追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
私は彼らが居る空間の植物になって光合成をしていたい(:涅)
View.クリ
「……疲れた」
シキに到着し、一息ついてから最初に出た感想がそれであった。
歩いて移動した事による肉体的疲れはさほどもないが、精神的に疲れた。
今学園長先生は先行している生徒会メンバーと合流のために離れているが、この移動の間学園長先生と話すという緊張をずっと持っていたのだ。疲労の言葉を口に出すくらいは許されるとは思う。
どうせこの後調査の段取りとか宿泊場所に関してとかで色々と面倒は起こるだろう。そう思うと憂鬱だが、避けも出来ない事柄なので少しでも精神的に落ち着こうと思う。
「……良い風」
私は話せるような相手は現在彼女らと仲の良い友達と話しているか歩いた疲れで疲弊しきっているので、誰とも話す事は無く、独り離れて木陰で休んでいた。
休みながら私は周囲……学園や軍の方々ではなく、シキの風景を見る。
――……ここが、シキ。
クロ兄様が治めている、辺境の地。
辺境とはいえ辺境伯が治める様な重要な拠点ではないらしい。噂では問題がある方々を送る地だとか。あくまで噂ではあるが。
シキに来るのは初めてである。
お父様やお母様には絶対に近付くなと念を押されて行けなかった……というよりは行かなかった。学園に居ればいくらでも目を盗んでいく事は出来ただろうが、逆らうのが怖くて行こうとすらしなかった。我ながら兄不孝者である。
第一印象は自然に囲まれ、雪がまだ残り、領民の数はそこまで多いようには思えない。なんと表現すべきか、余生をのんびりと過ごすのに思い浮かべる場所、という印象だ。
――……クロ兄様と上手く話せると良いけど。
学園の調査や、色々な上下関係。話せる子は居るのだが、仲良く話せる友達がいない事など様々な気になる事は有るのだが、やはり不安はそこだ。
正直言うならば別行動のカラスバ兄様が先に到着していて、話すハードルが下がっていれば良いなどと他力本願な事を願ってしまう。
とはいえ私は誰かと話すのは苦手だ。嫌いではないのだが。
話し始める時に妙な間を作ってしまうし、話題を振れるほどの頭の回転の速さもない。正直聞き役で頷いているだけの方が楽である。
いっそのこと言葉による会話ではなく、手合わせでの肉体的会話の方が楽なんじゃないか……なんて思ってしまうほどには、会話は苦手だ。
生徒会メンバーが揃っているし、せめて話す事が出来る友達が居ればなぁ……いつもの様にカップルを妄想して語り合う、とか出来るのに……なんで別班なんだろう……
「……はぁ」
「溜息を吐くと幸せが逃げるよ?」
「……ふやぅ!?」
「ふや……?」
私が木陰で溜息を吐いていると、急に声をかけられた。
このイケメンで爽やかであり、同い年なのにお兄さん感のある、執事の燕尾服を着てもらいたい声は……!
「……エクル君」
「や、こうして話すのは久々だね、クリくん」
そう、エクル君。
私とは正反対の位置に居る、月組どころか学年で一番と言っても過言ではない眼鏡をかけた爽やかイケメン。彼に惚れている女子生徒(一部男子)は少なくは無い。
勉学も優秀。運動能力も優秀。魔法に至っては学園でも総合トップを狙える逸材。私と同じ年齢なのかと疑いたくなる。
相変わらず今日も近くに居ると直射日光を浴びているようで疲れる明るいイケメンですね。近くで見るのは辛いです。
――……こういったレベルがあと四名も居るのかぁ。
万能絶世の美男子に、知的音容兼美に、一片氷心な秀麗顔に、紅顔の可愛い美少年。という学園……というか王国内でもトップクラスの美少年達。
一緒に行動する訳じゃ無いだろうけど、近くで見る機会が多いだろうなぁ。そのお陰でこの調査に行くメンバーの選考は割と酷い事になったりした。
……後は生徒会にはメアリーさんとかクリームヒルトさんとか生徒会長さんとか人気のあるメンバーも居るし、絶対私には無理だ。同じ空間で居る事が耐えられない。
イケメンを近くでは見たいけど、私として認識されると彼らの邪魔をしそうだから嫌だ。私は彼らが居る部屋の片隅にある植物として見守るくらいが良いのです。むしろベストポジションです。
「……どうしたの。セージグリーン君なら向こうだけど?」
セージグリーン君とはエクル君の友達だ。
彼は彼で明るいイケメンで、私の中では受けである。友達の話では攻めらしい。
「アイツとは話そうと思ったんだけど、なんだか疲れているようだったからね……というか、皆疲れているようだけど、なにかあったのかな?」
「……来る途中で荷物を運ぶ馬車の車輪が外れて。協力して押したり運んだりして、疲れているみたい」
「ああ、なるほどね……」
ついでに言うとその際に軍と騎士の方々が揉めて学園生が慌てて時間を喰ったりもした。結局は学園長先生とグリーネリー先生が仲裁に入って事なきを得たが。
ともかく押すには地面を引き摺って上手く行かないので、皆で持ちあげながら残りの車輪でどうにか動かす、という行為を交代でやったので皆疲れているのだ。
「だけどキミだけは疲れていないようだけど……」
「……多少は体力はあるので。この位しか取り柄が無いので」
「ははは、そう言うモノじゃないよ。キミは勉学に魔法も優れているし、運動の方面では女性の中でもトップクラスじゃないか」
「……ありがとうございます」
褒められるのは嬉しいが、平均よりは上と言える運動能力もクロ兄様という圧倒的な存在が近くに居ると私なんてドラゴンに挑む狼程度だ。何度か挑みはしたけど、手も足も出なかった。
けれど平均よりはあるので馬車を持つ時は積極的に持ちはしたけど。ずっと持ちあげているのは辛かったなぁ。周囲は男子しか居なかったのでちょっと居辛かったし。
「……ところでエクル君。聞きたい事があるんだけど……」
「ん、どうしたのかな?」
って、それはどうでも良い。それよりも折角なのでエクル君に聞きたい事がある。
彼は私達より数日早くシキに来ている。つまりは……
「……クロ兄様……領主の様子って、どうだった?」
そう、つまりはクロ兄様と多少なりとも接しているという事だ。そうなるとクロ兄様の様子が分かるはずだ。
……接しているよね? 言ってから思ったが、別に滞在しているからと言って接しているという事ではないような気もする。
ああ、どうしよう。碌に考えもせずに私の中で前提を作って話してしまった。どうしよう。
「クロくん、か。……そうだね」
私が内心バクバクと緊張し冷や汗をかいていると、想像とは少し違う方面の反応をされた。
……なんだろう、言い辛そうにしていると言うか、私に気を使っていると言うか……
「彼は今――」
「……え?」
そして私はその話を聞いて、間の抜けた声を出してしまった。
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