追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

チクショウめ!


 言いたい事は多くある。
 この状況を作り出したシアンに文句は言いたいし、互いの現状を把握したいし、この場所に関しての説明もしたい。
 だけどそれらの事よりも優先してやらねばならない事が一つある。重要かつ最優先事項だ。

「ク、クロ殿……?」

 俺はそう思うと、顔を赤くしていたが冷静を保つためにいつもの凛々しき表情に戻ろうとしているヴァイオレットさんに向かって歩いていく。
 俺の行動にヴァイオレットさんは逃げる事無くその場に居て戸惑っている。可愛い。
 俺はオロオロとするヴァイオレットさんの前で止まり、両肩に手を置く。
 よし、とりあえずこれは言わないと。

「ヴァイオレットさん、こうしてお会いできて嬉しいです。そして今言った言葉自体は嘘偽りの無い本音ですので、恥ずかしくとも受け取ってくれますか。――愛しています」
「――――」

 俺の言葉にヴァイオレットさんは俺を見たままフリーズする。
 俺としては当たり前だが重要な事。シアンに煽られたのもあるが、その前の“作られた言葉”というのに引っ掛かりを覚えたので、俺なりに自身の感情を表す言葉をぶつけてみた。

「…………」

 しかしなにも返って来ない事に不安を覚える。
 ……陳腐な言葉すぎて引かれたり冷められたりしないかな。とか、思う。そして言った後に恥ずかしくなったりして来たがどうしよう。さっきまで雪が降っていたはずだが、なんだか熱くなって来た。
 なんか周囲が「おぉ……」みたいな反応をしているのが気になるが、今はヴァイオレットさんの方が大切――

「クロ殿。私に愛を囁いたのに、周囲を気にするのか?」
「ぐぺっ」

 そして俺の表情を読み取られたのか、フリーズしていたヴァイオレットさんは俺の両頬を両手で挟まれて強制的に周囲を見ないようにさせられた。

「……あぁ、本物のクロ殿だ。数日と経っていないのに、こうして無事なクロ殿と会えて愛おしく思える。――この感情が溢れるのなら、私もクロ殿の事を愛していると自覚できるから、私は幸せ者だ」

 そして愛おしそうな表情でそんな殺し文句を言われてしまう。
 少し目線を下げた所に見える、蒼い瞳が綺麗な、俺には勿体無いほどの美貌で所作が綺麗な四歳下の妻。
 そんな妻に愛されているという言葉を言われ、俺は――

「――だが、それとは別にこのような場所で愛してると叫ぶのはどうかと思うぞ、クロ殿」
「イタタタタタッ!」

 俺がヴァイオレットさんに見惚れていると、俺の顔をホールドしていた両手が頬を掴む両手へと変わった。
 唐突だったのでつい痛いと言ってしまう。

「嬉しいのだが、時と場所を考えてくれクロ殿。分かったか?」
「は、はい……」
「よろしい」

 ヴァイオレットさんはそう言うと捻っていた指を離し、離れる前に捻った頬を軽く撫でてから話した。
 ……なんか「痛いの痛いのとんでけー」みたいなのをされた気がする。勿論ヴァイオレットさんにその気はなく、単純に捻ってしまったから手当的な意味で撫でてくれたのだろうが……それでもそんな小さな行動一つでも嬉しく思ってしまう。

「あはは、つまり時と場所を弁えればいくらでも愛を囁いて欲しいという事だねヴァイオレットちゃん!」
「ほほう、どうやらその柔らかそうな頬を捻って欲しいと見えるなクリームヒルト」
「わー照れたー」
「よし、後で捻る」

 成程、俺も思ったのだが時と場所を弁えれば何度でも言っても良いのか。
 そしてそれを言っていればまた捻って貰えたのか、惜しい事をした。だが言えばヴァイオレットさんに怒られそうだな。そうすれば囁けるものも囁けなくなるな。
 それにヴァイオレットさんは他にも多く引き連れて来ていた。そんな皆の目の前で色々やるのは控えた方が良いだろう。
 居るのはクリームヒルトと何故か居る、なにかに葛藤しているかのようなスカーレット殿下。
 そしてエフさん……あれ、エフさんの瞳が紫に見える。気のせいだろうか。……確か今の俺はヴェールさん特製の【認識阻害】を受けるついでに、影魔法対策として簡易的な【魔法看破】もかけられているからエフさんの服にかけられた【認識阻害】をある程度突破している。つまりはあの紫の瞳が本来のエフさんの…………よし、考えない様にしよう。スカイさんの偽者に気付けなかったのだから、上手く作用していなかったんだ。そうに違いない。

「なんだ、目の前で乳繰り合うと思ったがやらんのか、つまらん」
「ち――あまりそういった事は……一応今は女性なんですから、控えめに……」
「なにを言うティー坊。私が居た時代ではあちこちで戦争やってたから、あちこちで男女が戦争前に乳繰り合ったものだ」
「戦時中である以上そういった事があるのは分かりますが……今はそういった時代ではないので」
「分かった分かった」

 後バーガンティー殿下も居るのか。殿下多いなこの場所。
 そして殿下をこのような危険な場所に居させるとか、俺を捕まえようとした騎士連中に知られればそれだけで不敬罪として捕まえそうなレベルである。
 あと「ティー坊」と呼んでいる女性は誰だろうか。バーガンティー殿下の陰になっていて見えないな。
 ……まさかコーラル王妃が来たとかないよな。王妃は間違いなく俺を嫌っているから、来たとなったら俺は今の容疑が確定に変わりそうで怖いんだよな……

――でもこの声は……

 だがこの声は聞き覚えがあるような気がする。
 懐かしく、忘れていてが、聞いた事によって思い出し、あらゆる記憶がよみがえる様なこの声は……

「まったく、シャイなモノだな。ランドルフならもっとガツガツ行かんか」
「我が一族をなんだと思っているのです」
「男女共に床上手な絶倫体質」
「止めて下さい、私は良くても周囲が不敬罪を適応しそうです」

 そう、今世では聞いた事のない懐かしい言葉と、外見を持つ――

「は、え、ビャク!? なんでお前が此処に!?」

 ビャク……クリームヒルトとは違う、前世の俺の妹がそこには居た。
 俺の記憶よりも少し成長しているが、間違いなく俺の妹だと言える白い髪を靡かせる存在。幼少期は前世の母の面影があったが、成長するにしたがって違う方面に成長した事に安堵していた妹が何故此処に!?

「クリームヒルト、お前まさか分裂したのか!?」
「言っておくけど私は単細胞生物なプラナリアでも、黒兄の妹を名乗る不審者でもないよ」

 じゃあ彼女はいったい何者だ。シュイやインで無い事は確かである。なんというか、確かな存在感があると言うか、生命力に溢れていると言うか……

「ううん、君は私のこの姿を分かるのかい? クリームヒルトに詳しい説明を聞く前に、妙な違和感を覚えてここに来たから説明は聞いていないのだが」
「え、ええ、知っていますが……」

 あ、でもこうして話すと違うって分かるな。
 喋り方の癖とかが彼女自身の話し方、って感じだ。

「あ、もしかしてこの子、リムちゃんのビャクちゃん時代の姿?」
「うん、そうだよ!」
「ええと……シアンさんもこの姿を分かるのですか?」
「うん、分かるよティー君。説明は……難しくはないけれど面倒、って感じかな?」
「……ええと、私の今の姿はビャク? っていう子の姿で良いんだろうか。そしてええと……」
「クロです」
「クロにとっての知り合い、で良いのかな? この姿はクリームヒルトの姿という話だが……本当なのかい?」
「え、ええ。何故その姿を……あ、そういう事か」

 確かこの影の特徴は、あの日記によると相手の記憶を読んで、相手が一番長い時間過ごした姿になる、というものだ。
 最初はピンとこなかったが、ようはゴルドさんが女の姿になって、あのまま男時代よりも女時代が長くなった時にゴルドさんを対象にすれば、ゴルドさんの女の姿になる、と言うようなものだと納得した。

「分かるのかい?」
「ええ、まぁ。仰る通り、その姿はクリームヒルトを対象とした姿ですね」
「ううん、やっぱり納得出来ている者は納得出来ているのか……」

 なので彼女はクリームヒルトを対象として化けた影モンスターなんだろう。
 そうなると悪いが彼女も影を払わないと危険に――あれ、でもそうなるとなんでヴァイオレットさん達と一緒に行動を共にしているのだろうか。
 理由を聞いて――

「チクショウめ!!」
「っ!?」

 理由を聞こうと思っていると、唐突にそんな言葉が聞こえて来た。
 結構大きな声であったので、ヴァイオレットさん達の存在に気付いてこちらに近付いて来たメアリーさん達も驚いて目を見開いて声の持ち主……スカーレット殿下の方へと視線を向ける。

「ここまで来たら認めるしかないと言うの! なんで、なんでそうなるんだチクショウ!」
「ス、スカーレット姉さん、落ち着いてください! そのようなはしたない言葉を使うなど――」
「うっさいアンタは言葉遣いが丁寧な子が好きだもんね! だから口調が悪い私が嫌いなんだろ同じ両親を持つ愚弟め!」
「訳の分からない上に脈絡のない事を仰らないでください! 俺は姉さんは厳しくとも好きですから!」
「ありがとよ! でも今私に好きって言葉を使うな!」
「姉さん、何故項垂れているのです! ……おい、ティー。姉さんになにがあった」
「い、いえ、私にも分からないのです……」

 普段から脈絡なく接するスカーレット殿下であるが、いつも以上に訳の分からない汚い言葉を言う。
 あとさり気無く国家機密な血の情報を混ぜてやがる。それほどまでに取り乱しているという事なのだが、何故取り乱しているのだろう。

「…………」
「どうしました、シ――エクル先輩?」
「……そう言えば彼女があの姿になってから、スカーレット殿下は彼女に見惚れていたような……?」
「確かに綺麗ですものね。クリームヒルトの前世ってあんな美女だったんですね……」

 俺が悩んでいると、メアリーさんとエクルのそんな小さな声が聞こえてくる。
 見惚れる……確かにビャクは我が妹ながら綺麗であるとは思う。見惚れるというのはよく分からないが……ん?

――そう言えばスカーレット殿下って……

 スカーレット殿下はエメラルドが気になると言っていた事を思い出す。
 同時にクリームヒルトと相性が悪いなとも思った事を思い出す。
 そして今のスカーレット殿下の悔しがり方を見ると……

「クロ殿、なにか気付いたのか?」
「ええ、少し思い当たる節が。ですが彼女の名誉のためにも俺は気付いていないという事でお願いします」
「? 分かった」

 これはあくまでも予想だ。
 だから俺は口に出さないでおこう。……いずれ相談を受ける事があるとしたら、少々面倒になりそうだが真摯に受けてあげるとしよう。
 スカーレット殿下の奇行に周囲の視線が集中する中、そう心に決めたのであった。

「……あと、ヴァイオレットさん。腕に当たっているのですが」
「なにがだろうか」
「言わせる気ですか。……何故急に腕に?」
「今はスカーレット殿下に視線が行っているからな。……今なら皆に気付かれずにいけるかと思って」
「なにをいけるというのです」
「……先程感じた愛おしい感情の発露?」
「なんで疑問顔なんですか」
「……気付いたら今のような状況になっていたからだ」
「可愛らしく言わないでください」
「嫌か?」
「嫌でないです。ですが、今はこれ以上やめておきましょう」
「そうだな。すぐに気づかれてしまう」
「ええ、そうですね。だから時と場所を変えて、後でお願いしますね」
「……そうだな。その時と場所を楽しみにしよう」
「ええ、俺も楽しみにしています」

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