追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
心から本当に嬉しそうに
「ほう、こう着るモノなのか。アレだけで着るのではないのだね」
「さて、本来の指定服である背中が開いているホルターネックという奇妙な服、黒シャツ、スカートの組み合わせに戻った所で、改めて紹介と行きましょうか」
ハクさんが痴女的な格好で現れた後、すぐ様後ろで着替えさせて改めて登場してもらった。
ある意味では衝撃的な光景に観客(主に男性陣)が色々と騒ぐ中の登場。先程よりは衝撃は薄いが、それでもハクさんの再登場は盛り上がった。
『綺麗だな』
『ああ。そこはかとない色気がある』
『メアリーやシュバルツと同等の美しさだ……!』
……俺的には懐かしくも日常的な光景であったので、前世の妹の姿がここまで持て囃されるのって不思議な気分である。
むしろ性格や表情に違和感あるんだよな。流石に白も人前で好んであんな痴女的な格好はしなかったし。
「しかし素晴らしい美貌の持ち主ですね。参加は領主一家に説得されたようですが、以前からお知り合いで?」
「会ったのは最近だよ。彼らには恩義があったし、出場するのも吝かでは無かったからね」
「ほう、恩義ですか」
「私は市政に疎くてね。色々とお世話になったんだよ」
「成程、箱入りのお嬢様だったのですね」
「そう思ってくれて良いけど、自らそうと認めるのは不思議な気分だな」
市政に疎いと言うか、常識を教えるのが大変だったんだけどな。
生まれが生まれだけに基本は研究室暮らしで外の世界をあまり知らなかったらしいのもあるのだが、外での常識を教えるのが大変だった。ここ数日は外での教えはヴェールさんに任せてはいたが。
それに自身の身体、という認識もまだ曖昧なせいで羞恥心もほとんど無いので先程のような格好も平気でするし。
お陰でヴァイオレットさんに「見惚れるのは良いが、私とあまり比べないでくれ……」とか言われて大変だった。そのあと熱心にヴァイオレットさんの良さを語って事なきを得たが。
あと……ノワール学園長は彼女の事に関してヴェールさんから報告は行っているはずだが、今の応答からして、あくまでも知らない相手という体で対応しているように思える。そういう印象を周囲に与えるようにしている……という感じだろうか。
「あと、すまないね。指定の服とは聞いていたんだが、この組み合わせではなくそれぞれが単品で着るモノだと思っていたんだよ。で、先程のみを身に着けていたんだ」
「え、それはつまり場合によってはスカートだけで……」
「うん。スカート一丁のトップレスで出ようかと。シャツだとシャツだけでボトムレスだね。いやはや、現代は厳しくなったと思ったが、結局は開放的なんだなと思っていたんだがね」
「おお……若い子って怖い」
「……私は君より歳重ねていると思うけどね」
「え、なにか仰いました?」
「なんでもないよ」
もしかして今着ている組み合わせの中では、先程の格好が隠れている部分はなんとか隠れている分一番マシだったのだろうか。というかその年齢で女装して登場した司会の貴方には言われたく無かろうに。
「女性なんですから、トップレスもボトムレスも止めて下さいね。いくら箱入りだとはいえ……」
「なにを言っているんだ。男であれば女の裸体。女であれば男の裸体を見たいと思うのは知的生命体の性だろう?」
「それはそうかもしれませんが」
「ならば私はこの女性として美しき身体を持っている以上は、男性陣を喜ばせるために裸になるのがこの身体を持つ者としての義務だと思っている!」
この場にクリームヒルトが居れば「やめて!」と言って殴りかかりそうな台詞である。
「しゅ、羞恥心はないんですか!」
「? 羞恥心なぞよく分からん。というかそもそも私は服を着るのが性に合わない。やはり己が身体を誇るべきだと思うんだ。……よし、脱ごう」
「やめなさい!」
「君達だって見たいだろう!」
『おおおおおお!』
「だよね!」
「観客も貴女もやめなさい!」
確か能力とか魔力で服を形成出来るらしいので、服と言えるモノも自分の身体じゃ無いと変な感じがする、という意味なのだろうか、それを知らない観客達は盛り上がりと同時にざわつき始める。
『あれは痴女……なのだろうか』
『綺麗が故に己が身体に誇りを持っている……という事なのかな?』
『でも彼女はなにをやっても美少女というか、美しいと言うか……』
『うん。お相手願いたい……』
『同性だけど、私も……』
『無知シチュ! やっぱり無知ゆえに大胆になっている子は素晴らしい!』
『馬鹿野郎が! 恥じらいを覚えるからこそ尊く良いんだろうが!』
『そちらこそ馬鹿か! 無知に恥じらいを覚えさせていく感覚が良いんだろうが!』
最後の辺りのヤツら実は転生者だったりしないか?
「……先程の無知云々の言葉、日本からの転生者の可能性は無いか、クロ子爵」
「可能性はありますが……何故そう思われたんです?」
「……ふと思っただけだ」
何故かは分からないが、ヴァーミリオン殿下の日本に対する認識が気になるのであった。なんとなくだが日本をとてつもない変態の国とか思っていないだろうか。
――しかし、惜しいな。
ハクさんは白と同じ姿形であり、結果的にとはいえ充分に場を盛り上げている。
だが白の記憶がある俺としては、今のハクさんの“とりあえず着ている”と言った感じに着ている着こなしは……
――もったいない。
そう思わずにはいられなかった。
◆
「さぁ、美しくは在りましたが、色々と強烈であったハクさんを終え、続いていきましょう。エントリーナンバー07。美しさ、というものを想像する時。彼女を想像する者も多いのではないでしょうか。そう思わずにはいられない存在、シュバルツです!」
「ふ、真打の登場というやつだ! 君達は伝説の舞台の目撃者となる!」
『おおおおおおお!』
「…………」
「…………」
「ルーシュ殿下、ヴァーミリオン殿下。今思っている事を当てましょうか。……服をちゃんと着こなしている、ですね」
「……よく分かったなクロ子爵。フレアワンピースをとても見事に着こなして驚いている」
「こう言ってはなんだが、彼女は美しさを叫びながら、月光を浴びて自身の身体の美しさを比べるといった姿を見るからな……正直不安だったのだが」
「ルーシュ兄さんも見た事があるのですね。俺も先程のハクのように脱いでいるモノと……」
「シュバルツさんは意外とガードが堅い女性ですよ」
『え』
「信じられないかもしれませんが、彼女は普段は隠されているからこそより美しさが際立つ、というタイプですから」
「それにシアンと一緒にうちの教会に学びに来る子供達の面倒もよく見るからな。その際に肌の露出過多は良くないと言って最小限まで抑えて一緒に勉強を見たり遊んでいるし。だよなグレイ?」
「はい。そもそも彼女はあまり肌を見せない方ですよね?」
「ククク……彼女は大丈夫な相手が周囲に居る時にしか美しさを誇示しない、周囲には気を配れるタイプだよ。だからモンスターからも愛されるカリスマを持つのさ。ほら」
「?」
「さぁ、皆! 私は美しいか!」
『美しいです!』
「そうか。ではみんな一緒に、美!」
『美!』
「美、美、美!」
『美、美、美!』
「ははは、良いね君達。美しき観客達は大好きさ! しかしそう言われては仕様が無いな! サービスで色んなポーズをとろう。では、行くよ! ターン!」
『おおお!』
「私の美しさに見惚れると良い!」
『おおおお!!』
「そして君達のハートを射貫いてみせる、ぞ♡」
『おおおおお!?』
「……凄いな。先程のハク達の様に露出している訳でも無いのに、見事に観客を盛り上げている」
「どの角度から見ても美しいと称せるポーズ。計算された、というよりは状況から自然と映しいと思えるように振舞っているな」
「天性というやつなのでしょうね。……成程、これはメアリーとは違う種類で同等の美しさの権化、としか評せないものだな」
「ああ、ロボさんとは違うが同等の美しさだ」
「そうですね、ヴァイオレットさんとは種類は違いますが素晴らしき美しさです。というかなんかハートマークが見えた気がする」
「私めも見えました。そしてアプリコット様と同等の美を競う感じだと思います」
「シアンの綺麗さとは違う美しさだけど、どちらも美しく惹かれるな」
「ククク……彼女がウツブシと同等の美しさを持っているのは確かだからね」
「ニャー(訳:いや、私は美貌を持っているつもりないんだけど。あの美し過ぎる子と比べないで)」
「そういうなウツブシ。私は君の美しさにいつだって夢中なんだから」
「……ニャー(……あっそ。……ありがと)」
「ふ、ふ、ふ。審査員の諸君。美しい私を褒め称えるのは良いし、仲睦まじいのは良いのだが、その褒め方は腹立つね」
◆
ある意味では一番コンテストらしき事をして盛り上げたシュバルツさんを終え、次の参加者の紹介に移ろうとしている。
この盛り上がりぶりの後に出る参加者は大変だろうと少し同情しつつ、そろそろヴァイオレットさんではないかとも思い、そわそわする。
「さて続いてはエントリーナンバー08。参加者の中では最も小柄で、可愛らしくも美しい少女の登場です!」
そしてその紹介に、観客に妙な緊張が走ったのが分かった。
参加者の中で最も小柄。その言葉で思い浮かぶ参加者――クリームヒルトを想像したのだろう。
――……嫌な空気だ。
そしてその緊張を感じ取り、俺は内心で悪態をつく。
誰も言葉には出さないが、グレイを除く審査員も明らかに変わった空気に、俺と同じように表情を変えていたのが分かる。
学園生、軍部、騎士――恐らく影騒動でクリームヒルトがシキでした事を見た者達を主にして“嫌な”空気が出ているのが分かる。
シキの面子やアッシュ達など一部学生はその空気を緩和させようと盛り上げようと声を出してはいるが、明確に盛り下がったのが分かる。
「その透明な瞳は他に見ない美しさ。柔らかな金髪はまさに愛らしさの象徴!」
その空気を知った上で進めるしかないと分かっているだろうノワール学園長は紹介を続ける。
「…………すまないな」
空気を感じ取り、ヴァーミリオン殿下は俺の方を見て申し訳なさそうな感情を言葉と視線で示す。
クリームヒルトの兄として、妹がこのような状況の中立とうとしているのに対して謝罪をしているのだろう。そしてどうにも出来ない自身にも不甲斐なさを感じている、といった所か。
「大丈夫ですよ」
それに対し俺は大丈夫だと告げ、それ以上は言わずに次の参加者――クリームヒルトが出て来る場所に視線を向けた。
「クリームヒルトの登場で……す……?」
ヴァーミリオン殿下の心配はありがたいが、その心配はない。なにせ我が妹は――
「紹介を受けました、クリームヒルトです。皆、よろしくね」
我が妹は、その程度で怯むほどは弱くない。
「クリーム……ヒルト……?」
クリームヒルトの登場に、隣に居たヴァーミリオン殿下がまるでクリームヒルトではない誰かが登場してしまったのではないかと思ったかのように名前を呟いた。
ヴァーミリオン殿下だけではなく、他の審査員も誰が来たか分からないかのようにクリームヒルトを見ている。
――漢服か。
クリームヒルトが着ている服は、アプリコットも着こなしていた漢服。グレイが指定した、“天女のような服”だ。
淡く薄い色の布が靡く、幻想的な服装。
着るのはさほど難しくないが、着こなすには難しい服である。下手をすれば野暮ったくすらなる。
それを今のクリームヒルトは文字通り完璧に着こなしていた。
身体は華を支えるたおやかな茎のように綺麗に伸び。
さり気ない化粧は服の良さを立たせながらも自身の素地の良さを活かし。
吹く風を操っているかと思えるほど自然な仕草で服を靡かせ。
浴びる太陽の光が、スポットライトを当てているかのように髪や布を輝かせる。
まるで自然を動かして、あるいは自然と一体化しているかのようにクリームヒルトは登場したのだ。
『……凄い』
先程シアンが登場した時の様に、観客からそんな声が漏れ出た。
綺麗や美しいとは違う種類の賛辞の言葉。クリームヒルトには届かないような声量と場所から呟かれた言葉であった。
「……ふぅ」
そして登場したクリームヒルトは、先程までの盛り上がりとは違う様子を感じ取りながら小さく息を吐いた。
「ノワール学園長先生、どうしたのかな」
「……あ。も、申し訳ない。言葉を失ってしまっていたよ、司会者として失格だ」
「あはは、早めに終わらせよっか。(……やっぱり盛り下がったみたいだからね)」
そしてすぐさま持ち直し、誰にも聞こえない声で盛り下がったかと言うような事を呟いていた。
――違うぞクリームヒルト。
今のこの会場は盛り下がっている訳では無い。
普段見ない服を着こなして、普段の様子からは想像できない程に、モデルであり参加者であるクリームヒルトに皆が圧倒されているんだ。
着ているだけではなく、着こなしているクリームヒルトに見惚れていたんだ。
シュバルツさんとは違う系統なだけで、今のクリームヒルトは間違いなく――
「クリームヒルトさん!」
と、俺がどうにかしてクリームヒルトに言葉を伝えようとした時。
俺よりも早くクリームヒルトの名を観客席から少し外れた場所で叫んだ一人の少年が居た。
「……ティー殿下?」
先程のミスターコンテストに出場した時と同じ燕尾服に白手袋をした、赤色の髪に、王族特有の紫の瞳を持つ少年。
その少年の叫びに、クリームヒルトは早く進めようとしていた動きを止め、声がした方を向く。
そしてその少年は、ステージに立つクリームヒルトに対して叫んだのであった。
「とてもお綺麗です!」
そんな思いをどうしても伝えたかったと言わんばかりの、簡潔な言葉。
飾り気のない、だがシンプルが故に真っ直ぐ伝わる本心。
それに対してクリームヒルトは――
「――あはは、ありがとう!」
屈託のない自然な満面の笑みで、言葉を返したのであった。
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