追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ラッキー(?)なスケベイ_5(:灰)
View.グレイ
「あはは、それにしてもまだまだ寒いねぇ。……あ、そうだ、晩御飯前に温泉でも行く?」
「……温泉……確か……皆で入る……大きな……お風呂……?」
「そうそう、友達になった親睦を深めるためにね! ……って、入った事ないの?」
「不特定が居る場所に……あまり……行かなかった……から……」
「成程ねー」
事故で何故か上着が八割方消失したクリームヒルトちゃんは、私の上着を羽織りながら提案した。
確かに私も羽織っていたものを貸したせいか、少々寒い。ここで一度温まるのも良いかもしれないが……
「私めも親睦を深めたいですが、男女別ですからね……」
「あ、そっかー。皆で裸の付き合いは出来ないかー。……グレイ君なら大丈夫だろうし、女湯来る?」
「行きたい所ではありますが……」
「……っ!?」
男女が分かれる前にはアプリコット様やエメラルド様など仲の良い女性陣と、ブラウンさんなども交えて一緒に入ってはいた。
皆さんで入る方が楽しいし、エフ様ともリラックスした状態で親睦を深めていきたいが……
「やめておきます。クロ様が“男女は別で入る”というルールをお決めになられた訳ですから、私めだけルールを破って良いという事にはなりませんから」
「あはは、それもそうだねー。じゃ、他にお客が居なければ仕切り越しに話そっか」
「良いですね」
「……ほっ」
親睦を深めるにしても、あくまでもルールの中での話である。社会に生きる以上はルールを守ってこそ社会に守られることが出来る、とクロ様も仰っていた。私はそれにならおう。同時にシキの皆様はそれを超えるなにかがあるとも言っていた気はしますが……
後エフ様が先程からなにやら顔を赤くしていたりするのは気のせいだろうか。
「……あ、でも……私この魔法の服無しに……なるのは……それに……裸を……見せるのは……少し恥ずかしい……」
「あはは、その運を抑える? 魔法とやらは私の錬金魔法でも代用をどうにか出来そうな感はあるけど……後者はね……」
「ご、ごめんなさい……クリームヒルトちゃん……以外に誰も……いなければ……え、代用……出来るの……?」
「うん、まぁねー。その隠されしたわわを見るためなら私に不可能などないよ!」
「たわわ……? なんか……私の……叔父さんみたい……」
たわわ……確かカーキー様から聞いて、神父様に聞こうとして結局聞けなかった単語だ。
女性の胸の話とは聞いては居るのだが、どういったものなのだろうか。やはりクロ様かアプリコット様に聞いたほうが良いだろうか?
「ふ、フゥーハハハ!! 弟子よ、ようやく見つけたぞ!」
と、思っているとアプリコット様が現れた。
いつもの黒き魔女服で、凛々しく美しいお姿だ。
だが息を少し荒げて、着衣も少し乱れている。なにやら慌てているようである。そんな姿も美しいので今すぐ抱きしめて好きを証明したいが、まだ早いだろうか。
「あれ、どうしたのアプリコットちゃん」
「ぜー……はー……ふ、ふふふふふ。なに、我、も、だな……」
「はい、蜂蜜と柚をつけた水だよ。まずは息を整えて」
「感謝する……んくっ」
あ、その飲み物を渡す役は私がやりたかった。私も用意しておけば……ええと確かこういう時にするという、口移し? とやらを出来たかもしれないのに。
それにしても何故アプリコット様はそんなに息を切らしていたのだろう? クリームヒルトちゃんが渡された飲み物を飲み、息を整えると。いつものマントを翻しポーズを取る。
「フゥーハハハハ! 弟子よ、我を置いて創造穀と豊穣地と会合せシ時を得ているとはな!」
「はい、仲良くさせて頂いてますが……」
「だが、その……『仲良く肩を抱いていると、は、羨ましい、ぞ』! 我を差し置いてそうするなど……!」
え、今アプリコット様はなんと仰ったのだろう。
その前の言葉までは分かったのだが、急になにを話しているかが分からなくなった。
「ええと……彼女……なにを……言っているの……?」
「あはは、ようは気になっている男の子が、私や知らない可愛い子と一緒に歩いているのを見て嫉妬かつ慌てているんだよ」
「へぇ……そんな仲なんだ……」
「そこ、適当な事を言うではない!」
「あはは、隠したつもりかもしれないけど、私日本語分かるし!」
「ぐっ、そうであった……!」
「……にほん、語……?」
成程、日本語か。クロ様曰く前世の世界では世界一難しい言語と言われているのに、すぐに覚えることが出来るとは流石はアプリコット様である。あとクリームヒルトちゃんがなにやら小声でエフ様に言っていたが、なんなのだろう。エフ様も何故か私とアプリコット様を興味深そうに見ている。
「ともかく弟子よ! 午前はあ、あのような事が起きたが、今は――」
アプリコット様は何故か顔を赤くした後、再び私の方を見て近付いて来ようとする。
そしてその足元には、
「あっ」
「えっ」
足元には先程の雷とクリームヒルトちゃんの蹴りによって砕けた木の一部があり。
それに思い切り躓いて――
「のぅわっ!?」
「アプリコ――んぷ!」
私目掛けてタックルをして来た。
そのままアプリコット様が私に倒れ込み、私は抑えきれずに一緒に倒れてしまう。
「おお、ラッキースケベイ!?」
「ス、スケ……? 今のは……私のせい……?」
倒れ込んだ瞬間、なにやらそのような会話が聞こえて来た。
いや、それはともかく今心配すべきはアプリコット様の怪我などの心配だ。
「申し訳ありません、私めが鍛えていれば受け止められたのですが……」
「い、いや、気にするでないぞ弟子よ。我の不注意であるからな。それより弟子は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。アプリコット様は?」
「我も平気だ」
咄嗟にアプリコット様が私の頭を抱え込む様にしてくださったため、特に怪我も痛む所も無い。むしろ柔らかい感触と心地良い温かさがある。
――近いですね。
この柔らかさと温かさは今目の前に居られるアプリコット様のものだ。
今の体勢は私を抱え込む様にして倒れ込まれたので、私が地面を背にして空を見て、アプリコット様が私を上から見るような体勢だ。
――これはまるで……私が押し倒された形のようです。
私を心配そうにのぞき込むアプリコット様の綺麗な杏色の目がとても近い。
お顔が近く、先程好きの証明でクロ様とヴァイオレット様の様にキスをした唇も近い。
……この状況ならば今すぐ好きの証明を再び出来るのではなかろうか。
そう思うと行動せずにはいられず、今すぐ――
「……弟子よ」
「はい、なんでしょう、アプリコット様――ん」
「――――」
好きの証明をしようと思っていると、アプリコット様の方から顔を寄せられ、キスをされた。
「お、おお……!」
「え、わわ……!?」
唐突な出来事に私は訳も分からず為されるがままになる。
というよりも動けない。今までのキスは私からであったので、される側がどうすれば良いかがよく分からない。
「――ふぅ。……ふ、ふふふふふふ! 弟子よ、我がやられっぱなしだと思うなよ!」
口を離したアプリコット様が、お顔を赤く染めながらいつもの調子で私にそのような事を言ってくる。
そしてそのまま固まる私からゆっくりと離れ、少し距離をとり、ポーズを決める。
「弟子よ、異性と仲良くするのも良いが、貴様は我の一番弟子なのだ! それを忘れるではない!」
「ええと、つまりそれはアプリコット様を一番に想えという事でしょうか? 当然です。家族としてはクロ様などもおりますが、女性として一番好きなのはアプリコット様ですよ」
「ああであるから――ああ、そう、か。分かっているのならば良いのだ……!」
「?」
私が想ってることを立ち上がりながら言うと、アプリコット様は何故か語尻を弱くしていった。なにやらポーズもふにゃッとしているのは気のせいか。
あとクリームヒルトちゃんが「カウンターを喰らった!」的なサムズアップをしているのは何故だろう。そんなに不思議な事を言ったのだろうか。
「で、ではな! それだけであるぞ、温かくして寝るのだぞ弟子よ! あとクリームヒルトさんと紅き眠れる獅子よ!」
「はい、アプリコット様も温かくしてお眠りください」
「……紅き……?」
「あはは、じゃあねー。結局私達の噂を聞いて嫉妬をして走り回ったアプリコットちゃんー」
「適当を言うでない!」
アプリコット様は再び私達の元から走って去って行った。あんなに急いでまた息切れしないだろうか。
それに結局私達になんの用があったのだろう。言おうとしていた事は転倒などで有耶無耶になった気もする。
よく分からないが……だが分かる事もある。
「エフ様」
「……え、は、はい……?」
「私も運などに関しては、基本はクリームヒルトちゃんと同じ意見ですが……もし今のが貴女が近くに居る事で起きた事ならば……それを私が貴女を称するならば、貴女は幸運の女性です」
「ありがとう……で良いのかな……?」
はい、良いのです。
クリームヒルトちゃんは不幸とは自身に理解できない事に対して自分を慰めるための言葉、と仰っていたが、今の私に取っての幸運と言う言葉は、今の状況に相応しいという事だけは分かった。
唇に残る、柔らかさを感じながら私の顔は不思議と熱かった。
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