追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ラッキー(?)なスケベイ_4(:灰)


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 一通りシキを見て回った。
 まだまだお見せする所はあるのだが、午後からで日も短いこの季節ではこの程度が限界だろう。
 それとバーガンティー様がエフ様の護衛をするならば変に連れ回しても良くないと途中で気付いたのもある。それに空に暗雲がたちこめて来た。天気が崩れる前に帰るとしよう。

「シキはいかがでしたか、エフ様?」

 常に私かクリームヒルトちゃんのどちらかが引っ張って案内したので、疲れているかもしれないと気を使いつつ、私は木陰で休んでいるエフ様に笑顔で問いかける。
 するとエフ様は私の問いに対し、俯いた体勢から私達の方を見てぎこちなく微笑んだ。

「うん……とても楽しかったよ……色んな個性的な……方々……ばかりだったから……」

 ……無理をしている。
 シアン様のように鋭くはない私ではあるが、私でも分かるほどに無理をして笑っていた。
 だがこれは私の大好きなシキを楽しんでくれなかったが、気を使っているのか、別のなにかは分からない。その別のなにかとは……

「エフちゃん、別にさっきから起きている事はエフちゃんのせいじゃないよ?」
「…………」

 そう、先程から起きている珍しい事が、エフ様が自分が居た事によるものだと思っているかもしれないという事。そしてクリームヒルトちゃんの問いかけの反応からして、エフ様が無理をしている理由がそれなようである。

「今は……この服のお陰で……抑えられているけど……やっぱり私は……忌み子……お母様は……違うし……やっぱり…………!」

 別段気にする事でも無いと思うのだが、エフ様は恐怖するように再びフードを被って、お顔を隠されてしまう。
 さらにはよく分からない言葉も仰って震えだす。……こういう時、どういう風にお声をおかけすれば良いのだろうか。私の時は確かクロ様が――

「エフちゃーん。大丈夫、大丈夫だからね。エフちゃんのせいじゃないよ」

 そう、今のクリームヒルトちゃんのように顔を近付けて、優しく微笑みながら、優しく声をかけてくださった。
 ……クリームヒルトちゃんは前世とやらでクロ様の妹君であったそうだが、こういうのを見ると兄妹なんだと思える。

「でも……お兄様達も……お姉様達も……怪我をして……ティー、様、も、昔私を……庇って……!」
「あはは、だから違うよ」
「やっぱり、私は……貴方達も……離れて……!」
「大丈夫だよ。私やグレイ君は――」

 クリームヒルトちゃんはエフ様のフードを取って、落ち着かせようとして――

「――っ!?」

 落ち着かせようとして、轟音が響いた。
 唐突な轟音は恐らく雷。一瞬光り、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの耳に響く。
 目も眩んだが、なにが起きたかすぐに把握するために周囲を確認するべきだ。

「クリームヒルトちゃん、後ろです!?」
「え――!?」

 クリームヒルトちゃんの背後の木が、折れてクリームヒルトちゃん達へと襲い掛かろうとしていた。
 何故折れたのか、などというそんな細かい事はどうでも良い。ただ事実として木が折れて勢いよくクリームヒルトちゃんの方へと倒れようと――弾け飛ぶかのように向かっている。
 そして今の衝撃を私より近く受けたクリームヒルトちゃんは上手く動けずにいる。

「危ない……!」

 位置的に当たらないだろうエフ様も行動しようとしているが、同じように上手く動けずにいる。
 こうなったら私がクリームヒルトちゃんにぶつかって、押し出して木から遠ざけるのが最善手か。魔法を唱えている時間はないし、例え私が犠牲になったとしても――

「邪魔なんだよ」

 だが私の行動よりも早く、クリームヒルトちゃんは左足を軸足に右足を回転させながら――倒れて来た木を蹴り飛ばした。

「え……?」

 勢いよく蹴られた木は倒れて来た方向とは逆の方向である、蹴られた方へと吹っ飛んだ。
 私達三名の総体重より遥かに重いだろう木を、まるでなんでもないようにクリームヒルトちゃんは吹っ飛ばした。
 あまりも非現実的な光景に、私もエフ様もポカンとしていた。

「まったく、自然様も困ったもんだね! まぁこの位なら大丈夫だけど。この三倍は持ってこいという話だよ」
「あ……今のは……自然……じゃなくって、私が居るから……!」
「まだ言うの?」

 エフ様は言葉にハッとし、再びフードを被ろうとしてクリームヒルトちゃんに止められた。

「今のは自然現象がここで起きただけ。なんか偉い人が確率論だかケルビン・ヘルムホルツ不安定性だかモーニング・グローリーとかの類だよ」

 クリームヒルトちゃんの仰ることはよく分からないが、なんとなく関係無いのは気のせいだろうか。

「でも……私の近くに居ると……不幸が貴方達に……」
「うん、だから?」
「え……?」
「偶然起きた事をぐちぐち言っても仕方ないよ。ね、グレイ君」
「はい。自然が相手なのですから、個人の誰が悪いという訳では無いでしょう」

 私はクリームヒルトちゃんの言葉に頷きつつ、格好的に見るべきかどうか悩みつつ、同意に対して補助するような回答をする。
 事実エフ様が先程の雷を引き起こした方とは思えない。魔法を唱えていたわけでも、暴発した訳でも無く、どう見ても自然災害である。

「私の近くでは……起こりやすいから……今の……倒木や雷だって……不運だったら……死――」
「不運と言う言葉は、有名税みたいなものだよ」
「……有名税……?」
「そう。有名な人とか色々バッシングを受けやすいでしょ? それと同じだよ。被害を受けた人が、自分を慰めるための言葉。結局はそんなものだよ。少なくとも今エフちゃんを苦しめているみたいに、誰かや自分を傷を付けたりするものじゃないよ」
「…………」

 “不幸を招く忌み子”。
 それは間違いなくエフ様を苦しめている言葉だ。例え誰かが何気なしに言った言葉かもしれないが、エフ様はこうして珍しい事が起きれば意識してしまい震えだす程度には傷付いている。

「それに、大丈夫だよっ!」
「大丈、夫……?」

 クリームヒルトちゃんは笑顔になると、私を手招きした。私は近付くと、そのまま私とエフ様を腕でひきよせる。

「こうやって会って楽しんだからには、私達の方が巻き込むからねっ!」
「はい。こうして会ったのもなにかの縁ですからね。私達も巻き込み、エフ様も巻き込む。どっちもどっちというやつですね!」
「あはは、だねっ!」

 悪意や害意があった訳でも無い。
 そこで仮に“不幸な目”に巻き込まれてしまっても、それは――

「それに私は結構強いし、グレイ君も強いんだよっ! だからちょっとやそっとの嫌な事があった位で、エフちゃんのせいにするほど弱くはないから大丈夫だよ!」

 それは私自身の心が弱いからだ。嫌な事を誰か特定のせいにする事で楽になる行為。
 偶にそうする事で心を守るのは仕様が無い事ではある。クロ様も弱音を吐きたいときは吐いて良いと仰ってくれてはいた。
 ……だからと言って傷を付けて良い免罪符という訳でも無い。少なくとも私はこうして今日シキを紹介した者……友達候補として、それでエフ様の表情が崩れるのならばしたくはない行為である。

――それにしましても、クリームヒルトちゃんが全部仰ってしまいましたね……

 しかし私が言いたい事はクリームヒルトちゃんが全て言ってしまっている。上手く言語化できない部分も言って下さるのでありがたいのだが、私は少々手持ち無沙汰な感がある。
 ……どうしようか。とりあえず……私はまず羽織っているモノを脱ぐ。

「とりあえずクリームヒルトちゃん、こちらをお羽織り下さい。寒いでしょうから」
「え? おお、私の服がいつの間にか破けてる!?」
「はい、先程の雷の後には既にその状態に」
「あはは、木の破片で破けちゃったみたいだね!」

 そして私は上半身がほぼ裸のクリームヒルトちゃんに上着を貸すのであった。







「……やはり、私は間違っては居なかったのですね……」

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