追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
言外の圧(:涅)
View.クリ
謎の仮面の男に襲撃を受け、シキは騒がしくなった。
治療のために気絶した相手を運んだり。目撃した仮面の男に対しての聴取を受けたり。
今後の調査における予定を組みなおしたり。相談したり。
そんな暇ないというのに、今後の対応に関して軍と騎士、学園の代表などが揉めたり。
「怪我をしている者はアイボリーかグリーネリー先生の元へ。薬はグリーンさんかエメラルドに貰ってくれ。一度でも気を失った者は状態を観察して――」
その中でも大変そうなのがヴァイオレット義姉様であった。
クロ兄様という存在が居ない以上は、こういった問題はほとんどが領主であるヴァイオレット義姉様へと圧し掛かって来る。
モンスター襲撃が多かったのは管理不行き届きではないか。
仮面の男の情報は事前に合ったが、注意不足故に今回の件が起きたのではないか。
そもそも仮面の男はシキの関係者では無いのか。
クロ・ハートフィールドがやはり国家転覆を引き起こそうとしていたのではないか。
モンスターの襲撃も仮面の男も国家を脅かそうとしている準備の一部だ。
……など、一部は正当性のある苦言ではあるけれど、大体は責任を押し付けるための言いがかりである。
あのような事を言われるヴァイオレット義姉様の気は重いだろう。見る限りではクロ兄様が不在の中、弱音を見せずに懸命に働いているというのに。
私も今日初めて会話したとはいえ、義妹として助け舟を出そうとしたのだが――
「おい貴様、領主に話している場合か! 怪我をしているのだろうが治りきってもいないのに勝手な行動をするんじゃないこの愚患者風情が!」
「なっ!? 私はほぼ治っている上に、今は領主代理と話している! 平民医者風情が男爵の私に割り込むじゃ――」
「やかましい患者は大人しく医者の言う事を聞け! 治りってもいないのに勝手な動きをするなら拘束するぞこの愚患者! あと男爵程度で偉そうにするな王族になってから出直せ!」
「なっ、ちょ、来るな医者が!」
「あとこの女は領主代理ではなく領主だ、その程度も分からんのか屑が! 傷を付けるしか能の無い口は要らんから包帯で塞ぐ!」
「おー、麗しき女性よ、そのように眉間に皺を寄せていては美しき顔が台無しだ。貴女の笑顔はきっと向日葵の如き華やかで素晴らしいものなんだろう。どうだい、その笑顔を俺に見せてみる気はないかいハッハー!」
「ぶ、無礼な! 私を誰と心得る。私は子爵家に嫁ぐことが決まっている身なのですよ! 今はその私に傷を付ける原因をつけたこの女に文句を――」
「麗しき女性同士が傷付くなんて俺には耐えられない。どうだい、このカーキー・ロバーツの格好良い顔に免じて心を抑えてくれないかい」
「触れないでください、私は嫁ぐことが決まっていると――え、ロバー……ツ? ……辺境伯の?」
「? まぁ一応はそうだぜ! おっと、そういえば怪我をしているんだったな。麗しき領主と話すより、アイボリーの奴の所へ行った方が――」
「……し、失礼致しました、私はこれで失礼いたします!」
「何処へ行くんだぜ!? そうか、追いかけっこか、追い駆ければ良いんだな! あ、ミセスヴァイオレット、この資料を渡しておくぜ。――待つんだ子猫ちゃんハッハー! 」
「おい貴様この草を食べなかったか!」
「あん? ああ、薬剤師の娘の餓鬼か」
「何故勝手に食べた! これはあっちの学園生相手に先に処方するものだぞ!」
「それがどうした、薬は調子の悪い相手に処方するものだろう。あんな平民用制服を着ている学園生風情より、私の様な貴族が優先して処方されるのは当然だろうが。ったく、そんな事も分からないのか。おい、それより領主代理。今回の――」
「馬鹿が吐き出せこの愚被験者風情が!」
「ぐ、お前、餓鬼がなにを――」
「お前が喰ったのは処方道理に飲まんと毒のままの毒草だ!」
「は?」
「先に飲むと中和も出来ずに腹を下すからさっさと吐き出せ! あと優先するのに身分が関係ある訳ないだろうがこの愚被験者風情が」
「ふざけた事を――ぐっ、腹が!?」
「あとこの女は領主代理ではなく領主だ、その程度も分からんのか屑が! 毒を吐くしかしか能の無い口は要らんから包帯で塞いでやる!」
と、シキの皆様方のフォロー(?)を経て私がヴァイオレット義姉様へのフォローをするまでもなくなっている。
私も色々と治療を手伝ったり、必要な物資を運びながらヴァイオレット義姉様を見ているのだが、他にもシキの皆様方にヴァイオレット義姉様をフォローし、ヴァイオレット義姉様は皆をフォローしている。
「オーキッド。すまないがアカさん達に警護を強化するよう伝えて貰えるか」
「ククク……了解したよ。ついでにモンスター除けに問題が無いかウツブシと見てくるから」
「助かる。この場は大分落ち着いたから、こちらの心配は無用だ。ああ、ブラウン。眠いかもしれないが、シュバルツと一緒にこの場所のモンスターの回収を頼む。大きいゆえに放置も出来ない」
「うん、分かったよー、任せてヴァイオレットお姉ちゃん。ついでに周囲のモンスターの討伐もしとくね」
「頼むぞ。あ、シアン。キャメルに頼んで調査員の壊れた服の補修を頼んでおいてくれ」
「了解ー。決してオリジナリティを出さないように、と伝えれば良いんだね」
「ああ、そこは外さないで欲しい。あとすまないがシアン。キャメルの服屋に行くついでにシアンの服を変えてくれ、特に下」
「え、なんで」
「スリットから見える太腿が悩ましくて色々危ういという苦情が来ている。下着が見えなきゃいけない所が見えても何故か下着が見えないから、どういうことなんだ、という純情な学園生や騎士が一部居るようだ」
「…………分かったよ。パンツスタイルにするね」
「頼む」
学園に居た頃は取り巻きは居てもあの様に話せる間柄は居なかった彼女だが、今は領主としてキチンと慕われて事を勧めている、という印象が見受けられる。
先程のヴァイオレット義姉様に文句を言いに行った相手に対しても、自ら庇うかのように向かっていった。
――……なんというか、慕われている、という感じだ。
……まぁ他にも、生徒会や学園長先生などが庇って事なきを得たのも確かだ。が、嫁いでから一年も経っていないのに、領民が領主と認めて慕われている……というのは、かなり凄いのではないだろうか。
本当に変わった……いや、成長したんだな、と、あまり接していない私でも思ってしまう。
……この言い方は上から目線かな? にしても少し疲れたかな。
「クリ先輩、そろそろ休まれてください」
「……でも」
「先輩だって襲撃を受けてましたし、皆さんを運ぶのだって多くを運んだそうじゃないですか。疲れているでしょうし、休んで大丈夫ですよ。ここは任せてください」
「……うん、ありがとう」
優しい後輩の言葉により、私は皆を運んだり治療の手伝いをしたりする作業を一旦離れ休憩する事にした。
皆があくせくしている中た休憩するのは後ろめたいが、確かに少しだけ疲れていたし、休憩している子もう居るから罰は当たらないだろう。
「……ふぅ」
「やぁこんにちは」
「……ひゃゅう!?」
「ひゃゅう?」
私が動いている方々の邪魔にならないように、少し離れた所で独りで休憩していると、唐突に声をかけられた。
気配が無かったが何者なんだろう。……疲れているのかな。あとなんでみんな私の後ろから声をかけるのだろうか。
「可愛い声をあげるね、クリ・ハートフィールドちゃん」
「……ええっと、どちら様……でしょうか」
声のした方を見ると、そこに居たのは金髪の綺麗な女性であった。
一度見れば忘れないだろう程の美女であるため、会った事は無いと思うのだが……彼女は誰だろう。先程の仮面の男の事も有るので、知らない相手には警戒してしまうのだが。
「シキで八百万屋を営んでいるゴルド、という者だよ」
八百万屋? とはなんだろう。
よくは分からないが……敵対心は見受けられない。
「……私になんの用でしょうか」
「ちょっと聞きたい事があってね。……クリちゃんは、仮面の男と話した、って聞いたんだけど」
「……話した、というよりは一方的に話されたんですけど……それがなにか?」
「うん、実はその内容が気になってね。聞かせて貰う事はできないかなーって」
……怪しい。むしろ怪しさ以外が感じられない。
仮面の男と私が話した事はあの場に居た誰かに聞けば分かるだろうが、何故聞きたがっているのか。
好奇心と言われればそれまでだが、なんとなくこの女性は警戒に値する女性だというのは分かる。
「……私に聞かずとも、他の方々には言っているので内容は分かるのでは?」
「君のお兄さんに何故か謝罪をした、というのは知っているのだけど、私が言っているのはもう一つの方だよ」
「………………」
もう一つの言葉。それは私では意味が分からなかったあの言葉。
そしてその言葉を言われた事は、私はまだ誰にも言っていない。
報告をしなかったのは虚偽に当たり場合によっては罪に当たるのだが、話さなかった理由は……なんとなく、クロ兄様以外に話さないほうが良いと思ったからだ。ただなんとなく、そう思った。
「言わない、で良いのかな?」
「……なんの事か分からないので、言えない、が正確な所ですが」
「そうかいそうかい、まぁその判断は間違っていないだろうね」
……このゴルドさんとやら、絶対分かって言っている。腹立つ。
「でもお兄さんに話さないと意味が無い。でも今は話せない、違うかな?」
「……クロ兄様は今重要参考人ですから。無理もないかと」
今クロ兄様は、本来であれば国家転覆の容疑を確かめるために、私達が調査に言っている間にクロ兄様の調査を行う予定だったのだが、今回の件でまだ教会の中で待機中だ。下手に会う事は出来ないだろう。
……仮面の男は、会うようにする的な事は言っていたが……一体、どうするというのだろうか。
「じゃあ、会いに行こうか」
「……え?」
私の疑問を余所に、ゴルドさんはそんな出来るはずの無い事を言い、
「私ならお兄さんに会わせる事が出来るよ。さぁ、行こうか」
私の手を引っ張っていこうとする。
私は怪しさが溢れるゴルドさんに付いて行く気にはなれず、手を払おうとするが――
「クロ殿に会えるのか」
「おおう!?」
手を払おうとした時、私の背後から声をかけられた。
……なに、なんで皆私の背後から声をかけるの? というかこの声って……
「ゴルドさん、どういう事なんだ。クロ殿に会えると聞こえたが、本当なのだろうか?」
「ヴァイオレット義姉様……?」
そう、この声はヴァイオレット義姉様。先程まで皆の指示を行っていたと思ったのだが……というか、なんだか目が危ういのは気のせいか。あとゴルドさんがシキの住民である事は確かなのかもしれない。
「会えるのか?」
「落ち着き給え。というかよく私に気付いたね。一応隠れていたんだが……」
「会えるのか?」
「お、落ち着き給え。そんなに詰め寄らなくても良いじゃないか」
「会える、のか?」
「そ、そんなに会いたいのか?」
「会いたいに決まっているだろうクロ殿だぞすぐ傍に居るはずなのに会えないのだぞ」
「早い早い、言葉が早い。そして怖い。まだ会えなくなってたった一日じゃないか」
「本当は今すぐに会いたいのに、迷惑がかかるから抑えているんだ。愛しの夫が近くに居るのに会えないこの苦しさは分かるか、ゴルドさん。合法的に会えるのならばなにがなんでも私も連れて行ってもらうぞ」
……拝啓、待機中で暇をしているだろうクロ兄様。
私は今日初めて話したヴァイオレット義姉様と話しました。
クロ兄様とは数年話しておらず、夫婦生活はまだ見ていません。
なので正直仲が良いかどうかは分かりません。夫婦円満か分かりません。
ですが、クロ兄様達夫婦に関して分かった事が一つあります。
「ゴルドさん――クロ殿に会えるのだろうな?」
ヴァイオレット義姉様は、クロ兄様の事が危ういくらい好きだという事が、分かりました。
……大丈夫かな。
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