追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

紺雪白、合体!(:偽)


View.メアリー


「ぐっ――あぁああああ!」
「っ、あ、ああああああ!」

 若干目を逸らしたくとも、目を逸らせない出来事が起こりつつ。これ以上進展してしまったりしたらどうしようかと内心冷や汗をかいていますと、別の意味で進展――黒い影がより纏いだし、縛られたシアン達は叫び出しました。

「エクル君、放っておいて大丈夫なの!?」

 そしてシアンは先程とは違う意味で大丈夫なのかと問いかけます。
 魔力を持ったモンスター、とは言われましたが、“なに”にあるいは“誰”に寄生するのかの説明は無いので、相手がどういう存在か分からない以上は苦しむ相手を放っておけないのでしょう。

「あのモンスター、魔力のような影はとある特性を持ったんだよ。それは記憶にある期間が長い身体で過ごした身体に変身する、というものだ。そして影は単体では変身できず、周囲のモンスター、あるいは動物に憑りつこうと周囲に飛び散った」

 シアンの問いかけに対し、エクル先輩は視線を影から逸らす事無くあの影について説明を始めました。

「私はこれ以上溢れない様に出て来る扉を抑えて調節し、協力者は飛び散った影を回収しに行った。倒したりすれば憑りついた影は霧散し、元の場所に戻って来る。そして後は戻った影を抑えれば解決する、と聞いてね」

 エクル先輩は説明を続けます。誰に聞いたのか、やそもそもその扉とはなんなのか。そんな質問は今するべきではないと分かっているので誰も聞きません。
 ……ですが、誰から聞いたかはともかく、“影”が溢れる扉とやらに居た理由は、私にもなんとなく分かってしまいます。

「そして恐らく協力者が討伐した事によって影が戻って来たのだが――問題が生じた」
「問題? もしかして影が溢れる扉の抑えるのに失敗されたのでしょうか……?」
「いや、扉が閉まったんだ」

 影が溢れようとする扉。つまりは封印されたモンスターに関連する扉が閉まった。
 その言葉だけ聞くと、影がそれ以上溢れないという事なので、問題が解決したように思えます。ですが、今こうしているという事は……

「一旦外に出て、ある程度戻って来た影が扉の中に入ることなく閉まったから、行き場を失った」
「そしてその行き場を失った影が……」
「そう、今のシアンくん達に憑りつき、集まっているモノだ」
「だとしたら、なおさらどうにかしないと駄目じゃないですか!」

 グレイ君は慌ててどうにかしようと近付こうとし、近くに居たアプリコットに手で近付かない様に制されます。

「弟子よ。どうにかするにしても、下手に近付けば弟子も巻き込まれる可能性がある」
「なにを仰っているんですか! シアン様と神父様によく似た彼女達が苦しんでいるのに、放っておくなど!」
「……我慢、してくれ弟子よ……っ」
「っ、――エクル様!」

 アプリコットに止められた事に対し、何故止めるのかと問おうとするグレイ君でしたが、アプリコットも我慢しているように唇を噛み締めているのを見て、エクル先輩にどうにかならないのかと名前を呼びます。

「模倣しているだけだから、実際の彼女とは関係無いし、あれは元はモンスターだ。だから苦しんでいても惑わされてはいけないよグレイくん。今私達がするべきは抑え込む事だ」

 私達がするべきなのは、あの影をどうにかして抑え込む事です。
 相手はモンスターであり、苦しんでいる表情も外見も、模倣によって生まれたモノです。だからエクル先輩は放っておいても良いと言い、惑わされては駄目で、あくまでもモンスターと敵対しているという心持でいるべきで、隙を伺うべきです。それが最善でしょう。

「仮にそうだとしても、私めは――!」
「っ――!」
「グレイくん――」

 ですが、その最善はグレイ君にとっては、最善でない選択です。
 それはグレイ君にとっては、大切であり大好きなアプリコットが制止しているにも関わらず、隙をついて振り切ろうとするくらいには。

「メアリーくん!?」

 そしてにとっても最善ではないと思う選択肢です。
 馬鹿な事は分かっています。馬鹿で場を乱して、物語で言えば足を引っ張るような行動。グレイ君を止めるためではなく、グレイ君の行動を補助する行動です。
 ですが、偽物だとしても、モンスターだとしても、私は……

――彼女達を、見捨てる事は出来ません。

 一時的、感情的、後から思い返すと否定するかもしれない行動ですが、今の私は、このまま機を伺うためにジッとしている事が出来なかった。だから私は動きました。
 影を抑え込む事は出来なくとも、せめて纏っている影を払うだけでも――

――痛い。

 払うだけでもしようとして、私は影に僅かに触れた瞬間、懐かしい感情を覚えました。
 それは前世ではよく感じていて、その感情というべきか感覚は普通のモノだと思っていたモノです。
 痛い。気持ち悪い。回る。感覚が常にフルに働いているような、抑え込む事だけが上手くなっていた感覚。
 ……駄目です。これは、これから逃げないと――

――飲み込まれます……!

 これが影に触れた事による影響ならば、今すぐに離れて影響を解かなければなりません。
 ですが私が感じるという事は、シアン達に似た彼女達も感じるという事であり、グレイ君も感じる可能性があり、私達の後に続いて黒い影を払うのを協力しようと駆け寄って来るヴァーミリオン君達にも累が及ぶ可能性があります。
 ならば私が逃げる訳にはいかず、今すべきは私なんかの痛いという■■■■■感情よりも影をどうにかしないと駄目です。

――浄化魔法? 治癒魔法? 光魔法? あるいは同系統をぶつける事によって払う事が出来るのならば闇魔法? いえ、それよりも――抑え込めば良いんですね!

 あらゆる想定をしてどの魔法を使おうか迷い、エクル先輩が魔力を抑え込むと言っていたのと、カサスではどう抑えていたかを思い出します。
 ならばすべきは影――魔力を抑える事。
 その行為はシルバ君の中に秘められている魔力の暴走に関連してやった事があるので、それの応用で行けるはずです。
 ならばと私は魔力を抑えようと、影に手をかざそうとした所で。

『GRRRRRRRRRRRRAAAAAAA――!!』

 その行為は一歩遅く、影は縛られていたシアンと神父様達を覆い、異形へと変貌させました。
 その姿はまるで先日のキメラを黒く塗りつぶしたかのような存在であり、まさに……モンスターと言える存在そのものでした。

「これは――まさかシアン様と神父様が合体したというのですか!?」
「その言い方やめてレイちゃん!」

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