追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

迷惑かつ面倒_8(:偽)


View.メアリー


「ふぁ……」

 私は夜の領主邸……クロさんのお屋敷の廊下をみっともないですが欠伸をしながら歩いていました。
 何故私がこんな時間にクロさんのお屋敷に居るのか。理由は簡単で、お師匠様に関して一悶着あったからです。
 シュイとインが現れた後、お師匠様の様々な興味と共に話したり爆発したり脱いだり嫉妬したりされたり無理難題を仕向けられたり。
 そうこうしている内に、依頼のため少々離れていた場所に行っていたクリームヒルトとシアンが全力疾走で屋敷に戻ってきました。そして少々遅れてヴァーミリオン君達も戻ってきました。どうやら依頼の素材は手に入れた後、お師匠様に会って色々と不安になったので戻って来たようです。
 そこでさらにクリームヒルトを巻き込んでの騒ぎが起こり、そうこうしている内に騒ぎを聞きつけたシルバ君とエクル先輩も参戦。
 そうしている内に夜も遅くなり、今からでは泊る場所も確保できないというお師匠様の我がままにより、クロさんの厚意で領主邸に泊まる事になったお師匠様達。

――なにかを企んでいそうです。

 正直不安であるので、いざという時のために私も泊まる事になり……連鎖的かというようにヴァーミリオン君達も泊まる事になりました。……クロさんが頭を痛めていそうだったのは素直に申し訳ないと思います。今度なにかお詫びをしなければなりません。
 これで今夜シキに来たメンバーでクロさんの屋敷に居ないのは、シャル君とスカイとヴェールさんとシュバルツさん、泊まる場所は確保済みで多人数で泊まるのを拒んだティー殿下にエフと名乗るフードの少女でしょうか。最後三人は私達と一緒に来た訳では無いのですが。
 ちなみにシャル君はどうしたのかと聞くと、

『スカイくん関連で大切な用があるらしくてね。なにか彼女にする訳では無いけど、今は遊んだりする気にはなれないそうだよ』

 と、エクル先輩に言われました。詳細は分かりませんが、スカイに対してシャル君なりに思う所があるようです。単純に近くでなにか出来るように待機する……という感じのようです。不器用なシャル君らしいと言えばらしいですね。

――そういえば、チョコレートケーキ渡しそびれていましたね……

 ごたごたで忘れていましたが、ヴァイオレットは結局チョコレートケーキをクロさんに渡さないまま今日が終わってしまいました。
 冷蔵されているのでそう簡単には痛みはしないでしょうが、ヴァイオレットにも申し訳ないことをしたなと思います。なにかしたいですが、なにをしても余計なお世話になりそうなのが難しい所ですね……。

「……寒いですね」

 色々あったまま就寝時間になり、下手に騒ぐよりは大人しく寝ようという事になって各部屋で寝る事になったのですが、お師匠様が性転換するなどを考えていると眠れず、こうしてトイレに行き、帰りの廊下の窓から外を見て頭を冷やしていたのですが少々寒くなってきました。
 頭も冷えたので、これなら温かいベッドに入っていれば睡魔が襲ってきそうです。
 私はそう思うと自身の部屋(シアンやクリームヒルトと同じ部屋)に戻ろうとして……

――? 明るい……誰か居るのでしょうか。

 ふと、視界の中に明かりが見えました。
 場所は……食事をする場所ですね。私の様に眠れなく水でも飲みに来たのでしょうか。
 あるいは……

――お師匠様がなにかしていませんよね。

 もしかしたらお師匠様がなにか行動を起こしている可能性もあります。
 私達に言ったものとは別の目的があって、シュイとインを使って暗躍しようとしている……その可能性もあるので、一応確認しておきましょう。
 そう思った私は気配を消して、ゆっくりと明かりの方へと近づいていきました。
 ……もしヴァイオレットが渡しそびれたチョコレートケーキを渡すためにクロさんを呼び出していていたりとかだったのなら、すぐに去りましょう。見ていたくはありますが、良くない事ですし。
 そのためにも気付けかれぬようにしなくてはいけませんね。この場所ならバレないでしょうし【空間保持】とかを発動させて、ゆっくりと……

「クロ子爵。ここに居たのか」
「え? あ、ヴァーミリオン殿下。どうかされましたか? なにかベッドに不具合でも……」
「その点に関しては問題無い」

 ゆっくりと明かりに近付き、中を覗くと――居たのはヴァーミリオン君とクロさんでした。状況を見るに今出会ったばかりのようです。
 ……ヴァーミリオン君とクロさん。夜の屋敷。皆が寝静まった所を――いけません、生モノは良くないです。クロさんは慣れて来てもワンコっぽくはありますが、ふとある時に下剋上をしてきそうで――ヴァーミリオン君は強気攻めで行って、右になる時も小悪魔的になる作品が多くて――って、違います。惑わされてはいけません、私。

「ですが私を探していた様子ですが……あ、眠れないのならばなにか温かいモノでもご用意いたしましょうか?」
「気遣いは無用だ。少々話があるモノでな。大丈夫だろうか」
「はぁ、構いませんが?」
「……ここでは誰に聞かれるか分からん。何処か部屋に行きたいのだが……」
「では執務室にでも。ですが他には……」
「俺とお前との一対一で頼む」
「構いませんが、内密にして頂けるとありがたいです。なにせ私は王族相手には少々難がありますので、外聞的にもマズいのです」
「ああ。俺も内密にして貰えると助かる」
「……かしこまりました。では、行きましょうか」

 密室……逢瀬……夜の――やめましょう。クロさんはヴァイオレット一筋ですし、考えるのも失礼です。
 それになにやら用がある様子です。内容は気になりますが、聞かれたくないのでこうしているのでしょう。気付かれぬ内に退散を……いえ、下手に動くと気付かれそうですから、隠れて移動するのを待ってから去りましょう。

「別にここで話しても良いじゃないか」
『っ!?』

 私がその場で息を潜めていると、気配が全く感じない場所から突如声がし、ヴァーミリオン君達はその方へと驚愕と共にふりむきました。私もつい声を出しそうになりましたが、どうにか抑えます。
 しかし誰が急に現れたのでしょうか。私は呼吸を抑えつつ、声の方を向きます。

「ゴルドさ――んむっ!」
「おっとクロ・ハートフィールド。大声を出しては誰かに気付かれるかもしれないよ。静かに、な」

 突如現れたのはお師匠様でした。
 声を急にかけて驚かせるような事をしながら、そんな事を言うお師匠様に、口を手で押さえられているクロさんはなにがなんだか分からない表情をしています。
 クロさんだけではなく、ヴァーミリオン君にも静かにというジェスチャーをとると、クロさんの口から手を放しました。

「いつからそこに居た。ゴルド」
「ヴァーミリオンが来る前からずっと。眠れなくて散歩してたら、偶然ここにね」
「…………」
「まぁそれはともかく、話しなさいお前達。別の所に行って私を仲間外れにしないでくれよ? なぁ?」
「…………」

 ……今からでも出ていってお師匠様を連れて行ったほうが良いでしょうか。
 お師匠様はヴァーミリオンが腹を立てているのと、他に聞かれたくない話をしたいのを分かって煽っているように思えますし……

「……遠慮しよう。クロ子爵、先程の話は忘れてくれ。なんてことのない話であったからな」
「は、はぁ、そうですか……?」
「……弟と妹に関して言いたい事があっただけだ。兄弟離れできない兄として見られたくなかったに過ぎない」

 ヴァーミリオン君は表情には出しませんが腹を立てるのを抑え、恐らく適当な事を言ってこの場を切り抜けようとし、寝室に戻ろうとします。

「そうか。だが私はクロ・ハートフィールドとヴァーミリオン・ランドルフに用があってね。出来れば話を聞いて貰えるか?」

 しかしお師匠様は空気も読まずに用事があると呼び止めます。
 それを聞いてヴァーミリオン君は歩を止め、再びお師匠様の方へと顔を向けました。

「手短に頼む。俺は明日も用があるので、早めに就寝したいのだ」
「そうか。正直そんな事はどうでも良いが、では手早く話そうか。……クロ・ハートフィールド」
「え、私ですか?」

 ヴァーミリオン君を呼び止めたのにも関わらず、お師匠様はクロさんの方に質問をしようとします。その事にヴァーミリオン君は不愉快そうに思い(表情には出しませんが)、クロさんは現状にどうしようかと冷や汗をかいているように思えます。

「私の弟子が世話になったようだ」
「はぁ。世話をした、という事の程はしていませんが……」
「昔と比べるとアイツらも随分と変わった。その影響はお前の影響だと聞くからな」
「ええと……どういたしまして。ですが私の影響ではなく、彼女らが自ら――」
「片や世界を見ていない子供。片や世界に溶け込もうとしている外れた子供。……そんな子供が、随分とヒトらしく成長したものだ」
「…………」

 ……世界を見ていなかった、ですか。
 一週間程度なのに、お師匠様には見抜かれていたのですね。

「そしてヴァーミリオン・ランドルフ。お前はメアリーの事が好きなのだな?」
「……答える義理は無い」
「一々鬱陶しいなー。答えないと今すぐ服を脱いで痴漢と叫ぶぞ」

 恐らくそれをしても誰もお師匠様を襲ったと思う方々は私達の中には居ないと思いますがね。

「……はぁ。ああ、メアリーの事は愛している。それがどうした」

 しかしヴァーミリオン君は面倒になったのか、珍しく溜息を吐いて質問に答えました。
 ヴァーミリオン君にそう言われるのは私も嬉しく――って、この話、私は聞いてはいけないんじゃないんでしょうか。今更な話ですが。
 ですが今移動すると【空間保持】を使っているとはいえ気付かれそうですし、どうすれば……あ、そうです。耳を塞げばいいのです。……ですが、それだと近付いてこられても気付かない事に……いえ、耳を塞ぎましょう。それがマナーというものです。

「お前はその好いた気持ちが、本物だと思っているのか?」

 塞ごうとしたのですが、お師匠様のその言葉に私は耳を塞ごうとしていた手が止まりました。

「……お前にどう思われようと構わん。俺がメアリーを愛している気持ちにお前は関係無いのだからな」
「その通りだ。私は関係無い。関係は無いがな、どうしても気になる事があるんだ」
「気になる事、だと?」
「そうだ。メアリー・スーにも。クリームヒルト・ネフライトにも。そしてここに居るクロ・ハートフィールドにお前が聞きたかった事でもあるだろう? “何故、知りえない事を知っているのだ”、と。そして――」

 お師匠様はそう言うと、虹色に変化する瞳が怪しく見えて――

「お前達はこの世界のなにを知っている――とな」

 そう、言ったのです。

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