追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

知らぬ内の巻き込まれ_3


においは気にしないでください。……においは気にしないでください」

 何故二回言ったのだろう。
 そうツッコミたいが乙女心という事にしておこう。においではなく香りだとフォローはした方が……いや、止めておこう。下手に触れてはいけない。

「クロ、私には前世がどういうものかは想像できませんし、前世持ちの皆がなにを抱えているかは分かりません」

 ダンボールをかぶせた状態のまま、スカイさんは聞き取りやすいようにハッキリとした声で俺に話しかけて来た。

「ですから私の勘違いであれば申し訳ないのですが、あまり思いつめないでくださいね」
「思いつめる、ですか?」
「ええ、このダンボールを見てなにか思う所があったから怖い顔をしたのかと思いまして」

 どうやら俺がダンボールに対して興味深そうや懐かしむ表情でなく、警戒心を抱いていたからスカイさんに気を使われているようだ。警戒心を抱いていたのは事実であるし。
 恐らくダンボールを被せているのは視界を防ぐことで、一度思考をリセットさせるためなのだろう。扱い的にはまるで猫っぽいが……それはともかく、気を使われるとは情けない話である。

「気を使わせてしまったようで、申し訳ありません」
「私が勝手に思っただけですから……」
「いえ、ちょっと思う所があったのは確かですから」
「それならば良かったのですが……その、クロは頼っても良いと思いますよ。前世があるとか前世がないとか関係無しに、周囲を巻き込んでも。私やバレン……ヴァイオレットも同じように思うでしょうから」

 ……そういう所まで見抜かれているか。
 別に強制はしないが、独りで考えるなとスカイさんは言いたいのだろう。彼女なりの優しさと言うべきか、らしさと言うべきか。
 社交辞令などではなく、頼れば協力してくれるかもしれないが……正直言うならば、

『この世界の歴史や世界、そして貴女は俺達の世界で物語ゲーム上と似た存在であった。そしてそれを利用しようとしているモノが居る』

 ……なんて言われて、信じるかと問われれば、正直俺は反応が怖い。
 精神を疑われるというよりは……もっと別ななにか根深いモノな気がするからだ。
 俺が元はどうあれ、今は個として見ているとしても、偶に利用するのも確かであるし……昔はこうやってぐちぐち悩む相手キャラとか嫌いだったのに、俺がそうなるとは情けない話だ。

「無理は言いませんから、私にも少し共有してもらえたら嬉しいです。私だって鍛えているんですから! 特に腹筋を!」
「はい、よく知っています。素晴らしい腹筋でしたよ」
「ふふん、でしょう。また触りますか!?」
「愛する妻に申し訳ないので遠慮いたします」
「……そうですか。ではヴァイオレットの許可を得ますね。――、――――」

 どういうシチュなんだろう、それ。あとちょっと言葉が聞き取れなかったな。
 でもなんでそんなに腹筋を誇って――ああ、そういえばあの乙女ゲームカサスではシャトルーズに「細すぎて折れそうだ」みたいな事を言われて、鍛え始めたとかいう設定が――ああ、まただな。

「…………」
「? クロ、どうかしました?」
「いえ、こういう暗くて狭い所だと結構色々考えられるな、って思いましてね」
「ああ、ですよね。私も興味深くて、私程度なら入れそうだったので入ったのですが……新たな体験でした」

 俺はまた沈みかけたが、今はスカイさんに表情も見られないので適当に話を逸らした。
 実際こういう“すぐ広い空間に出られて身動きは取れる狭い空間”というのは妙に落ち着くのは確かだ。若干紙の他に甘い香りがするので落ち着かない所もあるが。
 それにしても結局このダンボールはなんなのだろう。
 スカイさんが興味を抱く珍しい存在のダンボール。

「なんでしょうね、木箱や金属とは違う感じと言いますか……妙にフィットすると言いますか……」

 そう、真面目な騎士候補のスカイさんがこうして興味を抱くほどの……

「それにダンボールの中って結構落ち着くんですよ! なんと言うべきか私はこの中に居る事で安らぎを得るという事を思い出したんです!」

 ……ん、あれ?

「私は風呂での行為から隠れるために緊急措置としてダンボールを被ったのですが、これが不思議な事に落ち着くんです! 安らぎを得ることが出来るんです!」
「え、スカイ?」
「母体回帰とは違いますが、中に居る事で“私達はここにあるべきだ”という使命感……そう、私が服を着ずに入ったのも必然であったと言うべきか、被る事が運命づけられていたと言うべきなのでしょうか……!」
「おーい、スカイさんやーい」

 あれ、なんだかスカイさんになにか別のモノが宿っていないだろうか。
 俺はまだ被っている状態なので表情が見えないが、興奮しているのは気のせいか。

「そうです、クロも身体全体を被って見てくださいれんけの! そうすれば分かると思いますうんや。さぁ、さぁ、さぁ!」
「え、あの、スカイ、興奮して訛りが出てますが、落ち着いてください!?」
「訛りくらい別に良いのですだんね。それよりもクロにこの私が抱いた想いを感じて欲しいんです!」

 駄目だこれ、下手に逆らない方が良い。このまま断っていくと先程のスカイさんのように服を脱いで入って見てとか言いだしかねない。それは流石に勘弁願いたいので、素直にスカイさんの言う事を聞く事にした。
 ダンボールを被ったまま正座をするように膝を折り、頭を下げてダンボールを被れるよなサイズに俺の身体をし縮める。
 そしてスカイさんが外から俺の身体を覆うようにダンボールを調整して――

「どうでしょうか!」
「…………良いですねー」

 俺はダンボールの中に入るという経験をした。今まで顔だけなら合ったが、身体全体はなかった事ではあるので、ある意味初体験ではある。
 感想を聞かれたので、とりあえず良いと答えはしたが……正直なにやってんだろうという思いが強い。さっきまで俺は仮面の男とか割とシリアスに考えていたと思うのだが、今はダンボールを持ちあげる用の手を差し込む穴以外には光が見えない暗闇の中だ。確かに視界的には落ち着くと言えば落ち着くが、嗅覚的には少し落ち着かない。

「このダンボールというものは良いです! ―――――で、――ならば、――シニストラ家も――として――!」

 それに外で興奮しているだろうスカイさんの声も聞き取り辛い。
 だがなにか言っているのは確かだ。……俺はいつまでこうしてればいいのだろうか。

「……――。私は貴方の――たよ。――――」

 ――って、あれ、今スカイさんがなにか言ったような……?
 多分ダンボールに関してではなく、俺に向かって……

「クロ、どうでしょう、良かったですか?」
「え? ああ、はい、こんな経験は無かったですが、落ち着くと思いました」
「ですよねっ」

 俺が疑問に思っていると、声をかけられてから少し経ってからダンボールの端があげられ俺の顔が外に出る。
 先程と変わらないテンションの高いスカイさんだが、何処か違和感があるような……

「……なにをしているんだ、お前達」

 と、スカイさんに対して疑問を思っていると、第三者から声をかけられた。
 ダンボールを被っていないのでよく聞こえる声。その声の持ち主は俺の愛しの女性の……

「先程メアリーやアッシュが来て、壁が壊れている事や使用禁止の張り紙を貼ったと聞いてな。元々クロ殿が貼ったはずなのにおかしいと思い、念のために伝えようと来てみた訳だが……」

 そう、ヴァイオレットさん。
 俺達の様子を見て非難する訳でも嫉妬している訳でもない――逆に表情があった方がありがたいほどの無表情でこちらを見ていた。

「……聞かせて貰えるだろうか。その王国には無いダンボールを箱にしてクロ殿が被っている理由を。そしてスカイが鎧もつけずに、この温泉でクロ殿の近くに居る理由を」

 ダンボールを被っただけなので、やましい事では無いのだろうが……先程少しダンボールの中でヴァイオレットさんとは違う女性の香りにドキドキしたのは本当だし、若干後ろめたい事があったのだろう。
 とりあえず俺は立ち上がって近付き、ヴァイオレットさんに言い訳をした。

「つまりは……ダンボール故にダンボールなんです!」
「落ち着いてくれ、クロ殿」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品