追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

甘い対応


「随分と甘い対応なんじゃない?」

 メアリーさんとエクル……シキさんという名前の前世の知り合いに話し合いの場を設け、距離をとり影とやらが出た扉の前に居るとシアンが尋ねて来た。
 糾弾するような強い口調は無く、話をするキッカケにとりあえず出した、というような声色だ。

「甘い対応って?」

 それに対し俺はチラリとシアンを見た後、扉に再び視線を戻し問い返す。

「教え的には許す事も大切だけど、罪には罰をは大切だって事。子爵家の領主様が、個の感情を優先して罰を与えないっていうのはどうなの、って話」
「相手が反省もせず、自身の行動を正しいと思って暴走しているのならちゃんとした司法に基づいた対応をするし、殴ってたりしいてたかもしれない。けど……」
「けど?」
「その必要は無いと思っただけだよ」

 これが何処かの第二王子や第三王子狂いの変態であったら許してはいない。
 そして俺にとってはキチンと謝って欲しかった。
 会わす顔が無い、とかなにを言っても言い訳になってしまう、とか言って捕まる事で反省の意を示し罰を背負い、逃げて欲しくなかった。
 背負われてしまっては謝罪も違うモノになってしまうから。

「それに話し合う事も重要だと思った訳だしな」

 そう言いつつ、俺はメアリーさん達の方を見る。

「――私は――」
「いえ――それは――」

 そこに居るのはメアリーさんとエクル。そして監視も含めたヴァーミリオン殿下。ヴァーミリオン殿下は黙って聞いているだけのようだが。
 遠くて聞こえないが、真剣に話し合っているように見える。あのように話し合う事こそが、エクルにとっては……

「固陋蠢愚。思い込みで選択肢が狭かったから、ああやって会話をしろって事?」
「……ま、そういう事。メアリーさんの在り方を見て、エクルは在り方を支えようと行動を決めてしまった。互いの間違いが擦れ違って、善意が向こう見ずになってしまっただけだからな」
「上から目線の説教じみた物言い。クロの癖に偉そう」
「子爵家の領主様だからな、偉いんだよ」
「うわー、クロが権力に溺れて薄汚れた男になってしまったー」
「脇腹殴るな」

 シアンは俺の脇腹に拳を軽く打ち付ける。痛くは無いが衝撃波来るので止めて欲しい。シアンなりのコミュニケーションなので別に構わないと言えば構わないのだが。

「それに、生憎と恨みを持つのは疲れるし、そんな疲れる行為は独り居れば十分だ。……それに別に俺は不幸になって欲しい訳でも無いしな」
「ふーん、そう」

 俺の言葉にシアンはあっさりと引っかかる。元々そこまで深くは追及するつもりはないんだろう。

――……けど、シアンの言っている事の方が正しいんだろうな。

 罪には罰をは大切。個の感情を優先してはならない。
 シアンの言う事はどちらも尤もである。かと言って許す事を美徳とし、加害者を許す事が大切だと言う愛護精神を持っている訳でも無い。
 エクルが仮面の男として俺と接していた時は、許してはならない存在だと思ったし、放置していては危険だと判断していた。善意の暴走をしている、と。
 ただ……

「――ごめんなさい、シロ様――私は――貴女のお傍に――」
「顔を――下さい淡黄(シキ)さん――貴女は――この世界で――先輩として――」

 ……ただ、エクル・フォーサイスという存在を見ていると、俺の中の善意が働いただけだ。
 ロボを襲った飛翔小竜種ワイバーンの後始末の時に覚えた違和感。
 ヴァイオレットさんとの隣街デートでの街の文化の取入れ。
 誘拐騒動の際、自身の立場を鑑みて、可能な限りの手紙たすけを出したり。
 シキで起こる災害に対して身を挺して守ろうとしたり。
 ……許せない事も多いけど、別の所に必死な抵抗も見えた。俺が捕まって居る間に起きたシキのモンスターの大量発生も対応してくれたみたいだし。……まぁ調査団を無効化したのは逮捕されると動けなくなるからだと思っておこう。
 ともかく、俺としては迷惑をかけた皆に謝罪をしてくれれば良い。ロボのような相手を除けば、別に自分が仮面の男と言わなくても良いし。
 ……後はどうなるか、どうするかはメアリーさん次第であろう。

「で、実際どうなの」
「なんの話だ」

 俺が遠い目でこれからどうなるかと思いつつ、メアリーさん達を見ていると、シアンが尋ねてくる。
 主語の無い質問に俺はシアンの方を向く事無く問い返す。

「影を殴れば解決するという話。エルちゃんから聞いたって言ってたけど、アレ嘘でしょ」

 ……相変わらず、嘘を見抜くのが上手いな。
 元々話すつもりではあったのだが……もしかして見抜くのが上手いのではなく、俺が嘘つくのが下手だったりするのだろうか。ヴァイオレットさんとかアプリコットも俺が前世持ちだという事になんとなく勘付いていたみたいだし。

「ああ、嘘だ。ヴェールさんには彼女が発見した事にしてはいるが、とある本に書いてあった事だ」
「本?」
「ああ、俺が捕まっていた部屋に隠された部屋があってな。そこに本が隠されていたんだよ」
「ええ、マジで? 私達が住んでいた愛の巣きょうかいにそんなのあったの?」
「あった。どうも書いたシスターは魔法に優れていたようでな。彼女なりの対処方法と研究結果のようなモノがあったんだよ」

 シアンのヤツ、今教会を別のニュアンスで言ったような気がする。
 そして俺が嘘上手い下手はともかく、シアンに何故影の対処方法を知っていたかを簡単に話した。
 王国の過去。特殊な魔力。各地に封印されたモンスター。そしてこの地では模倣の力を持つ存在が封印されていた事。
 元々は問題のモンスターを兵士にする事で、兵力増強に使おうとした計画だったらしい。だが戦力は元のモンスター依存で強くならないし、暴走はするし、衝撃で元に戻るしで頓挫した計画だった。のだが、元となった模倣魔物ドッペルゲンガーは特殊な魔力を引き付けるのに丁度良いという事で利用、封印されたらしい。
 ……なんというか、昔の王国って酷かったんだな、と思わずにはいられない。

「そんな事が……あ」
「どうした?」

 シアンも俺と同じような感想を抱いて居そうな表情になった後、なにかを思い出したかのような表情へと変わった。

「いや、ふと気付いたんだけど……クロってここに居てもいいもんなの?」
「どういう意味だ?」
「一応捕まっている……監視対象がここに居ても良いかって事。今教会の部屋に誰か騎士連中が行ったらマズいんじゃない? 大丈夫?」
「ああ、その事か」

 シアンの心配は分かるし、疑問は尤もである。
 俺が教会の部屋を抜け出すなんて危険な行為をした理由は、クリから伝言を聞いたからであり、一刻も早く仮面の男を止めないと、と判断したからだ。
 そしてゴルドさんに監視の目が無い事を聞いて、一つ頼み事をして抜け出した。その後偶然出会ったヴェールさんに【認識阻害】の魔法をかけて貰い、シキ内を探索して仮面の男を探していた。
 そしてスカイとアッシュのとある情報から仮面の男がエクルだと分かり、エクルが行ったという方へと駆けて行った。影騒動が起きたのはその後だ。
 この騒動が起き、俺が部屋に居ないとなれば問題は大きくなるだろう。ますます疑いの目が厳しくなり、問題が起きるかもしれない。

「大丈夫だよ。シュイに身代わりを頼んであるから」

 だが今頃俺が居た部屋にはシュイが俺に変身して待機して貰っている。なので俺が居ないと思われる事は無い。

「それも大丈夫? シュイちゃんとインちゃんってなにか違うって感覚があるけど」
「ずっと接していた相手ならともかく、会って数日の相手だ。問題無いだろう」
「ま、そっか。少しの間だしね。けどクロのマネって出来るもんなの? 今の影みたいに記憶も読み取る感じじゃないし」
「ああ、そこは大丈夫だよ。いざという時のためにインに教えているから」
「なにを?」
「カラスバとクリが俺っぽさ? を教える、って言っていたから大丈夫だろう。なんか張り切っていたし」
「……大丈夫だと良いけど」
「?」

 俺の言葉にシアンは今までとは違う方面で心配しているように見えた。
 何故だろう。







とある場所にて

「違うんですよ、イン! クロ兄様はそのような存在ではないのです!」
「え、ええと、姿形は同じだと思うのですが……」
「違うのです! ありとあらゆる雰囲気が違うのです! 良いですか、素晴しいという単語を象徴する存在こそがクロ兄様なのですよ! 三パーセントも再現できていません、やる気あるのですか!」
「ひ、ひぃ! ク、クリ様、お兄様を御止めになってください!」
「……筋肉が違う」
「は、はい?」
「……三頭筋のハリが悪い。他に何ヶ所も筋肉の揃い方が違う。こんなんじゃ、姿形すら一緒と言えない……! ……筋肉を舐めているの!?」
「ひぃ!?」
「今はシュイが節穴達を誤魔化していますが、いずれバレてしまうのは明白! 何故だか分かるかクリ!」
「……普段との筋肉素晴らしさ違いギャップ
「その通りだ! だから違いに気付かれ、クロ兄様にバレぬように、少しでも至高のクロ兄様に近付けるように私と!」
「……私が……!」
「貴方の変身を高めて見せますからね!」
「た、助けてゴルド様、シュイ! この兄妹怖い!」

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