追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

仕事をこなすにあたって_2


「……失礼致しました、アッシュ卿」
「いえ、落ち着いて頂けたのならばなによりです」

 前世の苦労していた時代を思い出し、つい愚痴をこぼしてしまった。
 この程度で感情を発露させてしまうとは我ながら情けない。……とはいえ、少し懐かしくなったな。祈る事しか出来ないが、アイツらは元気でやっている事を願おう。

「まぁ前世から個性豊かな奴らを相手していたので、慣れている面はありますよ。とは言え、支えがあったからこそ出来ている訳ですよ。俺だけじゃとてもじゃないですが、領主なんて多くの領民の命運を握るなんて大層な事は出来ません」
「……成程、そうですか」

 昔はアプリコット、今はヴァイオレットさん、昔も今もグレイという支えがあったからこそ俺は領主としてやっていけている訳である。
 グレイが居なかったら俺はアレが居る王国のために働くなんて嫌で、腐って適当にやっていたであろう。
 スノーホワイト神父様という味方が居なければ孤立していただろう。
 アプリコットとバカ騒ぎし、グレイも明るくなったお陰で過ごすのが楽しくなった。……まぁそのせいでシキの領民に「今度は子供偏愛ロリコンか……」と言われたりはしたけど。
 シアンと反目し合って、暴れて、カナリアと再会して……と、今はそれよりもアッシュへ仕事ぶりを見せるんだっけか。

「ともかく、聞きれた事はどちらかというと染みついたモノですから、仕事の様子を見て頂ければ。教えられる事があるかは分かりませんが……」
「そうですね。では手伝わせて頂きますよ、クロ子爵」
「……なれませんね、その呼ばれ方。数年前まで準男爵の親の下だったのに……」
「ハハ、確かに異例の昇進ですからね。ですがいずれ慣れますよ」

 だと良いのだが。







 宿屋兼酒場兼ギルド【レインボー】

「ようクロさん。と、アッシュ卿か。なんだい、身体がなまって冒険者としての依頼でも受けに来たのかい?」
「生憎とクリームヒルトと手合わせしているのでなまっている暇がないほどですよ」
「私も鍛錬は欠かしていないので大丈夫ですよ」
「そうかい、そりゃあ良かった」

 ちなみにそのクリームヒルトは今頃リハビリがてら殿下兄弟とその護衛さんと、シアンと共に依頼をこなしているわけだが。第三と第四王子と依頼とか正直不安しかないが、多分大丈夫だろう。多分。

「それで、なんのよう――ああ、例の資料か。ほら、確認してくれやい」
「拝見します。………………内容はほぼ問題ありませんが、この二か所に誤字があります。あと計算違いが一ヵ所」
「む、マジか。ちょっと待ってくれ、今直すから」
「はい。……どうしました、アッシュ卿?」
「……いえ、チェックが早いのだと思いまして」
「読み書きもそうですが、語学の覚えはそれなりに良かったもので。まぁスラングが多いのでテストの点は悪かったですか」
「そうなのですね。所で、ぜん――貴方が前いた所でも、文字は似たようなモノだったのですか? それとも一から?」
「私が知っているのと似て非なる、という感じです。基本は一緒という感じですね。……っと、ありがとうございます、もう一度チェックを」

 言語は海外のファッションを知るために学んだからなぁ。好きなモノのためなら苦にはならなかったのを覚えている。

「……はい、問題ありませんね」
「おう。あ、そうだクロさん。この間来た商売の奴から買ったんだが、少しやるよ。ほら、アッシュ卿にも」
「ありがとうございます」
「え、私にもですか? ありがとうございます……?」
「ところでこれはなんですか? 紙に包まれた……本?」
「独りでどうにか処理するための本だ。クロさんには紫髪ロングの巨乳。アッシュ卿には金髪ロングの巨乳の――」
『返却します』
「ま、ま、そう言わずに。……それぞれヴァイオレットさんとメアリーさんに似ているぞ?」
「レモンさんに言いつけますよ」

 なにが悲しくてヴァイオレットさんに似たヴァイオレットさんよりも魅力的では無いだろう存在のアダルティな本を読まなければならないんだ。それなら生のヴァイオレットさんを見ていた方が遥かに目の保養になる。

「そりゃあ……こっそり読ませて、“こういうのが好きなのだろうか……”と悶々して真似をしようとする妻に燃えるためだよ」
「…………」
「あるいは同じポーズをさせて“お前の方が魅力的だよ”と囁いて照れさせるためだよ」
「………………」

 ………………はっ!?
 いけない、一瞬良いなと思ってしまったが、駄目だ。リスクの方が大きすぎる。
 ……でもそういうヴァイオレットさんの姿を見るのは……だ、駄目だ!

「アッシュ卿はいるよな?」
「一応聞きますが、何故です?」
「お前くらいの年齢は興味を覚えない方が不健全だからな。似ていると罪悪感もあって……いいぞ?」
「成程。余計なお世話です」







 薬屋【エリクサー】


「なんだ、領主。親父は材料を採取しに外出中だぞ」
「そうか。グリーンさんからなにか預かって無いか?」
「毒をか」
「書類だ。お前に毒を預けても食うから預けられないだろう」
「確かにな。あー……確かなんか書いてたな。ちょっと待ってろ」
「了解ー。……どうしました、アッシュ卿?」
「……今更ですが、毒を食べる、という点を治そうとはしないので?」
「なんか毒を食べ過ぎて、アイツの場合毒を食べない方が健康に害がありそうな気もしますし……」
「……成程」

 毒とは言っても麻薬とかには手を出していないし、単純に毒を食べるだけではなく、それで薬の知識に変換しているから止めにくいのもある。まぁやめて欲しいのは確かだが……

「それに、万能薬を作りたいという熱意は本物ですから。俺は応援しますよ」
「万能薬、ですか?」
「そうだよ。店名にもあるエリクサーを作るのを目指しているんだよ、私は」
「エリクサーというと使者をも生き返らせるという、アレですかミズ・エメラルド?」
「ああ、お袋が身罷った時に、本気で生き返らそうと思ったのがキッカケでな。結局は私が体調を崩してしまって、親父に心配をかけてしまった訳だが。だが、どこかの領主のお陰でやめる事無く今でも続けているだけだよ。あとほら、これの事だろう?」
「ああ、この書類だな。……うん、相変わらず丁寧で読みやすいし、間違いも無いな」
「そうか。……ああ、それとお前……」
「私ですか?」
「そうだ、ええと……アイネークライネーナハトームジーク」
「アッシュです」

 相変わらず人の名前を覚える苦手だな、エメラルド。俺も覚えにくいからと領主というのが今のまま続いているし。
 というかアッシュよりそっちの方が覚えにくいと思うのは気のせいか。

「何処か痛めているのか?」
「はい? ああ、色々ありまして。打ち身で持ち前の魔法と湿布は貼りましたよ」
「……これを使え。多分今貼っているのより利くからな。代金は要らん」
「え? あ、ありがとうございます……?」
「それと領主。お前にはこれをやる」
「なんだこれ」
「……グレイとお前の妻が忙しそうにしていたからな。腕の筋肉痛などに利く薬草だ。明日にでも使ってやれ」
「?」







 鍛冶屋【少年は愛でる者】


「え、この鍛冶場ってこんな名前なんですか」
「正式名称はですがね。外聞的には【ブライの工房】って名前ですがね。ブライさーん。書類は出来ましたかー」
「クロ坊か。ちゃんと書いたぞ。――本当にこれでマイ天使の接近禁止令を解いてくれるんだろうな!」
「内容次第です」
「……クロ子爵、なにやっているんですか」
「メアリーさんを対象とすると、メアリーさんの残り湯で武器を冷やす水にして、武器を打って家宝にしようとしていたら?」
「接近どころか国外追放させます」
「そういう事です。……基本はOKですが、後半の少年についての語りは廃棄します」
「そこが一番重要なのにか!?」
「グレイ」
「……チッ、仕方ねぇ。ああ、後ほら包丁だ。研ぎ直しておいたぞ」
「ありがとうございます」
「後は鍬も作って置いたぞ。そろそろ駄目になる頃だろう?」
「え、ありがとうございます。代金を――」
「要らねぇよ。包丁研ぎ料金のついでだ。お前には色々と世話になってるからな」
「駄目です。きちんとした仕事には見返りの報酬を渡します」
「……分ぁーったよ」







 八百屋【ヤオヨロズ】


「店主さーん、冬眠から覚めてますかー」
「え、冬眠?」
「はい、冬場は野菜の気持ちを知ろうと雪の下で偶に冬眠しますんで」
「死にませんか」
「なんか蛇神族ラミアの血が混じっているので大丈夫らしいですよ。あ、どうも店主さん」
「ようクロ。ほら書類だろ?」
「どうもです。…………はい、問題無いですよ。ところで今季の野菜はどうです?」
「見ての通り絶好調だ。だが形が悪いのもあってな。売り物にならんからもってけ」
「え、良いんですか? ありがとうございます」
「ああ。……アーモンドグリーン。イエローグリーン。ティールグリーン。……元気でな」
「……誰の事なんですか?」
「この野菜の名前ですよ。全部につけていますんで、彼」
「……そうですか」







「…………」
「どうかなさいましたか、アッシュ卿?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
「そうですか――っ!?」

 アッシュがなにか考える仕草をとったので、以前の調査の時のような変態に疲れて来たのかと思ったのだが、どうやら違ったようだ。疑問に思いつつも、次の場所に行こうとすると妙な悪寒が走った。
 なんだか、知らぬ間に俺の中二病的な黒歴史が暴かれたような……

「どうしました、クロ子爵。また悪寒でも?」
「は、はい……」
「体調が悪いのならば休まれてはどうです?」
「いえ、健康のはずなんですが……なんと言うべきか、開けてはいけない【この世界全てパンドの贈り物ーラーの箱】が開けられたような……」
「はい?」
「……いえ、なんでもないです。気のせいでしょう。気のせいだと思いたいです」
「汗凄いですよ?」

 は、はは。気のせいだ。気のせいのはずなんだ。

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