追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
躊躇い無き一発(:淡黄)
View.クリームヒルト
靄の情報を聞き、私達はシキの中心部へと急いで駆けて行った。
道中で靄の影響を受けたモンスターと遭遇はしなかったが、それっぽい痕跡はあった。そして全てが中心部へと向かっていた。
シキから出さない様にする事に尽力した方が良いと思ったのだが、ハク曰く靄の影響を受けたモンスターは「何者かになりたがっているので、誰かを探す」らしいので、基本誰かが居る所を探せば良いとの事だ。
そして私達はシキの中心部に来たのだが。
「怪我をしろ」
「お前が怪我をしろ」
「巫山戯るな! お前が俺と言うならば怪我を治す方法を試すために怪我をする心意気位見せろ!」
「巫山戯るな! それはお前がするべき事柄だ! ――む、向こうで怪我をしている者がいるぞ!」
「なに!? ええい、こうしてはおれん。お前、治療を手伝え!」
「命令するな、お前が手伝うんだ! ――ええい、こうしてはおれん!」
「ああ、怪我を治すのに集中するべきだな! 互いが主治医だ!」
「あ、ああああああああ! なんという事だ、私という美は唯一にして無二だと思っていたが!」
「ああ、こうして同じ美に会えるとは!」
「なんという事だ、こんな美しきハーモニーがあって良いのか」
「いや、良いんだ。この会合はまさに起こるべきして起こった美しさなのだよ……友よ!」
「そうだな美よ!」
「キノコの深淵を覗くために、こうして私と話している訳だけど」
「うん。話し合えばキノコの新たなる発見があるのかと思って話している訳だけど」
「思った事があるよね」
「うん、あるよね」
『……これって独り言と変わらなくない?』
「だよね」
「ね」
「掃除を……掃除をしないと……!」
「…………」
「ああ、広場が汚れています。綺麗にしないと。我が箒も塵取りも雑巾も綺麗にしたいと囁いています……!」
「…………」
「ふ、ふはははははは! 私の鍛えられた筋肉はまさしくこのためにあるんです! 全てを綺麗にしますよ!」
「……私って、掃除をしている時あんな感じなんだ……うう、騎士らしくない……」
「ハッハー! これはなんという事だ。まさか俺と同じような俺に会えるとは!」
「ハッハー! これは運命というやつなのだぜ!」
「その通りだぜ心の兄弟! そして今運命的会合をした今する事といえば!」
「勿論、俺達兄弟でナンパして夜を四人で過ごすんだ!」
「流石だぜ俺! よし、行くんだぜハッハー!」
「俺達にやれない事はないんだぜハッハー!」
「少年!」
「天使!」
「グレイ君!」
「崇拝すべき存在!」
「そして彼らへの思いを込めて打たれたこの鉄は!」
「俺の心の様に固くなり!」
「この鉄で作られた武器は!」
「少年を愛し守るための思考の武器へと!」
『変わるのだ!』
「な、なんなのだこれは!?」
「わ、分かりません。何故かシキの住民が突然に分裂しました!」
「一部学生や軍部、騎士も分裂しています!」
「怪我をして休んでいる者達も分裂して闊歩しています!」
「くそ、プラナリアかなんかか!?」
予想通りというか、とても騒がしかった。
楽しい皆が増えて楽しさが増えたのは良いのだが、このままでは混乱を招くだけというのも私は理解できる。……早めに処理しなくては。
「はっはっは。いやぁ、当世は実に賑やかな世界になったモノだ。実にユニークな人々が増えたね! これは退屈しなさそうだぞう!」
「笑ってる場合?」
「怖い顔で殺気を漏らすでない。可愛い顔が台無しであるぞ?」
「なにその口調」
「目覚めたばっかりで不安定なんだよ」
そして私と同じ外見をしたハクは呑気に笑っている。
私としては昔の自分の姿をした存在が笑っている事がとても気味の悪い。同時に私もこういう風な表情が出来たのか、という思いも強いが。
「ヴァイオレットちゃんとかに説明をして、早めに処理しよう。ただでさえ黒兄にあらぬ疑いがあるのにこれ以上の混乱は見過ごせない」
「今も頑張っているエクルとやらの負担を減らすため、とは言わないのか?」
「……それもあるけど、今は黒兄が重要」
エクル先輩は今頃扉の所で独りで頑張ってくれている。これ以上靄が溢れない様に調整しているのだ。やり方としては元々活性化を抑えるための方法と相違ないらしい。
誰かが手伝った方が良いかもしれないと思ったが、元々独りでやる予定であったので問題無いらしく、それよりもシキに行って対応してくれた方が良いと言われたのだ。
……その件に関しては感謝はするが、エクル先輩に関しては色々思う所があるので今は保留だ。目の前の事を処理しなくては。
「とりあえず無力化したりすれば良いんだよね」
「そうだな。だが良いのか?」
「なにが?」
「彼らはお前の知り合いなのだろう? モンスターとはいえ、同じ姿形をしている。そのような相手に力を振るうのは躊躇われよう」
……? なにを心配しているのだろう。
「一応は私が原因であるからな。お前が力を振るわずとも、私が代わりに――」
「なにを言ってるの。同じ姿形でも――あれ?」
ハクがなにやら私を心配しているようであったので、私が大丈夫だと答えようとすると、とある姿が私に向かってくるのが見えた。
「クリームヒルト!」
私達に駆け寄って来たのは、夜であるのにも関わらず菫色の髪が綺麗に映えているヴァイオレットちゃん。
この状況下で慌てふためている中、私の姿を見て心配して駆け寄って来たように見える。もしくは私達が本物かどうかの確認か、謎の女を連れている事に訝しんで駆け寄って来たのか。
「クリームヒルト、無事であったのか。良かった……いや、大丈夫か!? 今シキは妙な状況に陥ってだな」
「あはは! 落ち着いて!」
「あ、ああ、すまない。予想外の出来事に私も慌てているようだ。お前の姿を見て、無事かどうか不安で……」
理由はともかく私が心配で駆け付けてきたようだ。
周囲が異常事態の中、そういう風に心配してくれるとは有り難いモノである。
「あはは! そう言って貰えるとありがたいよ。でも、凄いね」
「凄い? どうした、クリームヒル――とっ!?」
本当に、そのようにしているようにしか見えない演技は大したものだ。
「私の友達のフリをするな」
私は反応出来ないだろう最速と、最速内で出せる最大威力の力を拳に込めて、私が憧れているほど綺麗に見える顔に目掛けて拳を放った。
「ありゃ。……砕けた」
そして放った拳は、私の大切な友達の顔をしている相手の顔を砕いた。
感覚は薄い骨が覆っているだけの様な感じかな。頭蓋骨というよりは煎餅なような感覚である。
……だけど参ったなぁ、血は出るのか。今ので大分汚れちゃった。
「キャ、きゃぁああああ!?」
「え、今、アイツバレンタイン公爵家の長女、領主代理を……?」
「ネ、ネフライト、じゃないクリームヒルト、な、なに、なにを!」
……うん、でもこれは凄いね。
戦闘力を真似出来ていないというのは本当なようだが、雰囲気とか外見は本物とほぼ相違ないと言っても過言ではない。
シュイちゃんとインちゃんのような、見ていると“なんだか違う”という感覚が薄い。
先程の靄のような魔力を見ていなければ、溢れ出る魔力によって判別がつかない程だ。
けど違うモノは違う。違うのならば仕様がない。
そして処理しないと問題があるならば、処理するだけだ。
「リムちゃん!? 一体なにをしているの!?」
「あ、やっほーシアンちゃんの格好をしているモンスターさん!」
「え、なにを――ぐ!?」
でも困ったな。スカーレット殿下はなんだか集中していないし、ハクという女はなにをするか分からないから信用できない。
だけどこの状況を解決するにはハクを信用しないと駄目なんだよね。
「ねぇハク」
「……なにかな」
「こうして倒していくのが良いんだよね?」
「……ああ。そうさ。時間をかければ解除は出来るが、手っ取り早いのは今のようにする事だ」
「憑くのは低級のモンスターだけなんだよね」
「そうだとも。それ以外は耐魔力に弾かれるか、複雑な精神構造に耐えきれず霧散する」
「そっか。じゃあ問題はその後の事かー」
ハク曰く、このドッペルゲンガー現象を解決するにはこうして処理するのが手っ取り早いらしい。
……とはいえ、嘘を言っているようにも見えないかな。むしろこうした事が起こり申し訳なさそうにしているようにすら見える。
「く、苦し――」
「黙って」
「あがっ!?」
私は話しながらも掴んだままであったシアンちゃんの姿形をしたモンスターの細い首を、そのまま握力で潰す。……脆いね。あと周囲が五月蠅い。
「さて、と」
私は二つの倒れた身体……靄が晴れ、元のモンスターであろう姿になったモンスターを見下ろした後、再び周囲を見る。
周囲は初め私を取り押さえるべきか悩んでいたが、姿が変わったモンスターを見て、半分がなにが起きているか分からず動揺し、半分がなんとなく状況を理解しているように思える。
「黒兄のために、頑張らないと」
まぁこういうのは得意だし、ハクの監視はスカーレット殿下に任せるとして私は私の出来る事をしよう。
そうしないとさらに黒兄の立場が悪くなってしまう。
仮面の男に活発化するモンスター。同じ姿形になるモンスター。
……色々と私には分からない後片付けとかはともかくとして。
「処理しよう」
目の前の問題くらいは、私が解決しないと。
◆
「……偽物と分かっていても、ああも躊躇い無しに行けるものなのだろうか」
「でもああしないと駄目なんでしょ?」
「私の居た時代では、無力化した後に衝撃を与えて解除していたんだよ。というか君には出来るのかい?」
「……ちょっと無理かな。分かったからってあんな瞬時にはいけないかな」
「だよね。当世は皆あの子みたいじゃない、という事に安心したよ。……ところで」
「はい?」
「私の顔になにかついているかい?」
「いいえ。とても綺麗です」
「は、はぁ、そうかい……?」
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