追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

デート、前哨


「……シキの隣の領地ですね」
「……シキの隣の街だな」
「であるな。我は初めて来たが」
「ですね。私めも初めて来ました」

 時刻は朝と昼前の境目。
 俺とヴァイオレットさん、グレイとアプリコットはシキとは違う場所に居た。
 つい先程までシキに居て、殿下達の相手とかしていたはずなのだが、今はヴァイオレットさんと二人でシキとは違う街に来ている。
 首都ほどではないが整備された道。昼前なのに既に市場が賑わい、行く人々は活気に溢れ人数も多い。俺も一、二度領主として訪れた事のある街ではあり、俺以外は始めてくる街だ。
 そして馬車だと割とかかる距離のこの街に俺達は何故今ここに居るのか。

「まさかロボに連れて来られるとは……」
「回復してきたのは素直に喜ばしいのだがな……」
「皆さまで乗るのは楽しかったですね!」
「うむ、良い経験であったな!」

 それはロボに連れて来られたからである。馬車で曲がりくねった道もロボには関係無く、一直線で空を飛んできた。お陰で二十分の一位の移動時間でここに来ている。
 そしてここに俺達が居る理由は、

『黒兄とヴァイオレットちゃんってデートした事ないんでしょ? 明日から忙しくなるんだし、その前に息抜きでもしたら?』

 という、バーガンティー殿下とエフさんとデートをする事になったクリームヒルトの発言によるものだ。
 確かにデートはした事は無い。
 学園祭で首都をうろついたのはデートとが違うだろうし、シキを領主の仕事以外で歩いたりしたのはデート……ではあるかもしれないが、クリームヒルトが言っていたものとは違うモノだろう。
 それはともかくとしても、殿下達がシキに来ていて、明日からは調査の方々が来て、領主の仕事はさぼれない。そんな状況でデートをする暇はないとは言ったのだが……

『え、じゃあデートしたくないの?』
『したいに決まっているだろう』
『当然だな』

 しかしお互いに本音が漏れてしまい、気が付けばデートをする段取りをつけられ、「少し遠出してみたら?」というクリームヒルトの言葉により、シキでデートをするのではなくロボを巻き込んでシキから出てデートをする事になった。
 正直、ゴルドさんとか殿下達がシキに居る中で留守にはしたくないのだが、ゴルドさんは「ブラのお礼に大人しくするさ」と言っていたのでそれを信じるしかない。何故かは分からないが、今日は大人しくするという言葉に嘘は無いように見えた。
 どちらかと言うと殿下達の「私達もデートだ!」という言葉は心配であるが……まぁ今更不敬があった程度で問題にするような面子でもないし、大丈夫だと思っておこう。シュバルツさんにも護衛は依頼したし、ヴェールさんにも腕を犠牲に頼み込んだし。
 ちなみに留守中は神父様とかオーキッドとかレインボーの主人とかが領主代行として対応してくれるらしい。……頼んだ時のアイツらの「お楽しみに」的なニヤニヤした顔は今でも腹立つが、なにか文句を言う前にロボに連れて来られたのでとやかく言えまい。
 ……それに、ヴァイオレットさんとお出かけ自体は予想外ではあるが、嬉しい事ではあるし。

「……まぁ、折角ですし楽しみますか」
「ロボも夕方にならないと出発しないからな」
「ですね。……ところで、初めての所にお前らだけで大丈夫か?」

 ……まぁ今更ぐちぐち言っても仕方ないか。既に来てしまった訳であるし。
 それにどうせロボは夕方にならないと飛ばないって言っていたし、シキの領主代行も頼んではある。折角なら外出を楽しもうと思うのだが、一緒に来たグレイとアプリコットは着いたら別行動をとると言っていた。初めての街において大丈夫かと不安になるのだが……

「クロさんは我に夫婦の初デートを邪魔するという立場に置かせたいのか」
「いや……うん、まぁそうだけど」
「以前の二人きり……我達が試験の時は第四王子ザ・フォース達が来たせいであまり過ごせなかったのであろう? だからシアンさん達も気を使ったのであろうからな」
「あれは気を使ったのだろうか……」

 行く前にクリームヒルトとシアンに「ある程度強制しないと黒兄クロ達は断るし」と言われていたので、大分無理矢理気味に連れていかれたのだが。
 だがアプリコットの初デート云々の言葉も尤もであるし、アプリコットが居れば大丈夫か。

「まぁ、夫婦水入らずで楽しむと良い。……そもそも何故我もロボさんに連れて来られたのであろうな……別に構わぬのだが、我、日課の花の水やりの最中であったのだが……」
「私めもアプリコット様とデートをしたいと思いまして、一緒に連れて着てもらいました!」
「う、うむ、そうか。……そんなにしたかったのか? 我とで、デートを……」
「はい!」
「うぐ……」

 おお、我が息子がなんか強い。
 デートは好きな者同士がするものと聞いた途端に、このキラキラとした笑顔でデートをしたがっていた。その笑顔を向けられるアプリコットにとってはひどく眩しいモノだろう。

「ふ、ふぅあーはっはっは! そう請われては応えるしかないな! 行くぞ弟子よ!」
「はい!」
「ではなクロさんにヴァイオレットさん! 夕方にこの場所でな、そちらも楽しむのだぞ!」
「おう、気をつけてな。遠くに行くなよ」
「知らない相手に付いて行くなよ」
「はい! クロ様、ヴァイオレット様!」

 アプリコットも一方的にはやられず、いつもの調子に戻り高笑いをすると(周囲は微笑ましく見ている)、杖で進行方向を指してグレイと共に歩いて行った。というか初めての街なのに何処へ行こうというのだろうか。

「弟子よ。時に行きたい所はあるか?」
「アプリコット様が行かれたい所に行きたいです」
「いや、弟子が行きたい所だ。他者に選択を任せるのではなく、自身で選択するのも大切だぞ」
「そうですか……行きたい所……ですか」
「例えば楽しい所とか、買いたい物とかだ」
「私めはアプリコット様が行きたい所に行かれて、楽しんでいる姿を見るのが楽しく、嬉しいです。それは買いたくても買えないものなので、アプリコット様が行きたい所に行きたいのですが……むむ、どうしましょう……」
「う、うむ、そうか。では……そうだな、では行きたい所が思いつくまで、我の行きたい、調味料が売っていそうな場所にでも見に行くか。途中で見に行きたい所が言うのだぞ?」
「はい!」

 やっぱり我が息子がなんか強い。俺も見習うべきなのだろうか……いや、それはグレイだから出来る芸当だな。俺がやっても意味ない気がする。今のようにアプリコットのような照れた反応は得られないだろう。

――どちらにしろ、初デート頑張れよ息子と娘候補よ。

 俺は普段の凛々しさの中に可愛らしさを含む娘候補のアプリコットを微笑ましく思いつつ、去って行くのを見送った。
 それはともかく俺達も行くとするか。治安の良い町であるし、以前来た時におおまかな地理も把握している。ヴァイオレットさんが行きたい所へとエスコートするとしよう。

「では俺達も行きますか。何処か行きたい所はありますか?」
「クロ殿の行きたい所に行きたいな」
「……それはどういった意味でしょうか」
「グレイが私が言語化したいものを言ってくれた。対象がクロ殿になっただけだな。クロ殿の楽しそうにする姿を見ると私も楽しい。なにせ愛しの相手が近くで嬉しそうにするのだからな。これ以上に素晴らしい事は無いだろう?」

 微笑みながらとても嬉しい事を言われた。俺の精神が回復ダメージ

「そ、そうですか。えっと、とりあえずうろつきますか?」
「うむ、そうだな。クロ殿、手を出してくれ」
「はい? ……ええっと、これはなんでしょう」
「デートをする時は指を絡ませて手を繋ぐものなのだろう? 恋人同士はそうすると聞いた」
「そう、ですね。ええ、そうですとも」
「嫌か?」
「嫌じゃないです嬉しいです」
「そうか。良かった」

 恋人繋ぎをするこの人は俺をどうしたいのだろう。
 別にこの手の繋ぎ方は初めてではないのだが、人目が多い所でするのは初めてである。気のせいだろうが、周囲が俺を見ている気がする。
 そしてアプリコット、ごめん。さっきはニヤニヤと見ていたが、言われたりする当事者になると恥ずかしいわこれ。嬉しくもあるのだけど。

「……む」
「どうしました?」
「私達は夫婦だ」
「ですね」
「恋人同士、だとランクが下がるのではないか?」
「……下がるのでしょうか? 仰りたい事は分かりますが」

 言いたい事は分かるのだが、こういうデートの時は夫婦であるよりは恋人の気持ちでいる方が良いのではなかろうか。こんな風にデートはした事無いので分からないが。

「だがこの上の繋ぎ方だと……ううむ、どうなるのだろうか」
「いえ、俺はこれだけでも充分ですよ」
「本当か? 夫婦ならばもっと上を目指さなくて良いのか?」
「はい。……それにその、これ以上の密着されると、ヴァイオレットさんを喜ばせられないので」
「どういう意味だ?」
「……みっともない話ですが、幸せ過ぎて緩む表情を隠してしまって、貴女の言う嬉しそうな表情は見せられませんし、なにも出来なくなりそうになるので。今の状態で勘弁してください……」
「…………」
「? どうされました、ヴァイオレットさん?」
「いや、その……恥ずかしがるクロ殿を見ていたら、私も段々と……」

 そう言うとヴァイオレットさんは繋いだ手を見て段々と顔を赤くしていた。なんだこの可愛い生き物。自分がした事に後で気付いて恥ずかしがるってなんだ。俺をどうしたいんだ。幸福過剰で倒れさせたいのか。

「こ、これ以上はやめておくか!」
「ですね!」
「だが手を繋いだままで……」
「……ええ、デートですからね。そういうものでしょうから繋いだままにしましょうか。経験ないので分かりませんが」
「そうだな、デートだものな、経験無いので分からないが」
「ではお互いに初めてですね」
「初めてだな」
「…………」
「…………」

 お互いに妙な雰囲気のまま、手を繋いだ状態で黙り込む。

「よ、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」

 そして、よく分からない挨拶と共に夫婦の初デートを始めるのであった。





備考:周囲の反応
通行人A (初々しいカップルだ……)
観光客B (イチャイチャカップルだ……)
店員C  (バカッブルだ……)


次話、話は変わって500話記念特別編です。

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