追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

思い出の花は自然と気付いて(:淡黄)


View.クリームヒルト


「……? 神父様、なにか妙な魔力を感じなかった?」

 黒兄に言われ、治療出来る相手を神父様と探し回っている中。グリーネリー先生も含め誰も対象の相手が見つからず、オーキッド君を探しに家まで再び着た後に一旦アプリコットちゃんの家に移動しておこうかと思った矢先に妙な感覚を覚えた。
 方角的と場所的には……エメラルドちゃんの薬屋さん辺りだろうか。

「妙な魔力って?」
「なんていうか……綺麗な魔法の魔力?」
「綺麗な魔法?」

 なんの魔力かは分からないが、不思議と私は綺麗な魔法の魔力に思えた。直感的というよりは、その系統の魔法だと分かる様な感じだ。
 しかし綺麗だけど醜さもあるような……なんだろう、これ。

「うーん、ちょっと分からないな。それになんか魔力の流れも読みにくいし……」
「そういえばそうだね?」

 神父様に言われ、私も周囲の魔力の流れを読む。
 魔力の流れを読むというのは、風を読むようなものだ。地水火風光闇の基本魔法や雷や錬金魔法といった魔法を唱えると、魔法が発動した箇所が魔力の色を帯びる。その色は周囲と違うので、魔力を読む事が出来るのである。
 発展すると相手が直前になんの魔法を唱えるか分かるようになったり、専用の道具を使えば個人の魔力を特定し、魔力の残りから魔法を唱えたのが誰か分かるようにもなるらしい。後者に関してはいわゆる魔力の指紋を判断する的な感じだろう。

「空気を――空気を感じるのだ――」
「……なにしているんだ、クリームヒルト?」
「魔力を感じようとしているの。私そういうのは直感的にしか分からないし」
「だとしてもその構えはなんだ」
三戦サンチンの構えっていう前世のオキナーワ発祥の基本にして究極の構えだよ」

 私は色とかそういった事は分からず、ただなんとなく「違う!」っていう感覚だけしかないけどね。
 ヴァイオレットちゃんとかメアリーちゃんとかは意識したら相手の魔力の特徴をもっと具体的に分かるらしいけど。
 ちなみに三戦サンチンの構えに関しては昔空手を習った時に教わった位で魔力感知に特に関係はない。

「興味があるな。シルバの件と地下で話す内容が終わったら教えてくれ……といっても、明日帰るのか」
「うん、そうなんだよね、寂しいなぁ。まぁシルバ君の件も多分――ん?」
「どうした?」

 魔力の流れが読みにくいというよりは、なにか別のモノに満たされているという不思議な感覚を覚えつつ。魔力とは関係無い違和感を覚えてとある方向を見る。

「なにか騒がしくない? それに……」
「……なにか妙な感覚があるな」

 方角は私達から見て風下の方向。オーキッド君の家を挟んだ、私達にとっての死角の場所……具体的には、私達調査団の内、学園生が使っている屋敷だ。

「神父様、行ってみよう」
「分かっ――」

 分かった、と神父様が言い切る前に、一つの声が私達を遮った。

「――火事だ!」







 騒ぎの方向に行くと、学園生が使っていた屋敷が燃えていた。
 煙は少ないが屋敷全体が燃えており、まさに火が回っているような状態。
 水魔法が得意な学園生や騎士や軍部の方々が必死に消火活動を行っているが、火の勢いが弱まる事は無い。私も協力出来れば良かったのだが、生憎と水魔法は苦手だ。少なくとも消火を手伝えるほどではない。
 そして同時に、何故ここまで大きくなった火事に気付かなかったのかを疑問に思う。こんな大きな火事ならば気付いてもおかしくない。しかし私達は気付かなかった。
 風上に立っていた事や、別の事に気を取られて探し回っていたせいもあるかもしれない。

――なに、この火事……!?

 この火事は違和感がある。煙が少なく、皆の協力を得た水魔法での必死の消火にも関わらず鎮火の気配がない。火は生まれ続けている。
 つまりこれは魔法による放火の可能性が高いのだ。そういった特徴を持つ火事は基本的に魔法放火犯や火の魔法陣を消せば、消火はスムーズに行く。なにせ魔力で生み出した火なのだから、供給源燃える元を無くせば消えるのだ。
 だけどこの火事に魔法の気配は感じられない。間近で見ても、感覚的にこの火には周囲の漂う空気まりょくとそう変わらないから、魔法を使っていないと分かってしまうのだ。

――いや、それよりあの中には……!

 けどこの火事の原因なんてどうでも良い。
 重要なのは、中に取り残された人が居ないかという事と――

「花が!」

 あの屋敷、私達が使っていた屋敷の中にはあの花束がある。
 先程ティー君から貰い、貰った事に対する気恥ずかしさと、誰にも見られたくない――見せたくないと思い、何故か独り占めしたかった作り物の枯れない花の花束。
 誰にも見せない様にこっそりと包み、夕ご飯前に私の荷物の中に忍ばせた花束。あれが中に……!

「クリームヒルト、入るな! 中に入ったら命に関わるぞ!」
「だって――でも――!」
「駄目だ!」


 私が花を救わなければならないと思い、フラフラと屋敷の方へと向かおうとした所を神父様に強い口調で止められる。
 ……分かっている。花のためにあの火の中に飛び込むなんて馬鹿げている事だ。仮に飛び込んで花を持って出られたとしても、ティー君には怒られるだろう。「もっと身体を大切にして下さい」と。黒兄にも怒られるかもしれない。

「えっと、そこの君! 中に残っている子とかは!」
「え!? あ、神父様。皆火が出た時に逃げたので、中には誰にも居ないと思います」
「そうか、ありがとう。……クリームヒルト」
「……はい。分かっています。中に入っても意味がないんだよね」

 しかし分かってはいるけど、あの花を失う事は嫌であったのだ。金額的にはなんて事ないけれど、他に二つとない、初めてティー君から貰ったあの花を失う事が耐えられなくて――

「――スカイ・シニストラ卿がまだ中に居る!」
「女子生徒が泊まっていた部屋だ!」

 誰が叫んだのか、何処で叫んだのか。
 それは分からなかったが、その声を聴いた瞬間に花の事を忘れ、私は屋敷の中へ入る事へと意識を向けた。

「神父様、布」
「ああ――【創造魔法:不織布クリエーション】」
「【錬金】――水に濡らして被って」
「分かった」
「え、神父様!? それに、この間のク――」

 先程まで私を止めていた神父様も、その言葉を聞いた瞬間私と一緒に駆け出した。人命がかかっているならば自身がどうなろうと助けに行く神父様らしいと言えよう。後で私共々怒られそうだ。
 先程まで神父様が中の状況を聞いていた軍部の女性も、私達の行動に驚愕して名前を呼ぶが、言い切る前に声が聞こえなくなった。
 そして走りながら作った、煙を吸い込まないようにするマスクをお互いに口に被り、私達は火がまさに紅蓮と評されるように燃える屋敷の中へと開きっぱなしだった扉を抜けて飛び込む。恐らく中に居た人達が抜け出した時に開けたままであったのだろう。

「クリームヒルト、女子生徒の部屋は!」
「二階に上って左!」

 その言葉を私は階段へと向かいながら言い、私を追う形で神父様も着いて来る。
 火は回ってはいるが、中を進むには問題無い程度の火の広がり。やはり自然現象の火事には思えないが、今は中に入っても進めるという事をラッキーだったと思うことにしよう。

「――ここ!」

 そして着いたのは私も宿泊していた屋敷の女子部屋。貴族平民関係無しに割り当てられた大部屋で、先日の影騒動以来皆と離れて寝ていた部屋だ。

――でもスカイちゃんは隣で――!

 そんな中でもメアリーちゃんを始めとして、クリ先輩などは近くで寝てくれていた。
 スカイちゃんも私に引く事無く、友達として接してくれたし、さっきの夕食前も遊んでくれた。そんな彼女が火事で命を失うなんて事、あってはならない。

「神父様、せー」
「のっ!」

 火事による風圧の影響かは分からないが、しまっていた扉を神父様とタイミングを合わせて蹴破る。

「スカイちゃん!」

 そして中に入り、スカイちゃんの名前を呼ぶ。
 一瞬中に入った時にバックドラフト現象など起きないかと最悪な中の想像をしたけど、現象は起きず、部屋の中は思ったよりも火が回っていなかった。
 これだと少ないとは言え、熱よりも煙を心配した方が良いだろう。火事場では煙の方が怖いと言うし、煙にも警戒しつつ周囲を見ると。

「けほっ、クリーム、ヒルト……? それに、神父、様……?」

 地面で苦しそうにしている、スカイちゃんを見つけた。良かった、意識はあるようだ。
 私達はその事に一瞬安堵したが、すぐに気を引き締めスカイちゃんに駆け寄った。

「大丈夫、立てるか? 立てないなら俺が運ぶぞ」
「すい、ません、力が、入らなくて……」
「分かった。担ぐぞ――【創造魔法:不織布クリエーション】――クリームヒルト!」
「了解――【錬金】――はい!」
「【水下級魔法ウォーター】……よし、これを口に」
「は、い……」

 スカイちゃんを担ぎながら神父様は再び魔法で布を作り、私がマスクへと錬金するつくりかえる。そして軽く濡らしてスカイちゃんの口へと被せた。

「神父様、窓があるけどそこから飛び降りる? 最短距離だけど」
「いや、階段はまだ十分に通れた。素直に来た道を引き返そう」
「了解。――他に逃げ遅れた人はいないかな?」

 神父様の言う通り引き返そうとし、念のため他に逃げ遅れた人が居ないかを確認する。
 スカイちゃんも当然大切だが、ここまで来て要救助者を見逃したなんてはシャレにならない。

――ここなら。

 そして同時に小さな欲が出た。
 我ながら状況に対して不謹慎だと思うが、ここが私達が泊っていた部屋――女子部屋ならば、私が置いておいた荷物もあるはずだ。
 スカイちゃんが残っているという事は、この部屋に居た子達は中に誰が居るかを確認できないままであったという事。つまり荷物を持っていく余裕はない。
 そしてもしも無事ならば、回収しておきたい。
 そんな欲を抱えつつ、他に逃げ遅れた人が居ないかという事と、私の荷物を同時に探す。

「――はい?」

 結論から言うと、私の荷物、回収したかった花はすぐ見つかった。
 ティー君の髪のような薔薇や、神父様の髪色のような色の百合や、ヴァイオレットちゃんの髪みたいに綺麗な菫、私の髪の色のようなガーベラ。
 この季節には咲かない花も含まれた、色取り取りの花はこの火事の中でも綺麗に目立っていたのだ。

「ティー君!?」

 ただしそれは、壁に寄りかかり倒れているティー君に、まるで献花のように添えられていた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品