追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

デート、黒と菫の場合_5(:菫)


View.ヴァイオレット


 DTを殺す服を着た後、私やブロンドは様々な服を着た。
 とはいえあくまでもブロンドが着るのがメインであり、私は服を着慣れていないブロンドが服を着る手伝いが主だ。
 これが思ったよりも楽しく、ルーシュ殿下だけではなく、クロ殿や私も次々と服を勧めてブロンドに着せていった。着せ替えをする人形のような扱いかもしれないが、ブロンドの反応が一々可愛らしいのでそうなってしまうのも無理はない。はずだ。

「これなど良いのではないか?」
「それは肌の露出が多いデス……デスガ、これと組み合わせれば良いのではないデスカ?」
「おお、良いな。だが色はこっちの方が――」
「良いデスネ。するとこの組み合わせも――」

 そしてルーシュ殿下とブロンドが仲良く二人で服を選ぶようになったので、私とクロ殿は少し距離をとって各々の行動をしていた。

「というかこの服屋なんなんだ……どう……を殺す服の二号とか三号とかあるじゃないか……レモンさんとかに旦那を誘惑したいと言われて作った事は有るけど、なんで普通に服として売ってるんだ……クレープといい、この街が色々最先端なのは聞いてはいたが……この街未来を生きてるな……行き過ぎて売れてないんじゃないか……?」

 クロ殿は多くの服に興奮したり、楽しそうにしたり、なんでも前世で見たデザインと似た服を見つけては複雑そうな表情をしていた。なんでも「変態ってどの世界にでも生まれるんですね」だそうだ。シキに居て今さらであるとも言ってはいたが。
 そして私は……

――よし、行くぞ……!

 とある準備が出来たので、内心で意気込んでいた。
 意気込むと私はクロ殿の様子を気付かれぬように見て、周囲を確認して問題が無い事を確認した。

「クロ殿、クロ殿」
「はい? あ、ヴァイオレットさん」

 私はブロンドとルーシュ殿下に気付かれぬよう、クロ殿を更衣室の場所から顔を出して呼ぶ。そして手首だけ出して手招きしてくるような仕草をとった。
 クロ殿は私の行動に疑問を持ちつつも、ブロンドとルーシュ殿下をチラリと見てこちらに意識が向いていないことを確認すると、気付かれぬように私の所に来て、更衣室の前に立つ。

「気に入った服があると仰っていましたが……あ、なにか問題でもありましたか? 後ろのファスナーが閉められないとか」
「そういう訳では無いのだが……」
「?」

 クロ殿は更衣室の中には入らず、私を心配して聞いて来て、そして私の反応に疑問顔になる。

――……落ち着け。落ち着いて行くんだ私。

 一つ息を小さく吸って吐き、気持ちを落ち着かせる。
 その行動にクロ殿はますます不思議そうにするが、私の行動を黙って待っていてくれる。

「……中に入ってくれ」
「え、あ、ちょっと!?」

 私は出来る限り身体が外に出ないようにしながらクロ殿の腕を掴むと、そのままクロ殿を更衣室に引っ張り込んだ。
 中に入った後、私はクロ殿の腕を離して、私がが見えるように距離をとる。

「どうされたん、です、か……?」

 私の行動に疑問を持ちつつ、体勢を整えなにがあったのかと言うようにクロ殿は私の方を……普段着ている服とは違う服を着ている私を見て、動きが止まった。

「クロ殿は……こういった白いワンピースが好きと聞いて……」

 私が着たのは最初に来た殺す服とは似ているが、スカートが分かれておらず一体となっている白色のフレアワンピース。
 今のような季節ではなく、夏などに着るような服であり、パーティードレスならともかく、私はあまり着ない服でもある。なにせ私がワンピースタイプを着ると太って見えるからだ。
 だがクロ殿はこういうタイプの服が好きだとクリームヒルトから聞いている。
 そして先程の殺す服の様に胸下辺りで締まるように抑えてあるので太ったラインのようには見え辛い。その分胸は強調されて恥ずかしいが、これも武器だと思って挑戦してみた。

「どう……だろうか」
「…………」

 喜んでくれるだろうか、似合っているだろうか、褒めて貰えるだろうか、少しでも魅力的に思ってくれるだろうか。
 憂えてしまわないだろうか、気を使われてしまわないだろか、好きなモノを汚してしまわないだろうか。
 バクバクといつもより心臓の鼓動を感じる。ブロンドと共に服を着た時は、一緒であったため着慣れない服でもクロ殿の前に姿を見せることが出来たが、今は私独りだ。ブロンドと共になら例えブロンドが私と違った服を着ていたとしても、もう少し気楽に出られただろう。

――だけど、最初はクロ殿だけに見て貰いたかった。

 この服を先程見つけた時、初めに思った事がそれだった。
 数多い服から、流し目で気になる服がないかと見ているとふと目に留まった、目立つ所にあった訳でもない服。
 誰かと一緒に見られてクロ殿に一番最初に褒めてもらいたいのではなく、同性のブロンドにも着替えている所や着た所を見られる事なく、自分以外で初めに着ている所を見て貰いたかった。
 その服を見つけた時、そんな欲望が湧いてしまったのだ。
 ……こんな欲望を含む感情は、クロ殿の誕生日に誰よりもプレゼントをこっそり渡そうと計画していた時以来だ。

「クロ殿、似合っている……だろうか……?」

 そしてあの時よりも緊張している。
 あの時と違ってバーントとアンバーの協力もなく、独りで決めた行動。
 急に決めてしまって準備不足が故の、行動した後にふりかかって来る後悔。
 そしてなによりも緊張が高まっている理由が……

「…………」

 ……クロ殿の反応が、返って来ない事だ。
 見惚れられて黙って居るのならば良い。だが、見てからなんの言葉もなく、表情の変化もない――

「えと、その」

 ――変化も無いと思っていると、クロ殿が自らの手の平を顔にあて、私から顔を逸らした。
 これは……

「……似合って、なかっただろうか」

 私の外見には合っていなかったろうか。
 私の髪の色と合わなかったのだろうか。
 私の体型に合わない服だっただろうか。
 好きであるという情報が合っていなかったのだろうか――いや、これは目を逸らされた希望的観測にすぎない。
 自分の事を理解せず、合わない服を着てしまったという事に過ぎない。……だからすぐ着替えなくては。

「あい、いや、違うんです、似合っていないとか、見たくないとか、そんなんじゃなくって、ずっと見ていたいんですけど、その、違うんです」

 するとクロ殿は変わらず視線を逸らしたまま、私の言葉に途切れ途切れの言葉で反論する。
 この反論は気を使ってくれているのではなく、これは――

「本当に、違うんです。これは――」

 そう、これは。

「とても綺麗で似合っていて……その、これ以上見ていると、なにも出来なくなってしまうんです……!」

 クロ殿の僅かに見える顔は赤く、どうして良いか分からないかと言うような声であった。
 先程までの私が新たな服を着る度に褒め称えてくれた時とは違う、今まで見た事ない反応。心優しいが故に気を使っている訳でも無く、今までの褒めてくれた言葉が嘘という訳でも無く。
 私の服と行動を受けて、クロ殿が……照れてくれている。

「似合って……いるのか?」
「……とても良く」
「綺麗……だろうか?」
「……お綺麗です」
「……私の方を見て、言ってくれ」
「………………は、い」

 私の言葉を受けクロ殿が手を顔から離し、ゆっくりと一度深呼吸をしてから、私の方へと視線を戻した。

「……それでクロ殿。改めて見ての……感想は?」
「……お綺麗で、とてもよく似合っています」
「……そうか」
「……単純で飾り気のない言葉かもしれませんが、それ以外の言葉が今思い浮かばない程です。そう言うしかない。と思うほどに素晴らしいです」
「……そうか」

 私はクロ殿の言葉に、短い返事でしか返さない。
 これは不機嫌からぶっきらぼうに対応しているなどではなく、単純に……褒められて、私も照れてしまっているからだと、私にも理解出来てしまっている。
 ……鏡を見れば、私もクロ殿と同じように顔が赤いのだと思う。

「……何故急にその服を?」
「クリームヒルトがクロ殿が好きだと言っていたからで……この服を見つけた時、気が付けばクロ殿に見て貰いたいと思ってしまった」
「……そうですか」
「クリームヒルトは責めないでやってくれ。私のために教えてくれたんだ」
「責める訳ないでしょう。お陰でこんなに素晴らしい光景を見れたんですから」
「そう言って貰えると、嬉しい。……もっと近くで見るか?」
「触れる距離に居られると、なにをするか分かりませんよ?」
「……なにもしてくれないのか?」
「……その言い方は、ズルいです」
「そうだろうか」
「そうですよ」
「だが、このままという訳にもいかないだろう」
「どういう意味ですか?」
「この服を着て外を歩くのは、まだ寒い上に、クロ殿以外に見られるのは恥ずかしい。しかし長時間私達がいない事をルーシュ殿下に悟られる訳にも行かない」
「いずれ気付くでしょうからね。あと、帰る時間もありますし」
「だから私は元の服に着替えてしまわないと駄目なのだが……もう一度聞く」
「はい」
「……なにも、してくれないのか?」
「……本当にズルいですね」

 クロ殿はそう言うと、私に一歩近づき両肩に手を置いて、私を真っ直ぐ見つめる。

「では俺に今出来る、ズルい貴女への贈り物です」

 今日はクロ殿との初デート。
 その記念すべき日に、一生の思い出あたたかさを唇に貰った。

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