追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

息子の相談_4(:菫)


View.ヴァイオレット


 バレンタインデー。
 それは一年に一度、愛を打ち明けていい日。日本NIHONにおける伝説的日だという。
 想う相手に対してチョコを贈る事で自身の気持ちを伝える。なんとそんな日を国が認めているというのだ。
 国中が色めき立ち、ある者は狂喜し、ある者は落胆する恐るべき日。
 チョコレートを受け取って貰えば晴れて両想いになり。
 チョコレートを渡せない。受け取って貰えない。渡されすらしない者には血の涙を流す。
 そして多くの者に渡される者には修羅場となり血を見る可能性がある。

「――それがバレンタインデーなのです!」

 という説明を、宿屋の厨房にて調査に関しての打ち合わせをしていたメアリーに聞いた。
 打ち合わせは私達が来る頃に丁度一区切りがつき、聞くと快く話してはくれ、現在メアリーに教わりながらチョコレートを調理している訳なのだが……

「な、なんという事だ……!」
「そのような日があるのですね……!」
「メアリーさんとかが居た日本NIHONってどんななのだろう……」
「……なんとなくだけど、大袈裟な気もするね」

 日本NIHONとはそんな日を公に認めていると言うのか。なんと恐ろしい国だというのだ。
 国は場を作る。代わりに血を見る覚悟をしろ。そういう事なのだな。
 だが想いを伝えるとはそういうモノなのかもしれない。覚悟も無しに想いを伝えるなどは何処の国、何処の世界であろうと出来ないという事か……!

「しかし私の誕生日がそのような日だとはな……しかも旧家名のバレンタインの、日。偶然とはいえ、なにかを感じてしまうな」
「ああ、それは多分貴女が――」
「多分私が?」
「あ、貴女が偶然そんな日に産まれるなんて、まさに恋を叶えると祝福されている証拠なんじゃないでしょうか」
「? そうか……?」
「そうなのですっ!」

 私が問い返すと、メアリーが少々戸惑った様子でそのような事を言いだす。なにかを言おうとしたが、なにかに気付き内容を変えた気がする。
 だが私が疑問に思った事は偶々一致しただけだろう事なので、そんなに重要な事でも無いだろう。

「とはいえ、私も前世の幼少期以降は経験していませんけどね。本などでは多くは見たんですがね」
「そうなのですか? ……あ、メアリー様、融け具合はこの程度でしょうか?」
「見せてください。……そうですね、この程度でしょうか。ヴァイオレット、泡は立ちましたか?」
「少々待ってくれ。意外と難しい」
「変わろうか? そういう力仕事は先輩に任せなさい」
「いや、必要ない。折角なら一から十までやりたいからな。心遣いは感謝する」
「そうかい。それは差し出がましい事を言ってしまったね。じゃあ道具や材料で足りないものがあるなら言いなさい。そのくらいは見ている私やシルバくんでも出来るから……あ、薄力粉は用意しておくよ」
「感謝する」
「ありがとうございます」

 話しながら、私達はチョコレートを使用した調理……チョコケーキを作る作業を続行する。
 作っている場所はクロ殿に内緒にしたいので、屋敷のは使わずに宿屋の厨房を借りている。作るのが私とグレイ。手伝いチェックとレシピがメアリー。シルバとエクルは見学だ。
 初めは全員が作る、という話であったのだが、シュバルツから仕入れたチョコレートが材料不足により断念。シュバルツも宿屋に居たので聞いたのだが、次の仕入れには時間がかかるらしい。そこで私とグレイで作っているのである。

「他にもチョコレートを身体に纏って“食・べ・て。はーと”というのもあるそうなんですが……」
「衛生的に良くないのではないか?」
「それにそのような量は有りませんし、服にシミが付いてしまいます」
「ですよね。私も噂であるというのは聞いていたんですが、食べ物を粗末にするのは駄目ですよね。服の素材にも気を使わないと駄目ですし」
「…………」
「あれ、どうかしたのエクル先輩?」
「……何故かは分からないけど、根本がズレている気がするんだ」
「そうなの?」

 チョコレートを身体に纏う……か。仮に出来たとしても、ようはクロ殿が私の服のチョコを吸う事になるが……あまり見たくないな。
 む、まさか肌に直接……ないな。

「しかしチョコレートをケーキに出来るなんてね……流石はメアリーさん、色んな料理のレシピを知っているんだね!」
「ふふ、お褒め頂きありがとうございます、シルバ君」
「やっぱり前世? の知識があってそんなに多く作れるの?」
「……ええ、まぁ多少はですが」

 メアリーは学園でも料理をしていたな。当時の私は自ら料理をする事を好ましく思っていなかった上に、ヴァーミリオン殿下にも食べさせていたから目の敵にしていたが……思い返すと、弁当などは彩り豊かであり、ヴァーミリオン殿下も美味しいと言っていた記憶がある。あれは前世の知識をもってのものだったのだろうか?

「このチョコもやっぱり前世で一杯食べて、色んな料理アレンジをしていたの?」
「ごめんなさい、実は私、チョコレートを食べた事がないんです……」

 しかしメアリーからの返事は予想とは違い、知らないというモノであった。申し訳なさそうな表情と共に、私達に謝罪をする。

「え、そうなのですか? クロ様は国ですぐ見つかるほどには流通していると聞いたのですが……」
「ああ、いえ、正確には食べた事は有ると思うんです。ですが……“味”を知らなかったもので、どうすれば美味しいのか、や元々どういった味なのか、を知らないんです。レシピは……前世で一番身近に居た人が作っていたのを覚えていたと言いますか……」
『……?』

 メアリーの言葉に、グレイとシルバが不思議そうな表情をする。
 ……そういえばメアリーは前世で病弱であり、食事もままならなかったらしいな。
 そうなると前世の食に関して聞くのはあまり良くなかった事かもしれない。

「私の事は良いのです。それよりも……」
「? 私めがどうかされましたか?」

 悪い雰囲気になっていると感じたのか、メアリーは話題を逸らすためにメレンゲを作ろうとしているグレイを見る。

「そういえばグレイ君とアプリコットの馴れ初めとか聞いていなかったな、と思いまして。ほら、今のように好きと伝えようとする前の、師匠と弟子の関係になるキッカケがあったりしたのでしょう?」

 そして微笑みながらグレイにそう尋ねた。
 どこかウキウキしている辺り……話を変える目的の他に、恋愛話をするのが楽しそうにしているようにも見える。……こうして見ると、年齢相応の少女に見えるな。

「キッカケ……ですか」
「他にも出会いとかでも良いですよ?」

 それは私も気になるが……アプリコットのシキに来た理由を考えると、あまり良いモノではない気がするな。
 グレイが話したがらないようであったのならば、私がフォローをするか。気になると言えば気になりはするが……

「出会いは……私めがアプリコット様の服を破ってひん剥きました」
「なにがあったのです」

 本当になにがあったんだ。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品