追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

雪が降っていた(:淡黄)


View.クリームヒルト


 雪が降っていた。

 シアンちゃんのモドキを処理した後に雷が鳴り響いたかと思うと、空が曇りだし吹雪いた。
 水分があまりない積もる様な雪は、吹雪かの様にシキを覆った。
 お陰で視界が悪く、足の踏ん張りも付きにくかったので少しやりにくかった。

「よし、と。あらかた片付いたかな」

 けれど皆に化けたモンスターを一通り処理する頃には吹雪も止んでいた。
 私は多くのドッペルゲンガーを処理していた。
 無邪気に、気持ちよさそうに寝ていたブラウン君モドキも。
 毒を同じように食べたけど耐性が無いから身悶えていたエメラルドちゃんモドキも。
 グリーネリー先生に化けて治療のためとか言って逃げようとしていたモドキも。
 外見だけで外装はマネ出来なかったのでロボちゃんが怯えていたモドキも。
 雷に怯えて泣いているシルバ君のモドキも。
 モドキも周囲も騒がしかったが、一通り処理していった。
 ここまでくれば大丈夫なはずだ。
 ハク曰く外に出た反応は居ないらしいし、一定以上集まれば良いとも言っていた。
 一定以上と言うのは、処理した事によって生じた靄……魔力が一点に集まるのだが、その量が一定以上集まると残りの魔力を引き寄せるらしい。そして後はそれを処理すれば今回の騒動は一先ず終結するらしい。

「……ふぅ」

 それにしても少し疲れた。
 抵抗される前に一撃で仕留めていったので反撃らしい反撃は少なかったが、数が数である。思ったよりも多くて五百以上処理したので、何度か反撃を喰らいもした。
 モンスターに憑依するにしても何故そんなに多いのかと思ったのだが、一部は小鳥の様な小さな動物に分類される存在にも宿るそうなので数が多かったとの事。
 まったく、はた迷惑な話である。

「……洗わないと。でも、そんな余裕ないかな……」

 そして随分と汚れてしまった。
 見た目は化けた相手になっているためなのか、血は化けた相手が有しているだろう血の量とそう変わらない量を持っていた。お陰で一撃で仕留めても返り血とかで大分汚れた。
 だけど血は魔力で先に作っていたらしく、内臓のようなものはまだマネする前であったのが幸いであったか。血の臭いは酷いが腐ったような臭いはあまりない。

「靴、変えないと……」

 だけど地面が血で染まり、雪の影響なのか分からないが私の足元に多くの血が溜まっている。お陰で靴が台無しだ。
 ……それにしても、周囲の地面が白い雪なせいか、血が異様に目立つ。掃除しないとなぁ……けれどこの場は掃除好きなスカイちゃんに任せて……私は……

「あはは!」

 そして私は私を見ている周囲を見て、いつものように笑おうとする。
 吹雪の時はあまり見えなかったが、今は良く見える。
 学園の皆も、シキの皆も、軍や騎士の皆も、冒険者らしきなににも所属していない皆も。私を見ている。
 私が笑って、周囲の皆はさらに感情を強める。強めた感情は恐怖か、侮蔑か、避難か、忌避か。分かるのは前向きポジティブな感情でないという事だろうか。

――ああ、駄目だね。血で汚れているから、皆怖がっている。

 流石に血に塗れた状態で笑うのは良くなかったかな。
 だけどモンスターを処理……倒したのだから仕様が無いのは理解して欲しい。皆だってモンスターを倒した後はこうなる時もあるだろう。
 そして私はシキの脅威と言えるモンスターを倒したのだ。負の感情を向けられても困る。
 ともかく今は洗うよりも先に、エクル先輩の――

「周囲が怖がっているのは血だけじゃないんだよ、クリームヒルト」

 エクル先輩の所に行こうとすると、私の前にとある男が現れた。

「あ――」

 黒い髪。黒い目。
 今の私より三十cmは高く、美男子ではないが、整っているという言葉が似合う男性。
 私が前世で抜け殻のようになるほど会いたくてたまらなかった相手。唯一の血の繋がった家族と言える存在。男性を見る度に比べる事になった存在。

「お前が恐れられているのは、血に塗れているのもあるだろう。だが、一番の理由はそこじゃないんだよ」

 声は年月と共に忘れていたが、その声を聴くと懐かしくて求めていた声だと思い出し自然と涙が出る程に溢れた。

「モンスターと分かっているとはいえ、お前は躊躇いなく倒し――殺した。見知った存在と同じ姿形をしている相手を殺したんだ」

 仕草も、話し方の間も、イントネーションも同じである。
 まさにこれであると、様々な日常が思い出として溢れる。

「そんな異常な光景を前に、皆はお前を怖がっているんだよ」

 前世の兄、一色・黒と同じ姿をしたモドキが――

「――お前がその姿と声を使うな!!」

 その時の私は、黒兄の葬式で現れた母に向けた時と同じ感情を黒兄のモドキにぶつけた。







 雪が降っていた。

 吹雪いてはいないが、雪がいつの間にかしんしんと降り始めていた。
 周囲が白に染まる中、私は白ではなく赤色に染まっていた。
 赤く染まったのは主に黒兄モドキの返り血ではあるが、中には私の血も混じっている。

「なんで、なんでその姿を使った! ――なんで!」

 私でもよく分からない感情が混ざり、私には理解できない感情が沸き上がり。
 ただ目の前の許してはならない存在を一刻も早く消し去りたくて殴り、気が付けば私の手が殴った反動で怪我をするような状態であった。
 けれど痛みはない。殴る感覚があるだけで、血が出ている痛みはない。

「お前がその声と姿で私を説教をするな! 私を――私を……黒兄みたいに……!」

 姿はもう既に黒兄の姿ではなくなっているけど、姿が元のモンスターになった後でも私は馬乗りで殴り続けたが、段々と殴るスピードを緩めていき、最終的に止まる。

「……あ、あはは……なんだこれ」

 私は殴っていた手を見る。
 赤い。赤黒い。赤白い。
 とても赤くて、汚れている。
 いつか今世のお母さんに嫌われた時の様に汚れている。
 普通のヒトにとっては忌避するモノらしいが、私は洗わなくちゃとは思うけど、別に忌避感はない。

「……行かなくちゃ」

 もう行かなくちゃいけない。
 黒兄を対象にして変化したが“記憶にある期間が長い身体で過ごした身体”という特性を引いたが故に前世の黒兄の姿になったモドキの相手をしていられない。
 あの靄やこのドッペルゲンガー騒動を終息させるためにも、集まっただろう魔力を払わないと。
 エクル先輩やハクやスカーレット殿下だけでもどうにかなるかもしれないけど、状況を理解出来ている私は、少しは戦力になるはずだ。

「行かないと……」

 移動しようとすると、私が向かおうとした先に居た学園生の皆が避けるように道を開けた。

――避けられている。

 前世の幼少期の時のように。師匠と出会う前のお父さんやお母さんのように。師匠が去った後の生まれ育った村の皆のように、避けられている。
 よく話した子も。一緒に冒険者として依頼をこなした子も。恋愛相談をした子も。皆私を恐怖して避けている。

――大丈夫、なれている。

 けれど大丈夫だ。この空気は慣れている。
 それにドッペルゲンガー騒動解決のために立ち上がってこの場を去らないと駄目なのもあるが、血に塗れた私が居ては迷惑だ。折角皆が避けてくれているんだ。早く去らないと……
 皆に避けられても、黒兄が居れば良い。……黒兄に嫌われたとしても、黒兄が助かるのならばそれで良い。
 前世で助けてくれたように、今度は私が……

「っ……!」

 黒兄のために問題を解決しようとし、遠巻きに見ていた皆が見えなくなる様な場所に行った後、雪に足を取られてバランスを崩し膝をつき、手を雪に突っ込んだ。あまり積もっていないので地面について痛い。
 ……普段であれば雪程度で体勢を崩す事なんてないのに。
 疲れているのだろうか。すぐに起き上がろうにも、上手く起き上がれない。

「あれ……?」

 おかしいな、何故か目から涙が出てきた。
 さっきの懐かしい黒兄の声を聴いた涙が残っていたのだろうか。
 寒さに震えているせいなのだろうか。
 そうか、雪が目に入って濡れただけだ。ならば気にする事は無い。今すぐ立ち上がらないと。

「クリームヒルトさん!」

 だけど誰かが私の名前を呼んで駆け寄って来た。
 避けていて誰も近寄って来ないはずなのに、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえる。
 呼ぶ声は男の子の声。
 聞き慣れてはいないが、ここ一週間では身近でよく聞いていた声。

「大丈夫ですか!? ごめんなさい、見つけるのに時間がかかりまして、今になってしまい……」
「……ティー殿下」

 私に駆け寄って来たのは髪と瞳の色を隠す事の無い、赤い髪に紫の瞳が綺麗な調査を一緒に行っていたティー殿下ことバーガンティー殿下。
 そんな彼が心配そうに私に寄り添っている。……あ。

「いえ、バーガンティー殿下、お召し物が血で汚れます。私に近寄るべきでは無いでしょう」
「今はそれよりも貴女の怪我です! 私の事なんか気にするべきではありません!」
「そういう訳にはいかないでしょう。それに私の様な者に近寄っては傍の者……騎士の方々が困るでしょう。……今も振り払ってきたのでは?」

 私は立ち上がり、バーガンティー殿下に告げる。
 普段は整っている衣装なのに、着衣の乱れがある。私を見つけるために探し回っていたのにしても乱れすぎだ。掴まれたような跡もあるので、もしかしたら先程の様子を見て駆け寄ろうとしたが周囲の誰かに止められていたのかもしれない。
 そんな状況で私に駆け寄って来たとしたら、追いかけてきて面倒な事になるかもしれない。

「大丈夫です。追いかけて来ない様に雷神剣で麻痺させてきたので」

 ……それは大丈夫と言えるのだろうか。
 何故自信満々かのように言っているのだろう。心配するなと言いたいのだろうか。
 だけど……

「……私なんかにそこまでする価値は有りませんよ」

 そう、私にそんな事する価値はない。
 私は避けられている。先程周囲が私を避けていたように。……黒兄モドキが言った「私を怖がっている」との事のように。私にはそこまでして貰う価値なんてない。
 早く私はハクかスカーレット殿下と合流するか、独りで魔力の塊を処理しないと駄目だ。
 ……そうだ、無視して私は向かえば良いんだ。そうだ、そうしよう。
 そもそもなんで対応しようと思ったんだろうか。……なんでだろう。

「失礼しますね、クリームヒルトさん!」
「えっ」

 私が無視して去ろうとすると、バーガンティー殿下は私の意見を無視して私を近付いて……

「バ、バーガンティー殿下!? お、降ろして!?」

 私をお姫様抱っこした。
 血で汚れるだろうに、そんな事をお構いなしとばかりに抱える。な、何事……!?

「すみませんクリームヒルトさん! 余計なお世話かもしれませんが、今の貴女を放って置く事は出来ません! なにかをするにしても、治療をするか洗うか、ともかく疲れている貴女をこのまま放置はできません!」

 駄目だこの殿下話を聞いていない上に言っている事が分からない。
 疲れている? 確かに少しは疲れているが、心配されるほど疲れていないし私にそこまでされるような価値はない。

「ですから私にそんな事をする価値は――!」
「価値があるかどうかは私が決めます! それに私は言ったでしょう!」
「な、なにを!?」
「私は貴女に一目惚れしました! 惚れた女性がこうして心を痛めて顔を曇らせ泣いているんですよ!」

 心を痛めて泣いている。……私が?
 そんなはずはない。そんなはずは……

「それなのに放置出来る男がいてたまりますか! さぁ、胸を貸しますからどうぞ泣いてください!」
「……お姫様抱っこしておいて、胸で泣くってどういう事? 治療をするんじゃなかったの?」
「……ハッ、確かに!? 私にとっては姫ですから、つい担いで、混乱して……!」

 バーガンティー殿下は今気付いたかのような表情になった。天然かなにかだろうか。
 …………。

「そ、そうですよね。まずは治療ですよね! 運びますよ!」
「待って」

 慌てて私を運ぼうとするバーガンティー殿下の胸元を引っ張り、動かない様に止める。

「……私はどういう風に見えていたの?」
「は、はい? どういう意味でしょうか……?」
「答えて」
「え、えっと……クロさんのために頑張って解決しようと無心でいようとしたけれど、優しい心が耐えられなくて泣いている女の子に見えましたが……」

 優しい心。無心でいようとした。
 ……見当違いにも程かある。私がやったのはやろうとおもったからやっただけで、そんな無心でいようとせずともいつものように行動しただけだ。優しい心なんて見当違いである。
 …………。

「でも、そっか。……そう見えたんだ」
「ええと、それがどうしたのでしょうか?」

 だけどバーガンティー殿下は当然かと言うように答えてくれた。
 惚れたなんて理由で、血に塗れた私を忌避もせず駆け寄ってくれた。
 …………。

「……バーガンティー殿下」
「は、はい」
「もっと力強く担いで。落ちそうだから」
「え。か、構いませんが……」
「せんが、どうしたの?」
「その、貴女とこれ以上密着するのが恥ずかしくて……い、いえ、そうも言っていられませんね!」
「……ついこの間裸で身を寄せ合ったのに、今更?」
「それは言わないでください! というかクリームヒルトさんも恥ずかしがっていたではないですか!」
「気のせいじゃないかな? そっちから行かないなら、こっちから行くよ?」
「え、あ、ちょっと?」

 私は慌てるバーガンティー殿下を余所に、私からバーガンティー殿下の首に手を回して近付く。
 血で汚れてしまうが、今更だと思っておこう。……それに、なんとなく私も……。

「……ねぇ」
「な、なんでしょう」
「……しばらく、このままでいさせて」
「構いませんが……治療はよろしいので……?」
「大丈夫。こうしている方が、回復するから」
「そうですか? ならいくらでも構いませんよ」
「……ありがとう」

 私が感謝の言葉を述べると、私はより腕に力を入れる。
 服越しではあるが、バーガンティー殿下の体温を感じる。

 ――雪が降っていた。

 雪が降るほど寒いはずなのに、私の身体は温かかった。
 とても心地の良い温かさであった。

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