追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

答え合わせ_Side:N(:菫)


View.ヴァイオレット


 仮面の男はメアリーのよく知っている学園生関係者ではないか。
 私が抱いた疑念はふと湧いたモノでもあったが、同時に確信も感じていた。

「……やはり、そう思いますか」

 そしてメアリーも同意見のようであった。
 ヴァーミリオン殿下は否定はしないが、何故そのような結論に至ったのかを知りたそうにしているように見える。

「私の場合は勘……のようなものだ。メアリーのために動いている、というのならば近くに居る方が観察しやすい。そして話した方が情報も得やすいからな。それに今日の様な調査の日を狙うとなると……学園関係者が濃厚、というような考え程度だ」
「……私も似たようなものです。もし私という立場をアゼリア学園で成り上がらせるとしたら、学園関係者として誘導して動いた方が事を運ばせやすいですから」

 ……? なんだろうか、私とメアリーの意見はほぼ同じであるはずなのに、決定的になにかが違う気がする。
 まるでメアリーもアサクモも、アゼリア学園で起こる事をある程度知っているから誘導で来たかのような……? いや、気にし過ぎか。

「仮にメアリー達の言うように学園関係者だとするなら、今日仮面の男が現れたタイミングで連絡が取れなかった者を調べる必要はある。だが怪しまれないようにするとなると難しいな」
「そうですね。それに今まで動いていた方法などを考えると、完全に隠れてというのは難しいでしょうし、動いたとしてもここ数年の事でしょう。学園関係者でここ数年で変わった方のリストアップを――」
「メアリー。焦るのは分かるが、疑心は暗鬼を生じるものだ。確定した訳でも無いのに視野を狭くして疑っていては見えるモノも見えてこないぞ」
「……そうですね。ごめんなさい、ヴァーミリオン君。慌てていました」
「気にするな。好きな女の曇った顔は見たくないというだけだ。お前は疑うのは苦手であろうし、身も持たない」
「……はい」

 メアリーは疑う事をしない、というタイプではないが、恐らく疑うのを苦痛とするタイプだ。だが、メアリーは仮面の男が自身に関与するとあって慌てているようだ。
 ヴァーミリオン殿下も疑うのが悪いと言っているのではないだろうし、早めに解決したい事ではあるが気負い過ぎるなと言いたいのだろう。

「ですが、逃げていては駄目です。偏見なくキチンと疑ってから、証明して初めて私は今まで通りに周囲と接する事が出来ると思うのです」

 しかしメアリーは信用しているからこそ疑う事を選択した。
 その表情は確固たる意志を持っており、例え私達が今止めても独りでそのまま行動するだろう強さを感じられた。

「ごめんなさい、ヴァーミリオン君。私を心配してくださっているのは分かります。ですが、それでも……」
「いや、そこまでの意志を持っているのならば止めはしない。俺も協力する」
「良いのですか?」
「ああ。俺はなにがあろうとお前の味方だ。……それはもう昨日話しただろう?」
「……ありがとうございます」

 昨日話した……となると、デート中になにかあったのだろうか。
 もしかしたら私が先程メアリーに対して感じた、なにかが変わったように見えたのと関わっているのかもしれない。
 気にはなるが……聞くと馬に蹴られて云々と言われそうな感じになりそうなので、聞くのはやめよう。
 今はメアリーが仮面の男に関して疑う事を始めたので、私で協力出来る事をするだけである。

「しかし、となると俺も疑われる対象か」
「いえ、ヴァーミリオン君は違うでしょうから大丈夫です」
「待てメアリー。急に発言を撤回するな」
「そうか……信用されるのは嬉しいが、一度メアリーに疑われて詰め寄られる、というのを経験したかったがな。……そうだ、俺がメアリーを疑えば良いのか。俺が詰め寄ろう」
「なにを仰るのですヴァーミリオン殿下」
「そうですね。私が仮面の男の可能性だってあるのですから、ドンドン疑って下さい!」
「……いや、駄目だ。メアリーがそのような事をするなどと、俺は疑う事など出来ない。どうしても贔屓して違うのだと心が思ってしまう……!」
「ヴァーミリオン君……」
「…………」

 しかしメアリーは発言をすぐに撤回し、ヴァーミリオン殿下もよく分からない事を言いだした。
 まさかこの二人ただ私の前で惚気ているつもりじゃ無いだろうな。先程の会話といい、見せつけられている気がする。
 私だって見せつけたい。だが見せつけるための愛しの相手が今私の傍には居ない。くそ、このままでは見せつけられるばかりだと言うのか……!

「あ、あの、ヴァイオレット? なんだか怖いですよ?」
「なんでもない。それよりさっさと仮面の男候補を上げるぞメアリーに第三王子殿下」
「俺の呼び名が気になるが、そうだな」

 いや、今はクロ殿のためにも仮面の男の正体に近付けるようにするのが先決だ。
 なんだかイラっと来るのは寝不足のせいだ、そうに違いない。

「……しかし、疑うと言っても何から始めるべきなのだろうか」
「ここはやはり……“不可能なものを除外していって残ったものが、例えどんなに信じられなくてもそれが真相”というやつが定番では?」
「確か以前メアリーがヴェールさんに言っていた言葉……であったか」
「ですね」

 つまりそれは消去法、という事で良いのだろうか。
 それにその言葉は……クリームヒルトの初恋の相手とやらが尊敬する相手の言葉だった気がする。その時のクリームヒルトはアルコール(とびきれなかった料理酒)に酔っていたので真偽は定かでは無いが。

「ではまず学園関係者で、有り得ない存在を除外すれば良い訳だな」
「いえ、一応“仮面の男は単独犯で現在シキに居る”という前提にしませんか? こう言うのは失礼ですが、シュバルツさんや学園OGであるヴェールさんも可能性はある訳なんですから」
「今シキに居るメンバーの中に仮面の男がいる、という考えか」
「はい」

 後には複数犯も入れるが、今はまずある程度怪しい相手を探そうというのは間違ってはいないだろう。
 まずはシキに居る単独犯。という前提してんから見るべき、という事か。
 よし、考えて行かなくてはな。

「まずは今日仮面の男と接敵したメンバーは除外だな」
「シャル君やクリームヒルト班は違う訳ですね。その際に怪我したメンバーも……いえ、怪我をした方の中にはわざと被害を受けたと報告している可能性もありますから、除外は出来ません」
「確かクロ子爵の調査の際、一定のメンバーはヴァイオレットと共に居たのだな?」
「そうですね。スカイが学園生として協力はしていたはずなので、スカイや調査したメンバーは違いますね」
「立ち合いとしてスノーホワイト神父もな。ヴァーミリオン殿下やメアリーの班は?」
「モンスターの戦闘が多かったからな。ある程度は覚えてはいるが、ずっと見ていたかと問われると怪しくなる」
「そうですね。私の班もシルバ君やアッシュ君と一緒だったわけですが、途中で分断させられましたし」
「メアリーと一緒の調査班でありながら、離れるとは……!」
「第三王子殿下」
「……すまん。俺もエクルや引率で学園長は一緒に居たが、途中でモンスターによって分断されたな。だから確実に一緒と言えるのは居ない……いや、だがカラスバ先輩は一緒に確実に居たな。兄が捕まる中、変に疑われないようにと俺が監視していたからな」
「兄……そういえばルーシュ殿下の可能性もあるのですね。失礼なのは承知ですが」
「? ルーシュ兄さんはシキに居ないだろう」
「えっ」
「えっ。……居るのか?」
「ええ、昨日クロ殿とのデート中に会い、そのままシキに来ていますよ。……ちなみにですが、スカーレット殿下も居ります」
「そちらは昨日酒場で見かけはしたから知っているが……今シキに王族が五人もいるのか……」
「え、五人? ……もしかしてとは思ってはいましたが、やはりローブの女性はフューシャ殿下なんですね…………ですが、バーガンティー殿下とフューシャ殿下は違いますね」
「シャトルーズ班だからな。……そう言えば、クリームヒルトから聞いたのだが、奇妙な事を言っていたな」
「奇妙な事?」
「フューシャ殿下は“不測の事態を引き起こす、幸運の女神”だそうだ」
「……それを知っているという事は、貴族の可能性があるのか……?」
「ですが平民わたしも噂程度は知っていますし、この滞在期間中に彼女の存在を知ればそう評する可能性もありますから……」
「……ううむ、難しいな」
「……ですね」
「……だな」

 単独犯という前提にしても意外と難しい。
 どうしても不可能ではない、という言葉が出てしまう。
 もっと絞ったほうが良いのだろうか……とも思うのだが、今の会話の中で私の考える、疑っている相手の疑いは晴れていないと心の隅で思っていた。

「メアリー、アサクモの特徴などは無いのか? 癖があったとか、好き嫌いがあったとか」
「癖ですか。確か右膝を故障したとかで、少し庇うように歩いては居ましたが……今世では直っているでしょうし……あ」
「なにか思い当たる節でもあるのか?」
「好きで思い出したのですが……グレイ君って淡黄シキさんの好みにドンピシャな気がするのですよね」

 我が息子は魔性の男なのだろうか。
 アプリコットもそうだが、ブライや学園長先生といい多くの相手を魅了する。私もある意味魅了はされて居るかもしれないが。

「よし、とりあえずブライと学園長先生を捕獲しておくか」
「ヴァイオレット、疲れているのか」
「冗談ですよ。二割は」
「十割であってくれ」
「と、ともかく。もしも仮面の男性が淡黄シキさんだとしたら、グレイ君に近付くんじゃないかと――あ」
「どうかしたのか――あ」

 私がグレイに怪しい目を向ける者を逮捕するという、ある意味そうした方が私の中の精神が落ち着くのではないかと思っていると、とある存在が近付いているのに気付いた。

「ヴァイオレット様ー!」
「グレイとアプリコットか」

 そう、今話題に出たグレイ。そしてアプリコット。
 可愛らしく手を振って私達に近寄って来る。……うむ、あの姿を見ていると、学園長先生から守ってやらねばと強く思う。

「……で、良いのか、あれは? なにか奇妙なモノ……ダンボールか? を被っているが……」
「どう見ても我が息子でしょう。あの愛らしさが分からないのですか」
「……そうだな」

 確かに箱型になったダンボールという奇妙なモノは被っているが、あの愛らしさはグレイ以外のなんだと言うのか。

「ヴァイオレット様、お疲れ様です。肩でもお揉みしましょうか!」
「ありがたいが、それは後にとっておこう。私の心配よりも、グレイも休んだほうが良いぞ」
「もう充分に休みました! それにクロ様がこのような状況で、休んでばかりもいられません!」
「休める時に休んでおくといい。あと、ダンボールを被るのは危険だから止めなさい。というかアプリコットも止めてくれ」
「正面に穴は開いているから、視界自体は大丈夫なのだ。それに危険ならば我が支える。……とはいえ、そろそろやめておくのだ、弟子よ」
「はい!」

 グレイは数日前に箱型にしたダンボールを見て気にいっていたので、こうしてダンボールを手に入れればこうするのは分かっていたが。
 ……それにしてもシキの幼子達のためにとっておきがあると言っていたが、これの事だったんだな。
 しかしそれにしても……このダンボールはどうしたのだろう。先日見つけたダンボールは屋敷にあると思うのだが。

「グレイ、このダンボールは何処で手に入れたんだ?」
「あ、私です。錬金魔法で作りました!」
「なるほどな。だからこのような見た事がなかった形になっているんだな」
「え?」

 私がグレイの被っているダンボールを脱がし、箱になっているダンボールを持って眺めながら感想を言う。

「あの、見た事がなかったって言うのはどういう意味です? ダンボール自体は知っている……のですよね? 確かヴァーミリオン君も以前知っていると……」
「? ああ、あの時か……そうだな、俺も知ってはいる。連合王国の新技術としてのダンボールをな。だが俺はこの構造に見覚えがあったからあの時分かっただけだな。ヴァイオレットもこのような形ではないが、知ってはいるのではないのか?」
「ええ」

 ヴァーミリオン殿下の問いに私は頷く。
 私もダンボール自体は知っている。だがこのような形になっているのはない。
 数日前に温泉で何故か見た時も、今の私が持っている形と同じになっているのは初めて見たが、断面の奇妙な構造でダンボールだと分かった。
 そしてその後にクロ殿に聞いたのだが、なんでもクロ殿が居た世界では、このダンボールが世界の流通において最も使われるというほどに、物を包んで運ぶモノとして使われているらしい。

「だから、クロ殿と同じ世界に居たメアリーが作ったというのならば納得出来るという訳なのだが――どうした、メアリー?」
「…………」
「メアリー?」

 私のクロ殿が言っていた云々を説明すると、何故かメアリーが黙り込んでしまった。
 まるでなにかに気付いたような。あるいは気付いてしまったかのような……?

「そういえば弟子よ。先程も同じような事を言っている者がいた、と言ってはいなかったか?」
「同じような事ですか?」
「ほれ、この箱型のダンボールを見て、すぐにダンボールだと分かった者が先程いたと言っていたではないか。その後の第一王子ファーストの件で誰かは聞きそびれたが」
「ああ、はい、おられましたね。その後炊き出しまで一緒に行き、最後にはなにやら思いつめた様子で別れましたが……」

 メアリーが黙って居ると、アプリコットが思い出したかのようにグレイに聞いた。
 ……待て。何気ないかのように聞いてはいるが、ダンボールをすぐに気付いたという事は、もしやそれは……

「誰であったのだ、それは?」
「はい、その御方は――」
「今、何処に居ますか!?」
「はいっ!?」

 そしてグレイの返事を聞くよりも早く、メアリーはグレイの肩を掴んでその相手の所在を聞いた。
 まさに居ても立っても居られないというような慌てぶりで、早くせねばと焦っている。
 ……やはりこれは……

「メアリー、落ち着け」
「ごめんなさい、落ち着いていられません。グレイ君、今は何処に居るんですか!?」
「……そこまで慌てるという事は、やはり……」
「ええ、先程話し合っていた方の可能性が高いです! お願いです、グレイ君。教えてください!」

 メアリーは目を見開き、とある人物の名を叫ぶ。

「――エクル先輩は何処に居ますか!?」

 仮面の男の名前を。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品