追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

デート、黒と菫の場合_3(:菫)


View.ヴァイオレット


「ところで何故俺達を貴族だと思ったんです? 別に名乗っていませんよね。ヴァイオレットさんは所作が綺麗ですから高貴とは思われるでしょうが、俺はそうでも無いですし」

 一通り頬を引っ張り合った後、売っている商品である調味料を購入しながらクロ殿が店の主人に尋ねた。
 確かに気になる事ではある。思い返せばこの店に来るまでもそのように扱われていた気がする。
 手を人前で繋いでいるので見られているのではないかという事と、デートに舞い上がっていたので気にしてはいなかったが、私の顔があまり通っていないだろうこの街でも貴族と分かられている気がした。何故なのだろう。
 そして所作が綺麗……か。そう言われると嬉しいが、表情に出ないように抑えるのが大変である。

「ええと、立ち居振る舞いと……お召し物が私ら庶民とは違うモノであったので、そうでないかと思いまして」
「服ですか? ……そうですかね?」
「クロ殿が作った服だからな。素人目でも分かると思うぞ」
「ありがとうございます」
「……え、手作り……?」

 クロ殿が今着ている服はクロ殿が一から作った服であるし、私が着ている服も大部分がクロ殿が仕立て直したものだ。
 クロ殿が縫うと不思議と息がかかったように良いモノになる。派手になるのではなく、まとまったものフォーマルになるという感じである。

「むぅ、服……服ですか。そうです、この後服を見に行きますか?」
「良いとは思うが、クロ殿としては自身が縫ったモノとは違う服に目移りするのは良いのか?」
「別の服を見るのも良い刺激になりますし。……それに俺、デザイン系は才能が全くなかったので、俺が普段縫っている服とは違う服を見ても大丈夫ですよ」
「以前のドレスは良いデザインだったと思うのだが……」
「基本的に前世まえに居た世界ところで友人とかが作ったデザインの中から、合うと思ったものを流用しているので、俺がデザインした訳じゃないんです」
「ほう?」

 そうだったのか。
 あのドレスを着た時は、クロ殿は服飾関係の才能に溢れているものだと思ったのだが、そのような絡繰りがあったとは。
 だが私を思ってデザインを選んだことに間違いはないし、私としては……

「では服を見に行くか。だが服を買うとしても一つお願いがあるのだが……」
「なんです?」
「無理を承知だとは分かっている。新しい私の服を買っても……クロ殿が調整して欲しい」
「え?」
「なにせクロ殿が調整した服はオーダーメイドかと思うほどにとても着やすいからな」
「……そう言って貰えると、とても嬉しいですね。型紙師パタンナーとしてはこれ以上に無い褒め言葉ですよ」

 以前の私は服も装飾品のような記号的な見方しか出来なかった。
 だが、私としてはクロ殿の手が入った服のあたたかさを好むようになっている。
 服に息がかかると言うべきか、命が宿っているような優しさがあるので好きだ。

「では行きますか。蚤の市でも服を売っている所ありますし、色々見て回りましょう」
「そうだな。では私達はこれで。長居してすまなかった」
「あ、はい。ありがとうございました……」

 私達は店の主人に軽く謝罪をし、再び蚤の市を見て回るために人混みの中へと足を踏み入れる。
 先程よりも混んでいる気がしたので、私達は握る手を自然と強くし、離れないようにするのであった。

「……最近の若い子はよく分からねぇな。ずっと手を繋ぎっぱなしだったし……」







「ここですね」
「そのようだ」

 蚤の市ではクロ殿や私に合うような服は無かったので、街の服屋に訪れる事になった私達。
 店は歴史を感じさせるような、懐が潤っていないと入れなさそうな店構えの服屋。男性の服も扱ってはいるが、主に女性服や女性物の下着を扱っている店舗だ。と、蚤の市で聞いた。

「ここなら普段とは違う服も見つかるかもしれませんね」
「そうだな。……キャメルさんが作る服も、私達の普段とは違うとは思うが」
「……あの方は出来の振り幅が大きいので判断し辛いんですよね」

 キャメルさんとはシキで服屋を営む主人である。
 インスピレーションの赴くままに服を縫うので、とんでもない服がよく売られている。ゴミ袋のような服とか、上半身裸の女性服とか。
 クロ殿的には稀にしか良いと思うモノが無いらしく、私には「あの服屋で買うならば俺が縫いますから……!」と言っている。だが稀にとても素晴らしい服は作るのだが。

「まぁここはシキじゃありませんし、変な服は無いでしょう」
「だな」

 それはシキを変と認めているのだな、というツッコミはもうしない。昔だったらしていただろうが、変と認めた上で認めるのが大切だと私は学んだ。

「じゃあ入りましょうかっ」

 それはともかくとして、相変わらずクロ殿が可愛い。
 恐らく色々な服を見れる事が楽しみなのだろう。クロ殿は甘いモノの他に、新しい布や糸、服を見たりするのが好きであるからな。私もこうやって楽しそうにするクロ殿を見ていると、つい微笑ましく思ってしまう。

「そして綺麗に着飾るヴァイオレットさんを見たいです」
「そ、そうか。期待に応えられると良いが……」
「ヴァイオレットさんは在り方が美しいんですから大丈夫ですよ。いつも俺の服を着る時は期待以上で困るくらいですから」
「……そ、そう……か」

 ……微笑ましく思うのだが、なにかに夢中になっている時のクロ殿はストレートな言葉を言って来る事が多いので少し困る。いや、困らない。嬉しいけど困る。つまりは複雑である。

「……早く入ろう、クロ殿」
「ですねっ」

 私がどうにか表情を抑えつつ、早く中に入るように促す。
 そして店の扉のノブに手をかけて開き、中に入ろうとして――

「ロボさんにはこれも似合うと思うのだ! よければ着て欲しい!」
「イ、イエ、ワタシニコノヨウナ可愛ラシイ服ハ似合ワナイデス……!」
「なにを言っているんだ。似合うに決まっているだろう! オレに奇跡的調和のとれた貴女を是非見せてくれ!」
「ウ、ウゥ……」

 クロ殿は店の扉を閉めた。

「…………」
「…………」

 クロ殿は目を抑え、先程の光景がなんであったのかを理解しようとし、よく分からずに首を横に振っていた。正直言うならば私も似たような状態だ。
 私の見間違えでなければ、中に居たのは、最近装備が直ってきてフル装備のロボと……髪と瞳の色は変えてはあるがルーシュ殿下であった。ルーシュ殿下が大量の服を近くに置き、ロボに似合うと勧めていた。……ロボは私達の送り迎えで待機していたとしても、何故ルーシュ殿下が居るのだろう。

「……入りますか」
「……だな」

 ともかく、デート中ではあるが無視も出来ない。邪魔しないほうが良い可能性もあるが、ロボの様子を見れば助け舟を出したほうが良いだろうし、このまま無視をすればこの後のデートが今の光景を気にして集中出来なくなる。というか本当になにをしているのだろう。

「ええと、ルー……ルシさん、なにをされているのでしょうか」
「む? ……おお、クロとヴァイオレットか。デート中のようだな」
「え、何故分かったのです?」
「手を繋いでいる状態で仲睦まじくしていれば誰でも分かる」

 身分を隠していると判断したクロ殿は、殿下ではなく冒険者としての名前で呼ぶ。そして私達の様子を見てデートと即座に見抜く。流石の慧眼である。

「ヴァイオレットクン……!」
「おお、どうしたロボ?」

 そしてロボが私達の姿を確認すると、まるで助け船が来たかのように嬉しそうな反応をし、私の後ろで姿を隠すように隠れようとする。だが装備が装備なので当然隠れきれていない。だけど小動物じみて可愛いな。

「……改めてになりますが、なにをされているんです? 店の方々も困っているようですが……」

 店員は……ロボの存在もそうだが、どうもルーシュ殿下の正体を見抜いているように思えるのでどうすれば良いか悩んでいるように思える。
 特に店主らしき初老の男性がロボとルーシュ殿下の知り合いであるクロ殿の登場に若干の安心を覚えているようにも見える。……他に客も居ないあたり、皆が避けて店を出ていったのだが、相手が相手だけにどうしようもない……といった所か。
 そしてロボの様子と、どう反応して良いか分からずにいる店の方々を一瞥してクロ殿はルーシュ殿下に改めて尋ねた。…………その際にずっと繋いでいた手を放した。流石にこの状況で手を握っている訳にも行かない。……左手が寂しいな。

「偶々この街に来ていたのだが、そこでなんとロボさんに会ってな。聞けば夕方まで暇だというのでデートに誘った」
「なるほど」

 その偶々この街に来たというのは王族としての責務関連なのだろうか。あるいはロボに会うためにシキに近いこの街に来た……という事は無かろうか。

「そして了承を得られたので、噂で聞く最新の服が揃うというこの服屋に来てロボさんに服を着てもらおうとしていた所だ!」
「なるほど。ですが断られるでしょうね」
「む、実際そうではあったが何故分かる?」
「ええと……」

 クロ殿は尋ねられ、困ったように私……ではなく、ロボの方を見る。「言って良いのか?」と言うようなアイコンタクトを送ると、ロボは私の後ろで頷いていた。

「ルシさんとか俺達みたいなある程度親しい間柄ならともかく、ロボは人に姿を見られるのを怖がっているんです。それなのに知らない相手がいるここで服を着るという行為はロボにとって難しいでしょう」
「はっ!? なんという事だ……そのような事に気付かぬとは、愛しき女性を前に浮かれすぎていたのか……!」

 そしてクロ殿は私にも分かっていた理由を言う。するとルーシュ殿下は何故気付かなかったと言わんばかりにショックを受けていた。

「私にも愛しき相手を目の前にして浮かれる気持ちは分かります。そう気を落とさずとも……」
「……しかしオレは美しく着飾るロボさんを見たい……!」
「ルシさん?」
「……そうだ。店主」
「はい、どうされましたか、ルシ様?」

 クロ殿がフォローをしていると、ルーシュ殿下はふとなにかを思いついたかのような表情になり、近くに居た店主を呼ぶ。
 突然呼ばれた店主は出来る限り平静を装いつつ、にこやかにルーシュ殿下に対応をする。しかし店主を呼んでなにをしようと言うのだろうか。

「今あるこの店の服を全て買う。だから今日一日オレの貸し切りとしてくれ」
『……はい?』

 言われた店主だけでなく、その言葉を聞いた全員が同じ反応を示した。

「店主は全ての服の合計値段を計算しておいてくれ」
「よ、よろしいのですか?」
「勿論だ。このオレ、第一王子であるルーシュ・ランドルフが全て支払う。王宮に請求してくれ。そして店員と店主も含め全員が店を外してくれ。彼女は恥ずかしがり屋なんだ」
「え、あの……!?」
「素早くお願いしたい。なにせ夕方までの短い時間しかないんだ」

 普通に第一王子と名乗っている上に、これは権力を使った脅しに近く無いだろうか。
 だが私達が呆然としている内に、ルーシュ殿下は話を進めていく。
 そしてある程度話が進んで行くと、我に返ったロボが私の後ろに隠れた状態のままルーシュ殿下に告げる。

「ア、アノ、ワタシノタメニソコマデシテ頂ク無クテモ……!」
「貴女のためでもあるが、貴女の美しい姿を見たいというオレのためでもあるのだ」
「デスガ、貸シ切リニシテシマウト、ワタシハ……!」
「ん? ……ああ、そうか。クロ、そしてヴァイオレット」
「え、はい、なんでしょうか」
「私達にロボの説得をして欲しいという話ならば、申し訳ありませんが……」
「そういう訳では無い。お前らもデート中にこの店に来たという事は、服を見に来たのだろう?」
「はい、そうですが……」
「ならば……服代は全てオレが持つ。オレ達と共に互いの意中の相手に合う服を見繕い合おうではないか」
『……はい?』

 そしてルーシュ殿下の提案に、私達は本日二度目となる反応を示した。







おまけ 後日、とある請求書が届いた時の第一王女と夫の宰相

「……なんでしょうか、この請求書。凄い金額ですが」
「ルーシュ君からの申請だね」
「ドレス代として……ですか」
「そのようだ。場所は意中であるという女性の近くの街のようだし、彼女にプレゼントするためのモノじゃないかな」
「可能性としてはそれが一番高いですね。申請は通すのですか?」
「彼の仕事ぶりは充分だし、彼に当てられる予算には余裕があるからね。ちゃんと通すよ」
「……だとしてもこの金額はただでは通せないです。説明はさせないと駄目です」
「いや、余裕はあるから説明を聞かずに少し大目に見てあげても……」
「国税でドレスを買い漁る弟を無視しろと言うのですか」
「ほ、ほら、折角の弟の恋愛なんだから、姉として応援を……」
「恋愛に関係すればなんでも許されると?」
「ええと……」
「許される、と?」
「…………はい、ごめんなさい」





備考
キャメル
シキ唯一の服屋の主人。
デザインから仕上げまで独りでこなすが、デザインセンスは最大限の言葉を選んだクロ曰く「前衛的」だそうである。
前衛的過ぎて首都を追い出されて、今はセンスを理解してくれる妻と幸せな結婚生活中。
クロに対し縫製技術は負けを認めてライバル視はしているのだが、それをクロに言うと「デザインは勝っていると思われているのか……」と複雑な表情をする。

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