追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
今為した事(:偽)
View.メアリー
クロさんは私達を連れ、エクル先輩が待つ扉の前へと移動しました。背後にはシアンが居て、なにかしようものなら即座に取り押さえられるように控えています。
寝ているグレイ君はアプリコットに背負われ、これからの話には関わるべきではないと判断し、話を聞かれない様に少し離れた位置にいます。
「さて、改めて問いますがエクル卿。貴方はこのシキで様々な事をしていた仮面の男、という事で良いのですよね」
「……そうです」
クロさんの問いかけに、エクル先輩は様々な感情が混じった表情で返答をします。
私に見られている事が嫌なのか、秘密がバレてしまった事による焦燥か、あるいはどうにもならない所に来てしまった悲嘆でしょうか。それが全て混じったものかもしれません。
「認める上に、逃げもしないのですね。あるいはなにか算段でも?」
「算段などありませんよ。私の正体がメアリー様にもバレました。ならばここから足掻いても迷惑をかけるのみです」
「だから逃げない、という事ですか」
「はい」
いつものお兄さんのような口調ではなく、丁寧な口調でクロさんの問いかけに答えます。
爽やかな口調ではなく、まるで誰かに仕えるかのような丁寧かつ抑揚のない声。裁きを受ける前の被告人かのような真っ直ぐな姿勢。……それが少し寂しくもあります。
「それに私がした事は許される事ではありません。いつか裁かれ、罪を背負うべきだと覚悟していました。その時が来ただけなのです」
「……つまり初めから表舞台から消えるつもりだった、と」
「はい。……もちろんクロさん。貴方に私刑を喰らうならば受けましょう」
「そう言えば良心に訴えられ、許して貰えるとでも?」
「いえ、それはありません。貴方が私のやった事を許せないのは事実ですから」
「……ふぅ」
クロさんはエクル先輩の言葉に嘘偽りなく、覚悟があると感じ取ったのか小さく息を吐きます。例えこのままエクル先輩を殴ろうがエクル先輩は抵抗せず、そして問題にせず裁かれるだろうと分かったのでしょう。
「ええ、貴方がやった事は許せません。ロボは下手をしたら大怪我を負ってトラウマを刺激されて心にも傷を負う可能性がありましたし、他にも色々あります。誘拐の件は……まぁ暴走かもしれませんが、組織自体には貴方も関わっていたのでしょう」
「……ええ」
エクル先輩は、私がカサスの様に歩ませるために裏で様々な事に関与し、誘導していました。
ハッキリとは聞いてはませんが、カサスに登場しない……あるいは登場しても中身が違う存在のイレギュラーにより陥る不測の事態に対して、私が“カサスのストーリー通りに進めている”という認識をさせるための誘導。
例えば……予測ですが、クロさんがこの地で領主を務めなければロボさんやアプリコットなどがこの地に留まる事は無かったでしょう。あるいはシアンやグレイ君と言った存在は今のように明かるく善意を振るう事無く、この地に愛着も無く前領主と敵対していたり、誰かを好きになる事は無かったかもしれません。
ようは今のように良い雰囲気が満ちる事は無く、寂れた辺境の地になっていたのかもしれません。
ですが今のシキだと、カサスで言うトゥルーに起きるモンスターの復活が妨げられ……場合によっては現勢力で抑え込む事が出来るかもしれません。なので調査不要となり、あるべきイベントが起きないかもしれません。
……だから、調査が行なえるような状況になる様に仕向けた。……とてもではありませんが――
「仮にメアリーさんを想っての事でも、より“善い”未来へのためであるとしても、被害にあった私達はたまったモノではありません」
そう、許す事は出来ないでしょう。
……私自身が皆さんの幸福ためと思い込んで、ヴァイオレットを犠牲にしようとしていた時の様に。
結果としてヴァイオレットは現在幸せそうにしては居ます。
エクル先輩がやった事も、結果的にロボの恋愛(一応シアンも)が進む結果となったり、大怪我を負った者はおらず、国家転覆(真)を目論む団体を逮捕出来たりと良い方面になった事もありますが、被害……主にクロさん達にとっては許す事は出来ません。
「クロさ――」
「メアリーさん、今は少々静かにして下さい」
私が発言しようとするとクロさんは静かに冷徹に私の言葉を遮ります。
……クロさんは私がなにを言おうとしたのか分かっているのでしょう。
エクル先輩に対する恩赦を。つまりはあまり責めないで上げて欲しいという事。……許しを強要するとクロさんは思ったのでしょう。
そして私の良い子ちゃん発言を言わせる前にクロさんが封じたのでしょう。言えば苦しむのは誰かを分かった上で。
「エクル卿。私が貴方に求めるのは――」
ですから私はクロさんの言う裁きを聞きます。そして私はその裁きに対し一緒に背負うつもりです。
エクル先輩の行動の目的は私のために行った事です。
頼んでやった事ではありません。ですが、その意志だけは否定したくは有りません。
私がかつて一方通行の行動をしていたように、一方通行でもエクル先輩……前世の家族と言える存在を見捨てる事は出来ません。
「……まぁとりあえず、ロボとかに謝ってください。私からは以上です」
……と、覚悟をしていたのですが。クロさんが言ったことはそんな簡単なモノでした。
「……それだけですか?」
「ええ。怪我……というか故障したロボとか、攫われたクリームヒルトとか神父様とか。私の家族であるヴァイオレットさんやグレイにもお願いしますね。ともかく実害を被ったシキの皆にはお願いします」
「い、いえ、そういう事ではなく」
「全てを話す必要は有りませんよ。自分が仮面の男だとか、変な組織と繋がっていた事とか。貴方が判断する範囲で謝罪を行ってください」
「そういう事では無くてですね!」
虚を突かれたかのようなエクル先輩は、大きめの言葉を出してクロさんの言葉を遮ります。
私やヴァーミリオン君と同じように、予想外の罰に動揺しているようです。いえ、罰と言えるかどうかすら……
「私がした事に対してそれで罰が軽すぎます。貴方はそれで良いんですか!? 貴方の大切な家族や友に私は……」
「もしその家族や友が許さず、裁きを求めたら私はそちらの味方をします。罪には正式な裁きを、という者もいるでしょうから」
「……貴方は良いんですか」
「私ですか」
「貴方自身は私になにかしたいとは思わないのですか。殴りたい、罵詈雑言を投げかけたい。もしもこの場誰かが見ている場所では立場上やりにくいと仰るならば、今すぐにでも魔法を封じた状態で二人になります。ああ、全裸で皆さんの前で土下座をしろと言うならばしましょう」
「しなくて結構。貴方は私をなんだと思ってるんです」
「そりゃ第二王子を私怨で殴った危ない領主じゃない?」
「シアンは黙って。……別に見つけたりしたのが私だけで、この場で一対一だったとしても、私は同じ事を言いますよ」
クロさんは私達の方を見て、この場に私やヴァーミリオン君という仲の良い間柄の者がいるからこのように言っているのではない、と告げます。
「ならば何故……」
それを聞き、エクル先輩はますます分からないような表情になります。
クロさんはエクル先輩……だけではなく、私やヴァーミリオン君の反応を見てどう言ったモノか、というような表情になります。シアンだけがなんとなく察しがついて居るような表情です。
「そうですね、私個人としては……いえ、俺としましては貴方のやった事を思えば許せない事も有ります。ですが」
「ですが……?」
「……貴方が先程までやっていた事に関しては、褒められる事ですから」
先程までやっていた事。
予想外かつ突然の影の放出。その放出を抑え込んでいた事でしょうか。
「何故封印が解かれたかはともかくとして、もしも貴方が居なければどうなっていたかは分かりません。この扉の存在を知らず、再現なく溢れる影にシキは飲み込まれた可能性も有ります。それを未然に封じてくれたのですから、俺はそれに対して領主として感謝するだけですよ」
「……それだけですか?」
「それだけですが?」
「……貴方にとっての善行を一つ成した程度で、今までの悪行を帳消しにすると?」
「帳消しにするほどではないんですが……えっと」
クロさんは問いかけに対し再び困ったような表情になります。
まるで何故そこまで言われるのかと分からないような感じです。
「過去に対して今やった善行を認めないのは違うと思いますから。……それがシキの領主として判断です」
昔を否定するつもりは無く。無かった事にする気もない。
けれど過去も含めて今なした事を否定するつもりも無い。シキはそういった事で苦しんだものが多いからと言っているように思えます。……だからクロさんにとっては、今シキの異常を防いでくれた事に対する評価をしているだけに過ぎない、という事かもしれません。
「まぁ捕まる事で謝罪をする機会がないまま、というのが嫌なだけで……ああ、では貴方が罪を感じていると言うならばもう一つ追加でお願いします」
「……なんでしょう」
しかし何処か納得出来ていないエクル先輩に対し、クロさんは思い出したかのように
そこでクロさんは私の方を見て。
「メアリーさんとキチンと話し合って下さい。……それが貴方にとっての裁きにもなりますから」
静かに、それが一番重要であるかのように告げました。
「……エクル先輩。いえ、淡黄(シキ)さん」
「……メアリー様。いえ、白様」
……もしかしてこれをクロさんは望んでいたのかもしれません。
前世の家族としての私と、目を逸らす事無く話して欲しい。それが彼/彼女に対しての罰になるのだと。そうクロさんは言いたいのかもしれません。
「クロ、シキさんってどういう事。彼はこの地を象徴するなにか?」
「いや、知らん。そもそも彼らがどういう関係かも知らないし」
あ、知らなかったんですね。
ひそひそ話していますが聞こえてますよ。
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