追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
この場に何故か居ない人(:菫)
View.ヴァイオレット
「学園長先生が居ない?」
「はい」
クロ殿から事前に聞いていた謎の不審人物である仮面の男が現れたり、モンスターが異様に活性化していたりして、調査初日に怪我人が多く出て色々と対応し、一通り忙しさに一区切りがついて壁を背に休憩をしていると、メアリーに学園長先生に心当たりはないかと問われた。
なんでも学園生の状況を伝えたいらしいのだが、見当たらないらしい――はっ、まさか!?
「グ、グレイは!? 私の息子は今何処に居るか分かるか!」
「落ち着いてくださいヴァイオレット。グレイ君なら先程アプリコットやエメラルドと仲良く炊き出しを食べているのを見ましたから」
「そ、そうか……なら良いのだが」
「……心配するのも分かりますがね」
それならば良いのだが、正直心配な事この上ない。
なにせ学園長先生はグレイをブライとは違った意味で見ている。今回突然現れて私に挨拶をした時は警戒心しか抱けなかった。あの若作りの値踏みするような視線が、学園とは違った意味で気味が悪かった。
「ともかく、私も見ていないな。力になれなくてすまない。見たらメアリーが探していたと伝えよう」
「ありがとうございます。……ヴァイオレットはまだ休まないのですか?」
「ああ」
メアリーは私の答えに対して、学園長先生を探すのを戻らず私の隣に来て壁を背にして聞いて来る。どうやら急いで探してもいないようだ。
「シキの領民がまだ働いているのに、領主の私が休んでも居られまい。今の休憩もすぐに終えて戻るつもりだ」
「根を詰めすぎですよ。ただでさえクロさんが任意同行されてから碌に寝ても居ないんでしょう? 少しは休まないと駄目ですよ」
「……まぁそうだな。だが、せめて見回っているブラウン達が戻るまでは休めまいよ」
「七歳の男の子をモンスターが活性化しているかもしれない所へ行かせるのって、凄い話ですよね」
「うむ、まぁそうではあるが……ブラウンは単独で自警団全員以上の戦闘力を持っている上に、冒険者の討伐依頼のみで生活できるほどの実力者だからな……」
「……凄いですよね、あの子。……じゃなくって、調査団の処置も落ち着いても着ましたし、私が代わりをしますから休んでいて良いんですよ」
メアリーは私にそう言うが、メアリーとて私並みに動いていると思うのだが。周辺調査だけではなく、軍と騎士と学園生の問題を仲裁したり、貴族と平民間を取り持ったり。錬金魔法で薬を作ったり、道具を作ったりで大忙しだったと思うのだが。
「メアリーは私の事も出来うる限り変な目で見られないようにしてくれただろう。色々と根回しをこの調査でもしていた事を知っているぞ」
「いえ、それは元々私が原因な所もありますし、フォローをするのは当然で……」
「私が原因だ。学園に居た頃にした事を見れば当然の事だからな」
「そんな事は言わないでください――って、今はその事は良いんです。私はクロさんの事を知るのが遅くなった分休みも多くて、まだまだ体力は有り余っているのですから、私は大丈夫なんです。ヴァイオレットは倒れる前に一度休んでください」
何故私をそんなに休ませたいのだろうか……もしかしてメアリーは気を遣って、私に休んでもらいたいと思っているのだろうか。心配される程私は疲れているように見えるのだろうか。
……駄目だな。そんな事に気付かないなんて、クロ殿やクリームヒルトの事も有って余裕がなくなっている証拠かもしれない。
正直言うならばクロ殿が釈放されるまでは休んでもいられない気持ちが大きいが、倒れては救える者も救えない。少しは横になる様な休憩をしたほうが良いかもしれないな。
「ありがとう。だがやはりブラウン達が一度戻るまでは軽い休憩程度に留めておく。その後に任せるかもしれないが、良いか?」
「はいっ。遠慮せずにドンドン頼んでくださいね!」
「あ、ああ。メアリーも無理はしないでくれよ?」
「勿論です。あ、じゃあそれまでは領主の仕事を手伝いますね!」
「ありがたいが……探すのは良いのか?」
「急いでもいませんし、ヴァーミリオン君も見つけたら報告すると言っていましたから大丈夫ですよ。という訳でまずは休むのを伝いましょう。肩でも揉みますか?」
「い、いや。それは後日にでもお願いしよう」
「はいっ! では休憩しましょう、どうぞ温かいモノです!」
「ええと……ありがとう?」
「どういたしまして!」
メアリーはそう言うと、何処からか取り出した温かいモノ……具もなにも無いカップに入ったスープを渡してきた。ちなみに彼女の右手には同じようなカップを持っていた。恐らく自分用だろう。
……もしかして探しているというのは建前で、元々私を労いに来ていたのだろうか。
それにしてもメアリーはなんというか……
「変わったな」
「はい?」
なんだか分からないが、メアリーが昨日の朝などと比べると変わった印象が見受けられる。
それまでは何処か影があると言うか、思いつめているような表情があった気がしたのだが、今のメアリーは悩みが無くなったかのように明るい。いわゆる憑き物が落ちた、とでも言うべきか。
昨日と今日とでなにかあったかと問われれば、やはり……
「複数の男を同時に相手して自信でも付いたか? 歴戦の女の風格というやつか」
「確かに一日に五人とデートはしましたが、なんだか尻軽みたいで嫌ですね……まぁ言われてもおかしくはないんですが」
私が言うと、メアリーは少し困ったかのように小さく笑った。
私が冗談で言っているのも分かってはいるが、否定もしきれない辺り自分でもどうかと思う、という感じか。
「他者の色恋沙汰にとやかく言うものでは無いだろうが、特定の誰かに決めるつもりは無いのだろうか。それとも全員と結ばれるつもりだろうか」
「いや、それは流石にその……お父さんが五人とか子供可哀想すぎませんかね……」
「目指すのならば私は応援するが、色々と気をつけるんだぞ」
「応援するんですね。ですが特定の誰か、ですか……」
メアリーはそう言うと、空を見上げて月を見る。
あの月に誰かの姿を浮かべて思っている……なんて、事をしていたりするのだろうか。
「言いたくないのならば構わないのだが、聞けるのならば聞きたいな」
「おや、意外ですね。ヴァイオレットが積極的に聞こうとするなんて」
「恋バナ、というやつだ。学園生、特に私達女学生はよく休憩時間になるたびに話していただろう?」
「そうですね」
「なら私も倣って話そうかと思っただけだ。ほら、私の休憩を手伝ってくれるのだろう? 手伝って恋バナの続きをしないのか?」
「うぐ、言いますね……」
私がイタズラをするかのようにメアリーに言うと、自身の発言上否定出来ず、後悔しているかのようにスープを啜った。
「特定の誰か……私の、好きな男性……」
メアリーは温かいスープ啜り、ホッと白い息を吐きながら考えを巡らせていた。
ここで複雑であったり嫌そうであれば違う話題を切り出そうとしたが、どうやら答えてくれるようだ。
「うーん……好きな男性は多いですが、付き合うとかいう意味では……うーん……」
だが今一つ考えが纏まらないような言葉を呟く。
そして言葉だけを聞けば気の多い浮気者の発言としか思えない……少しはそれもあるかもしれないが、メアリーの場合は本当に恋とか愛が分からないのだろうな、というのは今まで話すようになってきて分かってきてはいる。
ここは……色々と聞いていったほうが良いのだろうか。
「アッシュはどうなのだ?」
「優しく紳士的ですし、時に強気に出て来る所は格好良いと思いますね。疲れ……弱っている所を見せるのを情けないと思っているのか、大事な所は黙って無理しようとするので、少しは頼って欲しいです。……ですが、それも彼らしさだと思いますし、支えたいと思いますね」
「シャトルーズは?」
「不器用で口数が少ないですが、接していると表情とかが結構分かりやすくて一緒に居ると楽しいです。甘いモノが好きなのに軟弱だと思って恥ずかしがっている所とか、異性の名前も呼べないほど初心な所とか、強くあろうとする中に見える彼らしさが良いと思います」
「シルバ」
「お――」
「弟のように可愛らしい以外で」
「……。誰かに頼るのではなく、自分の生い立ちに抗おうとし、自分を持って行動している所が好きです。強気で行動して道を切り開くとしているのは、私にとっては眩しいと思う位には格好良いと思います」
「エクル」
「面倒見がよくて、時間を忘れて楽しませてくれるような話術で私を楽しませてくれて親しみが持てますね。一緒に居て楽でいられると言いますか、気負わなくて良い小さな気配りが上手で楽しいです。ですが意外と私生活になると結構ズボラで、面倒を見てあげたくなる魅力がありますね」
「ほう……」
なんというか意外と言えば失礼だが、キチンと見ているのだな。そして全員好ましくは思っているようで、誰が結ばれてもおかしくないさそうだ。
やはり誰が強気に出て、出し抜くか、という次第のような気もする。……それなのに牽制し合って暴走して誰もメアリーと結ばれずに居るのだが。後はメアリーが逃げているのもあるだろうが。
それはそうと、後は……
「ヴァーミリオン殿下はどうなんだ?」
「……元婚約者の前でヴァーミリオン君を語るって、なんか嫌ですね……ヴァイオレットは良いんですか?」
「今更気を使うな。私は既に愛しの相手がいるから、語られても問題はないし気にならない」
「うわー、勝ち組の余裕ですねー」
「ふ、まぁな」
「ヴァイオレットも強くなりましたねー」
ヴァーミリオン殿下にどう思われようと良いというのは、婚約破棄後再会した学園祭で割と吹っ切れている。
それに今日もあの騎士の男に絡まれた時に庇って貰った時に言われたが、殿下の厚意によって互いに気にしないようになっている。もう互いに恋愛感情を抱くなど有り得ないので、語られた所で昔から知っている相手……アッシュやシャトルーズに語るのとそう変わらない。
「そう、だから気を使うな。私から婚約者を奪ったのに、その婚約者とも明確に付き合おうとせず多くの男性に気があるメアリー!」
「その言い方やめてください!?」
「まぁ私はヴァーミリオン殿下に好かれた事は無かったらしいから、私が所有した事は無く奪われるもなにも無いがな!」
「いや、確かにそれはあの決闘の時言われてましたが、そういう事ではなくってですね!?」
「さぁ決闘で負け、当時の婚約者である相手を見ずに己しか見ていなかった私に、メアリーにしか気づかないヴァーミリオン殿下らしさを語って私に見えなかったヴァーミリオン・ランドルフという存在を教えてくれ!」
「自虐もやめて下さい、私をどうしたいんですか!」
うむ、なんだか楽しくなって来た。これはクロ殿が言っていた深夜テンションというやつだろうか。確かクロ殿は徹夜で縫っているとテンションが上がって作業が進むのだが、翌日になって「なんだこれ……」という状態になる奴かもしれない。……よし、後でちゃんと寝よう。
それはそうとシキに来た当初であればこのような事を言う事は無かったのだが、メアリー相手だと言ってしまいたくなる。なんというかリアクションが面白いと言うか……あれ、私はエスなのだろうか。
「ともかくヴァーミリオン君はですね――」
「俺がどうかしたのか?」
「ドイツ!?」
「べる……?」
そしてメアリーがヴァーミリオン殿下についてなにか言おうとすると、語ろうとした当事者が現れ、よく分からない単語を叫んで驚いていた。スープをこぼしそうになったが、住んでの所で止めていた。
「お疲れ様です、ヴァーミリオン殿下。殿下が仕事を熟す中で私が先に休みを取り、友と歓談してしまい申し訳ございません」
「そちらこそご苦労、ヴァイオレット。お前が領主として多くの業務をこなしているくらいは分かる。休まず働かれるよりは、こうして休める時に休んだ方が良い」
「温かいお言葉ありがとうございます」
「……貴方達、良い性格してますよね」
「なんの事だ、メアリー?」
「なんでもないですよっ。はい、お疲れ様ですヴァーミリオン君。温かいモノをどうぞ!」
「あ、ああ。頂こう……?」
私達が驚くメアリーを余所に挨拶を交わしていると、メアリーが恨みがましく私達を見ていた。
私は半分ワザとだが、ヴァーミリオン殿下はなんの事か分からず疑問顔だったが、メアリーは照れを誤魔化すためなの手に持っていたスープのカップを渡した。……先程までメアリーが飲んでいたものだが、良いのだろうか。
……しかしメアリーが当たるかのようにモノを渡すとは珍しいな。
「ヴァーミリオン殿下はもしや学園長先生を探されているので?」
「もしくは見つかって報告したんでしょうか?」
「ああ、いやそちらもまだ見ていないのだが、少し別の探している相手がいてな」
「別の探している相手ですか?」
「ああ。シャルの母君……ヴェールさんを知らないだろうか?」
私達の問いに対し、なにか引っかかりを覚える表情で聞いて来た。
ヴァーミリオン殿下は内緒で来ているヴェールさんがいるのを知っていたのか。だが何故ヴェールさんを探しているのだろうか?
「ヴェールさんになにか御用でも?」
「そうだな。用と言うか、聞きたい事がある」
「聞きたい事ですか?」
「そうだ」
ヴァーミリオン殿下は何故かそこで周囲を確認する。
そして誰も聞いていないのを確認するかのような仕草をとると、
「彼女が知っている、仮面の男についての事をな」
と、言ったのであった。
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