追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どちらも大切(:菫)


View.ヴァイオレット


「性教育……スカイ様はブラウンさんにお教えなされるのですね」
「グ、グレイ君。これは違うんです。変な誤解は――」
「私めにも教えて頂けないでしょうか!」
「はいっ!?」
「良いのですね!」
「いや、今のはそういう意味ではなくって……!」
「ダメなのですか……」
「うっ、しょんぼりしないでください……!」
「……スカイ。我が息子に手を出さないのなら、教えてやっても良いぞ」
「いえ、そもそも私が教えると言う前提が間違っているんですがね……」
「むー……教えてくれないの、スカイお姉ちゃん?」
「ええと……」

 根が真面目なスカイは、グレイの天然な発言に振り回されていた。グレイは可愛いので落ち込む姿を見たくないのは分かるのだが、このままだとスカイは道を踏み外しそうである。
 紳士なカラスバさんがフォローをしてくれるやもとは思ったが、カラスバさんはブラウンを見て「え、少年ショタ……彼が……?」と困惑している様子であった。フォローをしようにも何故ブラウンを少年扱いしているのかを分かっていない様子である。

「こ、こういった類は同性に教えて貰ったほうが良いと思うのです! そう、クロに教えて貰えば良いのですよ!」

 ブラウンを下ろしながらスカイは難を逃れるためなのか、クロ殿の名前を呼ぶ。あとはこのクリームヒルト達の空気を和らげるために言ったのかもしれないが……

「あ、あれ、皆さんどうかされましたか……?」
「……? そういえば、クロ君は居ないね」
「デー――お出かけが終わって仕事が入ったとか、それとも湯浴みとかでしょうか?」

 今この状況でクロ殿の名前を言うのは逆効果だ。事情を知らないので無理は無いだろうし、いずれ知られる事にはなるだろうが。
 あとスカイは何故デートを言い直したのだろうか。何故かダメージを受けていた気がするが。

「黒兄は今教会だよ」
「教会? シアン――は、そこに居るし、神父様に用でも?」
「ううん、今捕まってる」
「え……?」
「…………」

 どう説明して良いか悩んでいると、シアンの帯を締め終えたクリームヒルトが手を叩きながらあっさりとクロ殿が捕まって居る事を話した。

「捕まっている……って、どういう事ですか?」
「そのままの意味。正確には違うかもだけど、黒兄は今――」

 続けて何故捕まっているのかの状況、そして合わせて先程スカーレット殿下達が見た騎士団の事についても説明をする。
 スカイは動揺し、スカーレット殿下は無表情を変えず。ブラウンは眠そう……ではないが、読み取りにくい表情で聞いていた。
 説明をするクリームヒルトは淡々と状況を言う。まるで自身の感情は不要かというような説明であり、分かりやすい説明でもあった。

「――という事。それでこれから私達はどうするかを話し合おうとしていたわけ」
「クロが……そんな……!」
「…………」
「……。そう暗い顔しないでっ! どうにかするためにこうして話しているんだからさ!」

 そして説明を終えると、いつものような表情に戻って明るく大丈夫だとスカイを励ます。

「そ、そうですよね。国家転覆なんて有り得ないんですから、無実を証明すれば良いんです。潔白を証明すれば、先輩方も騎士として身を引いてくれるはずです!」
「あはは、その意気だよスカイちゃん! それに大丈夫、いざとなったら権力という名の力で説き伏せれば良いんだよ!」
「……それ使うのクリームヒルトじゃありませんよね。言っておきますが、惚れた弱みに付け込んでティー殿下を使うのは私も反対しますかね」
「えー、黒兄が捕まっても良いのー?」
「うぐ。それは……」
「リムちゃん。スカイちゃんを虐めないであげて」
「なるほどー。権力の暴力は全てに勝つから、使うと良いんだね」
「そのようですねブラウンさん。そして権力の持つ相手に惚れさせれば相手の権力を使える……」
「あ、それ知ってるよグレイお兄ちゃん。歴史を語る上で必ず存在すると言う、男を手玉に取るアクジョ、ってやつなんだよ」
「なるほどー。相変わらずブラウンさんは私めに知らない事を知っている物知りなんですね! 
「ブラウン君。子供がそういった事を言うんじゃありません。年長者として放っておけないよ。あとグレイ君も褒めない」
「ふふふ、そう、私は稀代の悪女……国家を超越する機関に対抗するために悪女となる事に躊躇いは無いんだよ、何故なら……運命石シュタインゲートを目指すマッドサイエンティスト――もとい、歴史的錬金魔法使いだからね……!」
「君も悪ノリしない。というか運命石の扉とかサイエンティストってなんだい」
「ふふふ……特に意味は無いよ」
「……だろうね」
「王国語と帝国語が混ざっていますからね……サイエンティスト、というのは分かりませんが。あとそのポーズはなんだい、クリームヒルト後輩よ」
「知性と恍惚のポーズだよ!」
「……そうかい」
「運命石な扉は私めも知っております。クロ様も言っておりました」
「え、クロ兄様が!?」
「はい。それに関する言葉で、エルほにゃららや、アルファ世界線なども私めやアプリコット様に語ってくださってました。アプリコット様はそれはもう楽しそうに聞かれていました!」
「クロ兄様が……!? ……もしかして魔眼。二重NO極みの類か……?」
「おお、まさかアプリコットちゃんの偶にする高笑いって……」
「はい、その際に教えて頂いたものです! 私めには合わず、アプリコット様にピッタリでしたので私めはしませんが……」
「そう言わない! 一回やってみよう、さぁ一緒に!」
『フゥーハハハ!!』
「……楽しそうだね、彼女ら」
「だねー。シアンお姉ちゃんも混じってたねー。フゥーハハハー!」
「マネしない」
「ふ、フゥーハハハ……!」
「ハ、ハハハーフゥ……!」
「スカイ君とカラスバ君は無理をしない」

 暗い場でもいつも空気を読まずによんで明るくする、学園で何度も見た私が羨ましかったクリームヒルトの性格。
 シャトルーズと戦った時には失敗していたが、訳の分からないようで、彼女なりの思いがあっての行動。
 だが、これは……シアンは気付いているだろうが、これはやはりクリームヒルトは無理をして――

「気持ち悪い」

 私が高笑いをして騒いでいる皆を眺め、危ういクリームヒルトを見ていると輪から外れていたスカーレット殿下が小さく吐き捨てたのが聞こえた。
 私以外の誰の耳にも届く事は無い……というよりは、誰かに聞かせる訳でも無い、心の声がつい洩れてしまったかのような一言。
 私が以前会って見て来たスカーレット殿下の表情で、一度も見た事なかった先程までのクリームヒルトと似た空虚な瞳を持つ表情。

「…………。――、……ふぅ。ヴァイオレット」
「……はい、どうかされましたか」

 スカーレット殿下は一旦目を閉じ、目頭に指を置いて自身を落ち着かせるような仕草を取った後目を開く。
 すると険しいがいつものような瞳に戻り、息を吐くと私の名前を呼んだ。私は周囲に気付かれぬよう声がハッキリと聞こえる距離に静かに近付いた。

「私はクロ君は気に入ってはいるけど、王族として一貴族の彼に手を貸さない」
「はい。王族の立場で救えば問題でしょうから。クリームヒルトもああは言いますが、本気で弟君達の立場を利用する気はないでしょうから、ご安心を」
「うん、それはよく分かっている。けどね、私から忠告」
「なんでしょう」
「クロ君は早めに取り戻しなさい。貴女も早く取り戻したいという気持ちはあるだろうけど、アイツ……いえ、あの子のために」
「……失礼を承知でお聞きしますが、何故でしょうか」
「そうね。端的に言うならば――」

 スカーレット殿下はどこか遠い景色を見るような目で騒ぐ皆――クリームヒルトを見ながら、

「あの子、壊れてしまうから」

 私に忠告、いや、警告をした。

――壊れる……か。

 どういう意味かと以前の私であれば問うだろうが、今の私には分かってしまう。
 と同時に、私では力不足では無いのかと寂しい気持ちもある。
 クロ殿とは前世から繋がる絆があるとは言え、クロ殿の存在しか今の彼女を救えないと言うのは彼女の友として寂しい。
 ……まぁ私もクロ殿が居なくなれば情緒不安定になるだろうから、ある意味仲間ではあるのだが……それはそれとして、彼女を私が救えないのだろうか。
 友として彼女を……

「では皆、行くよ!」
「クロ君という大切な肉体そんざいをなかった事にしてはならない!」
「作戦名は、オペレーション:高貴なる兄様スクルド!」
「確定した過去を変えずに、未来を良い方向に変える!」
「それが運命石の扉というならばやってみせるよー!」
「私め達は狂気のマッドなシキの住民!」
世界きしだんを騙すなど、造作も無い事です!」
『フゥーハハハハハハハハ!』

 彼女を……

「……あれは空元気、で良いのですかね」
「怪しい狂信者集団にしか見えないけどね」
「楽しそうですね」
「領主兼友達とか家族が逮捕の候補にされかけている、というのにね」

 スカイやカラスバさんだけではなく、ヴェールさんも巻き込んでなんだか楽しそうにやっていた。
 私も乗った方が良かっただろうか。去年の学園祭で見かけたような楽しそうな祭の雰囲気を感じられる。
 ちょっと……いや、かなり羨ましい。狂気のマッドなシキの住民というのはどうかと思うが。頭痛が痛いみたいになっていないだろうか。

「ですが……」
「うん」
「ですが、クリームヒルトは無理してますね」
「うん。数名は気付いているようだけどね」

 しかしクリームヒルトの瞳は、笑ってはいるがここではない何処かを見ていた。
 ……だが、私がやる事に変わりはない。
 助けるべき相手が、ただ増えただけの事だ。

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