追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

もったいない


「あ、あの、エメラルドさん……」
「なんだ。というかその呼び方なんだ」
「エメラルドさんはその、気持ち悪いとか思わないんでしょうか……」
「敬語やめろ。というかなんの話だ」

 王族を胸倉で掴む(持ちあがりはしない)という、過去の俺がどこかの第二王子や第三王子にやった事と同じ事をしているのを見ている中。何故か弱気になっているスカーレット殿下はエメラルドに尋ねる。

「同性に対して好意を抱くとか、告白するとか……気持ち悪いとか思わないの?」
「告白しておいてそれを言うのか。断って欲しかったのは分かるが、わざわざ言うとはな」

 ……断って欲しかった、か。
 エメラルドが言いたい事はなんとなく俺にも分かるが、エメラルドは多分もっとよく分かっているんだろうな。

「好きにも色んな形がある。そしてお前の好きは私にとっては許容範囲内だっただけだ」

 エメラルドは未だに胸倉を掴んだ状態で答える。いい加減離したらどうだろうか。

「それに、“そんな事は気持ち悪い”などと色眼鏡で見ていては勿体ないだろう」
「勿体ない?」
「ああ、勿体ない。万能薬は通常の視点で生を謳歌していてはとても作れるものではない。だから同性愛程度を自分に向けられた程度で、気持ち悪いと言い、見ないでいたら気付くモノも気付けないからな」
「つまり違う価値観を知るために私の好きを利用するの? わー、ひどーい」
「その通りだ。だからお前も気にするな」
「え?」

 そこまで言うとエメラルドは胸倉を離し、小さく息を吐く。

「好きなんざ色々あるんだ。一々気にしていたら勿体ない」
「でも、相手を考えない好きなんて迷惑極まりないじゃない」
「そうだな」
「そこは認めるんだ」

 まぁ相手を考えずに一方的に好きをぶつけるとかただのストーカーだしな。そこは否定してはならないだろう。
 ……そうなるとここに居るヴァーミリオン殿下もストーカーの類になるんだろうか。……上手く行っているから良いか。

「お前は自身だけではなく、ヒトの為す事の万事がどんなに心を揺るがそうとも、意味が無い虚無へと帰するものだと思っているのだろう」
「虚無主義者って言いたい訳? 生憎と私は全力で生を謳歌しているよ」
「それは諸行無常を案ずるが故に無智に振舞う事による謳歌だろう。お前は明るく振舞うのも、自らを成す要素を知るために、他者を観察するための手段に過ぎないのだろう」
「……自らの知り得ぬ事を知るために、ただ明るく振舞っていると?」
「そうだ。私が先程言ったように、今がそうであるように。言葉という象徴アイコンになんの意義があるのだとな。そしてお前は虚無主義ニヒリズムと諸行無常が合わさって面倒になっているんだよ」

――……どうしよう、彼女達がなにを言っているか分からない。

 いや、なんとなくは分かるんだ。けど選ぶ言葉が難しくて疑問符が先に出て来るんだ。
 チラリとヴァイオレットさんとヴァーミリオン殿下を見るが、なんとなく分かっている様子だ。
 ヴァイオレットさんは「そのような事を思っていたのですね……」と、自身の今まで見た来たスカーレット殿下の想いに気付けなかった事に小さく後悔しているように見える。
 ヴァーミリオン殿下はどこかで思っていた事を言語化してくれて、自分では救えなかった事を同じく後悔しているように見える。
 ……多分彼女らはなにを言っているかをちゃんと理解しているんだろうな。

「だがよく考えてみろ。例えば、何処かのいつまで初心気取ってんだと周囲が思うバカップル夫婦の事なんだが」
「クロ君達?」

 その情報で俺達夫婦を速攻で思い浮かべるのはやめて欲しい。

「見ているこっちが胸焼けするような好き同士の癖に、キスまで四ヶ月近くかかり。半年以上子供を作る行為すらもして来なかったんだぞ。夫婦の癖になにやってんだ、さっさと愛し合っとけやと思うだろう。さらには夫婦別室。馬鹿じゃないかと思うだろう」

 やかましいわ。

「話だけ聞けば仮面夫婦だの、愛し合っていないのだの思うだろう?」
「ま、まぁね?」
「だがアイツらは間違いなく好き合っている。それは疑いようもない」
「うん」
「それとアイツらは夫は暴力的で貴族の恥晒し。妻は毒婦の尻軽ビッチな公爵家の汚点と評されている」

 おい誰だヴァイオレットさんをそう評したの。
 来た時に絡んで来たとかいう騎士のヤツか? どちらしろぶっ飛ばしてやろうか。
 ……いかん、そんな事をしたらヴァイオレットさんやグレイに迷惑がかかる。落ち着け俺。

「だが、アイツらと接して別に悪い奴とは思わんだろう。少なくとも私は好ましく思っている」
「私もそうだけど……」
「所詮はそんなものだ。世間ではどう評価されようと、大事なのは主観による決め込みだ。私がそう思うんだったらそうなんだよ。私の中ではな」

 自分を悪く言われてないって、先程の告白以上になんか照れるなこれ。
 あとなんかどっかで聞いた事があるフレーズである。意味は似ているようで違うけど。

「意味なんてその者が勝手に解釈するだけだ。私はお前……スカーレットの告白に意味を見出した。私の判断で、お前を見てな。……だから気にするな」

 エメラルドは先程言った言葉を再び繰り返す。
 そして今度は大丈夫と諭すかのようにスカーレット殿下の肩に手を置く。

「私は“スカーレット”だからそう決めただけだ。そこにスカーレットが不安がるような事は一つもない」
「ぁ……」

 同性だからとか、王族だからとか関係無く。
 仲の良いスカーレットだからこそ“そう”選んだのだと、エメラルドは優しく微笑んだ。
 年齢的にも身長差的にもエメラルドの方が子供であるにも関わらず、今の二人の関係は――

「……そっか。私の今までは、意味が無かった訳じゃ無かったんだ」
「当たり前だろう。でなければお前と会話なんかするものか。嫌いな奴は適当に流すに限るからな」
「ふふ、確かに」

 なんとなくだが今の二人の関係は妹の面倒を見ているような姉妹の様に見えた。
 これからどうなるかは、彼女ら次第だろう。

――今まで、か。

 そしてこの二人を見ていると思う事がある。
 俺も今目の前に居るにそう思われていれば良いなという、希望的観測を思うのだ。

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