追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

エンドクラッシャー(:偽)


View.メアリー


 影シアンと影神父様は先日のキメラ……五メートルはあろうかという、四つん這いの獣のような黒きモンスターへと変貌しました。

「メアリー!」
「弟子!」

 その変貌を見て、私にはヴァーミリオン君が。グレイ君にはアプリコットが背後から近づき、影に触れて上手く動けずにいる私達を引き離しました。
 それと同時に痛みは薄れ、まともに呼吸を出来る事を確認すると、ヴァーミリオン君に引き離して貰った事に感謝の言葉を伝えつつ、影の獣を観察します。

「っ、申し訳ありません、私が近付いた事によってシアンと神父様の合体を許してしまいました……!」
「メアリーのせいではない。シスター・シアンと神父の合体は元より不測の事態だ」
「であろうな。我達が近付くころにはシアンさんと神父様は合体し終わり、変わりつつあった。だから弟子も気にするな」
「ですが……私めが早ければシアン様と神父様の合体を防げたかもしれなかったのです……!」
「貴方達ワザと言ってない!? 楽しんでいない!?」
「巫山戯ている場合ではないぞシアンさん!」
「くっ、納得いかない……!」

 全員がシアンと神父様が合体し、一つの獣となった影を警戒しながら戦闘態勢を整えます。
 最初こそ叫んでいましたが、今は叫ぶ事はありません。そして私達を敵として見做して攻撃する事も無く、逃げようとする様子もなくその場にとどまっている……というよりは蠢いています。

「……すまない。私が離れろと言って様子を見ろと言ったばかりに」

 そして警戒しながら、エクル先輩が申し訳なさそうな声で私達に謝罪の言葉を投げかけてきました。

「エクルのせいでもあるまい。未知の生物に近い存在だ。特定の誰かを責めるのは間違って居る。不測の事態であり、連帯責任だ」
「そう言って貰えると助かるよ。……だが、あのシアンくんとスノーホワイト神父様が合体したあのモンスターだが……」

 シアンが見てはいませんが「お前もか」みたいな表情でエクル先輩を睨んでいるのは気のせいでしょうか。
 ――ッ。……?

大型竜種ドラゴン……にしては小さいな」
「不完全であるのか、あの大きさで完成されているのか。……私が知る限りではもっと大きいはずだが……」
「だが、さらには攻撃の意思もないし……力強さも感じられない」

 そして私達は警戒しながら獣を観察します。
 皆さんが仰っているように、生物……ではあると思うのですが、そこに居るのに存在が曖昧な存在です。まさに影を見ているだけの様な感じです。

「シアン様や神父様が合体したので、シアン様達のお優しい性格のドラゴンに模倣へんしんされたのでしょうか?」
「レイちゃん、お願いだから合体言わないで。集中出来ないから」
「? ではシアン様と神父様が……混じって生まれた子で」
「よし、あの影の獣ね。OK?」
「あ、はい。OKです」

 なんとなくですが「レイちゃん以外だったらこの状況でもぶっ飛ばしていた」という気迫をシアンから感じました。無邪気故に許された感じです。

「どうしましょうか」
「そうだな……エクル。お前は影を抑えていたと言ったな」
「……そうだね。今の状況なら私の力でどうにか抑えられかもしれない。そして悪いが討伐……」

 エクル先輩はそこで何故か私達を見て、その後内心で思った事を否定するかのように首を横に振りました。一体どうしたのでしょうか?

「……いや、私が抑えるから、どうにかしてもらう事は可能だろうか。キミ達なら出来るかもしれないからね」
「どうにか、とは?」
「アプリコットくんとグレイくんは魔法に優れているから魔法面で対応を。シアンくんは浄化関連での対応を。ヴァーミリオンくんや……メアリーくんは、王族魔法や錬金魔法の面からあのシア――影の獣を解き放つ事は出来るだろうか」

 エクル先輩はシア――影の獣を先程とは違う視点で見ているかのように私達に告げてきます。今のエクル先輩は先程となにか違うような気がします。――ッゥ。…………?

「私は大丈夫だよ。でも、抑える事とか出来るの?」
「……やってみます。いえ、やりますので」
「OK。なら私達も頑張ろうか。同じ姿はしていて妙な感じだけど、神父様への思いは受け取ったし、このままにしておくの寝覚めが悪いね」
「そうであるな。ヴァーミリオン様はいけるだろうか」
「大丈夫だ。あと様は要らん、先輩とでも呼べ。アプリコット後輩」
「了解した先輩エルダーヴァーミリオン」
「先輩と呼べ」

 ゥ、ッ!
 ……あれ、なんでしょう。先程から妙な感覚が……

「弟子よ。まだ救える可能性はあるようだ。元の様には戻らなくともなにか――弟子?」

 この妙な感覚は、右手……先程影に触れた方か、ら……?

「メアリー! どうした右手は!?」
「メアリーくん!?」

 私が自身の右手を確認するために自身の胸前にあげ、その様子に疑問を持ったヴァーミリオン君が叫び、エクル先輩も私を見て叫びます。
 何故急に叫んだのか。それはまさしく私の右手の色にありました。

「痣――いや、さっきの影か! 侵食しているのか!?」

 そう、私の右手が黒くなっていたのです。
 壊死している訳でも無く、文字通り侵食しているかのような染まり方です。先程影シアン達を包み込んだかのような影が、私の右手に纏っていたのです。

「っ、あ、ぁあぁあ……!!」
「弟子!?」
「リオン君、その黒い魔力がレイちゃんにも!」

 そして私だけではなく、グレイ君にも同じように影が纏っているようです。
 痛みに耐えながらもグレイ君の方を見ると、侵食するかのように魔力が身体を這っているのが見えました。
 私よりも侵食が大きいのは体の作りの違いか、触れた量の差か、男女の差か、魔力の量の差か。

――痛い。

 考えるんです、私。
 この浸食の差には理由があるはずです。そこからこの浸食を防ぐ方法や、痛みは何処から来ているのかを判断するのです。

――痛い。

 右手から来る痛みは、精々爪を剥がされる程度の痛み。段々大きくはなっていますが、この程度の痛みで思考を止める訳にはいきません。

――痛い。痛い。

 浄化魔法で解けるのか、自身の魔力を流せば良いのか、中和は出来るのか。
 “ある方法”を使えば打ち消す事は出来るでしょうが、それは出来ません
 後は――

「メアリー、待ってろ。今すぐ解呪をしてやるからな!」

 後は、この影が浸食した部分が触れたら移ってしまうのではないか。

「駄目です、触れてしまっては――後ろです!」

 そして、侵食しているモノが影ならば、影の獣が力を回収しようと襲い掛かって来るのではないか。

「危ない――!」

 そんな思考は気付いた時には既に起きている事であり、私やグレイ君に視線が集まったため、影の獣が襲い掛かって来るのを見ていたのは私だけで。
 影の影響か上手く魔法を唱える事が出来ず、咄嗟に動いた身体はヴァーミリオン君に飛び掛かる様になり、そのままヴァーミリオン君共々倒れ込む形になります。

「この、よくも!」
「コットちゃんはレイちゃんを!」

 私達を見てエクル先輩とシアンが影の獣にそれぞれ魔法を繰り出します。
 襲い掛かって来た事による瞬時の対モンスター用の魔法です。下手に近付けば影の浸食を受けるかもしれないと判断したのか、距離を遠ざけるための威嚇を含めた魔法です。
 ああ、良かった。魔法にも身体能力にも優れた彼女達なら大丈夫でしょう。今は私が庇った彼の心配をしないと……

「大丈夫、ですか、ヴァーミリオン、君……」
「なにをやっているんだ! お前が庇わずとも――」
「え、へへ……ごめんなさい、移るかもしれないのに、触れちゃいました……」
「っ……! お前はまた……!」

 出来れば右手で触れずに庇いたかったのですが、咄嗟の事だったので右手で触れてしまいました。ヴァーミリオン君に影は……良かった、移っていないようですね。
 私はどうやら背中にも影が移ったようですが、痛みは生命活動の証なので、痛みがある内は大丈夫です。ただ前世で味わった痛みと少し種類の違う痛みが走っているだけです。

「馬鹿な、こんな力はアイツには……いや、待ってろ今治療する!」

 ヴァーミリオン君は私の背中に治癒魔法をかけますが、驚愕しながらする理由は簡単です。

「っ、エクル君、気をつけて! この影の獣、力が尋常じゃない!」
「そのようですね! 特殊な魔法でも使っていないのなら逆に厄介です!」

 影の獣は先程までのよく分からない存在感の時とはうって変わり、力強いモンスターへと変貌していました。
 腕(のような部分)は力だけで気をへし折っています。防御に関しても魔法に優れた両名が攻撃しても、たじろかせる事は出来ているようですが、ダメージを与えるまではいかないようです。

「ああ、もう厄介、早い!」

 強大な魔法をどちらかが唱えればダメージを与えられるでしょうが、その隙を影の獣は許しません。
 彼らだけであればどうにかなるかもしれませんが、私達を庇うように立ちまわっているため上手く攻撃できずにいるようです。

――……それほどの強者、という事なのでしょう。

 未知というのを含めても、今シアンが言ったように厄介な存在なのでしょう。
 ならば私に出来る事は、今すぐ回復して戦線に復帰する事です。早く立ち上がらないと……

「エクル君、策はありそう!?」
「あります。ですがまずはメアリーくん達から距離をとらせます、危険ですから!」
「了解!」

 策? 策……まさかそれは……

「シアンくんはそちらをお願いします!」
「うん、エクル君は――エクル君!?」

 シアンはエクル先輩の名を叫びます。
 その声に驚愕が孕んでいる理由は、単純に予想外の行動をされたからでしょう。何故ならエクル先輩は影の獣に真っ直ぐ向かって行ったのですから。

――まさか……!

 エクル先輩の言う策。
 まさかそれは自身を媒介とした――

「エクル先輩を止めて下さい!」
「!?」

 彼は今、カサスのバッドエンドである自身を犠牲にする事によって影を封じる方法を試そうとしているのでしょう。
 手っ取り早く、確実です。何故なら、それが出来ると私も理解できてしまっています。影を中和できる方法として、何故か私の頭の中に巡ってしまっているのですから。

「彼は自身を犠牲にしようとしています!」
「なっ!?」

 止めないと。止めないと駄目です。
 彼の犠牲があれば助かる事が出来ます。
 他に方法はあるでしょうが、今倒れている私が居る以上は、影に苦しんでいる私が居る以上は私に侵食している影を一刻も早く鎮めるためにやろうとしているのでしょう。

――エクル先輩を……淡黄(シキ)さんをやらせません……!

 私は足の引っ張っている私はともかく、誰かを犠牲にするなんて駄目です。そんな事があっては駄目です。
 力を振り絞りなさい。痛みなんて散々味わったでしょう。
 影の影響を含めた行動が出来るように最適化しなさい。折れている……背中に回っている影の影響も含めて行動するんです。
 こんな時に行動できなくて、なにが皆を幸福にするですか――!

「淡黄(シキ)さん……!」

 名前を呼びます。
 一緒に話し合って笑い合い。
 一緒にA級からB級とすら言えないんじゃないかと思えるような映画を見て。
 一緒に緊張し合ったり楽しみながらゲームをした。
 唯一家族と言える存在の名前を叫びます。
 彼/彼女を犠牲にして生きるなんて意味が無いのです。
 だから今すぐに動いて馬鹿な行動を止めるんです。
 後が無くても良いのです。今すぐに動いて下さい私の身体。
 前世とは違って動けても、大事な時に動けなければ意味が無いじゃないですか。
 だから誰か彼/彼女を――

「――なにしやがってんだテメェ!」

 救って欲しいと馬鹿の様に願い、私が無理に駆けようとする前に彼は現れました。

「影だかなんだか知らねぇが――」

 彼はこの世界で私の認識を改めてくださり、この地で不当に捕まっていたはずの――

「俺の家族と友達に手を出すな!」

 クロさんが、私達の前に駆け付けてくれたのです。

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