追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

綺麗事で誰かのため


「――成程、状況は把握しました」

 スカーレット殿下の奇妙な暴走は一旦終息を見せ(?)、互いの状況を把握した。ビャクの事や仮面の男に関しては省いたが。
 ビャクの姿をしているのはハクという名の、ある意味影の元となった存在であり、封印されたモンスターの魔力を排出する逃げ道として用意され一緒に封印された存在であるらしい。
 今はこうして封印が緩んだ事に対しての影騒動を収めるのに協力してくれているとの事。

「つまりはモンスターに憑りついて、なにかに化けて騒ぎを見せる、という事は無いのですね」
「その通り。先程まで見ていたような不測の事態には陥らないよ。あくまでも先程までのは“私の特性を帯びた魔力が、意志を持って暴走した”という風に思ってくれればいいさ」

 全てを信用できるわけではないが、話した内容は俺が見た日記と似たような内容であった。
 日記もハクさんも鵜呑みにする訳ではないが、今は警戒は怠らない、という程度に留めておくとしよう。

「だが、封印された事による弊害を収めるために貴女は居るのであろう? つまり封印は今……いや、貴女が封印の犠牲になれと言っている訳では無いのだが」
「それは心配無用さヴァーミリオン坊」
「ヴァーミリオン坊……」

 あと、彼女(?)がこれからどうするかは分からないが、もし害はないと判断され、社会に出るとするならば色々と教える必要がありそうである。さっきも乳繰り合う的な事言ってたし。

「正確には私は“封印されたモンスターのはけ口として一緒にされた存在の一部”だ」
「一部ですか? ……もしかして……貴女のような存在がまだ封印されている、という事ですか?」
「ほう、カンが良いようだね、金髪の見た目は清純派」
「メアリーです。その言い方やめて下さい」

 確かにその言い方だと、裏で複数の男性と遊んでいる感じがするな。三つ編み眼鏡にすれば地味とか言っているような――って、そこは重要じゃない。

「こう言ってはなんだが、王国――昔の王国は腐っていてね。私はあくまでも実験魔物の一つ。複数体の一体。比較的力を持っていて、運よく封印が外れた存在なのだよ。だから地中奥深くには未だにはけ口にされて居るモンスターが居るんじゃないかな。とは言え意識もなにも無いだろうけど。私もそうだったし」

 先程ハクさんは改造人間で、色々と一緒に封印されたと言っていた。
 その一部が先程までの影であったらしいが、あくまでもアレはハクさんの封印が解かれかけたため封印場所(扉)の近くに封印モンスターの魔力がハクさんの特性を色濃く受け継いで状態で溜まってあのようになったらしい。
 そしてそれとは別に封印モンスターを抑えるための魔力のはけ口に、ハクさんの実験の時に出た“失敗作ではあるが誰かに憑りついたり化けられる程容量を持った”改造人間を封印したらしい。

「はは、質を数で補おうって言うんだよ。まったく、生き物の欲望と残忍性は凄いね!」

 ……ハクさんはそう言って笑うが、俺達は笑えない。ていうか笑えるような心境にならない。ヴァーミリオン殿下を始めとした殿下達は、“王族も認知した実験”に感じて思う所があるようであるし。
 あと笑顔がビャクなのだが、ビャクとは違う今までに見た事のない笑顔なので凄くやり辛い。

「でも封印としては悪くないんだよ。そして今回ある程度放出されて蓄えられる容量は増えたから、封印は大丈夫だろうね」
「大丈夫ってどのくらいですか?」
「そうだね……」

 ハクさんは俺の問いに扉の方を見て近づいていく。
 そして扉を触りなにかを感じ取るかのように目を瞑る。

「うん、今なら二百年は大丈夫だろう。君達が生きている間は大丈夫さ」

 ハクさんは目を開け、俺達に告げる。
 君達はなんの心配も要らない、とでも言いたげである。だが……

「クロ子爵」
「はい、分かっています。知った以上私はこの地の領主としても、私個人としても放っておくつもりは有りません」
「そう言って貰えると助かる」

 だが、現在の負債を未来に残す気はない。
 大丈夫とハクさんは言うが、今回の様に不測の事態は起こりうるものであるし、対策を立てる事が出来、解決できるのならば俺は辛くとも解決の道を探そう。もちろんエクルがやろうとしていたような犠牲にするやり方は論外であるが。

「……ふーん、延命を考えるのではなく、あくまでも解決を望むんだね」
「当然だ」
「強いね。だが、その強さを他者に強要できるのかな?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味さ。モンスターという、害のある存在を犠牲にする事が最も楽な道であったから過去にそれを実行した。私がその生き証人さ。災厄を前にして、君達のように立ち向かえる者達ばかりではないのだよ」

 ハクさんはヴァーミリオン殿下の強い言葉に、試すというよりはただ事実を告げるかのように淡々と言う。
 その瞳はとても空虚なモノで、ある意味では昔のビャクを彷彿とさせる表情であった。

「それに良いのかい? 下手をしたらさらなる災厄が降りかかるんだよ? だったら余計な事をせず、今は大丈夫なのだと現在と未来を謳歌すればいいじゃないか」
「見たく無いモノを見ずに生きるのは楽ですが楽しくは有りませんよ」
「あはは、そうだね。これから生きていると“あ、あの時放置したせいで未来は危険なんだな”って思う事があるという事だもんね」
「その度に過去の過ちであって私は関係無いと思い、過ごすのは辛そうだな」

 ハクさんの問いに、メアリーさんが被せるように即答し、クリームヒルトがうんうんと腕を組んで賛同するように頷きながら答え、ヴァイオレットさんが答えに付け加えて言葉を続ける。

「ふ、我も師匠として国の過ちを見過ごせば、師匠として面目が立たぬからな。我は目を逸らして逃げるような弱い女では無いのだ!」
「はい、私めも逃げては弟子として不甲斐ないだけではなく、師匠のアプリコット様にも泥を塗るので逃げません!」
「私もです。大切な女性の前で現実から目を逸らすのは格好悪いですし」
「……私は……逃げてばかりだったから……憧れの友達みたいに……立ち向かいたい……」
「……まぁ、私も放置する気はないよ。一応ロイヤルとしてはこんな巫山戯た物を放置する気はない」

 アプリコットがまるで強敵を前にして楽しむかのように不敵にポーズをとり、先程の説明中に起きたグレイが讃えながら自身の意志を告げ、バーガンティー殿下はクリームヒルトを見ながら同意し、エフさんもクリームヒルトを見ながら意気込み、復活したスカーレット殿下は静かながらもやる気を見せた。

「ま、封印モンスターなんてモノの近くで過ごすのはねぇ。神父様との愛を育むのにも邪魔になりそう。それにシキは大好きだし」
「私も元より放置する気は有りませんよ。この身を犠牲にする気はもう無いですが、メアリー様の邪魔をするなら排除します。……この身が許されればですが」

 シアンは冗談交じりに戦う表明をし、エクルは若干危ういが前向きに検討をしてくれる。
 それを見てハクさんは表情を変える事無く一瞥し、最後に俺を見た。

「実に綺麗な言葉だ。……綺麗事だけで解決すると思っているのかな?」
「別に今すぐどうこうする気は有りませんよ。時間はまだあるようですし、安全を充分に考慮した上で封印を実行すれば良いのですよ。なにも己の全てを犠牲にして解決する、という訳じゃないんですから」
「あはは、そうだね。私達ならば解決出来ると思うよ!」
「ほう、それは何故かな少年少女」

 何故かと問われると、色々な理由は有る。
 危険、放っておけない、解決すべき課題、倫理的、王国民として、領主として、貴族として、友が居る土地だから、ある程度の未来を知っているから、解決する術の糸口があるから。
 と、様々な理由は有る。

「そうですね、俺の場合は――」

 だけど不安があったり、危険であろうと解決しようと真っ先に思える理由。
 俺の場合は……

「父親として格好つけたいから、ですかね」

 家族のために、少しでも誇れるような親になりたいと思ったからである。
 そんな、どうしようもない、ちっぽけなプライドのためである。

「ふ、じゃあ私は神父様のために!」
「じゃあ私は色んな家族のために!」
「家族と将来の家族のアプリコット様のために!」
「!? わ、我は我であるがために!」
「私はクリームヒルトさんのために!」
「えっと……クリームちゃんとお兄様達のために……!」
「ロイヤルとして親友のエメラルドのために!」
「俺はメアリーのために!」
「っ!? せ、せめて国のためでは……?」
「クロ子爵が誰かのためにと言ったのに俺が負けていてたまるものか」
「勝ち負けなんですか」
「メアリー様」
「せめてためにと言って下さい。名前だけだと怖いです」
「メアリーちゃんは誰のために?」
「……皆さんのために」
「逃げたね」
「五月蠅いです」
「……あはは、皆言うね! なるほどそっかー。誰かのために、かー。……そうだね、それも生き物らしさか。じゃあ私は誰のためにしようかな」
「虚空にでも誓っていたら? あと笑い方マネしないで」
「クリームヒルト、君相変わらず私に辛辣だね。じゃあ私はティー坊にでも――」
「…………」
「おお、怖い怖い」

 どいつもこいつも張り合うんじゃねぇ。
 ……あとクリームヒルト、ハクさんと相性が悪いんだな。まぁ自分の前世と同じ顔とか嫌だからなのかもしれないが。……だけど最後の方はなにか別の理由で毛嫌いしている気がするな。

「クロ殿」

 喧しくなった皆を見ながら、なんだか誰かのためにと大喜利大会みたいになった全員を見ながら言うんじゃ無かったと後悔していると、ヴァイオレットさんが俺の袖口を引っ張って小さな声で呼びかけてきた。
 今度はあててはいない。……ちなみに先程のはあたっている状態の時は俺に意地悪しているのではなく、本当にあたっている状態だと気付いていなかったりしたので、今回は意識して離れているように思える。
 ……ちょっと勿体ない。

「……ここだけの話なのだが、グレイには内緒にして貰えるか?」
「はい、構いませんよ?」
「私も解決に頑張るのは家族のためではあるが――」

 ヴァイオレットさんは背伸びをして、俺の耳に口を近付ける。
 そして吐息にくすぐったさを感じ、ドキドキとしていると――

「――なによりも一番は、愛する旦那様のためだからな」

 そんな、更にドキリとする殺し文句を告げてくれた。

「ふふ、先程愛を囁いて貰ったお返しだ」

 そして少し離れて微笑みながら告げてくる。
 イタズラに成功して、してやったりとでも言いたげな表情だ。

――……うん、なんというかこれは……

 とりあえず、俺は家族のためにもより解決を頑張ろうという気持ちが強まったのは確かである。





備考
ハク
ハク髪黒目
170程度の女性にしては高めの身長に、鍛えられた美しい外見。
ただしこれはクリームヒルトの前世である一色・ビャクの姿。
元となる姿形はあったのだが、自身も覚えていない遥か昔に産まれた改造人間。
男性・女性の両方の精神性を持っている。
これらの特性のためか、身体が自身のモノという認識が薄く、あまり羞恥心が無い。
現在は美しい外見になったので、見せびらかしたい欲求が割とある。

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