追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ミス・ミセスコンテストの始まる前に


 興奮も冷めやらぬまま、ミス(ミセス)コンテストが始まろうとしていた。
 傍から見れば参加者に自分が望む服を着せ、間近で見るために審査員になったと思われそうな俺は、少し緊張した状態でコンテストで着た和服のまま審査員席に座っていた。

――ヴァイオレットさん、凄く褒めてくれた……!

 というか緊張というよりは、集中できない状態でいた。
 表面上は必死に表情を噛み殺してはいるが、今公衆の面前でなければ人目が無い状態で幸福を噛み締めるためにニヤニヤしてしまいたい。
 ミスターコンテストが終わった後、俺やヴァーミリオン殿下はすぐに審査員席に移動する事になったのだが、その合間に裏手に駆け付けてくれたヴァイオレットさんに、

『とても良かったぞクロ殿にグレイ。このような素晴らしき晴れ舞台を見る事が出来て、妻や母として嬉しい限りだ』

 と、満面の笑みで俺達を褒めてくれた。
 優勝はヴァーミリオン殿下だろうなーや、この面子だと最下位だろうが、まぁ気を使ってトップ三位以外は言われないだろうなー的な事を思っていた中の言葉であったのでダイレクトに心に来た。
 しかも居ても立っても居られないといった様子で真っ先に駆け付けてくれたのだ。嬉しいに決まっている。
 というか駆け付けたのになのに動作の一つ一つが相変わらず綺麗とかどうなっているんだ。凄すぎだろう我が妻は。

「上機嫌のようだな、クロ子爵」

 どうにかして表情を落ち着かせようとしていると、隣に座る白いスーツのような服を着たヴァーミリオン殿下が俺に話しかけてくる。
 先程までのまさに“王子!”というような雰囲気オーラは薄らいでいるが、薄らいでいてもその在り方には風格がある。俺には何十年経とうと出せそうにない風格である。
 というか隣に座られると俺は完全な引き立て役だな。別に構わないけど。

「コンテスト一位を取るだろう妻、ヴァイオレットが出るのが楽しみか?」

 俺は表情崩さずに返答をしようとしていると、俺が返すよりも早くヴァーミリオン殿下が少し違った予想を話してきた。
 それも当然楽しみではあるが、今は違った意味で上機嫌で……って。

「あれ、コンテスト一位をヴァイオレットさんが取ると言って良いのですか?」

 先程の登場時には愛する者……ようはメアリーさんが優勝して、ミス&ミスターコンテストの優勝者として二人で立つ、的な事を言っていたはずなのだが――はっ、まさか!

「先程の愛する者はメアリーさんではなく、ヴァイオレットさんであった……!? 妻は渡しませんよ!」
「違う。そしてあの状態のヴァイオレットを渡されても困る。延々とお前の話を聞かされそうだからな」
「そうですか?」
「照れるな腹立つ」
「えっ」

 先程の登場の仕方と良い、今の言い方と良いなんかヴァーミリオン殿下変わった……のだろうか。
 確かにここ数日の調査でもなんか少し違うな、とは思っていたが。色々忙しかったので思っていただけではあるが。
 それはともかく、だとしたら先程の発言は一体どういう意味なのだろう?

「俺が俺の愛する相手の美しさを疑っていない様に、お前はお前が愛する相手が最も美しい事を疑っていないだろう、という話だ」
「それはそうですが……」

 確かに俺には勿体無いほどの素晴らしき女性であるのは自明の理ではあるが……なんだろう、ヴァーミリオン殿下は少し変わった……のだろうか。
 以前であればこのような事を言う事は無かったはずだ。ヴァイオレットさんとも和解をしたし、今までのヴァイオレットさんを敵対視していたのは、単純に敵対しているというアピールのための言葉であった。という事なのだろうか。
 でも学園祭で会った頃とかは普通に敵対していたからな、ヴァーミリオン殿下達は。

「……クロ子爵。今日の夜は教会の地下にも行くんだな?」
「え、ええ、その予定ですが」

 俺が疑問に思っていると、ヴァーミリオン殿下が観客には聞こえないように配慮をしながら俺に今日の夜についての確認の言葉で聞いて来る。
 その視線は達観しているようであり、十六というこの世界では成人ではあっても、前世などではまだ子供と言えるような年齢にも関わらず、何処か大人びた表情であった。

「そうか。ならば良い」

 そしてヴァーミリオン殿下は突然変えた話題を終えるかのように頷き、それ以上はなにも言おうとはしなかった。
 ……今日の夜は確かに“あの事”を皆で話す予定である。エクルの件も片付き、明日には学園生もシキを去る。ならば今日しか話す機会は無いという事で“ある事”を話しに集まる予定ではある。
 その内の一つとして俺や神父様、シアン達とは既に一度行ったあの教会の地下にはいくつもりではあるのだが……

「教会の地下というと、ヴァーミリオン様から頂いた鍵を使ったモノですか、クロ様?」

 そして俺達の会話が聞こえたのか、俺の隣に座るグレイ(非成人者担当審査員)が尋ねて来た。先程までオーキッド(一般成人担当。カーキーは色々あって退場)とウツブシさん(審査員ではない)と話していたはずだが。
 確かグレイが服の着こなし方や投げキッスについて熱心に聞いており、それに対し語るオーキッドの言葉を聞いてウツブシさんが猫状態でも分かる程赤くなっていたのを横目で見たのだが。
 今は……うん、相変わらず赤いウツブシさんを久々に顔を見たオーキッドが撫でているな。……今まで何度かあの光景を見て来たが、アレって夫婦のスキンシップとかそういう扱いなんだろうか。
 しかし我が息子ながらこの魔導士服は格好良いかつ可愛いな。アプリコットとお揃いと言って喜んでいたし、今着ているのは少し大きいから合うように作ってあげないとな。いや、身長も伸び始めているから今のままの方が良いのだろうか……うん、我が息子ながら成長が楽しみである。

「とはいっても、詳細な調査は後になるだろうし、そんなに広くない部屋だからな。こんなものがあった程度だよ」
「そうなんですか?」
「そうだ。でもあの部屋に続く部屋は防音がハッキリしていてな。だからそこで話す予定だよ」

 今日話すメンバーだとあの場所でも狭いのだが、今日話す内容は誰かに聞かれるとマズい類だ。
 それにあの部屋は謎が多いし、一度行っていろんな視点で見て貰いたいんだよな。

「分かりました。なにを話すかは分かりませんが、秘密基地のような場所らしいので楽しみです!」
「…………ああ、そうだな」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもないさ」

 ……それに話す内容も内容だ。
 俺やクリームヒルト、メアリーさんに……エクル。俺達にとっては重要な事かつヴァイオレットさん達にとっては不可思議な内容。
 ついにこの日が来てしまったかと思うと、今はこうしてはいるが緊張を――

「……待て、俺が渡した鍵とはなんの話だ?」

 と、俺が今夜の事について思っているとヴァーミリオン殿下が話に入り込んで疑問を挟んで来た。
 ……あれ? なんでヴァーミリオン殿下が俺に渡した、あの出来れば二度と見たくない鍵を知らないんだろうか。
 鍵を見せた瞬間のシアンと神父様のあの視線が今でも若干フラッシュバックして「うわぁあ……」となるんだが。その反応のせいで鍵をまだヴァイオレットさんやグレイに見せていないし。

「ほら、ヴァーミリオン殿下が俺に渡したじゃないですか。その鍵を使って俺やシアン達は地下の小部屋に行ったんですが
「小部屋? 俺が渡した鍵?」
「一応殿下やメアリーさんにも地下に入ったと報告はしたはずですが……」
「ああ、その報告は聞いた。だが俺が渡したのはその部屋にあっただけの、メアリーに見せたくなかったただの道具だけであるし、小部屋ではない結構広い部屋なはずだが……」
「えっ?」
「えっ?」
「?」

 おかしい、話が噛み合わない。
 結構広い部屋とか、見せたくなかっただけの道具とか……あれ?

「殿下が渡されたのってアレですよね。男性的なアレの鍵ですよね?」
「いや、俺が渡したのはソレなだけで鍵などでは……大丈夫か、クロ子爵――っ!」
「どうされました?」
「……いや、確かに俺が渡したのは鍵だな。ある意味で鍵である事は確かなのかもしれないな。……お前が開けたのか?」
「え、ええ。この間の捕まっている最中に。偶々取り上げられなかったので……」
「……そうか。勾留中は暇であるだろうからな。暇であるし、偶然開く可能性も……あるか。アレは開く鍵であったか……そうだな」

 ヴァーミリオン殿下が俺の噛み合わない会話に疑問を持つ所か心配そうな声色が混ざり始めると、突然俺の発言を認め始めた。
 ……何故かは分からないが、なにか重大な勘違いが発生しているような……?

「よく分かりませんが、その鍵を今夜使われるののですよね?」
「ああ、その鍵を使って入るんだ。皆で」
「待てクロ子爵。貴様、俺達になにをする気だ」

 え、なんでヴァーミリオン殿下は俺を警戒するの。しかも貴様ってなんか攻撃的になるの。いや、貴様は尊敬の意味を持つからそういう意味ではないのだろうか?

「なにをする気もなにも、ヴァーミリオン殿下達もあの鍵を使って部屋に入ったんですよね。メアリーさんと」
「俺とメアリーはまだそんな関係ではない」
「関係ってなんですか。アレを使うのに関係もなにも無いでしょう」
「クロ子爵はカーキー辺境伯と同類であったか……!」
「待ってください。それは俺に対する侮辱と取って良いのですね!」

 カーキーは友人ではあるが、今の言うカーキーと同類は侮辱と受け取って差し支えないだろう。何故そうなるかは分からないが、その勘違いは否定しなくてはならない!
 ……でもなにをもって勘違いしているのか分からないと、否定しようが無いな。あ、そういえばあの鍵について神父様に一度……

「……? よく分からないのですが、鍵はヴァーミリオン様がクロ様に差し上げたと聞きます。つまりそれはヴァーミリオン様がクロ様にその鍵を使ってくれと言ったのですよね。つまり――ヴァーミリオン様が既に開いた世界の鍵を開くモノなのでは?」
「違うぞ!? 俺はメアリーを愛しているから違う!」

 あ、なんとなく分かった気がする。つまり神父様が勘違いしたように、アレを俺が……
 俺が…………!?

「待ってください、俺だってヴァイオレットさんを愛していますから違いますからね!」

 よし、理由は不明だが、ヴァーミリオン殿下はあの鍵を形状通りに俺が使っていると思っているようだ。それはカーキーと同類レベルで否定しなくてはな!

「よく分かりませんが私めもアプリコット様を愛しています!」
「ククク……割り込んで悪いが僕もウツブシを愛しているよ……!」
「お前らは乗るな!」
「ニャー……」





備考:最後の翻訳
「ニャー……」

「嬉しいけど、なにやってんだこの子達……」

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