追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

デート、黒と菫の場合_2(:菫)


View.ヴァイオレット


「そういえばヴァイオレットさんって装飾品ジュエリーをあまり付けませんよね」

 やけに甘かったクレープを食べ終え、再び蚤の市を見て回っていると、食べる前まではあんなに可愛らしくはしゃいでいたが、途中から緊張した状態で食べていたクロ殿が私に聞いて来た。
 調味料などが売っている場所で何故急に……と思ったが、クロ殿の手には手作りのイヤリングらしきものを手にしていたので、それを見て話題を振ったのかもしれない。

「あまり付けないな。宝石類などを身に着けた方がクロ殿は良いのだろうか?」
「そういう訳では無いですが……ヴァイオレットさんは地が素晴らしいのでなんでも似合うとは思うんですが、あまり付けないので好きでないのかな、って思いまして」

 ……今の言葉は素なのだろうか。気取っておらず、不意に出てきた言葉なようなので本音かもしれないと思うと嬉しいが、そう言われると照れて表情を崩してしまうので人前の祖手では出来れば遠慮して欲しい。だけどもっと言って欲しい。

「シキに来た頃は急であったので持ってこなかっただけとも思ったんですが、バーントさんとアンバーさんに聞いた時もあまり持っていないと聞いたもので。それにシキでもあまり付けられないのですし、行商でもあまり見られませんから」

 今日のようなデートの日であれば付けるのも良いかもしれないが、急であったので用意できなかった上に、ネックレスやイヤリング、婚約指輪を除く指輪などを私はほとんど持っていない。それはシキに来る前からそうである。
 正しくはバレンタイン家には私の物としては多くあるのだが、私が選んで買ったモノはほとんどない。大抵が贈り物や献上品、ドレスに合うからといつの間にか購入されていたものだ。

「あまり興味がなかったりします?」
「別に興味がない訳では無い。宝石の輝きは嫌いではないし、鳥や植物がモチーフのアクセサリーも好ましくは思う。ただ……」
「ただ?」
「……ただ、そこまで好きではない」

 パーティー会場においてドレスと言った衣装だけではなく、相手が身に着けている装飾品に対しても理解がなくてはならない。そして理解をするためには知識が無くてはならない。
 だから装飾品はデザインや歴史、使われる素材や宝石の類の様々な知識を教え込まれた。

『このデザインはこういった意図を持つ傾向にあるからこう褒めろ。』
『歴史を持つデザインは当時の意味を持つから結び付けろ。』
『色合いのバランスはこういった意味を持つから覚えろ。』
『自身の特徴にあった自身を引き立たせるものを身につけろ。』

 個人わたしがどう思うかではない。装飾品は世間一般にどう認知されているかが重要であり、交流パーティーにおける相手を見極める算段の一つに過ぎない。
 当時の私は納得はしていたし、事実場にそぐわない格好をしているモノは教養が無い相手だと判断していた。

「……そういった事を学んでいる内に、装飾品が記号にしか見えなくなってきてな」

 だから装飾品を身に着けるのが好きではない。
 少なくとも自ら進んで付けるのはあまりしないのである。
 それに間違ってはいないとは今でも思っている。ただ間違っていないだけ、ではあると思う。だから正しさを分からないので、今の今まで装飾品はあまり付けずにいた。

「っと、すまない。変な事を言ってしまったな」
「……いえ、今まで知らなかったヴァイオレットさんを知れてよかったです」

 クロ殿は微笑みながら言ってはくれるが、実は残念だったるするのだろうか。
 前世では服飾関係の仕事をやっていたようであるし、ならば装飾品に関しても詳しくはあっただろう。装飾品が服の幅を広げることは私でも理解できるので、やはりつけるようになったほうが良いのだろうか。
 しかし、だがこれだけは言っておこう。

「それに、装飾品は婚約この指輪だけでも私にとっては充分だ。なにせ思い出の詰まった大切なモノだからな」
「そ、そうですか」
「ああ。どんな宝石よりもこの指輪が私にとって価値のある宝石ゆびわだよ」
「……ありがとうございます」

 私も先程言ったように、嫌いではないのだ。綺麗なモノを見る分には好きではある。
 ただ装飾品がどんなに大きな宝石であろうとも、今までなんの思いれもないものであったので価値の無い宝石の類に思えて、記号に見えていただけにすぎない。
 そして今クロ殿の手と触れ合っている金色の婚約指輪は、私を見て、私個人のために直接渡された記号ではない価値のある指輪である。現在唯一と言えるこの装飾品は、私にとって一番好きな装飾品ゆびわだ。

「そういう意味ではクロ殿から贈られたモノなら価値のあるからな。喜んで受け取るぞ」
「それは困りましたね」
「困るのか? ……あ、ねだっている訳では無いのだぞ?」
「分かっていますよ。ですが、なんでも似合うだろうヴァイオレットさんですから。選択肢が多くてなにを贈ろうか迷ってしまって困るんです」
「ふふ、ならばクロ殿が合うと思ったなら私はなんでも嬉しいぞ。私を想ってくれてのプレゼントだからな」
「それに甘えて適当にはなりたくないですから。相手が喜んで貰えるかを期待して、送って喜んで貰えたらとても嬉しいです。……急にロボみたいに頭部を全て覆うモノを贈られても困るでしょ?」
「……確かに困るな。私がロボの様に……」
「ヴァイオレットさんがロボの様に……身体はそのままで……」
「……ふふっ」

 そう言われて、お互いにロボのようになって行動する私を想像し、つい笑ってしまう。

「だがグレイは喜びそうだな」
「ですね。アプリコットも良いと言うかもしれません」
「確かにな」

 ロボのあの頭部の覆っているモノが変という訳では無いのだが、私が付けて行動すると思うとついおかしくてつい笑いが込み上げてしまった。
 だが学園祭でクリームヒルト達がやっていたようなお化け屋敷の仮装という意味では良いかもしれない。今年の収穫祭の時にでもやってみようかと思う。

「あのー……お気に召して頂けたのでしょうか……?」

 私達が互いに笑っていると。恐る恐ると言った様子で店の主人が私達に聞いて来た。
 ……あ、しまった。今は店の前であったのだった。

「申し訳ありません、話し込んでしまって」
「い、いえいえ! こちらこそご夫婦の会話を邪魔してしまって申し訳ございません……!」

 店の主人にクロ殿が謝ると、何故か店の主人は卑屈気味に謝って来た。
 悪いのは店の前で話している私達だ。営業妨害も良い所であるので、例え客としてもここまで卑屈になる必要は無いと思うのだが……

「そのイヤリングも気に入って頂けたのならばお値段は勉強させて頂きますので!」
「いや、そういった目的では無いので……あ、こちらの調味料」
「流石お貴族様、それに目をつけるとはお目が高いですね! こちらはですね……!」
「はい? ……あ」

 ……ああ、そうか。何故卑屈になっているか分かった。
 昔は私もこういった目で見られていたな。

「……そういえば貴族ってこうやって敬われたりへりくだられるような立場でしたっけ」
「えっ」
「そういえばそうであったな。シキでは私達を敬うような領民は居なかったからな……」
「貴族、え、それがなに? っていう連中ばかりですからね」
「私が公爵家と知ってもそうであったからな……」
「え、公爵家……?」
「事実今来ている殿下達……王族ですら邪魔するなら容赦しない、ってスタンスですからね」
「だな。むしろ殿下達が影響を受けないか心配だ」
「王族……!?」

 公爵家を見られていた学園と違って、私自身を見られていたのは思い返すと良かったのかもしれないがな。
 シスターにはいきなり渾名で呼ばれ友達認定され。
 黒魔術師には不敵に笑われながら歓迎され。
 医者には「怪我をしてないならば俺の所に来るな」と言われ。
 色情魔には求婚……というか閨に誘われ。
 魔法少女には強敵と書いて友と呼ぶと言われ。
 ロボはロボだった。
 ……うむ、貴族として扱われた記憶が無いな。グレイは扱ってくれたかもしれないが、少し違うと思う。

「だがクロ殿は敬いつつも私を見てくれたな」
「最初は遠慮していましたがね。指輪を渡したのがキッカケですが」
「……あの時の私の事は……」
「忘れませんよ。婚約その指輪には大切な好きが詰まってくれていますからね」
「……意地悪を言うな、クロ殿は。妻が泣いている姿が好きなサディストだったか」
「それで妻の可愛らしい姿を見られるなら、サディストも悪くないかもしれませんね」
「そのような事を言うなら、私はクロ殿の可愛らしい姿を見るためにサディストになるぞ」
「…………」
「……何故そこで黙る。似合わないとでも言いたげだな」
「……いえ、強気なヴァイオレットさんを想像すると、良いかもしれないと思いまして」
「そ、そうなのか……?」
「というか俺の可愛らしい姿ってなんです。そんなもの見たいですか?」
「見たい」
「……そうですか。ですが俺の可愛いなんて簡単に見れると思えませんよ」
「割と簡単に見られるぞ」
「えっ」
「ふふ、ほら、その表情も可愛らしいぞ」
「……二十歳を超えた男に可愛いと言うのは……」
「可愛いに年齢も性別も関係ないぞ」
「揶揄ってませんか?」
「本音だぞ」
「……そんな意地悪を言う口はこれですか」
いひゃいぞ。ひゃなれ」
「妻の可愛い舌足らずな姿を見るためにこうします」

 やはりクロ殿はサディストなのだろうか。
 だが思い返せば私はクロ殿に色々言われてされて照れてしまう時が多いな。天然なサディストかもしれないな。
 それと少し痛いが右頬を引っ張られるのはなんだが心地良いな。クロ殿も引っ張ってみようか。左手は塞がっているから右手で左頬を伸ばしてみよう。



「……なんなのこの夫婦。最近の若いお貴族様ってこんな感じなのか……?」





備考
今回の一連の会話は全て手を繋いだ状態で店の主人の前で行われています。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品