追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:糖分控えめ、甘さ過多


-とある影騒動事件日の深夜、とある屋敷の一室にて-


「……疲れた」
「大丈夫か、クロ殿」
「あ、すいません。つい口に出てしまって……」
「謝る必要は無い。クロ殿は不当に逮捕されていたのだ。その心労は捕まった者にしか分からないだろうものだ。口に出してしまうのも無理は無い」
「いえ、この心労は釈放前にちょっと友人相手に誤解を解くのに疲れたものであって……」
「?」
「いえ、なんでもありません。それを言えば俺が居ない間の問題を押し付けてしまっていたわけですから、ヴァイオレットさんも疲れているでしょう」
「疲れてはいたが、クロ殿の誤解が解けてこうして屋敷に戻って来てくれたからな。疲れなど何処かへ行ってしまった。なにせ愛する夫の正式な帰還だからな」
「うぐ。……ですが、ヴァイオレットさんも疲れてはいるでしょう。俺の逮捕に、軍や騎士、学園生の受け入れ。影騒動。……どれも異常事態でした。それの対応に領主として当たってくれたのですから」
「なに、シキの皆だけでなく、殿下達も私の味方をしてくれたから苦労は思ってるほどでもない。私よりは……」
「……クリームヒルトの件は聞きました。色々あったようですね。俺と会った時はいつもの感じだったんで、気付かなかったんですが……」
「……学園生は基本腫れ物扱いであったな。封印モンスター云々は置いておいて、影の件は伝えはしたが……」
「まぁ、大丈夫でしょう。メアリーさんや殿下達のフォローはあるでしょうし」
「バーガンティー殿下やフューシャ殿下も居る事だしな」
「そうですね。俺達はいつものように接すれば――え、フューシャ殿下? 第三王女の?」
「む? ……ああ、クロ殿は知らなかったのか。エフという名の少女はフューシャ殿下だ」
「……ローズ殿下と何処かの第二王子が来たら揃い踏みになりますね」
「……そうだな。ただでさえ影で問題ではあるのだが……これ以上問題が起これば、王国の危機にすらなるな」
「よし、いつも通り気をつける。という事にしておきましょう。というか、クリームヒルトのヤツ、その二殿下ふたでんか共に仲良くなったんですね……」
「そうだな。そういえばクリームヒルトなんだが、昔……前世はあのような姿であったのだな。美しい女性であった」
「ええ、そうですね。俺の記憶よりは大人びていますが……」
「……そしてあの性格のハクがあの外見になった事で、色々と不安になるな」
「……まぁ大丈夫でしょう。今は本人の希望で変身を維持する以外の魔法は封じて、余計な事をしないと誓ってくれたのですから」
「今はヴェールさんの所に居るのであったな」
「ええ。監視も含めて、立場的にも実力的にも安心出来る方ですからね。一応影騒動の重要参考人という形ですが……まぁいきなり逮捕とかはしないでしょう」
「……重要参考人に、逮捕、か」
「ヴァイオレットさん?」
「いや、エクルがクロ殿と同じ前世持ちで、仮面の男として暗躍していたとはな、と思ってな」
「……ヴァイオレットさんはエクル卿を許せませんか?」
「さて、な。ロボを傷つけたり、スカイと共にあのような演技をする羽目になったりしたのはあまり許したくはないが……」
「スカイと演技?」
「……気にしないでくれ。ともかく被害に遭っていない私が責めるのはお門違いだ。彼女らが許すなら私はそれ以上は追及しないよ」
「ですがヴァイオレットさん自身が受けた事は……」
「メアリーのために決闘や学園で私の行動をある程度コントロールしていたとしても。直接的な被害は受けていないし、自業自得が主だ。……彼はバレンタイン家と接する伯爵家としては優秀で、学園では良き先輩ではあったからな」
「無理はしなくて良いんですよ。俺がそうしているからと言って――」
「無理はしてない。私が受けた事に関しての謝罪は既に受けたというだけだ。……それに、もし全員に許されたら一つ約束をしたからな」
「約束?」
「今は秘密だ。いずれ時が来たら、な」
「う」
「どうした?」
「……いえ、そんな可愛らしくウインクして、ときめいただけです。人差し指を鼻頭に当てての内緒のポーズとかあざとすぎます」
「……い、いや、そんなつもりは無かったのだが……」
「もう一回やりません?」
「や、やらない」
「やりましょうよー」
「そんな可愛らしくあざとく求められてもやらない!」
「俺があざといんですか!?」
「当たり前だ! 子供がねだるようで可愛らしい!」
「…………よし、お互いにこれ以上の追及は無しにしましょう」
「そ、そうだな――む?」
「げ。……すいません、みっともない音を」
「お腹が空いたのか、クロ殿?」
「みたいです。よく考えれば逮捕とか影騒動とか後始末でゴタゴタしてずっとなにも食べていませんでした」
「それはいけない。今すぐ夜食の用意を――あ」
「どうされました?」
「ええとクロ殿……甘いモノは、食べられるか?」
「? ええ、食べられますが……」
「いっぱい食べられるか?」
「いっぱい食べられます」
「よし分かった。クロ殿、良いか、そこを動くな」
「え、な、何故です」
「良いから動かないでくれ。動いていたら私の決意が揺るぐ」
「わ、分かりました」
「ついでにこの布で目隠ししておいてくれ」
「何故です!?」
「冗談だ。では待っていてくれ」
「は、はぁ。………………行っちゃった。……なんなんだろう。甘いモノ……そういえばヴァイオレットさんのマネをしていたシュイとインが……でもアレはあの後よく見たらチョコケーキじゃなくって水銀ケーキだったんだよな……始皇帝とか喜びそうだったな……いや、喜ぶのだろうか。一応シュイとインの一部だったらしいし……む」
「お待たせしたな、クロ殿」
「いえ、そこまで待っては……なんですその箱?」
「その。本当はもっと前に渡すつもりであったのだが……色々あって渡せなくって……」
「はい」
「最初はこのてのモノは足が早いから処分しようと思ったのだが、メアリーに聞いた所まだ大丈夫らしく……」
「足が早い? ……オーキッドが生きた食べ物でも作ったんです?」
「そういう意味ではない。と、ともかくクロ殿!」
「は、はい!?」
「受け取ってくれ! そして食べてくれ!」
「え、え!? なにを――――あ」
「その、チョコレートケーキ、だ。チョコレートをクロ殿に渡そうと思ったのだが、調理をして渡した方が喜んで貰えると思って……メアリーに教わりながら作ってみたのだが……」
「…………」
「ク、クロ殿? その、駄目だっただろうか……?」
「……いえ、とても嬉しくて。俺のために作ってくれた事が嬉しくて……感動で言葉を失っていました」
「っ、そ、そうか。その、味見もしたから味は大丈夫だとは思うのだが、いかんせん初めて作ったものだから……」
「ではいただきます」
「あ、クロ殿!?」
「…………もぐ、もぐ」
「…………美味しい、だろうか」
「ええ、勿論。俺が今まで食べたチョコケーキで一番美味しいですよ」
「そ、そうか! 空腹は最高のスパイスなんだな、このタイミングで渡して正解であった!」
「それが理由で今渡したんですか」
「少しでも美味しく食べて貰おうかと思って……」
「空腹関係無しに美味しいですよ。お世辞などではなく、本当に……味の他にも、幸福を得られていますから」
「味の他?」
「……いえ、なんでもありません。本当に美味しいですよ。とても甘くて、しっとりとしていて……そうですね、証明して見せましょうか」
「証明?」
「ええ、甘くて美味しくて、俺も感じ取れた味以外の幸福を、です」
「? あ、もしかして私にも食べさせてくれるのだろうか。待っていてくれ、それならもう一つフォークを――」
「いえ、フォークは必要ないですよ」
「ならどうやって――んむっ!?」
「――――ふぅ。知っていますか、ヴァイオレットさん。俺も去年の俺の誕生日に知った事なんですが、コレをすると直前まで食べていたモノの味がするんですよ」
「……よく知っている。私も同じ日にそれを知ったからな」
「そうですか。……どうです、甘いですか?」
「……うむ、とても甘い。そしてクロ殿が言う“幸福”も分かった。だが……」
「だが?」
「……味わう時間が無かった。もう少し味わっても良いだろうか」
「ええ、もちろんです――」

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