追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
今ならきっと(:涅)
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「……クロ兄様が、なんで……?」
「…………」
クロ兄様は現在国家転覆を企てた容疑で捕まっている。
その話をエクル君から聞き、私は訳も分からず呆然と立っていた。
私の記憶の限りでは、クロ兄様はそのような事をする方ではない。
お父様達に反発をしたり、貴族らしからぬことをしたり、私やカラスバ兄様と一緒に屋敷を抜け出して街で買い食いをするなどちょっとした悪い事を教えたりはするけれど、基本的に優しく、執事やメイドといった従者にも気を使い、場を和ませたりする兄様だ。
そんなクロ兄様が国家転覆なんて……
――……でも、可能性は……
ない、とは言い切れない。
クロ兄様は基本的に優しいが、受け入れられないラインを超えると途端に冷たくなる。
カナリアに対しクロ兄様を性的に襲わせようとした時の様に、学園祭でカーマイン殿下を殴り続けた時の様に。
……だからもしもクロ兄様が今の王国に受け入れられない事があるとしたら、企てる可能性は無いとは言い切れない。
――……我ながら、信じ切れないなんて……
妹として兄の事を信じ切れない心の弱さに嫌気がさす。
それとも信じているからこそ、疑うべきなのか。……いや、この場合の疑いは私を正当化するための思考だ。自身の心の弱さに対する言い訳に過ぎない。
「エクル君、クロ兄様は今――」
だが、言い訳をしていても仕様がない。
私はエクル君にクロ兄様の事を少しでも聞こうとして。
「これはこれは、ヴァイオレットお嬢様ではありませんか!」
そのわざとらしい大きな声によって遮られてしまった。
――……なに……?
会話を遮られた事に若干腹を立てながらも、私は声がした方を見る。
大きな声によって周囲が静まってしまったので、私達だけ会話をするという訳にもいかないからだ。
「……久しいな、トープ卿」
「おお、私の様な者の名前を憶えてくださっているなんて光栄ですな!」
私だけではなく、調査に来たほぼ全員の視線の先に居たのは、私達と一緒に来た騎士団の男。
名前は知らないが、今トープと言われたのでそんな名前なんだろう。正直どうでも良い。ちょっと様子を見ただけでも分かる程の嫌いである性格な上に、好みから外れているような細い男である。
そしてトー…………その男と会話をしているのが……
「以前会ったのは私がライラック兄様と一緒に居た、十一歳の年始のパーティーの時か」
私の元後輩であり、今は義姉であるヴァイオレット義姉様。
女性の中では背が高く、姿勢がよくて立っているだけではあるがどこか気品がある。以前は髪を一部編み込んでいたが、今は結ばずに綺麗な菫色の長い髪を靡かせている。
ただ以前と違うのは、全てを敵として見る様な冷たさを感じられない、という所だろうか。
あと……以前見た時よりも血色がよくなっている気がする。
私が学園祭を除いて最後に義姉様を見た決闘の時は、もっと弱々しかった。私より背が十センチ程度高くついでに胸も大きいのに、私よりも遥かに軽そうな体躯であったのだが、今は健康的であるように思える。……それでも私より十キロ以上軽そうだけど。
それはともかく何故彼女がここに居るのだろうか。義姉様としては、学園生が多く居るこの場に来るのは避けたいと思うのだが……
「それで、ヴァイオレットお嬢様は此度はどのようなご用件でこの場所に?」
「……領主として、調査をする貴方方に挨拶を、と思って来た次第だ」
……それは本来クロ兄様の役割のはずだが、ヴァイオレット義姉様が来たという事は本当に……
「そうですか、領主代理として! ご苦労な事ですなヴァイオレットお嬢様。ですが意外な話ですな、貴女がこのような事をするとは!」
「……どういう意味だ」
「おや、分かりませんかな。いや、分かりませんよね。分かっていればあのような行動はしないはずですから! なにせ貴女はヴァーミリオン殿下から見捨てられた身! 嫉妬に狂い身勝手な行動をした貴女が、領主である夫が逮捕されて、夫の代わりに働くなど意外という事ですよ!」
「…………」
そして私の疑問に対する答えを、騎士の男は嫌味ったらしく大声で叫んだ。
「……逮捕はされていない。ただの疑いだ。その疑惑もすぐに晴れるだろう」
「おや、これは失礼いたしました。王族に対して嫉妬で癇癪を起こし、追い出された件が今になって立件されたもんかと。ああ、いや、これは貴方の夫の話ではありませんでしたね、失礼いたしました」
「…………」
騎士の男に対して、ヴァイオレット義姉様は言い返す事無く黙って居た。
――……ああ、嫌だ。
この雰囲気は嫌だ。嫌いというよりは、嫌。
事情を知らない軍の方々にとっては少女に嫌味を言う大人に眉を顰め。
事情を知っていそうな軍と騎士の方々は同意をするようににやつくか、違う意味で眉を顰め。
学園生はこれから起こる事に楽しそうに愉快な表情をするか、ただ成り行きを見守るかのように不安そうな表情をしていた。
――……恥ずかしくないのだろうか。
私とてヴァイオレット義姉様の学園での行動に関しては思う所はある。
学園で行った言動に対して嫌悪感を示していた学園生は少なくは無い。
私は無いが、騎士や軍の方々の中には貴族としての交流で、ヴァイオレット義姉様だけではなくバレンタイン公爵家に苦汁を味わった者も居るかもしれない。
だからこそバレンタイン公爵家の一員でありながら、見捨てられ堕ちたと思っているヴァイオレット義姉様に対して、なにも出来ないと思ってあのような無礼を働いている。
だけど、自身が下の立場であったから逆らえなかった事を、相手が堕ちたので嬉々として上に立ったつもりで嫌味を言うのは恥ずかしいと思う。
自分の力で手に入れたモノではないモノを振りかざして虚しくならないのだろうか。
――……でも、それを言う勇気は無いけれど。
ただこれは思うだけで、言いはしない。
学園生の中に居る、不満には思うけど言いだす勇気は無い、そんな心の弱い女の想い。
……彼女も家族なはずなのに、助けられない自分がもどかしい。心を鍛えるために体を鍛えたが、意味が無いではないか。
クロ兄様ならば、ヴァイオレット義姉様相手では無くともあの空気をどうにかしようと行動をしただろうか。
そう、例えば……
「楽しそうな会話をしているな」
例えば、会話に入ったヴァーミリオン殿下のように。会話に入ったのかもしれない。
「おや、これはヴァーミリオン殿下。お久しぶりでございます。此度は殿下と調査を共に出来る事を、心から喜ばしく思います。不肖トープ、殿下のお力に慣れるよう尽力いたします」
「……ああ」
騎士の男はヴァーミリオン殿下が割って入ったが、特に慌てる事無く丁寧な口調とにこやかな胡散臭い笑顔で礼をした。
「……ところで、随分と楽しそうな会話をしていたな。ヴァイオレット……この女に関してのようだが」
「はい、それは楽しい会話をさせて頂きましたよ」
あれは会話と言えるのだろうか。
会話というよりは――あれ、ヴァーミリオン殿下の言葉に違和感が……?
「婚約者であるヴァーミリオン殿下の注意を聞かない事に、殿下も手を焼いた事でしょう」
「そうだな。この女がした事は許される事ではない」
「はい、殿下の言葉を聞かずに暴走をするなど、次期国王の最有力候補である殿下の婚約者、つまりは国母として相応しくありません。それに殿下も目に余った事でしょう」
「ああ、そうだ。俺はヴァイオレットが俺やメアリーにした事を許してはいない」
「ええ!」
騎士の男にとっては、ヴァーミリオン殿下は自身の味方であるという認識なのだろう。
だが、そう思うのは当然と言える
ヴァーミリオン殿下がヴァイオレット義姉様と婚約を破棄し、学園祭で再会した時も明確に敵対していた。
「決闘でした事に賛否はあり、別のやり方は有ったかもしれないが、特別に間違っているとも思っていない。それほどまでの事をヴァイオレットはやっていた」
「ええ、そうでしょうとも!」
さらには少しでも情報収集をすれば、ヴァーミリオン殿下がヴァイオレットの所業を許していないという事はすぐに知る事が出来る。なにせ学園祭でわざわざ会いに行って「お前が学園内に足を踏み入れる事を許さない」と言ったほどなのだ。
ならばヴァイオレット義姉様に対しての敵対行動は、ヴァーミリオン殿下にとっては咎めるべき内容ではないという認識なのだろう。
「……だが、それはいつの話の事だ」
「え?」
――だけどその認識が、今も正しいとは限らない。
「ヴァイオレット――ークロ・ハートフィールド夫妻は、王族名義で学園祭に招待された」
まず一つと理由を説明するように、ヴァーミリオン殿下は静かに、だが周囲にも聞こえる様な通る声で言い始める。
「その際に俺とヴァイオレットは約束を取り付けた」
「約束……?」
「そうだ。話し合いの場を設ける約束だ」
そこまで言うと、ヴァーミリオン殿下がなにを言いたいかが分かった。
そして私と同じように周囲の一部の方はなにを言いたいか気付いたような表情になる。
エクル君は……最初から分かっていたような感じだ。
「そして俺はカルヴィン子爵家が長男であり、俺が信頼しているシャトルーズを護衛としてシキに訪れた。話し合う約束を果たすためな」
「話し合う、とは……」
「婚約破棄に伴う一連の事柄の決着をつけるためだ。……分かるか、俺はシキに訪れたんだ」
招待したのはヴァーミリオン殿下自身では無くとも、王族が招待して、招待した場で話し合う約束を取り付け、約束を果たすために信頼できる護衛と共に、自らの足でシキ――問題があった婚約を破棄した、元婚約者ヴァイオレット義姉様が嫁いだ地へ足を運んだ。
「そしてシキにて話し合いの場を設け、俺とヴァイオレットは和解している」
……それがどういう意味を持つのか。
さすがに周囲の方々だけではなく、騎士の男もなにを意味するのかを理解し、青ざめる。
「確認させてもらうぞ」
ヴァーミリオン殿下は騎士の男を見据えると、冷たく言い放つ。
「お前は――王族が正式に終わらせた事に対し、異を唱えると言うのか」
それはハッキリと言葉にはせずとも、“公的に王族に逆らう気はあるのか”と告げていた。
ヴァイオレット義姉様の味方をして、味方を攻撃するのならば敵対行為とみなし、容赦はしない、と。
「い、や、その……」
「だが」
その視線だけで震える程の気迫に対し騎士の男が震えていると、気迫を鎮めてヴァーミリオン殿下は騎士の男に一歩近づいた。
「だが、今回の事はまだ公にはしていない。知らぬのも当然だ」
「え、えっと……」
「お前は知らなかった。だから今回の件は不問としよう。――それでもヴァイオレットに敵対をするというならば、話は別だが」
「い、いえ、滅相も有りません!」
ヴァーミリオン殿下の小さな微笑みに対し、騎士の男は異様なほどにビクついて敵対をしないと大声で言った。
あの女、ではなく、ヴァイオレットと名前で呼ぶヴァーミリオン殿下は……なんと言うべきか、私が見た時と違って……
「さて、騎士、軍。そして学園の諸君。まずは調査をするために荷物を置かねばならない。荷物を置く場所は、軍の者達はアッシュ。騎士の者達はシャトルーズ。学園の皆にはエクルとシルバが案内する。それぞれの案内に従ってくれ。ああ、クリ・ハートフィールドに関しては別用があるので待機してくれ」
ヴァーミリオン殿下は周囲を見渡し、私達にそう指示をした。
指示を言われた皆々方々は、この場は素直に従ったほうが良いと判断したのか、返事だけをして、今到着したばかりのアッシュ君達への元へと駆け寄っていった。その中には騎士の男もいる。アッシュ君達は妙な雰囲気に疑問顔である辺り、先程の会話を見ていないようだ。
「じゃ、私はここで失礼するよ。悪いけど、クロくんの事は殿下達に聞いて欲しい」
「……はい」
私も学園の皆と一緒に行ったほうが良いのかもしれないが……何故か指名を大人しくここに居よう。
なんだか今日という一日は私に厳しく無いでしょうか。気のせいですか。
とはいえ愚痴を言っても仕様がない。皆は行ってしまったが、私は私の行動をするとしよう。
「ヴァーミリオン殿下、此度の――」
「礼を言うな」
……行動しようとヴァーミリオン殿下に近付こうとしたけれど、そんな会話が聞こえて近付く歩を止めた。……なんなの、もう。
「俺は事実を述べ、周囲に状況を認識させるようにして調査を円滑に進めようとしたただけだ。俺のためであって、お前に感謝をされるような事はしていない」
「……そうですか」
「そうだ」
「ですが、感謝の言葉は述べさせて頂きます。どのような理由であろうと、私は助けられたと感じたのですから。――ありがとうございます、ヴァーミリオン殿下」
「……好きにしろ。言うだけならば構わん」
ヴァイオレット義姉様は礼を言い、ヴァーミリオン殿下はつまらなそうに顔をそむける。
――……なんと言うべきなのだろうか、これは。
もしかしてではあり、これは私の妄想に過ぎないかもしれない。
ヴァーミリオン殿下がヴァイオレット義姉様に不満を持っていた事も事実で、メアリーさんが許しても引っかかる部分はあったのかもしれない。
しかし同時にヴァイオレット義姉様に対しての自身の行動に思う所もあり、よりを戻すとまではいかなくとも、何処かで過去を雪ごうとしたのかもしれない。
だが王族である以上、一度婚約を破棄した相手に個人的な会話で終わらせたり、話し合いの場を設けずに許す事は出来ない。
だからこそ“ヴァーミリオン殿下は元婚約者であるヴァイオレットを許していない”という状態を保ち、“自ら赴いて話し合いの場を作った”うえで、“結果として謝罪を受け入れ問題を解消する”。
そうする事で、貴族などに対してこれ以上の追及をヴァイオレット義姉様に許さないようにした。
過去に起きた事を清算し、これからは友に近付くために互いを理解する一歩を始めるために。
――……これはあくまでも私の妄想だけど。
あっているかもしれないが、あっていないかもしれない。
見当外れで事実は違うのかもしれない。
「それに俺に感謝を覚えるならば、いずれ俺とメアリーの結婚の際に花束でも贈れ。友が祝福するとなればメアリーも喜ぶだろう」
「……当然その時が来れば喜んで贈らせて頂きますが、まずはメアリーとその場に辿り着く目途が立ってから仰ってください」
「……言うようになったな」
「私ですら言わなければならないような状況だと思うという事ですよ」
「ぐっ……というより、お前は何故言い返さなかった」
「はい?」
「あのような輩であればいくらでも言い返せただろう。いつものお前の他者を蔑む発言は何処へ行った」
「殿下は私をどう思われているのですか。そうですね……別にあの男にどう思われてもどうでも良いですから」
「なに?」
「愛する家族が居る中、あの男が私をどう評価しようがどうでも良いですから。あの男の中で私がどう評価されようとどうでも良いのです。ですから言い返しませんでした」
「ああいった輩は放っておくと調子に乗るだけだ。どうでも良くても調子には乗らせるな」
「ええ、ですが殿下が対応してくださったので、私がなにかするまでもなくなったじゃないですか」
「……お前、俺を利用したな?」
「おや、なんの事でしょうか。殿下は王族として立派な務めを果たしてくださって、私は助けられただけですよ。ありがとうございます、元・婚約者様?」
「……くそ、助けるんじゃなかった」
「ふふ、感謝をされるような事はやっていないのでは?」
「…………お前、そんな風に笑うんだな」
「はい?」
「なんでもない」
見当外れかもしれないが――あっているかもとしれないと強く思う。
学園で見かけていた頃よりは気楽にかつ仲良く話しているように見える今の彼と彼女ならば、学園に居ても友になれたのではないか、と思うほどには。
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