追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
翠から緋へ
「貴女の事が好きなの、エメラルド」
年の離れた友達と思っていた相手から。
同性からな上に、相手は王族という、本来ならこうして真正面から話す事も難しい存在からの告白。
あまりにも予想外で冗談としか思えない言葉であるが、表情や声色から冗談とはとても思えない真剣さが伝わって来る。
「――は?」
そんな告白に対しエメラルドが返した第一声は、ある意味では絶望とも取れるような声色を持つ言葉であった。
真面目に言葉を受け取ろうとした上での声であり。
聞き取れなかった訳でも無い、意味を理解した上でのいつもより声の低い疑問の声であった。
「……その返事をするために、私はその告白の真意を聞きたいのだが」
いつもの声色に戻ったが、遊びを許さない言葉をエメラルドは返す。
“スカーレットはエメラルドをどういう意味で好きなのか”
王族という立場であるが故に平民のエメラルドに対して、身分差が違えど友達として好きだからこれからもよろしくと仰々しく言っているだけなのか。
冗談で反応を見るような、試す形で言っているのか。
あるいはエメラルド自身ではなく、毒や薬といったエメラルドが得意とする分野に対して興味を持ち始め、それに対して好きだと言っているのか。
エメラルドは様々な可能性を考慮した上で、その告白の意味をどこか理解しつつも、告白の真意を尋ねた。
「……私、スカーレットは、エメラルド・キャットが好き。一人の女として、一人の女の子である貴女が好き」
「……どういう意味での、好きなんだ?」
「意味?」
「女として女である私を友人として好きなのか、あるいは――」
「恋とか、愛とか。付き合いたいという意味での、好き」
「…………」
曖昧な回答を許さずに問い詰めた結果、エメラルドにとっては恐らく当たって欲しくなかったであろう回答が返って来た。
同時に表情と声から巫山戯ているのではないという事も感じ取ったようだ。
「――――っ」
エメラルドは包帯の巻かれていない左腕で自身の前髪を掻き、どうしたら良いか分からないかと言うような仕草をとる。
エメラルドにとっては、特に覚悟を決めて受けた訳でも無い。ヴァイオレットさんに呼び出され、なんの気なしに来た程度の中での告白。
いつもの日常とは違う軍や騎士の連中が居るので自由に毒を採れずにストレスが若干溜まっている中、遊んだり世間話をする変わった友人としてしか見ていなかったであろう相手からの告白。
さらには普段は気軽に接してはいるが、付き合うという事に大きな意味を持つ相手からの、真剣な告白。
急に返答を求められるのは酷というモノかもしれない。
「……急にゴメンね。返事は今じゃなくてもいいから」
それを感じ取ったのか、スカーレット殿下も返事は今でなくて良いと告げる。
当然告白が今成功する事が好ましいが、自身を取り巻く環境や今までの間柄を考慮すれば即時の返答は難しい。
だから告白の返事は待つと告げる。
「いや、返事は今しよう」
しかしエメラルドは顔をあげ、真っ直ぐ見つめると。
「悪いが私はお前を恋愛の対象として見ていない。その想いに応える事は出来ない」
そんな回答を真っ直ぐに返す。
――スカーレット殿下……それに、エメラルド……
ふと、胸に締め付けられるような感覚を覚える。
こんな事ならやはり見るモノじゃ無かったとか、見ている方が辛いとかなんて無責任な事を言うつもりはない。俺は結局は見る事を選択し、こうなる事を予測した上で見ていたのだ。
この友人二人に対する身勝手に感じている胸の痛みは、向き合い昇華しなくてはならない痛みだ。
「…………そっか」
なにしろ告白を断られたスカーレット殿下はもっと辛いのだろうから。
断られた瞬間に唇を一瞬噛み締め、表情を崩さない様にしたスカーレット殿下は、エメラルドが困らない様にするためか困ったように微笑んだ。
「よし、言える事も言えてスッキリした! ゴメンね、エメラルド。勝手なロイヤルな告白に巻き込んで!」
そして気を使わせないようにするためか、少し大きめな声で告白失敗を気に止めていないような言葉を告げる。
結果的にそれが気を使わせる事になるかもしれない。しかし、少しでも明るくしようとしているのは、告白を断る方も辛いという言葉があるように、真剣に告白を断ってくれたエメラルドを気遣っているのだろう。
「ふふふ、一生の思い出になるよ。ロイヤルな私をフッた経験を将来的に語る事が出来るよ!」
……しかし、相手を気遣う言葉を勢いよく話す事こそが、今のスカーレット殿下の内情を悟られないようにするための行動なのかもしれない。
表情からは読み取れないが、明るさとは正反対に本心では泣きそうになっているのかもしれない。
――あるいは、なにも思わないようにしているか。
今まで以上に感情に蓋をするような、いつかの白のような本心を隠し続ける事に長けるようになるかもしれない。
スカーレット殿下の場合は白とは発生が違うだろうが、感情を出す事を恐れるようになるかもしれない。
“やはり私の想った感情は違った”のだと、どこか諦めにも似た思いを抱き、演技が上手くなって本心を曝け出す事が出来なくなるかもしれない。
どれも俺の考えすぎかもしれないが、スカーレット殿下の場合は全てがありうると、白を思い出すと、思ってしまうのだ。
「待て、勝手に言葉を続けるな。私の回答はまだ終わっていない」
俺が、あるいはヴァーミリオン殿下と俺、ヴァイオレットさんがスカーレット殿下について思っているとエメラルドはそんな事を言いだした。
「む、どうしたのエメちゃん。もしかして告白は断ったけどこれからもお友達としてお願いします的な感じかな!」
「そのシアンみたいな呼び名辞めろ、お前には似合わない。あとそれもあるが、私の話を聞けロイヤル馬鹿」
「ロイヤル馬鹿!?」
この場にグリーンさんが居なくて本当に良かった。居たら今の一言で気絶していたかもしれない。
「……いや、ロイヤル馬鹿だと一番上の殿下以外は当てはまるな。別の言い方が良いだろうか……」
大丈夫な場所だから言っているのだろうが、不敬罪当てはまらないかと俺も不安になって来た。
そして近くに居るヴァーミリオン殿下が、言葉にはしないが「俺も当てはまるのか……?」的な事を言いたそうにしているように見える。
「……まぁ良いか、話を聞けレット。生憎と私はお前を恋だとか愛だとかそんな意味では好きではない。というか私にその感情を向けている理由が分からん。同性愛はともかくとしても、九歳差の、平民痩せぎすで体がボロボロの私をだぞ?」
「いや、エメラルドは魅力的で――」
「まぁ私に惚れた要素など今はどうでも良い。お前の感情はお前にしか分からんのだろう。あるいは自身でもよく分かって無いのかもしれんが」
「……どういう事?」
「あん? お前は自分でも自分がよく分からんタイプの女だろう。“周囲の者達は自分をもっともらしい言葉で理解しているように語るのだろう? 私は私の事をよく分かっていないのに”とでもな」
「――――」
「まぁ、今の私の言葉もそれに当てはまるかもしれんし、当てはまらないかもしれんが――って、話が逸れたな。……なにを話そうとしていたんだったか」
エメラルドは腕を組み、言おうとしていた事はなんであったかと言うような考える仕草をとる。
……しかし、こう言ってはなんだがエメラルドは結構スカーレット殿下を見ていたんだな。スカーレット殿下は内心を言語化されて虚を突かれているような表情になっているし。
「そうだ。好きではない、の続きだな」
虚を突かれる中、エメラルド言おうとしていた事を思い出し腕を解く。
するとスカーレット殿下の顔を真っ直ぐ見て告白の返事の続きを言う。
「私は恋愛的にお前は好きではない。そういう目で見ようと思った事すらないからな」
「…………」
「あくまでもスカーレットは……身分差や齢の差を気にせず遊んでくれる、王族らしくないが、私としては好ましく思う友人、あるいは姉的存在としてしか見ていない」
ある意味では当然とも言える言葉。仲良く遊んだからと言って、同性相手に恋愛的に好きかもと思う事は少ないだろう。
だが何故エメラルドはわざわざそのような事を――
「だから、これからはスカーレットを恋愛対象として見ていくからよろしく頼む」
――言うのだろう、という疑問はその言葉によって打ち消された。
「……はい?」
恐らく聞いていた者達が予想外の言葉に戸惑う中、下手に声を出せない俺達を代表するかのようにスカーレット殿下は疑問符を上げる。
「ど、どういう事?」
「私は恋愛は分からん。毒に対しては興奮を覚えるので好きではあるのだろう。親父も家族としてはまぁ好きだ。だが生憎と私は恋愛的に女を好いた事も無ければ、男も好いた事は無い」
「そ、それで?」
「ようするに、今はスカーレットを恋愛的に好きか“分からない”だけだ。だから分かるために、これから“そういった目”で見ていく」
「で、でも私の告白断ったじゃん!」
「あん?」
「断ったなら私を好きじゃないから、“そういった目”で見れないから断ったんでしょ!」
うんうんと頷くエメラルドに対し、それはおかしいとスカーレット殿下は慌てた様子で突っ込んだ。
「ロイヤル阿呆かお前は」
「ロイヤル阿呆!?」
そしてエメラルドは容赦なく馬鹿にした。
「告白は確認作業じゃなく、相手に意識してもらうための行動じゃないのか? 少なくとも親父がそうであったように、告白は願うための行動だと私は思っている」
「願うため……」
告白は意識してもらおうと願うための行動。
願うからこそ叶った時に喜び、叶わなかった時に悲しむ。
「だったら今の私はスカーレットを意識した。充分に告白は成功している」
そしてスカーレット殿下が願った結果、エメラルドは今相手の想いを知ることが出来た。
つまりその後にする行動は……
「だから――」
エメラルドは言葉を区切り、スカーレット殿下へと近づき何故か胸倉を掴む。
身長や体型差から服を上にあげる程度の持ちあげだが、不思議と威圧感がある。
「意識させる事を選んだからには、一度の告白で諦める事は許さんぞ。なぁ、スカーレット・ランドルフ第二王女殿下?」
「は、はい……」
そう言って、滅多に笑わないエメラルドは営業スマイルを浮かべたのであった。
……告白された方が、告白した方を胸倉で掴んで諦めるなと言う。
こんな告白を初めて見た。
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