追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

落ち着くのに結構かかった(:紺)


View.シアン


「……どういう事でしょうか、神父様」

 スノー兄さん。
 パールちゃんことパールホワイトちゃんは、神父様の事をそう呼んだ。
 神父様にパールちゃんの事を話していない様に、神父様の名前は呼んだ事ないはずだ。場合によってはカラ君も名前を知らなかったかもしれないのだから。

「ええと……」
「? ……あ、そうか」

 神父様がどう説明して良いかと悩んでいる(可愛い)と、パールちゃんはなにかに気が付いたかのような表情になり、ハグされている状態から名残惜しそうに離れて私達に向き直る。

「改めまして、私の名前はパールホワイト・ナイト。男爵、ナイト家の次女であり、カラスバの妻。そう、妻!」

 男爵のナイト家……?
 ナイトというのは神父様の家名としては知っていたが、あまり聞いた事のない貴族名だ。いや、元々貴族にそんなに詳しい訳では無いけれど。
 そして自己主張が激しいなこの子。この流れで妻と二度言う必要があったのだろうか。

――そんな彼女が兄さんと呼んだとなると、神父様は貴族……?

 自己主張が激しいのはともかく、男爵家である彼女が兄と呼ぶなら自動的にそうなる。だが、この場合はクロに対してのリムちゃん達みたいな可能性もある。
 なにせ神父様は家族をモンスター被害で亡くしたと聞いている。故に教会に入って学習し、神父様としての職についているはずだ。ならば彼女は昔お世話になって兄として慕ているだけなのだろうか。だけど家名が一緒だし……

――というかスノー兄さんってなんだスノー兄さんって。

 気になる事は多いが、一番気になった所はそこだ。
 私ですら名前で呼ぶのに時間がかかったのに、こうもあっさり名前で呼ぶなんてなんていう事なんだ! ……八つ当たりはやめよう。名前で呼んだからって言いがかりにも程がある。

「そちらに居るスノー兄さん……スノーホワイト・ナイトは一応私の兄であり、幼少の頃お世話になった関係だ」
「一応?」
「あー……ほら、俺って小さい時に家族を失ったって言っただろう。その時に引き取られたのがパールの居るナイト家なんだよ」

 聞くと、神父様は幼少期に住んでいた村がモンスター被害により神父様を除いて全員亡くなった時に、引き取られたのがナイト家。
 何故引き取られたかというと、曰く神父様の生みの親がナイト家の遠縁だったそうだ。そこでパールちゃんの一家が引き取る形になり、その際にパールちゃんと知り合いになったそうだ。
 しかし家訓や生活が神父様の性に合わず、成人になる数年前には神父となるためにナイト家を出たそうだ。

「だけど一応預かりにはなっているから、ナイト姓は名乗ってはいたんだ」
「ですが私の一家はあまり教会を好いていないので、姓は名乗っても私達家族とはあまり関わらないでくれ。と言っていたよね」
「だから家族は失ってもう居ない、という説明をしていたんだ」
「だけど……スノー兄さん、神父から騎士になったの? あれ、でも神父様って言われて……」
「いや、これは――」

 成程、そういう事なんだ。
 それなら嘘とかいう訳でも無いようで安心した。複雑な事には変わりないかもしれないが、私達になにか嘘を吐いて――とかいう類じゃ無くて良かった。

「――へぇ、そうなんだ。何年もこの地で神父を……」
「ああ、お世話になっていてな。しかしお前も結婚するのか……俺に竹刀一本で挑んで、負けても涙目で何度も挑んでいたお前が、ね」
「何年前の話を言ってるの。というかスノー兄さんの大人気なく二刀流であしらわれたまま負け越したのを私は忘れてないからね」
「何年前の話を言っているんだ」

 しかしそうなると神父様も妹との数年ぶりの再会になるのか。成人前からとなると丁度十年くらいだろうか?
 ……もしかして私を妹としてしか見ていなかったのは、パールちゃんという妹がいたからなのだろうか。
 年齢的にはそう変わらないパールちゃんだが、神父様と別れたのが十年前程度だとすると八歳ほどだろうし、まさしく子供だ。
 だから私を妹と重ねて、妹を扱うのがその時から止まっていたのかもしれない。だから今まで上手く伝わらなかったんだ。そうに違いない。

「しかし……背、伸びたなぁ。昔はこんなに小さかったのに」
「そりゃあ七歳の時が最後だったからだったら伸びるよ。というか私より遥かに高いスノー兄さんに言われると嫌味にしか聞こえない。というかそっちも伸びたんじゃない?」

 しかしこうしていると性に飢えた野生獣みたいなパールちゃんだったけど、妹っぽい感じだ。いや、どちらかというと数年ぶりに再会した親戚の子、という感じだろうか。親戚とか居ないから分からないけど

「百八十丁度だよ。……ううむ、今は昔の様に頭を撫でるとなると腕を大分上げないと駄目だな……」
「そう言いながら撫でるのやめて。私もう十八なんだから」
「おおっと、ゴメン。ぐずるお前を思い出してつい、な」
「アレは子供相手に勝ちを譲らないスノー兄さんが悪い」

 それに神父様もなんだかお兄さんぽくって……

「パールもそうだが、あの一家子供でも普通に強いんだから下手をすると怪我するんだよ。だから勝って怪我させないようにするのが一番だったんだよ。それに手加減すると怒るじゃないか」
「でも二刀流で来て、片方を投げてそれを対応した所をもう片方で切りかかって来るのは卑怯だよ。さらにそれを対応できても殴って来るし」
「俺の得意魔法的に投げたりするのが一番性に合っていたからなぁ」
「だからお父様に“武器を大切に出来ない奴は強く成れるモノか”って怒られたんじゃん」
「その度にパールやミルキーは庇ってくれたな……嬉しかったし、可愛かったなぁ」
「……うっさい、昔の話」
「はは、ゴメンな」

 お兄さんぽくて、軽やかに笑って……

「あ、ミルキーホワイトは元気か?」
「ミルキー姉さんは“私達より強い夫婦に会いに行く”って言ってここ半年旅に出てるよ」
「なにしてんだ。だがアイツらしいか」
「まぁね、ミルキー姉さんは相変わらずだよ」
「はは、確かに」

 ………………。

「……神父様」
「……パール」

 楽しそうに会話をしてする二人を邪魔をしない方が良いと分かっているのだが、どうしても口を挟みたくなり、神父様の名前を呼ぶ。
 そしてそれが偶然カラ君がパールちゃんを呼ぶタイミングと重なった。

「どうしたんだ、シアン?」
「どうした、カラスバ?」

 そして同時に振り返り、互いに近付いて名前を呼んだ相手の名前を不思議そうに呼ぶ。

「…………」
「…………」
『?』

 しかしどうしたのかと問われると、なんと答えて良いかは分からない。それはカラ君も同様なようで、答えない私達に神父様とパールちゃんは疑問符を浮かべていた。
 何故かは分からない。が、楽しそうにしているのを見て……駄目な事だと分かっているのだが、どうしてもこのままにしておきたくないと思ったのだ。
 今まで私が一緒に過ごしてきた数年の中で、見た事ない表情を浮かべて会話をする神父様を見て……邪魔したくなったのだ。
 ……こんな事は駄目なのに、なんでしてしまったのだろう。

「ええと……俺は誰かの心情を読み取るのが苦手らしいから、出来れば説明してくれるとありがたいんだが……」
「どうしたんだカラスバ。いつものカラスバらしく分かりやすい説明をして欲しい」

 ほら、神父様も困っているではないか。
 パールちゃんも普段あまり見ないだろう無言の間に戸惑っているように思える。
 早く私も分からないこの状況を説明をして、困らせないようにしないと……!

「あー……ちょっと良いかな、神父君。パールホワイト君」
「む、綺麗な人、どうしたんだ?」
「ありがとう。私はシュバルツという名の商人だ。困っているようだから私からアドバイスを挟みたくてね」
「ああ、助かるよ。何故シアンはこうして――」
「はい、美ーんドーン
『のわっ!?』

 シューちゃんは呆れた様な仕草を取った後、アドバイスをすると言って私達に近付き――私とカラ君の背中を急に押した。
 結構強めに押されたので、私は神父様、カラ君はパールちゃんの方へとバランスを崩して倒れ込み、神父様達が支えた。

「な、なにを――!?」

 急な行動に抗議の視線を皆が入れようとすると、シューちゃんは相変わらず呆れたかのような表情で言葉を続けた。

「その子達、彼氏ないしは妻が異性と仲良く話して見た事のない表情をするのに嫉妬したみたいだから、一番大切なのは誰なのか言ってあげなさい」

 シューちゃんのその言葉に、私達は一瞬言葉を理解するために無言の間が出来る。

「そうか嫉妬か! はは、兄と会話をして嫉妬するのかカラスバは! 可愛いなカラスバは!」

 そして理解した瞬間、一番顔を輝かせたのはパールちゃんであった。

「い、いえ、そんな事は無いですよ。兄妹仲良くて良いと思っただけです! 私はその程度で嫉妬するほど心は狭くありません。私はどんな素の貴女も受け入れるように――」
「はは、カラスバが慌てて言い訳をするほど焦っているなんて珍しい! だが私を好きでいてくれているようで安心したぞカラスバ。やはり今すぐ子を作ろう、この場で!」
「この場でって、礼拝堂でなんて罰当たりですよ!」
「なにを言う、子孫を残すという行為を神が咎めるはず無いから、問題無い!」
「問題大アリです! ああ、もう、私の羞恥心を誤魔化そうと貴女まで恥ずかしい事を言って誤魔化そうとする必要はないんですからね!」
「む? よく分からんが、しないのか?」
「ですから、しませんし無理して言わなくて良いですから!」
「無理ってなんだ?」
「そういう風に、気遣っていないふりをして下さるのはありがたいですが……」
「うーん、この夫婦。やはり噛み合ってない。そしてこちらは……」
「…………」
「…………」
「うーん、見事に固まってるね」

 なんだか騒がしいカラ君夫婦のやり取りを見て「やれやれ」と噛み合わない夫婦を見ているシューちゃんの声を近くで聞きながら、私と神父様は妙な気まずさが流れていた。

――くっ、この状況はどうすれば良いの……!?

 私自身もシューちゃんの言葉で嫉妬していた事が分かった。
 だが分かった所でどうしろというのだろう。
 神父様に身体を支えられたままであるので上手く思考が纏まらないし、嫉妬を神父様に知られてなんだか羞恥心しか込み上げて来ない。

「ええと……嫉妬したのか、シアン」

 そして先に動いたのは神父様。
 恐る恐るといったように私に問うてきたのだが、その問いはどうかと思う。
 神父様的には感情に鈍いので、本当かどうかを知りたいだけなのだろう。
 普段であれば私はそんな神父様も好きだと思うのだろうけど、今は……

「……知りません!」

 私は顔を見られたくないと思い、神父様の胸に顔を埋めた状態で返事をした。
 そしてどうにか顔が見られても良いと思うほどに落ち着くまで、その状態でいたのであった。


「青い、春だねぇ……」

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