追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

反応に困る


「おはようございますクロ子爵。朝早くから急な来訪で申し訳ございません」
「い、いえ、それは大丈夫なのですが……あ、おはようございます」
「此度は子爵に陞爵おめでとうございます。より一層子爵としてのご活躍を期待しています」
「あ、はい。ありがとうございます。頑張らせて頂きます」

 何故この御方がここに居るのかという疑問を余所に挨拶をされたので、俺は先程まで動きを強制されそうであったが今は離されたので自由に動く身体で身なりを整えながら御方の前に立ち、挨拶を返す。
 ローズ・ランドルフ第一王女。
 現在の若き宰相である、マダー宰相とは夫婦であり、夫と共に実務をこなす優秀な御方。確か二児の母親でもあったはずだ。とてもそうは見えないが。
 全体的に落ち着いている、という印象が見受けられ、性格も真面目であらゆる所作がとても丁寧な女性だ。……真面目とはいえ、以前変装して来ていたのはなんとなく血を感じはするが。

「ええと、此度はどのようなご用件で……? 失礼ながら事前連絡などは……」
「失礼、トレブから受けた不測の事態により、事前連絡が無かった事をお詫びします」

 トレブ……ああ、ヴェールさんの偽名か。そしてトレブの不測の事態となると、影事件の後に聞いた、人員の動きなどが妙というやつか。
 ……そうなると来た理由もなんとなく予想が付くな。

「あとは何故か届いた一般家庭の数十年分に近い服代について、私の弟に直接問わずにはいられなくなりまして。聞けばここに居ると聞いたもので」
「ごめんなさい」
「何故貴方が謝るのです」

 服の一部は俺が貰って、クリームヒルトを含めた家族でファッションショーをしたからです。本当にごめんなさい。

「あとこちら急な来訪へのお詫びと、陞爵祝いの贈り物です。あくまでも私個人からであるという事でお願いします」
「は、はい。ありがとうございます」
「中身は帝国で人気のチョコレートになります。クロ子爵がお好きと聞いたので」
「え、ありがとうございます!」
「おお、黒兄が戸惑いから本気で嬉しそうになった」

 と、ともかく。ローズ殿下は俺なんかにも丁寧にしたり、陞爵した事を把握していたりと、色々と破天荒が多い現在の若き殿下達の中でも落ち着いた方である。
 ローズ殿下曰く自身は「弟や妹達と比べると私は優秀でないので、真面目に業務をこなすしかない」との事ではあるのだが、充分優秀と言える御方である。

「さて」

 俺と挨拶を交わしていると、先程までとは違い冷や汗を流し、まるで判決前の被告人のように、見てるだけで心が不安定と分かるスカーレット殿下がビクッと身体を震わせた。
 優秀だとか真面目だとか、まだ対面して会ったのは一度くらいであるが、もう一つ、彼女に関して分かる事がある。

「我が愛する妹、スカーレット。説明を聞かせてもらえるでしょうか」
「は、ははは……」
「笑っていては分かりませんよ。スカーレット、聞かせてください。どう言った理由で妻帯者である彼に身体の関係を求めているのでしょうか。」
「ご、誤解なんです! これは、ええと……」

 殿下達に聞くと共通して「ローズ姉さんは今の王族で一番怖い」と答える事だ。
 一番上の姉、という事は抜きにしても、殿下達はローズ殿下に逆らえないなにかがあるようだ。
 怒鳴りもしないし、感情を荒ぶらせる事も少ない。暴力を振るって力で支配している訳では無いのだが……

「はい、ゆっくりで構いませんよ。今は朝。時間はたっぷりありますから。スカーレットが何故クロ子爵に不貞を働こうとしているのか。生憎と私は貴方達と比べて凡庸な身。そんな私にも分かるように教えて貰えませんか? 大丈夫、姉さんはどんな内容でも貴女が言い切るまで聞いてあげますからね?」
「う、うぅ……」

 ……なんというか、圧が凄い。言葉も荒げないのにこの圧はなんだと言うのか。
 身長的にはローズ殿下の方が小さいはずなのに、スカーレット殿下が小さく見える程には大きく見える。

「ねぇ黒兄。あの凡庸云々って“素人なのでこの分野はよく分からないのですが”から始まる初歩的で最後通牒的な言葉みたいなもんだよね」
「そうだが思っても口にしない方が良いぞ」

 そしてその様子を見て小さな声で聞いて来たクリームヒルトに俺は答え、スカーレット殿下に同情するのであった。

「……スマンが、紅茶淹れてきてもらえるか? 俺がこの場を離れる訳に行かないし、グレイも居ないんだ」
「あはは、りょうかーい。代わりにそのチョコを後で少し分けてね」
「構わんぞ」
「じゃあマリアージュフ〇ール淹れてくるね」
「そんな高級品はねぇよ。ていうかこの世界にねぇよ」







「……説明は以上ですか」
「……はい」

 一通り説明を終え、妙な緊張感が漂う応接室。
 ただでさえ殿下が二人も居ると言う状態で緊張もするが、この緊張はローズ殿下のみが作りだしている。
 紅茶を淹れて来たクリームヒルトですらただただ飲む作業になるほどは緊張感がある……いや、あれは流石に空気を読んでいるだけか。別に緊張はしていないな。

「スカーレット。貴女がエメラルドを好いているのは知っています。私は貴女が誰かを好いた話を聞かないので、それを聞いて喜びました。……ですが、どうやら別の女性を好いたようですね」
「は、はい」
「そしてこれは反発心から来ているのではないか。だから男性を知りたいと思い、あのような事をしていたと」
「はい……」

 対してスカーレット殿下はローズ殿下の言葉や挙動一つで一々怖がっている。
 座りながら今までに無いくらい背筋も伸びている。
 ……そこまで怖がるローズ殿下は、一体どのような事を彼女に言うのだろうか。
 王族としての在り方だろうか。あるいは異性を好くように説得するのだろうか。……俺に頼んで、妹の願いを聞いてやってくれと言わなければ良いが。

「スカーレット、浮気は良くない事です」

 そして言ったのは正論だった。

「そして嫌がる相手に無理に関係を迫るのは犯罪です」

 なんだろう、「うん、そうだね」としか返せそうにない言葉だ。
 正しくはあるのだからそれ以外に言えないと言うか。

「あ、愛を知りたかったんです! 手っ取り早い方法は抱かれる事です!」
「否定は致しません。無理矢理でなければ男女問わず誰かに必要とされている感触は味わえるでしょうから」
「ローズ姉様だってマダー義兄様とは最初の一年はほとんどレスだったて聞いた!」
「ええ、そうですね。認めます」
「だけど義兄様と仲を深める内に、愛を深めあったら自然とそういう事を多くするようになったでしょう!?」
「はい。お陰で子供にも恵まれ、可愛い我が子も夫婦そろって愛する事が出来ました」

 ……これ俺達が聞いても良いのかな。

「私は生まれがアレだから、いつかバレると思うと、誰とも上手く接する事が出来なくて、でもヴァーミリオンは、気にしていてもアッシュとかとは普通に友達になれていて、挙句には好きな女の子もいて、笑うようになっていて、だから私も愛を知れば……この空虚な感覚を埋められるかと……思って……」

 ……本当に聞いても良いのかな。スカーレット殿下がこのまま行けば過呼吸になるのではと心配するような精神状態になっている。
 俺やクリームヒルトは事情を知っているが、あちらは俺らが知らないと思っている事のはずだし、国家機密を知ったと消されなければ良いけど……いや、今はそれよりスカーレット殿下が重要か。

「……スカーレット」

 ローズ殿下は段々と俯きがちになったスカーレット殿下を見て、紅茶を机の上に置き名前を呼ぶ。

「私達が王族である以上、当然ながら貴女は国の利益になるために婚姻も政治的利用をされるでしょう。そこに好きも嫌いも有りません」
「ローズ姉様のように……ですか」
「はい。王族……いえ、貴族とはそういうモノです」

 ローズ殿下の言う事は正しい事だ。
 貴族である以上は恋愛結婚をする方が珍しい。会った事も無い相手と婚約を結び、数回会った程度で結婚するなんて事はザラだ。この王国は学園という制度がある以上は少なくはあるが、無いという事は無い。

「ですが私は貴女の選択を尊重します。貴女が好きというならば、相手が誰だろうとそれに応じた事を周囲に認めさせたのならば、私は反対もしません」

 しかしローズ殿下は見合う働きをすれば文句も無いというスタンスだ。それは以前会った時とそう変わらない。
 ……表情の変化が少ないので分かり辛いが、弟妹に対しては優しいんだろうな。

「だから私が言いたい事があるとすれば……」
「?」

 ローズ殿下は何故かこのタイミングで俺とクリームヒルトの方を見てくる。
 何故このタイミングで見たのかが分からず、俺達は疑問を浮かべるが……

「クロ子爵、そしてクリームヒルトさん。この妹に貴方達の愛を見せて頂けませんか?」
「はい?」

 などと言ってきた。
 ……一体どうしろというのだろうか?

「え、私が黒兄に抱かれろと? それはちょっと……」
「やめい」
「え、じゃあクロ君とハクが交わる所を!? なるほど、私が味わうのではなく間近で見る事で愛を知るという事……!」
「やめてください」

 なにがなるほどだこの殿下。なにが悲しくて今世と前世の妹に関する相手をせねばならんのだ。

「おお、前世の私のあの姿の私と黒兄が……複雑だけど……はっ、まさかスカーレット殿下の脳を壊しにかかっている!?」
「え、私の脳が壊れるの?」
「うん、いっそハクとエメラルドちゃんを黒兄が相手して、それをビデオレターでスカーレット殿下が見るみたいな感じ? そしたら素質があって壊れるって私の居た世界ところだと(ごく一部で)言われてたよ」
「びでおれたー? なんかよく分からないけど、それを見れば良いんだ」
「あはは、うん!」
「やめい」
「……なにを言っているのです貴女達は。いえ、私の発言が原因のようですね、申し訳ございません」
「ローズ殿下が謝罪なさる必要は無いです」

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