追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

解放_開放(:淡黄)


View.クリームヒルト

 私は黒兄の事は大好きだ。
 強くて、親しみがあって、私を妹として優しくも厳しく育ててくれた。
 一度黒兄に距離をとられた事があったけど、黒兄は強い女性が好きなので、距離をとられたのは私が弱いせいだと思って追い駆けたら、何故か泣いて謝られて、それ以降は家族となった。
 笑えばもっと可愛いのだと黒兄は言ってくれた。
 ハッキリと口にはしなかったが、多分幼少期の無表情の私が前世の母に似ていたかだと思う。
 最初は同じ年齢の子にも先生にも怖いと避けられたけど、笑顔の練習をして、怖いと言われないようになって、私を知っている人がいない学校に通うに用になってからは、家だけではなく学校でも楽しい生活を送れるようになった。
 それこそ笑顔が眩しくて明るい活発な子だ、と言われて馴染めるくらいには。

「気持ち悪い」

 だけど思い出しながら二人に向けた私の笑顔は、明確に拒絶をされた。
 気持ちが悪いというのは単純に受け付けず、相容れないという感情を端的に示した言葉。
 それを普段は本心を見せないよう私と同じように明るく振舞っているスカーレット殿下に言われた。

『ひっ……!? その言葉遣いと笑いをやめて、気持ち悪い!』

 その言葉は昔、お母さん……今世の母親に、恐怖の表情と共に言われた言葉でもある。
 私が敬語を上手く使えなくなった言葉でもある。

『お前が母親に拒絶されて敬語を使えなくなったというのなら、お前にも傷つく心はあるんだよ。鈍くて気付かないだけだ』

 同時に、その言葉で上手く使えなくなるほどに、傷付くちゃんとした心があるのだと、師匠は昔慰めてはくれたけど。……まぁその師匠は何故か女体化して女の生活をエンジョイして、その言葉の真意は読み取れない状態だけど。

「あはは! 気持ち悪いのは自覚していますので出来れば言わないでくださるとありがたいです。ともかくこんばんは。このような所で奇遇ですね」
「……そうだね、クリームヒルトくん。こんな森の中で奇遇だね」

 師匠はともかくとして、今はこの状況が重要だ。
 場所はシキの居住区から少し離れた森の中で、不自然に開けた場所。夜なので本来は暗いのだが、エクル先輩の周囲に浮いている光源のような魔法が周囲を明るくして互いの表情は良く見える。ただ遠くからこの場所に移動している際は光は見えなかったので、なんらかの細工をしているのだろう。

「先程は用事があるって言っていたけど、キミも見回りだったりするのかな?」

 そんな高度な魔法を使っているだろうエクル先輩は、私が突然現れた事に驚きつつも、なんでもない体を装っている。
 あくまでも立場上の見回りと通すようだ。……本当にそう見えてしまう。

「先輩はスカーレット殿下と見回り? ――はっ! おお、これは良い機会です、パパラッチ魂が火を噴く、ぜ!」
「生憎とそのようなスキャンダルはないよ。あったとしてもキミはそういう事はしないだろう?」
「…………」
「クリームヒルトくん? どうかしたのかな? ……本当に言うつもりじゃないだろね、新聞部のカラスバ先輩とかに」
「あはは! 信頼されているようでありがとうございます! ……ところでスカーレット殿下」
「……なに?」

 私がいつものように問いかけ、いつものように騒ぐと、苛立ちをなんとか抑えているスカーレット殿下の方を向いて問いかける。

「パパラッチなんて言葉はこの国に無いと思うのですが、それを理解出来ているエクル先輩についてどう思いますか?」
「え?」
「…………はぁ」

 私の問いかけた内容にエクル先輩は虚を突かれたような返答をし、スカーレット殿下は「やっぱりか」とでも言いたげに溜息を吐いた。
 ……この反応からするに、スカーレット殿下はエクル先輩の味方という事で良いのだろうか。

「生憎とパパラッチとやらの意味は分からない。内容からして取材関係だとは分かるけど、判断するにこの世界には無い技術の物を使用した俗語、という認識であってる?」
「おお、すぐに分かるなんて流石ですね!」
「褒められても嬉しくない」
「…………」

 私達の会話に、初めは分けの分からない表情をしたエクル先輩であったが、なにを目的とした話を私がしに来たのかを理解すると、すぐ様いつものような警戒の表情になって私を見た。ついでに眼鏡をかけ直してピカッとレンズを光らせた。……今までも疑問だったが、なんなのだろう、アレ。

「……さて、クリームヒルトくん。先程私達を見つけた、と言っていたがなにか用があって来たんじゃないかな?」
「あはは! 聞きたい事があるんだよ、エクル先輩。もといアサクモ・シキさん!」
「っ!? ……うん、なにかな?」

 私が名前を呼んだ事に動揺しつつも、動揺しては思うつぼだと思ったのかすぐに笑顔を作って問い返す。
 とはいえエクル先輩が平静だろうと動揺していようとどうでも良い。私が聞きたい事は一つだけだ。

「黒兄が捕まった原因に――貴方は関わっていますか」

 私が聞きたい事。
 単純に、黒兄に危害を及ぼそうとしているのかどうかの確認。
 正直言うならばメアリーちゃんを幸福にするために、裏で暗躍しているとかどうでも良い。
 仮面の男として動いている理由なんてどうでも良い。
 反社会勢力と繋がっていたとかどうでも良い。
 ヴァイオレットちゃんやロボちゃんに関してやった事は色々言いたい事は有るけれど、やっている事自体は反社会勢力を上手く操作して潰しているし、あのストーリーを目指しているのならば結果的にプラスになるのだから良い。
 ただ私が知りたいのは黒兄の現状にエクル先輩が関わっているかどうか。
 関わっているのならば――

「……もしそうだよって言ったらキミは――」
強化セット

 関わっているのならば、容赦はしない。

「――――」

 黒兄から教わった強化魔法の呪文を唱え先輩に距離を詰める。
 まずはこちらがアドバンテージをとれるように、先輩を抑えて――

「――流石」

 抑えようとして、私よりも早く、先輩の近くに居た女に対応されて上手く抑える事が出来なかった。
 私が動こうとした瞬間に両足を一瞬地面から離し、着地の瞬間に重心を移動させて対応できるように止まる体を動く身体に移行させ、私がなにを目的かと判断した瞬間先輩に近寄り、腹に手を回して己と一緒に先輩を私が動線上で対応出来る範囲から逃がした。
 ……早い。流石は黒兄が戦って良い勝負出来ていたと言っていただけはある。

「まったく、せめて殺すとか死ねとかいう言葉使ったら?」
「なんでわざわざそんな言葉使って強く見せようとしないと駄目なのでしょうか」
「少なくとも言葉にする事で行動を表現するのは間違ってはいないと思うけど」
「……殿下相手に使う言葉ではないですから」
「わぁ怖い。私も含まれているんだね」

 ……? 私の邪魔をするのだから、敵だろう。なにを言っているのだろうか。

「落ち着いてクリームヒルト。エクル君はクロ君の逮捕に関わってはいない。最後まで聞きなさい」
「関わっていないですか?」
「そう。……エクル君も誤解を招くような言い方をしない」
「は、はは。まさか問答無用で襲い掛かって来るとは思わなかったので。……あと、助けて頂いてありがとうございます」

 なにを……今関わっているという言葉を……この状況で先輩は嘘を吐いたというのだろうか。それとも女が時間稼ぎのために嘘を吐いているというのだろうか。……面倒だから一旦無力化させてしまおうか。

「クリームヒルトくん。関わっているかという問いだが、私の答えは“関わっている相手を知っている”だ」
「……知っている、ですか?」
「うん。直接的に関わってはいない。ただ私は彼の行動を予測すれば止められたけど、その時は予測できなかったから止められなかった。そういう事」

 ……よくは分からないが、先輩は“彼”とやらの動きを見たが、予兆として感じられず、思い返すと黒兄捕縛に関する事であると分かった。という事だろうか。

「……ごめんなさい、早とちりをしました」
「いや、良いんだよ。キミもお兄さんが捕まって焦る気持ちは分かるからね」

 私は戦闘態勢を解き、エクル先輩とスカーレット殿下に謝罪をする。
 私が謝り、戦闘の意志が無いと分かると向こうも警戒心を少し緩めた。……少なくともお互いに表面上は。

「それで知っている相手というのは……」
「悪いけど、その話は後でも良いかな?」
「……後?」
「どうどう、時間稼ぎとかじゃないから安心して。……これを見て」
「これ?」

 私がその彼とやらについて問い質そうとすると、後にして欲しいと言われた。
 その時に私の反応を見て何故か落ち着くように言い、そして地面……元々エクル先輩がいた場所の辺りを指さした。

「……なにこれ?」

 そこにあったのは、謎の……扉のようなモノ。
 通常の扉のように立っているのではなく、地下へと続く道を塞ぐかのように埋まっている。なんだろう、これ。

「これはね、昔ここにあった研究施設の隠された扉だよ」
「研究施設?」
「昔モンスターを研究していたマッドサイエンティスト的な存在が居た研究施設さ」
「フゥーハハハって笑う感じのマッドな感じ?」
「うん、そんな感じの」

 私の質問に同意はするが、エクル先輩適当に言ってないかな。

「それでこの扉が研究施設のなんなの?」
「簡単に言えば、封印されたモンスターが居る感じだよ」
「封印? ……ああ、そういう事」

 封印されたモンスター。
 黒兄からも聞いた、カサスにおける終盤に出て来る復活系封印モンスターがいる場所がシキここかもしれないという話。それにこの扉が関与している。そうエクル先輩は言いたいのだろう。

「本当は研究施設の中にあると思ったんだけど……何故か無くてね。少々探すのは手間取ったが、この中に」
大型竜種ドラゴンが居るって?」
「正確にはその影響を受けた影さ。キミも知っているんじゃないかな?」

 影?
 影……影……あ、もしかしてアレだろうか。
 封印が緩んでいる事によって地上に影響が出始めるのだが、その影響の一つとして出てくる影のように黒いモンスター。
 いわゆる模倣魔物ドッペルゲンガー的なヤツだ。強さ的にはドラゴンほどではないのだが、間違いなく脅威と言える存在。
 でもアレって確か……

「その影が今にも暴れようとしていてね」
「それを私達が止めようとしている訳」

 ……暴れようとしているのならば仕様がない。それならば止めるしか無いだろう。
 正直黒兄の件を優先したいが、これを後回しにすれば黒兄を救うどころの話ではなくなってしまう。

「……でも、なんで二人でやろうと?」

 でも暴れようとしているというのが事実なら、何故この二人で止めようとしているのだろう。
 もっとこの場所を周知させて大人数で止めるべきでは無いだろうか。
 誘導して皆で止めようとするなんて今まで陰で操っていたエクル先輩なら……

「……あ、もしかして」
「そう。活性化させないようにするには手順が必要なんだ」

 活性化させない様にする手順。
 この影との戦闘は、カサスで言う所の他の封印されたモンスターが居る場所でも起こるのだが、ある手順を踏めば影を抑え込む事が出来る。
 でもそれは……

「失敗したら、エクル先輩が死ぬんだよ。――良いの?」

 カサスでのバッドエンドの一つ。
 活性化を防ごうとした攻略対象ヒーローが死んでしまう。
 抑え込むには道具を用意した上で緻密な魔力操作が必要なのだが、その魔力操作は失敗すれば死ぬ。
 延命もなにも無く、文字通り死に、攻略対象ヒーローの救済措置は無い。無いが……

「失敗したとしたら、その失敗した命を使って活性化は防いで、封印を強くするから大丈夫さ」

 救済措置は無いのだが、魔力操作をするほど強い存在が影が出て来る所に身を投じて、扉などを閉める事によって封印自体は解かれる事は無くなるのだ。
 地上に溢れる復活前の影響も消え失せ、文字通り影も形も無くなる。
 そんな“国的には救われたが、主人公ヒロイン達にとっては救われない”エンドだ。
 ……それをエクル先輩はしようというのか。

「勿論死ぬ気は有りませんよ。やる以上は死なない様にします。そして時間が有りません。この影はもうすぐ復活してしまいます。……これを調査の時に見つけたので、私は……」
「いくら優れているとはいえ、メアリーも失敗する可能性はある。そして失敗すればメアリーは命を投げ出して封印を強めようとする。だからエクル君はリスクを避けるために、自ら名乗り上げた訳」
「……はい。一人でやろうとしたのですが、スカーレット殿下に見つかりまして」
「国の危機ならば私は協力するよ。それに魔力操作の際に影の雑魚モンスターが出るんでしょ? 影モンスターなんて戦った事ないし、少しでも力になれるのならば力になるよ」
「ありがとうございます。お陰で防御魔法に割く魔力を魔力操作に回す事が出来ます」

 エクル先輩もスカーレット殿下も言いたい事は分かる。
 、危機の存在を知ったから防ごうとしている。それだけだ。
 でも、それは……

「エクル先輩。それは――」

 それはのはずだ。
 カサスと違うと言われればそれまでであるが、影と戦うイベントは活性化を防がずとも避けられる事柄のはずだ。
 影が活性化する理由は、封印されたモンスターによる地上に出る影響が、初期状態で防がれた場合に起きる現象だ。
 なんというか、イメージ的には悪性の魔力を吐き出した結果地上に悪影響が出るのだが、悪影響を放出しきる前に地上の影響を消す事で放出しきれず、結果影が……的な感じだ。
 なので今のシキの様に影響が出ているのならば、わざわざ活性化を防がずとも影は動かない。むしろ下手に刺激すればしなくても良い活性化をしてしまう。
 だから様子を見て、対応すれば――

「――え?」

 良いと思ったのだけれど。

「扉が――!?」

 私達の意志とは関係無く、唐突に扉が開かれた。
 その唐突な出来事に私達は一斉に警戒態勢と戦闘態勢になり、各々が自由に動けるスペースを作れるような距離をとる。
 なにが起こった、なにが起こる。
 もしかして私が知っていた情報は所詮乙女ゲームのカサスでの話で、現実では違ったという事なのだろうか。
 エクル先輩が行動していたのは、カサスの情報を知っていて、現実の情報を知った上での行動だったのか。
 そんな思考が廻ったが、すぐに振り払い目の前の情報を得ようと扉の方を見て。

「――あはは!」

 楽しく行こうと笑い声をあげた。





備考:黒兄から教わった強化魔法の呪文
この世界の魔法の呪文はある程度の定型文はありますが、モノによっては自身に言い聞かせる意味合いもあるので、オリジナルの呪文を唱える人も居ます。なのでアプリコットの格好つけた呪文もアプリコットが唱える事で通常の呪文より効果が有ったりします。
今回の呪文は定型文ではないクロのオリジナル(第205話「転生してからのお話_3」で使用)だったりします。

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