追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

よくある温泉混浴ハプニング_2(:偽)


View.メアリー


 外で裸の状態でダンボールを被る。
 恐らく女性……というか男性であろうと普通はやらない行動でしょう。やったからといって特別でも無いですし、凄いという事でも無いですし、良い経験という訳でもありません。
 とにかく今の私はいかにしてこの状況を切り抜けられるかを思案していました。

――脱衣所が二つある事や、その脱衣所に衣服がある事に気付かれたらアウトです……!

 脱衣所が二つあるならばまだ混浴程度に思われるかもしれませんが、私の衣服がある事に気付かれたら駄目です、終わりです。
 隠れている事に気付かれて……私が隠れてでも男性の裸を見たかったという痴女になります。
 お湯の状態を確認しているアッシュ君や、湯気でのメガネの曇りが収まるまで何度もレンズを拭いているエクル先輩に気付かれぬようにしなければなりません。どうにかしてこの状況を脱しなければなりません……!
 ……後からよくよく考えればしばらく気まずさは残るでしょうが、最初に仕切りが壊れている事などを伝えれば良かったのですがね。この時の私は今までにない緊張とある意味の興奮でまともな思考が出来なかったんだと思います。ダンボールもそうですから。というかなんで私は隠れているんでしょう。

――下手に【認識阻害】などの魔法を使えば、発動時の魔法の流れでバレる可能性だってありますね。この二人は魔法に優れていますから、隠密系はNGです……!

 しかし私はこの状況を如何にしてバレないように脱するかという事だけを考えていました。
 ……いえ、むしろこのまま動かずにいましょうか。タオル一枚でほぼ裸ですが、ダンボールの中は風も当たらなくて意外と暖か――くないですね。今は大丈夫ですが、風も入りますしこのまま十分以上放置されれば風邪をひきそうです。
 それに……

「ふぅ、ようやく眼鏡が曇らなくなったよ。さっそく入ろうか」
「え、ええ……そうですね」
「ん、どうしたのかな――ああ、もしかして誰かと一緒に入るのに慣れていないのかな?」
「うっ……はい。幼少期以降は独りで入っていましたし、偶にヴァーミリオン達とも入ってはいましたが……あまり良いモノだとは思っていませんでしたから」
「はは、アッシュくんは以前は身分差のある者同士が一緒に行動する、ってあまり好かなかったからね。以前は私の事を呼び捨てだったけど、今は先輩呼びだからね」
「う……昔の話です。メアリーのお陰で変わったのです」
「まぁ本来私が敬わないといけないから、呼び捨ては間違っていないのだろうけど。――どれ、恥ずかしいなら先輩が脱がせてあげようか。誰かにやって貰えば気が楽だよ」
「じ、自分で脱げます!」

 視界を確保するようにと開けておいた穴から見え、そして聞こえる声が私を惑わせます。
 べ、別に男性の肌を見た程度で照れるような初心なかまととぶっている女では私は無いです。男性の肌くらい何度も触れましたし、見ました。今更平気なのです。
 惑わされずに脱出をしなければ……

――絵師さんの特徴的に筋肉はあまり有りませんでしたが、意外と――はっ、イケません!?

 冗談で脱がせようとして、着衣が乱れたアッシュ君とエクル先輩を見ようとして、自分の行動をすぐに取りやめました。流石に意識していない相手の裸などを見るのは失礼ですし、犯罪です。例え己が欲求が満たされても、やってはいけない事です。
 ……壁ドンして迫られる方がシャツのボタンを少し外して、迫る側がシャツの中に指を入れて胸板が見えるシチュエーションとか良いですよね。今のエクル先輩はそんな感じの事をしていました。
 夏にはシャツで汗を拭いて見えるへそチラとか良いですよね。あの時はまだこの世界をゲームの世界だと思っていましたから、今年の夏は……ってそうじゃありません。
 早く脱出しなくてはなりません。まだ更衣室ならば、私の位置は遠いですから今のうちに移動をしなくてはなりません。

「ふぅ、気持ち良いねぇ」
「……エクル先輩は温泉に慣れているので?」
「結構入っていたよ。……恥ずかしいなら湯着でも着たらどうだい?」
「い、いえ、郷に入っては郷に従えです。……他に客も居ないようですし、意外と良いのかもしれませんね……外のお風呂というのも良いかもしれません……ふぅ……」
「はは、早速くつろいでいるね」

 もう入っています!?
 脱ぐの早くないですか? 男性は女性よりも脱ぐものが少ないからでしょうか、それとも髪を纏めなくても良いからなのでは……あ、アッシュ君は纏めるんですね。長いですから――って駄目です。見ては駄目です……!
 今は脱出を……というか動き辛いですね。派手に動くとバレそうですし……ゆっくりと……

「エクル先輩、アレなんだと思います?」
「アレ?」

 その聞こえた声に、私はビクッとなります。
 ば、バレました!? この伝説の蛇が偽装として選んだこの巧妙な被り物がバレたのでしょうか……!

「あの……壁? の所ですよ。壊れているように思えません?」
「……確かにそう見えるね」

 ほっ、良かった。私の事では無いようです。
 ……もしやこのまま待っていれば、仕切りが壊れ、混浴になっていると気付くかもしれません。そうすればアッシュ君達も去って……

「まぁ見えるだけかもしれないよ。その先も温泉だし、外に続く場所が壊れている訳でも無いから、外からは見えないだろう」
「もしあれが男女の仕切りだったら……」
「混浴なら混浴で良いモノさ。お風呂なんだから堂々としてれば良いんだよ」
「……あまり婦女子との入浴は良くないと思うのですが」
「そうかもしれないけど、それも温泉の醍醐味というやつさ。いわゆる裸の付き合い、というやつだよ」

 ……行く気配が無いですね。
 というかエクル先輩って意外と温泉慣れしているんですね。……あ、そういえば実家が雪が降る所で温泉地(実地研修イベントで行く温泉地とは違う場所)だった気がしますから、慣れているのかもしれません。カサスではあまり出てきませんがね。
 ですがエクル先輩は混浴OKですか……湯気も濃いですし、今のうちにこっそり入って、ぼーっとしていて気付かなかった、という風を装えば行けるかもしれません。
 互いに多少は恥ずかしいですが、元々事故なんですからいけるはずです。……初めからそうすれば良かったのでは? ……考えないようにしましょう。

「……エクル先輩、一つ聞いて良いですか?」
「ん、身長とか体重とか? あるいは今まで付き合った異性の数?」
「違います。……メアリーの前世の件です」

 私はダンボールから出ようと考えましたが――その言葉に、出ようとしていた手が止まりました。

「メアリーくんの前世、か。まさか彼女も話すとは思わなかったよ」
「彼女?」
「クリームヒルトくんやクロくんも話してはいたけど、彼女も話すとは、という意味だよ。……で、それがどうかしたのかな?」
「エクル先輩は……前世の話を聞いてどう思いましたか? 率直な話を聞きたいのです」

 ……この話は聞いては駄目だと分かっています。
 私が居ない所だからこその会話であって、私が聞いては駄目な事。耳を塞がなくてはならないのに……私はどう思われているか気になってしまいます。
 耳を塞げば、周囲の声が分からなくなるから、分からなくなって周囲を気付かず隠れていたのがバレる。……そんなもっともらしい言い訳を自分の中に作るのが、自己嫌悪になります。

「さて、ね。私が気になるのは……何処まで覚えているかという事かな?」
「何処まで?」

 私がやはり耳を塞ごうと思っていると、その聞こえた声に手が止まります。
 ……どういう意味でしょうか?

「メアリーくんもそうだけど、彼女らが前世……もし自分の死すらも覚えているのならば、それはどう思うのか、ってね」

 死。
 クロさん達には聞いていませんが、私の記憶では、ずっと動けずにいたベッドの上で痛みの中、お世話になっていた淡黄シキさんと別れた後に独りで静かに息を引き取ったと思います。

「事故だろうと病死だろうと、死を経験した事を覚えているのならば、それに関する事はトラウマになっている可能性がある。もし心の傷を見せないだけで抱えているのならば、支えようかな、とは思ったね」
「……成程」

 ……そういう事を気にされていたのですね。
 卑怯ではありますが、今度それらしく私の死はトラウマではないと言っておいたほうが良いかもしれません。

「それが一番気になった事かな。まぁ前世があろうとなかろうと、彼女はメアリー・スーという私の好きな女の子、という事には変わりないからね」
「……そうですね」
「過ごした年数は多いけど、偶に子供っぽいし……聞いた所で年下にしか思えないからね……」
「……そうですね……大人びてはいますが偶に子供っぽい所が……」

 え、アッシュ君も納得するのですか。
 ……もう少し落ち着いたほうが良いのでしょうか。

「だけどそこが良いのだろう?」
「はい――って、なにを言わせるんです」
「はは、まぁ良いじゃないか。先輩にどーんと話してごらん!」
「わ、ちょっとエクル先輩、何処触っているんですか!?」
「肩に腕を回した程度だよ。この位のスキンシップが裸の付き合いというものだよ!
「絶対違うと思います!」
「初めてだから知らないだけなんだよ――さぁ、アッシュくん、先輩に話してごらん……」
「無駄に色っぽい声で言わないでください……!」

 ……エクル先輩×アッシュ君……確か乙女ゲームでのカサスではそんなカップリングが……って、生モノはやめましょう。
 ですがこの距離感……男性同士の温泉特有のものというやつでしょうか。あざとい、あざといですよ……!








とある屋敷


「――はっ、なんだか許してはならない事が起きた気がする!」
「え、急にどうしたクリームヒルト」
「BLって言うのはね、あざとく絡まれると萎えるんだよ!」
「は?」
「もちろんそういった方面に特化している作品ならば良いんだよ。だけどBLっていうのは見出すものであって露骨にプッシュされるのは駄目なんだよ。何気なく、友情、同性同士故の距離感……私達は自らの手と目と脳で考え解釈を広げる事で初めての推しが生まれるんだよ!」
「よく分からんがさっさと寝ろ」

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