追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

何処かの夫も演劇の時思っていた(:菫)


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 エクルは布一枚で現れた。
 器用に布の端を結んで大事な所は隠れては居るのだが、シアンよりも遥かに危うい服装をしている。
 恐らく下着もしていない文字通りの布一枚のエクルは、やけに堂々としている。その姿に元々温まっていた観客席がさらに盛り上がっている。

「え、エクル君、何故その格好を!? 見えるよ!? いや、君の鍛えてあるし見れるのならば嬉しいかもしれないけれど!」
「大丈夫です。履いてませんが大事な箇所は見えない様に配慮はしています。見えたら流石にアウトですから」
「は、はぁ……既にアウトな気もしますが、確かにそこまで行くとルールというか色々違反ですからね」
「ならば逆に考えました。――見えなければ何処まで出しても良い、と」
「何故その結論に至ったの」

 スカーレット殿下が素で聞き返す声が聞こえて来た。
 見えはしないがエクルに対してどう対応すべきか悩んでいるだろう。

「良いですか。こういったコンテストではインパクトが大切です。悪いインパクトは駄目ですが、箸にも棒にも掛からないまま終わるのは良くないでしょう」
「は、はい」
「そして印象に残るべき事を考えました。そこで一つ見つけたのです。そう、布一枚という服装を」
「なにが“そう”なのか分かりませんが、はい」
「これは審査員の気遣い。肉体という服を身に纏い挑めという心遣いでしょう」

 ……元々はシュバルツが全裸にしていたのをどうにか変えたのだがな。

「――であるならば、私が着れば良い。それだけなのです」
「馬鹿なの?」
「馬鹿です。馬鹿でなければ貴族なんて明るくやってられません」
「貴方本当にエクル君? 本物? いつもみたいに首を抑える癖もないし、シュイとインが化けてたりしていない?」
「私はエクルです。私がエクルと認識している以上はエクル・フォーサイスという男は私であるのです」
「なんか哲学みたいなことを言いだしましたね」
「あと首を抑えていたのはやりたくてやってたわけじゃないんで。もうやりません」
「そうなんですね?」

 そうなのか。
 確かに学園に入ってから今までにない癖であるとは思ってはいたが……というかなら何故首が痛そうに手を当てていたのだろうか。

「ねぇ、アレってそういう事だよね」
「……そういう事でしょうね。お陰で立ち絵と一緒と思うようになりましたし」
「あはは、私も思ってたよ。……意外と効果があったんだね」

 しかし何故かクリームヒルトとメアリーは分かっているようであった。……後でクロ殿に聞いてみよう。不思議と知っていそうだ。

「おや、君達見ないのかい? 美しき裸体だよ?」

 なにやら騒いでいるステージの上に対して私やシアン、アプリコットが見ていない事に気付きシュバルツが話しかけて来た。
 恐らくシュバルツにとっては美しきモノとしてじっくり見ていたのに対し、見ようとしない事が信じられない様にこちらを見ている。

「夫が居るのに、ああいうのをまじまじと見るのはな」
「クロみたいな間柄ならともかく、ね」
「……我には刺激が強い」
「……私にも、です」

 やむを得ない状況や演劇、芸術などなら見た後にクロ殿に謝るが、この状況では見る必要が無い。
 クロ殿であれば見るのだが。見るのだが。いや、クロ殿の場合であれば真っ先に駆け付けて私の上着を着せてステージ裏に一緒に行って他には見せないようにするのだが。誰にも見せてたまるものか。

「メアリー君は彼女らと違って割と見ていたような気がするが」
「刺激が強いんです!」
「でもクリームヒルト君みたいに――」

「へーい、エクル先輩、良いよー! 肌が白くても、ほんのり鍛えられた腹筋がエロいね!」
「ありがとうクリームヒルトくん! キミが白手袋だけを指定したならばそれだけにしたのだがね!」
「全裸に白手袋!? なにそれ良いね!」
「そんなもの即失格ですからね!」

「開き直って見ても良いんじゃない? まぁ彼女は性的に興味はなさそうだけど、カマトトぶるよりはましじゃないかな」
「……カマトトで結構ですから。見るのはちょっと……」

 クリームヒルトは……うむ、恐らくだが私と違って慣れてはいるだろう。
 誰かと付き合った訳ではないようだが、学園でも距離感が近い状態で同級生などと前世ではクロ殿と一室の部屋で共に過ごしていたと聞く。それに大人になった後も色々な国で色々な相手と接して来ていたようであるし、不慣れという事は有るまい。

「いいよエクル先輩ー! 右腕を掲げてー! 右足は折り曲げて左足を伸ばしてー!」
「とうっ!」
『キャアアアア!』
「良いね!」
「美しい罪という十字架を背負っているよ!」
「審査員達は騒ぎ過ぎです! 司会である私を無視しないで!」

 ……いや、慣れているとかそういうのではないな、アレは。単純に楽しんでいるだけであろう。
 シュバルツの言う通り性的に興味のない“世の女性が興味を持っているから興味を持つようにして楽しんでいる”感はあるが。……アレがバーガンティー殿下であれば少しは違うのだろうな。

『――で――だよね』
『うん――アイツ――くせに』

……だが、それでも。変に避けられている学園内であの強さは見習いたいものだ。
 私はクリームヒルトが色々と指示する中、騒いでいる観客の中に確かに居る、クリームヒルトを侮蔑する視線を向ける観客を見ながら、友のこれからを心配していた。

「ええい、それ以上は失格にしますよ!」
「む、それは仕様が無いですね。ならば私の番はこの程度にしておきましょう」
「ふぅ……しかし、いつもと違う眼鏡ですね」
「ええ、この服に合う眼鏡をかけました。あ、ちなみにですがシャトルーズくんの眼鏡も私のです」
「相変わらず眼鏡にこだわりがあるんですね」
「当たり前でしょう。眼鏡は叡智の結晶ですよ、こだわりもします。正直言うならシャトルーズくんの眼鏡も今すぐ呪いをかけて外せない様にしたいほどです。似合うのですから」
「えっ」
「クロさんもかけません? 和服には眼鏡です。一緒にキラーンとしましょうよ」
「しませんよ」
「うん、本当に貴方変わったね」

 ……あとエクルは変になりすぎじゃなかろうか。



「では最後。ある意味一番望んでいた観客も多いのではないでしょうか」

 そしてミスターコンテスト最後の参加者の登場する番になった。
 これで最後かと思うと落ち着けると思うような、この後のミスミセスコンテストに参加しないと思うと少し憂鬱なような複雑な気分だ。

「学園でもその美貌に惹かれた女は多く居るでしょう。さらには次期生徒会長候補。まさに才色兼備、秀外恵中。そんな美辞麗句をならべてもおかしくはない我が弟」

 あとクロ殿やグレイに投票できないのも悩ましい。それ以外に投票となると……神父様かオーキッドだろうか。あの両者ならば同率一位はクロ殿とグレイなのは確定としても、コンテストではどちらがトップをとってもおかしくは無いだろう。

「現役学生の中でもトップクラスの人気を誇る、二次予選堂々の一位! まさにトリを務めるには相応しき男!」

 ……しかし、これは美しさを競うコンテストではあるが、人気投票にも近い。
 それを考えれば学園生が多いこの場では普段から人気のある生徒会メンバーに票が集まるだろう。そして軍部や騎士などは誰が美しいかなどよりも、殿下などの身分が高い相手に投票する可能性は高い。
 そしてそれらを踏まえると……

「ではエントリナンバー14、ヴァーミリオン・ランドルフの登場です!」

 両条件を満たしている、まさに今登場したヴァーミリオン殿下が優勝する可能性が高いだろう――

「――諸君、待たせたな」

 そして現れたのは正に“王子”であった。
メアリーが指定した白い服に白い手袋。
 服に着られているような感覚は無く、最初から彼のために作られたのではないかと思うほど彼という存在に一体化していた。

「コンテストの最後を務める、ヴァーミリオン・ランドルフ第三王子だ。此度は俺が愛する者と共に最も美しき者として並び立てる場を設けてくれて感謝しよう」
「お、おお。我が弟ながら堂々とした発言ですね。ですがもう勝利者宣言かつ、ミス、ミセスコンテストはまだだというのに、優勝者が決まっているかのような発言ですね」
「当然ですよスカーレット姉さん」

 会場は先程までのような大きな声は聞こえない。
 しかし温まっていた空気が冷めている訳でも無い。
 単純に、彼が今この場に現れた事を記憶に焼き付けたい一心でただ黙っているのだ。

「俺は俺が愛するこの世で最も美しき少女の優勝を疑いはしません。同時に例え兄が相手であろうと俺は俺が勝つ事を疑いません」

 静かだが鼓膜を震わす声。
 そして堂々とした発言は驕りとしかとられない発言である。
 しかし彼が言うとただ事実を述べているだけのようであり、予定調和かのような発言にも思えてくる。
 それほどまでに、コンテストという“場”は彼が現れた瞬間に、彼がこの場を支配していた。

「しかし敢えて言わせて頂く。――優勝するのは、俺だ」

 そしてその発言を皮切りに、会場の盛り上がりが再燃する。
 だが先程までの様子とは違い、今までの参加者のアピールが過去のモノであって勝者が既に決まったかのような盛り上がりぶりであった。
 彼の発言は真実であり、それを見届けるために今の自分達は居るのだと言わんばかりの歓声。
 審査員も他の参加者もつられる様にではあるが、称賛の拍手を送るのが自然かの様に皆拍手をして彼の発言を称えていた。
 そう――今までとは明らかに違う、ヴァーミリオン・ランドルフのという王者を前にして。殿下は一瞬にして称えられる存在になっていたのだ。

――それはそれとして、クロ殿やグレイの方が魅力的ではなかろうか。

 うんむ、確かにヴァーミリオン殿下は美しく魅力的男性だ。それは以前から知っていた私でも、今改めて今までとは違うと思えるほどである。
 髪も肌も綺麗であり、風格も立ち居振る舞いも素晴らしい。先程王者と見間違うのは無理が無いと評した通り、殿下の存在感オーラは偉大である。流石は殿下といえるだろう。
 だがそれはさておいても、誰が魅力的な男性かを選べと問われれば私は迷わずクロ殿かグレイを選ぶ。九対一。あるいは十対零で我が家族に軍配があげられる。

――ありがとうヴァーミリオン殿下。

 貴方がこうして今までとは違う魅力的な姿を披露した事で、私はさらに素晴らしきクロ殿とグレイの魅力に気付く事が出来ました。直接そんな事をお礼は言えないので、心の中で感謝を述べさせて頂きます。あと白が似合いますね。
 ただクロ殿やグレイが今の殿下の服を着たら、もっと魅力的なコンテストになったのではないかと思わずにはいられない。
 ああ、見たい。和服や魔導士の服も良かったが、コンテストで白い騎士のような服を着た彼らを見てみたい。

 とりあえず確信を持って言える事がある。
 今の段階ではクロ殿やグレイの方が魅力的な男性だ、と。
 覆ることは絶対に無い。

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