追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

灰杏の出会い_1(:灰)


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――だれ、だろう……?

 私が初めて見た彼女は、ボロボロであった。
 見つけたのは屋敷の裏。あまり人が通らない場所で壁を背にして座り込んでいるのを、壁を陰から私は見つけた。

「ぜー……はー……っ、ゴホッ……!」

 私より二、三歳上程度の女性で、黒い髪に綺麗な杏色の瞳。
 私も昔着ていた奴隷売買用の服とは言い難い薄い布を着て、それも擦り切れて破れている。肌が見える部分は赤黒く染まり、特に手足が酷い有様で傷だらけである。
 さらには興奮状態かのように息を荒げて咳き込んでいる。見ると運動中かのように汗も多く掻いている。その汗は引く事は無く、偶に淡い光と苦痛の声と共にさらに噴き出すばかりだ。

「誰か……いるのか……!?」

 私はその言葉にビクッとなる。
 そして隠れるべきか、逃げるべきかは悩んだが、呼びかけられて逃げた事がバレたら酷い目にあい、また暴力を振るわれる可能性もある。だから私は内心怯えながらも警戒態勢を取る彼女の前に姿を現した。

「女児……? ……ちょうど、良い。頼みがあるのだが……」
「たのみ……ですか……?」

 私の姿を確認するや否や、脅威でないと判断したのか、警戒態勢を解いて私に頼みがあると言ってくる。

――たのみ、だから、めいれい。さからっちゃ、だめ。

 頼みという事は、命令だ。逆らってはいけない。優しい物言いは見た目だけで、断ればなにをされるかは分からない。
 世の中の方々が、新たなご主人様のような方々ばかりならば良いのだが、私にはその判断が付かない。だから命令を聞くしかない。

「ぼく、の、服のこの部分を破れ……お前の力でも破ることが出来るはずだ……」
「い、いいの……?」
「ああ、構わない……早くしてくれ……」

 私が近付くと、彼女は自身の胸元辺りの服を破れと命令をしてたのんで来た。
 私は困惑しながらも言われた通りに服を破る。破って行く内に見える女性の傷付いた肌。私はそれを前ご主人様の影響で見慣れてはいる。そしてその影響で以前の事を思い出し、手が止まりかけるが、止めてしまえば彼女になにをされるか分からない。
 だから私は服をさらに破る、するとそこには……

「――っ」

 そこにあったのは、私にも刻み付けられていた、外れている今でも私の胸には傷が残っているような、奴隷に刻まれる奴隷用の紋章。主人に逆らえないようにしたり、逃走防止用に“違反”を行えば絶えず激痛が走るものだ。それが女性特有の胸の膨らみの間に、痛々しく刻まれている。
 さらには赤く鈍く光っているという事は……今も彼女に激痛が走っているはずだ。
 私はあの痛みを思い出し、つい距離をとってしまう。

「感謝、する……ぼくでは、破れないように、なっていてな……だが、これで直接……」

 彼女は私に感謝すると、その紋章に手をあて――

「あ、ぐ、ぐぁ……ああああ!!」

 そのまま、紋章の解呪を試みた。
 先程よりも痛々しく表情を歪める。だが解呪を止める事無く彼女は続けていた。

――な、なにを……!?

 奴隷用の紋章。
 それは絶対的な優位と劣位を決めた上で契約を交わしたものに刻まれる紋章である。
 劣位の者は罪を犯した者、金銭で自身を担保にした等価交換など様々あるが、基本劣位の者は優位の者に逆らうことが出来ない。そのための処置として施されているのが奴隷用の紋章だ。
 契約ないようによってはその紋章束縛の強弱はあるが、見た限りでは彼女が刻んでいるのは私と同じ服従の紋章。重大犯罪者の一歩手前の、違反を犯せ最悪死に至る代物だ。
 それを解呪しようと心みようものなら、激痛どころかその死に――

「は、はははははっ! どうだ父に母め! ぼくをこの程度で縛ろうと思うなど、百年早――ごほっ、がはっ! くそ、完全には無理か……!」

 死に至る……はずなのだが。
 違反と激痛を意味する先程まで光っていた奴隷用の紋章は光が消えていた。紋章自体は消えてはいないが、つまり今は“奴隷ではあるが、契約違反はしていない”状態という事になる。

「あ、あの……いま、なにを、したの、ですか……?」

 私は目の前で起きた事が理解できず、つい彼女に聞いてしまう。
 今までであれば疑問を口にする事すら出来なかったのだが、最近の新たなご主人様の教えと、どうしても彼女のやった事を知りたく思い口にしてしまったのだ。

「あ、あぁ……君に感謝をしなくてはならないね、ありがとう。だがぼくがなにをしたかは聞かないほうが良い」

 しかし彼女は質問には答えてくれなかった。
 本来であれば“私如きが質問をしたのが失礼であった”と思い、顔を伏せるのだが、笑顔を作って私に感謝の言葉を言ってくれ、真っ直ぐ彼女の顔を見ていた。
 ……ボロボロであったにも関わらず、不思議とその笑顔に気高さを感じ、惹き込まれた。

「……ん? 君はもしかして……」
「どうか……したの……?」
「……いや、なんでもない。ともかく今の事を聞けば君にも迷惑をかける可能性がある。ぼくに会った事は忘れ――」
「――グレイ、そこに居るのか?」

 彼女がなにかを言おうとした時、ふと私が彼女を見つけた場所の方角から声が聞こえて来た。

「ご主人様……」
「その呼び方はやめて欲しいって言っているだろう……って、その子は……?」

 声のした方を振り向くと、そこには私の新しいご主人様となり、最近名前を知ったこの地、シキでの新たな領主となったお方であるクロ・ハートフィールド男爵が居られた。
 私にも優しくして下さり、私の怪我の治療や奴隷用の紋章の解呪を行って下さった方だ。最近は私もまともに歩き、喋れるように回復してからは色々と教わり、仕事も与えてくださっている……が、私が前のご主人様に対してと同じように振舞おうとすると、色々と困らせてしまっている。

「――っ、貴族……! ご主人様という事は、お前はやはりこの子を……!」

 そんな新しいご主人様に対し、彼女は警戒心を抱きながら身構える。
 恐らく逃げるつもりなのだろう。やはり、といって私を見ている辺り……私が元紋章持ちの奴隷である事をどこかで感づいていたのだろうか。

「……奴隷服に、奴隷用の紋章。少なくともシキで見た事は無い子だな。……一応聞くが、君の主は近くに居るのかな?」

 そんな彼女に対し、新しいご主人様は落ち着いた様子で彼女に尋ねる。
 恐らくは逃げて来たかなにかしらの事情があるとは察しているのだろうが、形式的に聞いているように見える。

「……お前には、関係無い。少なくとも奴隷が禁止のこの国で奴隷を持っているお前にはな」
「補足しておくが、所持自体は違法じゃないぞ」
「どちらでも良い。ぼくはお前なんかに……」

 彼女は立ち上がり、傷付いた手足のまま逃げられるように身構える。
 紋章関係無しにそれだけでも痛そうだが、それよりも……誰かに捕まったり隷属する事に対し拒絶反応を示しているように見える。

「……まぁ、落ち着け、少女。俺はどうこうするつもりはない」
「信じられん」
「そりゃそうか。だが、君さえ良ければ俺は君を保護をしたいんだが。お腹が空いているならなにか食べさせる。後はそんなボロボロじゃ衛生的にも良くないし、風呂でも入るか? この屋敷が一応俺の屋敷だからな」
「……風呂に入った後襲うつもりの幼女趣味ロリコンか?」
「違うわい。っていうか自分でロリ言うなや」
「どちらにせよ信じられるものか。貴族なんぞ、どいつもこいつも似たような奴らばかりだ。裏でなにを考えているかなど分からん」
「……これは手強いな……後、服をきちんと着ろ。破れて色々と見えてるぞ」
「やはり幼女趣味ロリコンか……十歳程度の胸や局部で興奮するのか……」
「違うって言っているだろうが」

 新しいご主人様と彼女は互いに緊張感を持つ。
 逃げようとしている彼女と、どう動いても対応できるように動けるようにしている新しいご主人様。
 私は……どうすればいのだろうか。なにかをするべきなのだろうか。
 あとロリコンとはなんだろうか。聞いてみたいが、聞く権利は私には無い。

「貴族に施しを受けるくらいなら、なにも受けない方が――」
「あー、もう、うるせぇ!」
『っ!?』

 新しいご主人様の大きな声に、彼女だけでなく私もビクッと身体を強張らせる。
 そして新しいご主人様は彼女に一瞬で近付き、肩を掴む。

「こちとら慣れない領主仕事な上に、領民は領主に不信感しかないし、信用を得るのに四苦八苦しているのに今更ごちゃごちゃしていられん! もう無理矢理にでも言う事聞かせるぞ!」
「なっ、やはりお前はそういった趣味か! は、離せ、くっ、なんだこの力は……! ぼくは誰にも縛られる気はない!」
「うるせぇ文句言うならゴスロリ着せるぞ! 似合いそうだからな!」
「ゴスロリ……とはなんだ!?」

 ゴスロリとはなんだろうか。
 新たなご主人様はよくこういったよく分からない事を口走る。

「綺麗にしてお腹いっぱいにしてドレスアップして目指せ灰被りの姫にプロデュース!」
「なんだこの男!?」

 本当に新しいご主人様はなんなのだろう。

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