追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

支え合いたい(:紺+)


View.シアン


 パールちゃんが神父様……スノー兄さんの在り方を語るとすれば“壊れている”だそうだ。
 よく笑っているけど無機質で。
 日常生活は真面目という他ないけど規則的すぎて。
 皆のために料理を作るが食べている本人は美味しそうには食べず。
 誰かのために平気で命を懸ける。その際に自身の身が傷付こうとも構わない。
 これは後にクロから聞いた話なのだが、いわゆるサバイバーズ・ギルトと呼ばれる精神状態にかかっていたそうだ。モンスター被害など災害によって家族が失い、自分が生き残ってしまったと罪悪感に苛まれ、喜と楽を感じるのを封じるような状態を言うらしい。正確にはもっと違う意味らしいが。
 ともかく表面上はナイト家の長男として過ごしていたのだが、パールちゃん曰くナイト家に来て楽しそうにしている姿を見た事ないそうだ。

『まだ、まだぁ……!!』
『……そこまでだ。スノー、お前に勝ち目は……』
『まだ……まだ、死んでない。なら諦めない限り、勝ち目が無いなんて事は無い!』

 ナイト家の長男として受けさせる、当主(パールちゃん達のお父さん)直々の訓練もどんなにボロボロになろうが諦めずに立ち上がり、向かっていく。
 それは誰相手だろうと同じだったようだ。
 自分より一回り大きな大人相手でも、武器を持った相手でも、魔法に優れた相手でも。
 困っている誰かが居て、困っている相手を救うためなら立ち向かう。
 殴られても傷付いても、魔法攻撃を受けようとも。救うため、打倒するためになら何度も立ち上がる。ある時は右腕が折れてもその右腕も使って全力で殴り続けていた、なんて事もあったらしい。
 そして誰かのために誰かを救おうとしている時が、最も感情がこもっていたようだ。
 その様子は幼いパールちゃん的にも怖さを覚える程であったらしい。

『スノー兄さんは、なんで弱っちいのにオウジョウギワが悪いの?』
『ハッキリ言うなパールは……でも俺だってそこまで弱いつもりはないんだが……』
『でも、お父さんに手も足も出ないじゃない。なのになんで諦めないの?』
『うーん……強くなりたいんだよ。だから強くなるために立ち向かうんだ。弱いままだと助けられるモノも助けられないし、それこそ申し訳ないからな』
『助けたいの? ダレを?』
『え? それは皆を……』
『ミンナって、ダレ? それにダレに対して“モウシワケナイ”の?』
『誰に? …………誰だろう』

 訓練の怪我の治療をしている時、パールちゃんは精神的の強さに興味を持ち聞いてみた答えはやはりおかしかった。
 まるで誰でもないナニカを救いたがっているような、誰かを救えば過去は救われるような、空っぽな信念を感じたそうだ。
 ただそれを見て、パールちゃんは「このヒトは弱い」と子供ながらに思ったそうだ。

『ふふ、スノー兄さんがイケないんだ。スノー兄さんが強さを示して私を誘惑するから!』
『安心なさいスノー。私は貴方を逃がさないし、愉しませるからね……!』

 だけどパールちゃんのお姉さんであるミルキーホワイトちゃんは神父様を強く思い“このヒトの子供が欲しい!”と思ったらしく、性的に襲おうとしたそうだ(私はパールちゃんと姉との年齢差と神父様の出ていったのが何年前だったかを考えようとして、途中でやめた)。その際にお母さんであるオイスターホワイトさん(ちなみに今三十六歳だそうだ。娘達の年齢を考えて、母親になった日を計算しようとして、途中でやめた)も神父様を抑えたり手解きをしようと手伝ったらしい。
 それで親として良いのかと思ったのだが、なんと当主であるお父さんすら公認の夜這いであったそうだ。
 なんでも、

『娘が強いと認めた。私的には肉体面や技術面ではまだまだだと思うが、伸びしろは充分。精神面は不屈の魂を持っている。ならば強き者を残すナイト家としては問題無い』

 だそうだ。
 それで良いのか、ナイト家。もしかしてだがナイト家があまり有名じゃないのって、そういった行為で色々あったせいじゃないかとも思う。
 だけどその時神父様は。

『……俺は愛する者以外とする気はなく、特定の誰かを愛するつもりは有りません』

 と、冷たく言い放ちその場を逃れ、一年後には家を出たそうだ。
 その間の神父様はパールちゃんが話しかけると笑顔を作っていたが、文字通り“作っていた”ようでより冷たく感じたそうだ。
 だが身体や魔法といった自分を鍛える事はやめておらず、憑りつかれたように鍛錬を繰り返していたそうだ。

 誰でもない誰かを救うために。







「だからさ、神父になったのも続けられている事も驚きだけど、自然と笑って彼女も居るという事」

 パールちゃんは語り終えると、神父様がまだ居るだろう礼拝堂の方を見る。
 懐かしむような、何処か嬉しいような。そしてまだあの時のままでは無いのかと不安がるような表情だ。

「……そう。そんな過去が……」
「…………」

 そして私は一通り神父様の知らない過去を知り、えも言えぬ感情を持つ。
 私の会った時の神父様と、昔の神父様は大きく違う。
 誰かを救うために無茶をする時もあるし、損得に自身怪我などの勘定を入れていない部分はあった。だけど無機質な感情では無かったし、笑う時はキチンと笑っていた。
 料理を褒めれば喜び、私が叱ると困ったようになり、悪い相手に対し起こる事が出来、祭の時などはクロとかと一緒に楽しんだりもしていた。
 私が神父様を好きになって、上手く感情を読み取れないという事も有ったのかもしれないが……少なくとも私の印象は違う。
 当然それはお互い知らない間に神父様が出会いや成長をして変わったのかもしれないし、お互いにただの印象の問題だから“そう思った”というだけかもしれない。

「……ねぇ、パールちゃん。聞きたい事があるんだけど」

 だがパールちゃんが“壊れている”と幼いながらに思ったりするほどには、神父様の感情は無機質だったのには変わりない。

「パールちゃんは今の神父様。スノー兄さんを見て……」

 そして私はそれを聞いてどうしても聞かなくては、言わなくてはならない事がある。
 神父様の過去を知っているパールちゃんだからこそ、今の神父様を見て感じる事。
 それを今この場で確認しなければならない。

「強くなってる姿を見て子供が欲しいと迫ろうとはしない?」
「それが一番最初に心配する事なのかい?」

 なにを言う、最重要かつ最も心配な事ではないか。
 昔の神父様をパールちゃんは“信念がいから、強い男に思えなかった”ようだが、今はああして素晴らしき神父様へと昇華している。
 つまり神父様は間違いなく“強い男”なんだ。
 あまり悪くは言いたくないが、強い子を残すために子を残す事にあんなにオープンな一家のナイト家だと色々不安になるのである……!

「生憎と私の中で最も強き男はカラスバだ。それより弱い男には興味が無いから安心しろ!」
「そうなの、良かった!」
「いや、良いのかい、これ」

 良いモノは良いんだ。パールちゃんが神父様を狙わないなら良いんだ。
 なにせ神父様は断る時は断りはするが、妹との再会に油断して一服……とか有り得そうだしね。母娘で襲おうとするような一家だし。

「というか意外と言っては失礼だが……」
「どうしたシュバルツ。気になる事でも?」
「カラスバ君は魔法には優れているが、肉体的には平均程度だろう? それなのに最も強い男と思うんだね」
「カラスバは私にとって強いんだ」
「え?」
「なにせカラスバの笑顔とか優しさとかに触れると私は途端に弱くなる。あんな武器を持つカラスバは、間違いなく私にとっての最強の男だ!」
「ああ、強い云々もあるけど本当に好きなんだね、君……」

 シューちゃんの言葉には「なのに伝わりきっていないのがなんとも……」といった追加の言葉があった気がした。
 私もその意見には同意だ。いずれ伝わるとは思うが、あのすれ違いから見て時間がかかりそうである。
 そして……

「分かるよパールちゃん! 私も神父様を相手にすると途端に弱くなるの!」
「君もかい、シアン君」
「当たり前でしょ。好きな相手には基本弱くなるもんなんだよ!」
「……まぁ確かに私もヴァイスには弱いかもしれないね」

 パールちゃんの言葉もよく分かる。
 私は神父様以外の異性には誰だろうが殴れる自信があるが、神父様相手には無理だ。拳を使えたとしても弱々しいモノになるだろう。

「……本当に好きなんだな、シスターはスノー兄さんの事を。外見とか、見せかけの優しさとか表面上を好いているのではなく、今の話を聞いても好きと迷わず言えるんだな」
「? そりゃあね。確かにもう少し自分を大切にして欲しいし、昔からそうだったんだと思うと心配にもなるけど……」

 そりゃあ直して欲しい所もある。
 ヒトの話を信じすぎとか、自分が損しても引き受ける性格をどうにかして欲しいとか、理由を聞かずに「助けて欲しい」と手伝いを請われたら安易に引き受ける所とか、私が管理しないとすぐに財政難に陥るような損得勘定とか。

「でもそれを含めて今の神父様を好きになった訳だし……」

 別に完璧なんて求めていない。私だって完璧なんて程遠いし、むしろ駄目な所が多い。
 けど駄目な所以上に、良くて素敵で大好きな所がある。
 恥ずかしい時に笑う顔が愛しくて、自己犠牲というよりは自分のために誰かに優しくし、皆が明るいと自分も喜び、戦うと決めるととても強い神父様。守るために起こる顔が格好良くて、クロとの馬鹿話に結構乗り気で楽しむ所が可愛くて、カー君の女性の話に偶に顔を赤くする姿がとても可愛い神父様。
 そんな直して欲しい所より好きな所の方が何個も何個もある神父様。

『家族として、共に支え合いましょう。――俺が傍に居ますから』

 ふと、クロのイオちゃんへの告白の言葉を思い出した。
 過去を否定せず、なかった事にせず、過去を得ての今のイオちゃんと共に家族でいたいと言っていたクロ。
 あの時の言葉の意味が、今より分かった気がする。
 つまり仮に過去になにがあったとしても、私は――

「神父様は私にとって最高で最愛の男性だから、一緒に居たいと選んだんだよ」

 今の神父様の傍で家族になりたいと願い、選んだんだ。











View.スノーホワイト


 昔の話だ。
 ナイト家に居場所はないと思い、ダレかを救う事に躍起になっていた時。
 初めは冒険者になって各国でダレかを救おうと思っていたが、亡き母が俺は優しいから神父のような役割シゴトが向いているかもしれないと言われたのを思い出し、神父になろうと思った。
 冒険者にはいつでもなれるし、神父が合わなければやめれば良いと思っていた。
 そして神父になるために色々と勉強し、活動を行った。

――合わない。と心から思った。

 だが俺がしばらくして思った事は、そんな事実だけだった。
 合わない。俺に神父は合わない。
 誰かを助けたい。命を救わなければ
 生き俺はダレかを救わないと駄目なのに、神父ではダレかを救いきれない。
 言葉だけでは意味が無い。導くだけでは命は助けられない。
 だから俺は神父を目指すのを辞めようと思った。
 研修で訪れたとある地方に寄った時。俺はこのまま去ろうと決心した。

――だけど、とある少女が祈っていたのを見た。

 己が未熟さによる、信仰違反の不義に対する祈りを捧げようと深夜に訪れた礼拝堂で、少女が独りで祈りを捧げているのを見た。
 その祈る姿は今まで見て来た誰よりも綺麗で、美しかった。
 義理の妹とそう変わらない少女を見て、そんな事を思ってしまうほど綺麗だった。
 それを見てなんとなく。俺でも何故かは分からないが、クリア教を去るのは一日延ばそうと思った。

――次の日、その少女を見かけた。

 俺達が研修する間に外で皆と遊んでいた、他のシスター見習いの女の子達より髪の短い、紺色の髪の活発な少女。
 祈りを捧げている時と違い過ぎて、同一人物だと分からなかったくらいだ。
 とても楽しそうに皆と遊んでいる。
 そんな楽しそうに遊ぶ彼女の笑顔を見て、俺はこういった笑顔を守らなければならないと心に誓った。
 だからこそモンスターや犯罪者、それらの脅威から多くを救う事が出来る存在になろう。軍や騎士、教会関係者では立場が邪魔して自由に動けなくなる。だからやはり冒険者になろう。
 そう思い、今日ここを去ろうと心に誓った時。

「私はね、立派なシスターになりたい! 目の前のヒトの弱さに寄り添って、皆を守る強くて皆の居場所になれるシスターになりたいの!」

 その少女が、そんな事を言ったのを聞こえた。
 恐らく神父見習いの俺達を見て、将来的に神父となるかもしれない俺達のように、自分たちも大人になったらそうなりたいかといった類の会話をしていたのだろう。
 その内の一つが聞こえたんだと思う。

――目の前のヒト。……居場所。

 その少女達はこの地の神父に言われ別の場所へと移動したため、俺が少女達の方を見た時にはもう見えなくなっていた。
 別に少女は俺に言った訳では無い。無いのだが、その言葉が俺の中に深く突き刺さった。
 いつかパールにも言われた「誰を救いたいの?」という問い。
 俺は答えられず、答えられない理由が分からずにいたが、その言葉で理由が分かった気がした。

――……もう少し、頑張ろうかな。

 ふと、そう思った。
 神父を目指すのを辞めるのはいつでも出来る。ならもう少しだけこの道を進もうと思った。

――居場所になりたい。

 目の前のヒトを救いたいと願い、心安らぐ場所になるため、神父という道を選んだのはあの時だっただろう。

――いつか会えるかな。

 あの綺麗で活発な少女は誰かは分からなかったが、神父を続けていればいつか会えるかもしれない。
 会ったらパールと同じ年齢くらいだろうから、妹の様に思えるかもしれないな。
 そんな事を思いつつ、目の前の選んだ事を頑張り、俺にしか出来ない事をあの少女の笑顔の様に楽しみながら頑張ろう。

 そう、心に誓った。

 ……まぁ次に会う時に、祈る姿は相変わらず綺麗であったが、シスター服に深いスリットを入れてやさぐれた状態で会うとは思ってもいなかったが。





備考
Q:何故スノーホワイトがミルキーホワイトやオイスターホワイトに襲われた時の会話をパールホワイトが知っているのか。
A:後学のためその場に居たから

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