追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

喧嘩する宿敵(:涅)


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 カラスバ兄様の目に光を宿すために一発殴り、というか叩き。「冷静になったよ、ありがとう」と感謝の言葉を述べられ。
 その後私達が滞在の間利用する空き家を住めるようにした屋敷に行き、学園の皆と合流した。
 滞在する間は三つの屋敷を軍、騎士、学園生で分けて利用するとの事だ。以前の調査では教会を使ったらしいが、今回は数が多いので特別に用意したらしい。
 男女に関してどうするのかという話はあがったらしいが、これからも男女で寝食を共にする機会はあるのでルールだけ取り決めて同じ屋敷を利用するとの事。あと少し貴族平民に関してもめそうになったのだが、メアリー・スーさんという素晴らしき後輩のお陰で事なきを得たらしい。なんでも最終的に「ありがたや、ありがたや……」とメアリーさんを拝んでいたとか。……私が居ない少しの間になにがあったのだろう。

――……気まずい。

 それはともかくとして。
 今の私は早速初日のシキの住宅から少し離れた森の調査を行っているわけなのだが。
 メンバーは軍と騎士の方々と学園生数名。プラス追加戦力数名。
 軍と騎士の方々は良い。来る途中で見た限りでは、先程のヴァイオレット義姉様に絡んだようななにかをやらかしそうな方々は居ない。
 学園生は、とある二名を除き良い。私が立場的に最年長で身分が高いので学園生のリーダーになったのは頭が痛いが、まだ良いのだ。
 そしてプラスの戦力三名に関してはなんでこうなったのかと問いたい。
 そして今、気まずい原因を作り上げている学園生一名と追加戦力一名が――

「貴様っ、先程の魔法はなんだ、魔法使いの後方支援が前に出ようとしてどうする!」
「そちらこそ一々我の魔法射線に入りおって! 前に出なければ巻き込まずに撃てんのだろうが!」
「連携をとれ連携を! 大体一々呪文を唱えるな!」
「魔法で呪文を唱えるのは当たり前であろうが、その程度も分からんのか!」
「簡易呪文なら文句は言わん、だが完全詠唱を唱える様な長い詠唱を唱えるなと言っている!」

 ――姪であるアプリコットさんと、シャトルーズ君が言い争いをしていた。
 この地をよく知る地元民という事と、来年度から学園生となるので入学前研修という事でアプリコットさんは私の班として参加している。のだが……どうも彼女はシャトルーズ君と相性が悪いようだ。
 以前……どうも以前のシキへの調査の時からの知り合いらしいのだが、その時からこうしてよく言い争いをしているらしい。

「クリ先輩クリ先輩、どうにかなりませんか、片方の子は姪なんでですよねっ?」

 言い争いを見て、何度か話した事のある後輩の貴族の女の子が心配そうにかつ怖がりながら私に聞いてきた。後ろに同じような表情の後輩が居るので、恐らくは代表として私に聞いて来たのだろう。

「……確かに姪ではあるけれど……会ったのは二度目だし、なにより……」
「なにより?」
「……アレを止められると思う?」
「えと……ごめんなさい」

 私は言い争う二人を見ながら言うと、後輩の女の子は謝って来た。
 ……私が言うのも変ではあるが、この子は意志が弱い子なんだろうな。だからこうやって私に使わされたのだろうし……
 それにアレを止められるはずもない。あんな水と油の様な、仲の悪い二人に――

完成された無明の詠唱長い詠唱を唱えるのは、唱えて防御が甘くともそちらが我を守る技量を持っていると分かっているから唱えているのだろうが! ならば敵の闇の使いモンスターを一撃で屠る魔法を唱えて屠り、少しでも戦う時間を減らしてやろうとしているのであろう!」
「お前の実力ならば魔法で全てを解決せずとも、簡易詠唱魔法で充分な威力になるだろが! それならば止めは俺がさせると言うんだ! 大体なら何故前に出る!」
「実力は分かっていても離れていては守りにくいであろう!」
「ちゃんと守護距離は把握している! 襲われても俺が対応できる距離をな!」
「近付かんと我の魔法が間に合わんかもしれんだろう! 近付いた方がそちらを守るのに便利だろう!」
「お前、俺の実力を信用しているのではなかったのか!」
「信用をしているが誰かが傷付くかもしれんと思うと自然と身体が動くのだ悪かったな!」
「その気持ちは分かるが我慢を覚えろ!」
「お前に言われたくないわ!」

 ……あれ、本当は仲が良いのだろうか。
 言い争ってはいるが、信頼と互いに気を使っている感がある。
 それにシャトルーズ君は一人称が変わっている。普段は私と言っていたはずだが……もしかしてアレが素なのだろうか。
 素だとしても、普段のシャトルーズ君を思うと、あのように大声で話す事が意外である。
 入学当初はヴァーミリオン殿下よりも言葉数が少なくて、知り合い以外には必要なこと以外は話さないといった取っつき辛い雰囲気があったのだが……

――……メアリーさんのお陰なのかな。

 今では誰かと話す姿はよく見かけるし、僅かだが表情も豊かであるように思える。
 それもシャトルーズ君だけではなく、現生徒会をいい方向に替えているだけではなく多くの問題を解決しているメアリーさんのお陰なのかな……まぁどちらにせよ、あんな風に叫ぶのは珍しいけど。
 あ、それよりも流石に止めたほうが良いかな? 止められるとは思えないし、怖いけどこれ以上は……

「あ、あの、シャトルーズさん、アプリコットさん。今は調査なのですから言い争いはそこまでにしませんか。」

 と、思っていたのだけど。私よりも先にある意味では気まずい思いをしている追加戦力が止めに入った。
 ある意味では予想外の御方。なんで彼が居るのだろうと問いたいが、深くは聞けない御方。

「……ティー殿下。申し訳ありません。つい熱くなってしまったようです」

 ……そう、何故かバーガンティー殿下がここに居て、私達の班に居るのだ。
 私の班の追加戦力三名の内の一名。
 なんでも王族関係のなにかでシキに来ており、アプリコットさんのように入学前研修として調査に参加しているのだが……なんで私の班なのだろう。なんだか私の班の誰かが目当てのような気がするが……気のせいか。
 あとついでに言うと、追加戦力の後一名はバーガンティー殿下の護衛である。姿は分からないが、こちらはこちらで下手に話しかけづらかったりする。

「いえ、言い争いも必要な事ですから。むしろその方が仲間な感じがして良いではないですか」
「うむ、その意見は同意だが、この男と我が仲間というのは語弊があるぞ」
「おい。殿下に対してそのような口の利き方は――」
「構いませんよ。彼女は将来同じ学園に通う仲間なのですから。ですが、仲間で無い……のですか?」
「うむ、この男と我は宿敵ライバルである!」
宿敵ライバル!」
「うむ、そして貴方様も仲間ではなく宿敵ライバルだ。お互いに切磋琢磨し、頂点を目指すためのな!」
「成程、素晴しい考えですねアプリコットさん!」
「さんは要らぬ。将来同じ学園に通う宿敵ライバルなのだからな」
「はい、アプリコット!」
「色々言いたいが、宿敵ライバルというのは確かだ。流石は俺が認めた女だ……!」
「フゥーハハハ、当然であろう!」

 ……やっぱり仲が良いのだろうか。
 なんというか、私の姪は男子と仲良くなる方が上手そうだ。

「なにあの子……」
「バーガンティー様やカルヴィン様とあんな風に……」

 ……逆に言えば、女子からは嫌われやすいとも言える。
 当然皆が嫌う訳では無い。事実彼女はヴァイオレット義姉様と仲が良いらしいし、シキでも親しまれやすい部類に入る事は入るらしい。

――……だけど、学園の女子となると少し話は変わるね。

 笑い声や言葉選びが少し奇妙。
 嫉妬する人も居る程には整った容姿。
 学園にも入っていないのにまるで本職かのような魔女服。
 そしてなによりも、女子に人気のあるシャトルーズ君にケンカ腰。
 ハッキリ言うならば女子には嫌われる要素が多い子だ。学園に入る前からこれでは、学園に入った後にイジメに合うのではないかと不安になる。

――……そ、その時は私が助けないと……!

 血は繋がっていない上に、二つしか離れていない。しかし私の姪ではある。正確には違うけど。
 もし彼女が孤立しイジメを受けるようならば、頼りなくても私は味方で居ないといけない。
 ……そう思ってはいたのだけど。

「靴擦れしたのか。見せてくれ……ああ、この程度ならば問題無い。我が治療しよう、すぐに楽になる」
「わっ、本当に楽になった……!」

「む、顔色が悪いぞ先輩。……ふむ、栄養不足のようだな、これを食べると良い、檸檬の蜂蜜漬けだ」
「……ありがと。……あ、美味しい!? どう作るの!?」
「ふふふ、これはだな隠し味に――」

「先程から庇っているが……やはり挫いたのか。怪我もしている。こういったものは大事になる前に言ってくれ。その方が楽になる」
「うっ……でも……」
「でもではない。折角の美しき足なのだ、傷付いては愛する者も悲しむぞ。……よし、後は固定をするだけだな。む、しまった。先程の戦闘で……仕方あるまい」
「って、えっ、マントを破いちゃうの!?」
「すまないな、先程の戦闘で包帯の類が切れたのだ。帰るまで我慢して欲しい」
「そうじゃなくって、その服、お気に入りなんじゃ……」
「それよりも貴女の足の方が大切だろう。服はまた作れるからな」

 ……なんというか、我が姪はとても面倒見が良い、良い子であった。
 変な言動はするが、よく気が付くし、用意もよくて優しい。
 これもある意味では話として聞いた相手には嫌われる要素に含まれるかもしれないが、実際に受ける相手にとっては……

「……あの子、良い子ね」
「……うん、一生懸命だし」
「……それに気付いた? あの子、私達が下手をしたのをフォローしてくれてたよ」
「……前に出たのも私達を守るためだよね」
「……騎士の方相手にもひるまずに行くし」
「……俺が血で汚れても引かずに優しくしてくれた」
「……格好良い」
「……ああ、俺もそう思う」
「……なんで付いてないんだろう。……付けようかな」

 受ける相手にとってはかなりの好感触となる。あざとい感じはなく、計算も裏もない真剣にやっているお陰もあるのだろう。
 ……なんだか男子だけではなく、先程まで嫌悪していた子達も、すっかり「良い子だなぁ」みたいな感じになっている。一部危うい子がいる気がするのは気のせいだろうか。

「なぁクリさん。先程軍部の女性が我に今日の夜宿泊する屋敷の裏手に誘われたのだが、なにかあるだろうのか? 調査に関する事……とは少し違うようなのだが」
「……どの女性で、どんなふうに誘われたの?」
「あの凛々しき女性で、大人の世界を教えて貰えるとか。調査だけではない世界を、と」
「……行かないほうが良いよ」
「? まぁ元々今夜は無理ではあるので断りはしたのだが」

 ……大丈夫かな、この子。
 あのシキに行く途中で学園の女生徒相手に話しかけて危うかった軍の女性に狙われているようである。違う意味で心配になって来た。

「……クリさん。クロさんの事、大丈夫だろうか」
「…………」

 そして私にも気を使ってくれるのか。優しい姪である。それにアプリコットさんも心配であろうに、その事を感じさせないように振舞っている。

「……大丈夫。それよりも、モンスターが多いのが気になる」
「確かにな」
「……普段からこんな感じなの?」
「いや、多少離れたにしても多いな。冬眠から覚め始めている……という訳ではなさそうだ」
「……そう」
「それにしても、貴女は意外と言っては失礼だが、動けるのだな。銀の刀剣武士ライザーとも遜色ないのではないか?」

 ライザー? 誰の事なのだろうか。
 ともかくアプリコットさんにとっては私が戦い慣れている事が意外なようだ。正しくは戦い慣れているのではなく、動きなれているだけなのだが。
 どうも見た目からして魔法や援護方面だと思っていたようだが、比較的前の方で動いているのが意外なようである。

「……クロ兄様の動く姿に憧れたからね。そして追いかけている内に……」
「動けるようになった、という事か」
「……うん」

 私の動きは基本クロ兄様に憧れてのモノだ。色々と格好良くこなすクロ兄様に憧れて、教わって今は動いている。

「流石はクロさんの妹、という事か」
「……私はまだまだだけどね」
「謙遜はする必要はあるまい。貴女は充分に素晴らしい動きをしているぞ」

 だけどクロ兄様と比べたら全然駄目だ。今日はまだ本気を出していないが、本気を出してもクロ兄様には……

――……クロ兄様か。会いたいな。

 それにしてもクロ兄様に会いたい。
 ああ、会いたい。カラスバ兄様は会えたそうなのだが、聞けば変わらず素晴らしいクロ兄様であったという。
 なんで私だけ会えないのだろう。何故このタイミングで逮捕されているのだろう。今頃クロ兄様に関しての調査を行っているから正確には捕まっていない、というのはどうでも良い。会えなくしたことが問題なのだ。
 ああ、会いたい。会いたい。会いたい。昔の様に頭を撫でたり、私が怖くて泣いた時に抱きしめて慰めてくれた時の様に、身体と温もりを感じたい……!

「そういえば妹と言えば……」

 私がクロ兄様を思っていると、アプリコットさんがなにかを思い出したかのように呟く。
 妹と言えばなんなのだろう――はっ、まさか息子と娘だけではなく、新たな妹を迎え入れたとでもいうのだろうか!?

「彼女の事なのだが……」
「……クリームヒルトさん?」

 しかしアプリコットさんが示したのは、クリームヒルトさんであった。
 私の後輩で、錬金魔法を使い生徒会なクリームヒルトさん。色んな意味で有名である。
 先程のアプリコットさんとの相性について聞いたのも、あのクリームヒルトさんだ。なんだか私の名前を豪華にしたような名前の彼女である。……いや、そんな事はどうでも良い。
 何故妹と聞いて彼女を思い浮かべたのだろう。
 あの、今回気まずい思いをしている内の一人である――

「――あはは!」

 あの、発見したモンスターを迷わず襲う、空虚な瞳をした彼女を何故。





備考:特別に用意された三つの屋敷
シキに居る建物を建てるか解体化していないと落ち着かない大工一団が、急ごしらえで作りました。
普段用が無い時の彼らは、基本同じ場所で屋敷を立てては解体するというある意味怖い事をしています。

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