追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

灰杏の出会い_2(:灰)


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「……料理、感謝する。とても……とても、美味しかった」
「そりゃ良かった」

 彼女をまずお風呂に入れさせ、入って居る間に逃げないように私に見張らせた。その間に新しいご主人様は着替えを用意して、簡易的な料理を作った。
 初めは不信感しかない彼女であったが、無理矢理脱がされるか、自分で脱げるものは脱いで脱げないものは私に脱がせてもらって入るかの二択を迫ったら大人しく脱いで入った。新しいご主人様にしては割と強引だな、と少し思った。
 彼女は入るまではどうにか逃げ出そうかという視線であったのだが、お風呂に入り、新たな衣にしぶしぶ袖を通し、そして出る頃には新たなご主人様を見る目に戸惑いが混じっていた。
 そして現在、食べ終わった後は先程までと比べると大分表情が和らいでいた。

「この屋敷には……他に誰も見えない所か、気配も感じないが……」
「俺とグレイの二人暮らしだからな」
「……仮にも客人であるぼくの前に姿を現さないようにしている、などではなくか?」
「そうだよ。別に必要もないし、雇われる奴も居ないからな」
「必要ない? ……掃除や料理、などはどうしているのだ?」
「基本俺がやっているよ。徐々にグレイに教えている。というか今食べたのも俺が作ったヤツだよ」
「……そうか」

 和らいでいるとはいえ、警戒心は無くなっていない。
 食べている間は久方ぶりの食事なのか美味しそうに食べてはいたが、未だに何故このような事を自分にするのか分からないと言った表情に見える。

「さて、これからどうするつもりなんだ? えーっと……少女よ」
「……ぼくの名前はアプリコット……だ」
「名前を教えて良いのか? 幼女趣味ロリコン疑惑のある貴族相手に」
「風呂と食事、さらには清潔衣類まで世話になっておいて、名前を明かさないのは礼節に欠ける。それに……」
「それに?」
「……信用は出来そうだからな」
「そりゃどうも」

 彼女……アプリコット様は優雅と言える仕草と共に感謝の言葉を口にする。
 あまり人と接しない私ではあるが、仕草や言動は普通の女性とそう変わらないように思える。

――しらないことをする、じょせい。

 彼女のその様子を見て、私は彼女に疑問を持つ。
 私の場合は元ではあるが、彼女は私と同じ奴隷のはずだ。だが先程の解呪といい、普通の女性のように振舞っている事といい、奴隷であるにも関わらずそのような事をしていることが不思議でならない。
 逆らえば痛い思いをするのに。抗ってもより酷い目にあうだけなのに。何故普通の女性のように振舞えているかが、私には分からない。

「……奴隷の紋章を解呪しようとした?」
「ああ、どうにか構成を理解しながらな」
「だがモノによっては魔力も封じられるだろう? それで解呪なんて……もしかして今も違反とうぼうによる拘束が……」
「それは先程解いた。痛みはあったが、ぼくにかかれば構成を読み取るのは不可能ではない。完全に解いてはいないが」
「そりゃあ凄い。俺はそっちの方面はよく分からんから尊敬する」
「……一応言っておくが、犯罪者故につけられた訳でも無いし、自身の借金の担保でもない。騙されて紋章をつけられたのだからな」
「うん、そこは信じるよ」
「…………」

 新しいご主人様と彼女はここまで至った経緯を軽く説明かいわをしだした。
 彼女は奴隷が多くいる場所から逃亡した。しかし逃亡用の紋章が効果を発揮し、激痛が走るのではないかと新たなご主人様は疑問視した。しかし彼女は自身の胸元……紋章の辺りを指し、魔力が無い中回路を弄って一時的に機能不全にしたと言った。
 だが完全に機能不全には出来ず、偶に襲う激痛に耐えながらも、解呪をしながら追手から命辛々逃げてこの地まで来たそうだ。

――なんで、そんなことができるんだろう。

 ……やはり、何故そのような事が出来るかが分からない。
 今の私のように、優しき人に救ってもらわねば奴隷から脱する事は出来ない。
 さらに生物には生まれながらの差がある。救って貰ったとしても身分と呼ばれるヒトとしての差は抗っても覆せない。今の私は、単純に奴隷用の紋章が無いだけの、新たなご主人様の下僕に過ぎないのだから。
 そして――

「……親に売られた?」
「そうだ。……貴族に食い込もうと優秀であれと言ったくせに、自分より優秀だと分かるや否や嫉妬で子を邪魔だと言うような奴らにな。あのまま行けばアイツらを貴族にした貴族によって売られる所であった」

 そして、彼女は実の親に売られた。
 私は親の記憶は無いが、親というモノは本来子の立場や命、権利を守る者だと聞いている。後は、信じることが出来る存在だとも聞く。
 そんな信じていた相手に捨てられたのにも関わらず……

「なんで……」
「ん?」
「なんでそんなに、さからえるん、ですか?」
「どういう意味だ、ええと……グレイ?」
「どれいは、ご主人様にさからったらダメなのに、なんでさからえるんですか……?」

 本来は聞くべきではない。意志を持つ事は許されない。だが新たなご主人様による最近の教えのお陰で、私はこうして疑問をつい口走ってしまう程度には心の余裕が出来ていた。

「グレイ……」

 私の疑問に対し、新たなご主人様は少々……寂しそうに私を見ていた。
 新たなご主人様はこういう所がある。私が当たり前だと思っていた事に対して、怒るのではなく寂しそうに、あるいは悲しそうに私を見る事がある。そしてその後に知らない事を教えてくれたり、優しく叱ってくれるのだが……

「馬鹿を言うな、グレイ」

 それに対して彼女は、真っ直ぐに、力強い意志を持って私の言葉を真っ向から否定した。

「ぼくは親や知らん奴の所有物じゃない、アプリコットという名の女だ。間違っていると思ったのならば否定するし、抗う」
「あらがう……」
「そうだ。ぼくは“生きたい”んだ。生かされる事は望まない。だから抗った。ぼくらしくあるためな。そこに奴隷など関係無い」

 この方は……

「……ふむ、成程な。君は……強いんだな、アプリコット」
「……喋りすぎた。悪かったな」
「いや、構わないさ」

 そう、彼女は“強い”んだ。
 新たなご主人様と同じ類、だが違う強さ。

――わたしは、このかたのように……

 私はこの方のように、強くありたい。
 同じ身分でありながらも強さを誇っている彼女のように。
 私は彼女のような、強く綺麗な方と――

――ともにあゆんで、みたい。

 分不相応にも、そう思ってしまった。





備考:シキに来た順番
古 グレイ→スノーホワイト神父→クロ→アプリコット→シアン→→→ヴァイオレット 新

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