追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

これでも抑えてます(:菫)


View.ヴァイオレット


 私はかつて、ヴァーミリオン・ランドルフ殿下を本気で好きであった。

 話す事が出来ない時でも、見続ければはしたないと怒られるが見かければこっそりと目で追っていたし、会話をすれば冷たい態度でも内心では話せた事にとても喜ぶほど好きであったし、十年近く惹かれ続けていた。
 恋も愛の違いも分からぬ子供であったが、私は間違いなくヴァーミリオン殿下に恋をしていたのだ。
 それ自体をなかった事にして否定するつもりは無い。
 決闘で負けた後、馬車に揺られながらも想いは変わらなかったし、ヴァーミリオン殿下以上の素晴らしい男性が存在するはずがないと思っていた。
 殿下への想いを抱えつつ、私は好きでもない男の元に嫁ぎ、好きでもない男に抱かれる。そんな私は不幸であると、身勝手な感情を抱いていた。
 だがその想いは良い意味で裏切られた。
 私は怯え、諦めていて自己を封じ込めたが、ゆっくりと私を変えてくれた存在が居た。
 優しくしてくれた者が居て、友になってくれた者が居て、私を家族として受け入れた者が居た。
 なによりも――私を真っ直ぐ見て、対等な存在として一緒に居たいと願ってくれた者が居た。
 「あなたが良いのです」と言ってくれた男性が居た。
 十年分を支えた恋は失われたが、失われたモノはとある男性によって埋められたのだ。
 短い期間での心変わりに、なにか言いたい者も居るだろう。私も悩み、空を飛んで空に向かって叫んだほどだ。
 だが、私は間違いなく生まれ変わったと言える出会いを果たしたのだ。

「では続いていきましょうか!」

 さて、何故急にそのような事を思っているのかというと。
 理由は単純であり、そう思わざるを得ない状況に私は立たされているからだ。

「エントリーナンバー06、クロ・ハートフィールド! 普段はしっかりまとめていて意外と隙が無い感じですが、今回は東にある国で着られるワフクと呼ばれる、少し緩やかな格好での登場です!」
「意外とこれ帯とかきついんですよ。袖口とかは緩やかなんですがね」

 クロ殿が、私が選んだ服を着ている!!
 クロ殿の前世に居た国ではあのような服を着られていた事も有ると知り、ならば見てみたいと思った服。だけどクロ殿の居た時代では少々古いと言われる事もあるから着ないかもしれないし、着るのが難しそうだから着てくれたら嬉しいな程度に思っていた服。

――だが私が選んだ服をクロ殿が着ている!

 なんの打ち合わせも無くクロ殿が私が選んだ服を着てくれている。偶然かもしれない、分かって着てくれたのかもしれない、私が選ぶと思って着てくれたのかもしれない。どれにしようと選んだ服を着てくれているのだ。これ以上に嬉しい事が有ろうか。いや、ない。
 さらにはとても似合っている!
 普段は服を着こなし、どんな服を着ても着られている感が無いようにまとまっている感があるクロ殿ではあるが、あのワフクは最初からそうであったのではないかと思うほどに着こなしている。開いた袖口からチラッと見える腕が、なんだかいけない物を見ているようでドキリとする。色っぽい。
 ああ、今のクロ殿はなんという事なのだろう。なんという事なのだろうか。本当になんなのか。一体なんだと言うのだろう。なんだ。

「……というか一言良いですか?」
「なんでしょう、特定の審査員へのアピールは禁止ですよ。菫髪の子とか」
「それもしたいですが、違います。コホン。――ネタで投票した奴ら。覚えておけ」
「おおっと、とても怖いです。ですが本気で一番の美形と思って投票した相手に失礼ですよ?」
「いや、この面子で俺は場違いでしょう。ネタ枠ですよ、ネタ枠。見て下さい」
『へーい、領主、かっこいいぞー』
『仕上がってるよ、筋肉仕上がってるよ!』
『ここはサイドチェストで筋肉アピールだクロ!』
「ほら。アイツらは絶対違うコンテストの煽りに来てますよ」
「ですが、ほら、あちらを見て下さい」
「あちら?」
『クロ君、素晴しいぞ! その身体に触れない代わりにはだけてくれ!』
『……司会さん! クロお――領主さんの帯を引っ張って筋肉をの露出を!』
『はう……クロお兄ちゃんがイケメン…………クロ! 貴方に文句を言うやつは私が鍛えた筋肉で倒します! ですから堂々としてください美男子一位決定ですから!』
「ほら、結構本気で思っている相手もいるようです」
「なんか怖いんですが。叫んでいる全員がなんか顔見えないのに血走っているのが分かりますし」
「それと聞きたいのですが、何故その服を選んだんです?」
「あの服の中を見ていたら、これがヴァ――妻が一番喜んでくれそうだと思ったので」
「おお、惚気です。しかもこの服を選んだのが当たっている所が憎たらしいですねー」
「あれ、誰が選んだかは司会の貴女も知らないのでは?」
「そういう意味ではなく。ほらアレ」
「アレ?」

 私はかつて、ヴァーミリオン・ランドルフ殿下を本気で好きであった。
 それは恋だったかもしれないし、愛だったかもしれない。あるいは魅力的であるヴァーミリオン殿下が、婚約者という事実に対し私が私を酔って好きでいただけかもしれない。

――だがそれはそれとして。

 今は間違いなく私、ヴァイオレット・ハートフィールドはクロ・ハートフィールドを愛している。
 これが愛でないのならば、それはそれでも良い。に対する名前なんて些細な事なのだ。
 私にとって重要なのは、止め処なく溢れてくるクロ・ハートフィールドという夫に対する“好き”という感情。
 新たな一面を見る事が出来た事に対する“好き”という感情は、溢れ出てきていつまで経っても完結する事は無い。
 なんだこれは。かつてうちの家が手を出そうとしたという永久機関というやつか。私の代で完成するとは。そんな前代未聞な存在の始まりのエネルギーになるとは、まさに素晴らしいなクロ殿という存在は!

「さっきのシアンみたいになっているヴァイオレットを見れば、誰でも喜んでいるって分かりますって。その服で正解でしたねー」
「…………」
「喜んで貰えているのが嬉しくて照れて黙るより、先程のオーキッド君みたいに投げキッスをすれば良いんじゃないですか?」
「……ご、ごめんなさい。今はとてもその余裕が無いです」
「お、照れる領主に意外とキュンと来ている女性も居るようですね。クロ氏はこの調査の期間で優しさや気さくさに触れ結構悪くないと思っている女性が多いようですから、照れという感情に新たな一面を見てキュンと来ているようです」

 そのキュンと来ているのは誰だ。
 よし敵か、敵だな。顔は覚えたからな。
 いや、でも覚えられないかもしれない。今この状況で私の記憶に残るはクロ殿の新たな一面のみだ。運が良かったな。

「さ、次に行く前に他の審査員の方はそこの菫髪の審査員を正気に戻してあげてくださいねー」
「無茶を言うね」
「戻るのだろうか」
「とりあえず叩こうか」

 私はこの後、頭を軽く叩かれ、錬金魔法で作られた柔らかな温かなお湯を通した布を顔にあてがわれ、正気に戻った。
 いや、先程までの方が正気だったかもしれないが……ともかく、先程のシアン状態からは戻ったのであった。





備考:タイトル補足
(一話を使ってただ感情を内心で語っていますが)これでも抑えてます(:菫)

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