追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
デート、紺と雪白の場合_3(:紺)
View.シアン
今、私は神父様と服を着替えてデートをしている。
手を繋ぎ、私が少し左にズレればぶつかるほどに肩を寄せ合いながら歩いている。
その事実に、誰かにこの表情を見られたくないと羞恥で思ってしまい、視線を普段よりも下げてしまう。
いつだったかクロとイオちゃんに「見せつけてやるんだ!」的な事を言って揶揄っていた事があったが、今ならそれは無理であると言えるだろう。こんなモノ慣れて見せつける余裕が出来るなんて大分先の話になりそうだ。
むしろ慣れてしまって良いモノなのだろうかとすら思える。こんなの慣れる訳が――
「む、神父に痴女修道女――っ!? ……そうか、付き合ったというのは本当だったんだな。俺は怪我を治す事は出来るが、脳の幻覚や虚言癖はまだ治せなかったからな……」
「アイボリー、喧嘩売ってる?」
「すまん、冗談だ。おめでとうシアン。素直に祝福する。……一応聞くが、神父が男女の距離感に疎く、寒いから身を寄せているだけという事は……」
「有り得る話だけど違う」
「…………」
「む、神父にシアン――っ!? ……毒の摂取のし過ぎか、昨日の金髪男の毒の影響か……」
「エメラルド、毒の摂取による幻覚じゃないよ」
「そうか。ならば改めておめでとうと言っておこう。……あー……なんだ。シアン、これからはお前に処方する薬には気を使うからな。残留性の高い薬は避けるようにする」
「……なんとなく言いたい事は分かるけど、それはまだ早いかな……?」
「?」
「…………少年を望み過ぎて、無いと思った奴らを脳内で結ばせて、新たな少年を望む幻覚を見せる程マイ天使の成長が悲しかったのか……?」
「あっははー、ブライ、喧嘩売るなら高く買うぞこの野郎」
「スマン。話は聞いていたが、事実を目の当たりにするのは初めてだったからな……おい神父の坊主。望むなら誰が触れても安全な刃物を贈るからな。その時が来たら連絡しろ。特に少年の時はな」
「少年の時? どういう意味なんだ、ブライ?」
「早く行きましょう、神父様」
「わー、しんぷさまと、シアンお姉ちゃんだー。そういえば付き合ったんだねー。ひゅーひゅー、昔から仲良かったのに、互いにすれ違って、自分の感情に気付かなかった、かっぷるー、仲良いね、ひゅーひゅー」
「うぐ……否定したいが、ブラウンに気付かされたからなにも言い返せない……!」
「あ、やっぱり様子が変な時にブラウンが居ましたけど、あの時に気付かされたからだったんですね」
「ああ……」
「えっと……これからベッドで一緒に寝たりするんでしょ? かっぷるはそうするんだよね?」
『!?』
「寝る時は僕も一緒に寝たいー。二人共あったかそうだから寝心地良さそうー」
「そ、そういう事か……」
「? でも、おめでとう、お兄ちゃん達。やっぱり皆仲が良いほうが良いよね。これからも仲良くね?」
「……そうだな」
慣れる訳がない、と思っていたのだが。
周囲の反応に一々反応している内に、“早く慣れて見せつけないとこの手の事を延々と言われ続ける”と思った。お陰で少なくとも視線が下がる事だけはなくなり、前を向いていつもの表情に戻れるくらいにはなる。
「ああ、俺達は互いに好き合ってる上で男女として付き合っているからな。好きなシアンとこうして歩けているだけで俺は果報者だよ」
だけど最後に言う神父様の発言で表情を保てなくなり視線を下げてしまう。
この神父様は本当に私をどうしたいのだろう。初デートの思い出を嬉しさと恥ずかしさ塗れにして揶揄う予定なのだろうか。
「痛い痛い、シアン、つねらないでくれ。変な事言わないから」
なのでつい腕を軽くつねったりしてしまうが、変な事や余計な事を言われたから黙っていて欲しいという訳ではないのです神父様。
言われる事自体は嬉しいけれど、恥ずかしくてついつねってしまうのです。言葉で制止する余裕がないのです。ですが暴力はイケませんねごめんなさい。
「……もう、神父様は相変わらずです。もう少し私の事も考えて欲しいです」
周囲に誰も居ない所で一緒に並んで座り、先程なにやらゴルド君ちゃんの監視をしているらしいシュバルツから、二つ買った温かい飲み物を一緒に飲みながら私は神父様に文句を言った。
本当は嬉しいし、我が儘を言うような面倒な女にはなりたくないのだけど、このままやられっぱなしでは私の感情が持たなくなるので、文句の一つはつけたくなるというモノだ。
「えっと、ごめんな? シアンと付き合っていてデートとなると嬉しくてな。それを皆に言いたくて……というか、自慢したくて。つい言ってしまうんだ……」
「……本当に相変わらずです」
「え、えーっと……」
神父様的にはフォローをしたつもりなのかもしれないけど、その言葉は私の発言に対するフォローになっていない。ただ単に私を喜ばせるだけの台詞である。好き。
「そ、そうだ! こ、これから何処行こうか? 手を繋いで色々と歩いたけど、話し掛けられてばかりであまり見て回れなかったからな!」
「話を逸らしましたね」
「うぐ。……そ、そんなことないぞー」
「神父が嘘を吐くのはどうなんでしょう」
「……ごめん」
なにを言っても自分の言葉では逆効果だと判断したのか、露骨に話題を逸らしてきた。
感情に疎い神父様らしいといえばらしい行動である。
問題を解決しないただのその場しのぎな行動。相手によってはさらに不機嫌になるだろう不器用な行動だ。
――でも、この不器用な所も含めて私は……
だけどこの不器用な所も含めて私は神父様が好きである。
私のためにこうしてしどろもどろになって、自分なりに私のために良くして行こうとしている様は、私より年上なのに年下のようで可愛いと思ってしまう。
まぁ慌てる神父様を見て楽しむという、私が性格が悪いのかもしれないが。……あるいはこれも惚れた弱みというやつだろうか。
それはともかく、神父様も初めてなりに色々しようとしてくれているのだ。
私も文句を言うのはこれくらいにして、デートの続きは楽しく――あれ?
「……神父様、少し……不機嫌だったりしますか?」
「え?」
不機嫌と言うよりは、なにかを気にして集中出来ていなさそうである。
そういえば思い返せば、誰かと会うたびに少しずつ変わってきているような気がする。
もしや服が着崩れてガードが緩くなってる? だから照れて目を逸らそうとして……と思って私の浴衣を見るけど、そんな事も無い。レモちゃんが綺麗に着せたので、なにかが見えそうとかそういう事は無い。むしろ神父様の方が少し甘いくらいである。
「そんな事ないぞ? シアンと一緒で嬉しいのに、不機嫌なはずないじゃないか」
「…………いえ、そんな事は無いです。自覚はないかもしれませんが……神父様、なにか引っかかっている感じがありますよ?」
神父様に関してはあまり感情を読み取れないが、流石に私でも今の神父様が普段と違う事くらいは分かる。
もしかしたらだけど……私に不満があるような――
「……そうかもしれない。ちょっとだが、シアンに引っ掛かりを覚えてしまっているんだと思う」
……まさかの予想が当たってしまった。
も、もしや私が碌に神父様を楽しませようとしなかったから呆れてしまっている!?
だ、だとしたらどうしよう。落ち着け、私。慌ててはいけない。こういう時は楽しませる事をするんだ。楽しませると言ったら……リムちゃんだろうか。身近で空気を楽しませたりするあの子のように、明るさで楽しませないと……!
「あ、あはは、楽しみましょう神父様、折角の初デートですからね!」
「いや、テンションが問題じゃない。むしろ照れるシアンは可愛くて良いと思ってしまっている」
「あ、あははー……」
くっ、神父様実はエスだったりしないだろうか。
可愛いと言われるのは嬉しいけど攻撃力が高すぎる。
「でもなにが引っかかっているんですか?」
しかしだとしたら神父様はなにに引っかかっているのだろうか。
私に関してで、恐らくはデートを始めてからの引っかかり。
浴衣は似合っていると言ってくれたし、神父様の浴衣も私は褒め称えた。
皆に対する対応は私はある程度はいつも通りに振舞えていたと思うのだけど……
「えっと……――――だから」
「え、なんですか?」
神父様は何故か顔を私から背け、小声でなにか呟く。
その声が聞き取れず、私は顔を近付けて聞き返すと、神父様は顔を背けたまま――
「その、今日会った皆には愛称で呼ぶのに、俺の事は“神父様”と呼んで、名前を呼んでくれないじゃないか。だから、その……それが引っかかっているんだと、思う」
と、言った。
……つまり神父様は嫉妬していたという事だろうか。
「く、ぷくくく……!」
私は神父様の言葉に、飲みかけている温かいスープをこぼしてしまいそうなほど身体を振るわせ、視線を下げて笑いをこらえる。
「あ、笑う事ないだろうシアン!」
「ご、ごめんなさい、あまりにも可愛らしい嫉妬をするのもで、つい……!」
いけない、笑わないようにしないと。だけどつい笑いが込み上げてきてしまう。
なにせ神父様がそっぽを向いて文句を言うなんて今まで見た事のない行動をとった理由が、私の呼び方に対する嫉妬だったのだ。
先程まで私に対して好きだとか、つねる私に対して困ったように笑っていた神父様が子供っぽく拗ねているのだ。つい可愛いと思って笑いが込み上げてしまう。
「そうですねー、私は今まで名前で呼んでいませんでしたよねー。それでアイ君とかライ君とか男性に対して渾名で呼ぶ彼女に嫉妬しちゃったんですねー」
「うぐ……シアン、楽しんでるな?」
「なんの事でしょう。貴方は感情に疎いですから、勘違いじゃないですかー」
「……絶対に楽しんでる」
ええ、楽しんでいますとも。
なにせ先程まで攻撃されていたが、こちらが攻撃出来るキッカケを見つけたのだ。お返しとばかりに揶揄いたくもなるものである。
「ほら、行くぞシアン! 初デートはまだ途中だからな!」
「あっ」
照れて恥ずかしくなったのか、飲み物を一気に飲み干し(熱くて咳き込んでる)、立ち上がって早くデートの続きをしようと促してきた。
まったく、今まで私を散々羞恥攻撃をしておきながら自分が受ける立場になると逃げようとするなんて。本当に可愛い私の彼氏である。
「はい、ではデートの続きをしましょうか。スノー君」
「ああ、行く……ぞ?」
「ええ、行きましょうか。今飲みますので、少々お待ちを」
「わ、分かった……?」
私はゆっくりと飲み、なにが起きたか分からずにいる神父様が持っているカップも含め近くにあるゴミを捨てる場所に捨て、神父様の前に立つ。
「あ、そうです。この呼び方は貴方に対する特別な時に呼びたいので、二人きりだけの時に呼びますね?」
「お、おう。でも普段から呼んでも……」
「ダメです。シスターが神父様を君付けで呼ぶなんて、失礼な事は出来ません。それに……」
「それに?」
私はそこで手を差し出して、俯かずに真っ直ぐと神父様の顔を見ながら笑顔を向ける。
「そちらの方が特別な感じがして良いと思いませんか、スノー君?」
「……そうだな、シアン」
神父様は私の笑顔に照れた後、手をとって笑顔を向けてくれた。
今日の初デートは良い思い出になりそうである。
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