黒兄に化けた影をひたすらに殴り、周囲から避けられた。
 慣れたモノだと思っていたのだけど、あの時の私は涙が出た。多分、悲しかったんだと思う。
 けど悲しかったその時、ティー君は私を追いかけて来て、私を認めてくれた。
 あの状態の私を見ても、女の子として好きでいてくれる男の子が居てくれるという事に私は何処かで喜んでいたと思う。
 あの時の言葉、そして温かさを私は覚えている。

――忘れていた事がある。

 素を見せても男の子には好きだと言われ、黒兄のお嫁さんや同級生からも友達として認められ。
 受け入れられすぎて忘れてしまっていたんだ。
 少し考えれば思い出す事なのに。
 友達以外の学園生や、軍や騎士の方々。
 そしてなによりも、今世で私をお腹を痛めて産んでくれたお母さん怯えた目や、私に対し必死に幸せを掴んで欲しいと願ってくれた今世でのお父さんの畏怖の目。

「――化物!」

 少し考えれば思い出せたのに、必死で忘れようとしていたんだ。
 倒れ伏す十六名の【レイン】の内のリーダー格らしき男が称したように。
 どう足掻いても、どう誤魔化しても私は化物そう称されてもおかしくない存在なのだ。

――覚えている事がある。

 でも大丈夫だ。別に私はこの男に好かれたくて生きている訳じゃないんだ。
 万人に嫌われようとも、数人の受け入れてくれる人が居ればそれで良いのだと。
 愛おしい記憶をくれたのならば、記憶をくれた人を守るために私がどう称されようと良いんだ。
 大切な記憶を覚えているんだ。だから私は大丈夫。

「――で、残りは貴方だけだね。えっと……名前聞いてなかったや」
「ひ、く、来るな! お、俺は、私は……!」
「あはは、逃げようとしてどうするの。もう他は誰も起きていないのに」

 リーダー格らしき男が命令をして、一斉に襲い掛かって来た。
 人数は八人。残りは後方支援。全員がおっかない剣とか鎌とか斧とか槍とかを持っている。多分全部が魔道具だろう。動きや武器の質からして軍や騎士以上の腕を持っていたと思う。流石は腐っても王族親衛隊だ。
 それはともかく魔法を使って誰かに気付かれ、援護に来られないようにするために速攻で片をつけようと武器で殺しに来たのかもしれない。
 でも近付いてわざわざ範囲内に来たので、誰かの両膝を蹴りローで折って、別の誰かの足を払って倒した後に顔面を踏みつけ、別の誰か達の顔をそれぞれ両手で掴んで後頭部から叩き落とした。
 その辺りで援護の誰かが私の視界を封じる闇魔法を唱えたため視界が奪われたけど、嗅覚や聴覚は生きていたので瞬時に切り替え場所を把握し手近に居た誰かを投げて援護者を潰した。
 偶然私にかけた人だったので視力が回復し、その後は貫き手で心臓を突いて痙攣させたり、頸動脈を握力で絞めて失神させたりしてリーダー格らしき相手以外は全員をノックダウンさせた。

「なんで、精鋭だぞ。ここに来ている学園生ガキ共や軍や騎士の連中を相手しても大丈夫な相手を、こんな小娘に一分もかからず……!?」

 どうやら精鋭だったらしい。
 その割には違和感はあったけどそこまで強くも無かったと思う。多分神父様やスカイちゃん、そしてティー君が万全の状態なら一人でも対応できたと思うんだけど。

「あはは、精鋭かどうかなんてどうでも良いんだよ」
「ひぃっ!?」

 私は腰が抜けてまともに動けないリーダー格らしき男に近付く。
 本当はこの男にも聞く事は無かったから、さっさと倒してティー君の治療にあたりたかった。

「一つ聞きたいんだけど」

 けれど戦っている内に疑問が出来たので聞かねばならないと思った。
 先程私の視界を奪った魔法もそうだが、一つ感じた事がある。

「貴方以外のこの……精鋭達からシルバ君やハクちゃんと同じ魔力を感じるんだけど、なんで?」

 感じた事、それは戦っていた相手の魔力だ。
 このリーダー格らしき男には感じないが、全員にシルバ君やハクちゃんのようなちょっと特殊な魔力を感じた。
 けど特殊な魔力が混じっているというよりは……

「クリームヒルト、それはどういう意味だ?」

 先程の戦闘中にスカイちゃんを担ぎ守っていた神父様が、周囲の全員が気絶していることを確認して聞いて来る。

「なんと言うか、皆にシルバ君達と同じ魔力を感じたの。本人の魔力じゃないなにかが」
「それは……言霊魔法のように、操られていたという事か?」
「ううん、違うよ。特殊な魔力の中に、本来の彼らの魔力が混じっている感じ」
「どういう事だ?」

 ローシェンナ君の言霊魔法の様に、魔力を混わらせたような感じではなく、本来の魔力が特殊な魔法に置き換わっているような。
 まるで別の魔力で押しつぶし、辛うじて本来の彼らが持つ魔力が生き残っている。そのような感じだ。あくまでも直感的なモノだが。

「な、なにを馬鹿な事を言っている。こいつらは各々の意思で参加した、真に国を憂う愛国者達だ! 別の魔力で強制などするものか!」
「愛国者、ね」

 彼らが愛国者かどうかはともかく、少なくともこのリーダー格らしき男は事情を知らないようだ。
 ならば次にする事は。

「スカイちゃんやティー殿下を殺そうとした責任を負わせないと」
「え――」

 知らないのならば今は用はない。
 後は捕まえて、落ち着いた時に法的機関で情報を吐いて貰えば良い。そして法的機関に行けば私はなにも出来なくなるし、なにより今捕まえないと駄目だから――

「クリームヒルト、よせ!」
「クリームヒルト!」

 神父様の声が聞こえる。スカイちゃんの声が聞こえる。
 尻もちをついている男の顔を蹴ろうと右足を上げる私に対し、多分私を止めようとしているのだろう。けれど私はこの男を許さない。
 例えこの男達に大義があろうと、正義が有ろうと、愛国者であろうと。
 私が大切に思う相手を傷付けようとしたのは確かなのだから、それ相応の罰を与えなければならない。
 私刑は良くない事かもしれないが、

「あはは」

 悪い事をした相手なのだから、問題無いはずだ。

「クリームヒルトさん!」

 声が聞こえた。
 凛々しくて、真っ直ぐで、通りの良い綺麗な声。
 スカイちゃん達のように私を止めようと声をあげたのであろう。
 まだ火事から脳の回転が回復していないだろうに、私を心配して私の名を叫んでくれている。

――ああ、そうだ、忘れていた事があった。

 今の戦いを。返り血を浴びた私の姿を。前の様に笑う私を。
 ……ティー君に、見られているんだ。

――忘れて、いたかったなぁ。

 私はそのまま、足を男の顔面目掛けて――





備考
クリームヒルトの父(今世)
とある辺境に居る平凡な優しい父親。割とイケメン。髪の色がクリームヒルトと同じ。
クリームヒルトを大切にし、女の子として幸せを掴んで欲しかった。
しかしその願いが過去形になる様な年月と壁が今はある。
平凡が故に非凡な娘が受け入れられなかった模様。
乙女ゲーム世界だと、ルートによっては娘が国母となったりドラゴンを一撃で屠ったりとして違う意味で娘に困惑するお方。

クリームヒルトの母(今世)
とある辺境に居る平凡な優しい母親。愛嬌がある看板娘系。体格がクリームヒルトと似ている。
クリームヒルトを大切にし、女の子として幸せを掴んで欲しかった。
しかしその願いが過去形になる様な年月と壁が今はある。
娘に気持ち悪いと叫んだことに心を痛めつつも、その時の事を思い出すと恐怖してしまう。
乙女ゲーム世界だと、ルートによっては娘が貴族の妻となったり錬金魔法で国家の重要人物となったりで違う意味で娘に困惑するお方。

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