追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ハプニングの前哨
「それでは……失礼します……!」
「あ、エフさん!?」
ラッキースケベイとかいう、よく分からない事を言いエフさんは温泉の建物から去って行った。追いかけようにもこの状態では追い駆けられない。
ヴァイオレットさんはどうやら言葉の意味に疑問し、自身が密着している所を見られた程度にしか思っていないようだ。
「とりあえず……早く上がりましょうか。タオルがあるんで、軽く拭いて早く羽織ってください」
「早く……? ああ、そうだな。湯気で服も濡れて……濡れ、て…………!?」
まずは温泉から出る事を提案すると、ヴァイオレットさんも気を取り直して俺の言葉に頷き、自身の服の状態を見る。そして濡れて服が張り付き、下着の色が分かる程度に僅かに透けているのに気付いていた。
すると俺の方を見て、俺が視線を逸らしたので俺が気付いている事にも気付かれた。
「は、早く出よう。グレイ達の様子も気になるからな!」
「で、ですね!」
意識しても偶に恥ずかしがるヴァイオレットさんだ。意識していない所でこういう状態になって、気付いたからには相当恥ずかしいだろう。
そしてその件には触れず、互いに気恥ずかしい雰囲気になったまま温泉から出て、羽織っていたものやタオルが置いてある場所へと移動する。
なんとなく互いに背中合わせで自身を拭き、素早く服を着る。
「……クロ殿の濡れた姿に見惚れている場合じゃなかった……よく考えれば私にも起こると分かり切った事じゃないか……」
着替えている時になにか小さな声でヴァイオレットさんが呟いた気がしたが、気恥ずかしくて内容まで聞き取れる余裕はなかった。
「き、着替えられましたか?」
「あ、ああ。では早く出ようか」
「はい」
振り返らずに着替えたのかを確認し、ちょっと視線を合わせづらいまま温泉の建物を出ようとする。
そして出る前にチラリと様子を確認し……一瞬目が合い、すぐにまた眼を逸らす。なんだかさらに気恥ずかしい。
「おー、お疲れークロー。で、どうだった? 使う分には問題無さそう?」
俺達が建物から出ると、シアンが腕の怪我で上手く動かせないクリームヒルトの代わりに髪を拭きながら聞いて来た。
「ああ、石もどかしたし、後は窪みと仕切りをどうにかすれば問題無さそうだ」
「そっか、良かった」
そう言うとシアンはロボにタオルを投げる。
ロボはタオルを受け取り、胸のよく分からない収納スペースにシュイーンと音を鳴らしながら収納した。相変わらずのよく分からない機能である。
「あの……先程と、温泉の事……ごめんなさい……」
「いや、ですからエフさんのせいじゃないですって」
「あと……ラッキースケベイも……ごめんなさい……」
「それもエフさんのせいでは無いです。そしてクリームヒルト。お前はエフさんに変な事を吹き込むな」
「え、なんで分かったの?」
「分かるに決まっているだろうが」
そして先程までフード被っていたが、今は脱いで顔が見えている状態のエフさんが再び俺達に謝って来た。
彼女は何故こんなにも謝るのだろうか。隕石なんて予想が出来るモノではないし、彼女のせいという訳では無いだろうに。
「やはり貴女様は――」
「…………」
「どうかしましたか、ヴァイオレットさん」
「……いや、なんでもない」
「?」
そして謝るエフさんを見てヴァイオレットさんがなにかを言おうとしたが、エフさんの様子を見て言うのをやめていた。
なにかは気になるが、言うのをやめていたからにはなにか考えがあるのだろう。ならば問い詰めはしまい。
「クロ様、温泉はどうされるのです?」
「とりあえず使用禁止の紙を貼って、後始末は明日にするよ。今日はもう寒いし、灯はあるけど暗いと危ないしな」
「分かりました」
「ああ、それと今日の夕食は神父様の作成でシアン達と一緒だ」
「そうなのですか? 神父様の料理は久しぶりですね。……あ、クロ様、よろしいでしょうか」
「ん?」
俺が用意していた紙をロボから受け取っていると、グレイが周囲の様子を確認してから俺に近寄って来た。
そしてなにやら周囲に聞かれたくないような仕草を取ったので、少し屈んで身長を合わせてグレイが耳打ちしやすいようにする。
「エフ様もその夕食の相伴にあずかる事は出来るでしょうか」
「別に構わないだろうが……エフさんか、バーガンティー殿下次第じゃないか?」
「許可は私めがとりますので、お願いできますか?」
「あ、ああ」
なんだかよく分からないが、グレイが妙に積極的だな。エフさんになにか思う所でもあるのだろうか。
そういえばクリームヒルトもさっき謝るエフさんに対して、妙な反応を示していたな。エフさんが“私のせい”というのになにか関係があるのだろうか。
「あの……私はこれで……失礼します……バーガンティー、様の……所に……戻ります……」
「そうはいかないよ、グレイ君!」
「はい、クリームヒルトちゃん!」
「は、離して……! 分かるでしょ……私が服を脱いで入った……だけで……隕石が……!」
「あはは、そんな偶然一々気にしてられないよ!」
「あはは、そうです! エフ様、どうでしょう、親睦を深めるために夕食をご一緒に摂りませんか!」
「あはは、良いねそれ! 温泉は途中で断念されたからね!」
「あはは、良いですよね!」
「…………」
グレイとクリームヒルトが、エフさんの両腕をとってなにやらわちゃわちゃとやっている。俺やヴァイオレットさん、ロボはよく分からない光景に成すがまま見ている。
シアンだけはなにか気付いたかのような視線で見ているが……詳細までは分かっていないような感じだ。
あとグレイがクリームヒルトの笑い方をマネしているな。別に構わないといえば構わないのだが。
とりあえず俺は使用禁止と紙に書いて、男湯女湯の扉に貼っておこう。書くモノ……ええと、何処にやったかな……
「ドウゾ」
「お、ありがとうロボ」
書くモノを探し、見つからずにまさぐっていると、亜空間からペンを取り出したロボに渡されたので、感謝しつつ受け取る。
使用、禁止、と。これでよし。
「おーい、そろそろ帰るぞー」
そして使用禁止と書かれた紙を二枚書き、男湯と女湯、それぞれの扉に張り付けた。
きちんと張ったのを確認すると、なにやら騒がしいグレイ達に声をかけ、帰るよう伝える。
見るとエフさんがぐったりとしていた。……クリームヒルトがこちらを見てサムズアップしている辺り、説得に成功したようだ。
ついでだし、ロボも夕食に出も誘っておこうか……と思っていると、ヴァイオレットさんが俺に近寄って来た。
「ところでクロ殿、一つ聞きたいのだが……」
「はい、どうされました?」
そして周囲の様子を確認し、少し背を低くするようなジェスチャーを取る。
……なんだろう、さっきのグレイのを見て真似したくなったのだろうか。可愛い。
「ラッキースケベイ、とはなんだ? 先程の私達の様子を言うらしいのだが……」
「…………帰りましょうか」
「え、クロ殿!?」
耳打ちされて息が耳にあたる事に照れつつ戸惑っていたが、聞かれたからには答えようと思っていたが、内容が内容だけになんだか答え辛い事を聞かれたので、俺は屈んだ体勢を戻して帰ろうと伝えた。
ごめんなさいヴァイオレットさん。俺が今その事を伝えると先程の事を思い出してオーバーヒートしそうなので答えられません
悪いですがこの場は去らせて頂きます。
「……後でクリームヒルトに聞いたほうが良いのだろうか……異性には話辛い事、というやつかもしれんし……」
……呟いた言葉が気になったが、クリームヒルトなら多分大丈夫だろう。多分。
そう思いつつ、俺は歩を早めるのであった。
だがこの時は知らなかった。
使用禁止と言う紙を貼り、修理などは明日にすれば良いやと言う考えが知らぬ間にあのような事を引き起こすなど。
慌てて去らずに、紙の貼り具合を確認すれば良かったと……
備考
温泉+男女の更衣室は無事+仕切りが壊れている=?
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