追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

リクエスト話:シキでの祭(:菫)


 ※この話はなろう様活動報告にて募集いたしましたリクエスト話(ifなど)になります。細かな設定などに差異があるかもしれませんが、気にせずにお楽しみ頂ければ幸いです。

リクエスト内容「シキでの祭」

※時期は二章の学園の調査団が派遣される前(キスをするより前)です。





View.ヴァイオレット


 収穫祭。
 それは作物の無事の収穫を祝う祭祀行事であり、このシキでも行われる。以前は前領主などのせいで祭は廃れたそうだが、今ではクロ殿が執り行い毎年行われているそうだ。
 シキでの収穫祭は十月デケンベルの末日。大抵の収穫祭は今月の初めの方にやるのだが、クロ殿曰く、

「ハロウィン……もとい、収穫祭と言えば今日かな、って思いまして」

 だそうだ。良くは分からないがそうらしい。なにやらいつもと違う服装……仮装をしているのもクロ殿の提案らしい。
 後は時期をズラシて観光客でも誘致できれば云々は言っていた。
 なおこの収穫祭の費用は全て領主、つまりクロ殿の奢りだ。利益を出すために出し物をする場合は別であるが、利益を得ない、もしくは寄付するならば領主クロ殿の全額負担となる。
 当然大赤字なのだが……その赤字を補填する程の財産をクロ殿は有している。以前クロ殿は資金難だからグレイ以外に雇う余裕はない、とは言っていたが、充分雇えるほどの資金繰りは行っている。なんと言うべきか運用が上手いと言うか、管理が上手いと言うべきか、以前もやっていて手馴れている感覚があるような気がすると言うべきか……とにかく、祭で奢るのは余裕なほどではあるのだ。
 その点はおいといて。
 私は祭の管理や参加者として参加するのは初めてだ。
 少しは管理に関わった事は有るのだが、祭は遠くから見るもの、あるいは管理を行う公爵家の者が参加するものではないと教わっている。

「ヴァイオレットさんも楽しみましょう。せっかくの祭なんですから!」

 だがクロ殿は私の手を引いて祭に誘ってくれた。
 祭の運用法も手回しも領民への説明も、私よりも多くの事をこなしてきて笑顔でクロ殿は誘ってくれた。
 手をとるのを最初は躊躇った私であったが、グレイと共に少々強引に引っ張ってくれた。
 そして今の私は祭の空気を直に感じて――

「いえーい! 皆、もっと盛り上がっていこう! どうせクロの奢りだからじゃんじゃん飲み食いをしよう!」「神父様が居ないからはっちゃけてるなシアン!」「これを機に近付こうと立ててた作戦が台無しだからな!」「どうせ上手くいかないのにな!」「おい誰だ今言ったの! 神の名の元に成敗してくれよう!」「ふひひひひ、毒、新しい毒の調合に成功……!」「だ、誰かー! エメラルドが毒で見た事も無い痙攣を!」「祭用に育てたキノコです!」「キノー!」「おいこのキノコ自我を持って言葉を発しているぞ!」「ふはははは、我が新開発した魔法と!」「ワタシノ新装備デ七色ノ九尺玉ノ花火ヲアゲマショウ!」「おい皆で止めるぞ去年の二の舞になる!」「シキの最高戦力相手に止められる訳ないだろうが!」「ククク……僕が止めよう」「いくぞオーキッド。私達夫婦ならいけるさ」「え、誰あの目元が黒い可愛い子」「おい何故俺を捕える、まだなにもしてねぇぞ!」「少年を前にして怪しげな目をしていたので駄目だ!」「殺し!」「愛する!」「おいこの殺し愛夫婦を止めろ!?」「止められる訳が無いだろうが!」「ベージュ、これを飲んでから愛し合え」「ぐほっ!」「がはっ!」「怪我好きの変態が酒を飲ませて止めやがった、なにを飲ませた!」「九十六度の酒ストレートで直に一瓶」「殺す気か!?」「死なんようにしてる――ふぅ」「一瓶全一気飲み……だと……!?」「子供達、お前らも将来役経つ寝るテクニックを教えるぜハッハー!」「おお、お聞かせくださいカーキー様!」「寝るのに関わる事? じゃあ聞こうかな……」「ああ、まず――ぐほっ!」「純粋な聖なる少年ショタを汚すんじゃねぇ!」「よしカーキーを捕えたぞ!」「ついでにブライもな!」「何故俺もなんだ!」

 祭の空気を感じて、この今までにない空気に圧倒されている。
 なんという事だ、これが祭というものなのだろうか……!
 ……本当は違うとは思うが。とりあえずカーキーには後で灸を据えようと思う。
 飲み、食べ、騒ぐ。あまり得意では無い雰囲気だ。今まで私が参加したパーティーのような落ち着いた雰囲気とは正反対である。
 上品さも無く、飲み食べした跡も綺麗とはとてもでは無いが言えず、つい眉をひそめてしまう。

「ははは……すいません、騒がしいでしょう?」
「……いや、大丈夫だ。それにクロ殿が悪い訳では無いだろう?」
「そうですし、それなら良いんですが……」

 そんな私の様子を見て、クロ殿が不安そうに私の様子を伺ってきた。恐らく楽しんでいる様子が無いので気まずくなっている、という所か。

「クロ殿も楽しめば良い。ここ最近この収穫祭だけではなく……私への暗殺未遂の事後処理やフェンリルの件でも忙しかっただろう? 羽を伸ばしても良いぞ」
「いえ、アイツらに紛れると逆に羽を伸ばせないと言うか……それにヴァイオレットさんも初めての祭ですし、放っておけませんよ」
「私の事は気にしなくて良い。……私は私で楽しめる」
「ええと……」

 ……相も変わらず、私は愛想よく振舞えないな。これでは先日貰ったこの金の指輪にも、クロ殿にも申し訳ない。これがヴァーミリオン殿下にも愛想をつかされる要因であり、メア――あの女にはあった要素で…………考えないでおこう。
 それに……

「…………」

 それに、こうやって祭の様子を見ていると今までにない景色が見えてくる。
 にこやかに飲み、顔を綻ばせながら食べ、表情を緩ませながら騒ぐ。
 誰も彼もが良い表情で……楽しそうに笑顔を見せながら行動している。

――これが、私の見ていなかったモノか。

 派手ではある。訳の分からない部分もある。だけど何処か楽しい。
 だが私にとっては今まで遠くで見てきて、興味を持たされなかったものだ。「公爵家わたしには管理するもので、楽しむものではない」と言われていたものだ。
 恐らく今までの私にとって足りなかったものがここにはある。
 私に唯一話しかけてくれたあの友と辛うじて呼べるクラスメイトも「祭は楽しいものだよ!」と言っていた。それを今私は実感している。

「ヴァイオレットさん、どうかされましたか?」
「いや、なんでもないさ」
「……? ハッ、まさか騒がし過ぎましたか? どうしても無理なようでしたら、少し離れても……」
「ふふ、大丈夫だ、クロ殿。結構楽しい――っと」

 クロ殿に心配をされ、私が少しでも愛想良くしようと微笑みながら大丈夫だと告げようとすると、ふと足元のバランスを崩した。祭で浮かれていたのか、なにかにぶつかったのか。ともかく私は倒れそうになり――

「おっと、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。……いや、ありがとうクロ殿」

 そして倒れそうになった所をクロ殿に身体を支えられた。
 初めは謝るが、シアンさんにこういう時は感謝の言葉を言ったほうが良いと言われた事を思い出し、すぐに感謝の言葉を言う。

「いえいえ、構いません――よ」
「?」

 私の感謝の言葉に対し、クロ殿はいつものように優しげな笑みを浮かべて返答するが、途中で言葉を詰まらせた。何故かと疑問に持つが……ふと、クロ殿の顔が近いのに気付いた。少し動けばそのまま唇に触れそうだ。

――近い。

 触れあい、近い事に気付いた瞬間、心臓が妙な高鳴りを覚えた。
 この高鳴りは昔にも感じた高鳴りで、心地良くも不安を覚える処理しきれない感情。バレンタイン家で「不要」と断じられた感情だ。

――そういえば私は、クロ殿からあの言葉を……

 私はふと、クロ殿からある言葉を言われていない事に気付いた。
 婚約者であったヴァーミリオン殿下からも言われた事の無い、とある言葉。それは私がかつて言われる事を望んだが――

『俺は――身勝手なお前を好きになれない』

 ほんの二ヵ月前に、それを言われる前提すら成り立っていないのだと知った言葉。
 ……いつか、クロ殿に言われる事は有るのだろうか。

「……ありがとう、クロ殿」
「い、いいえ。お怪我が無くてなによりです」
「ありがとう、クロ殿。……祭に参加しようか」
「? はいっ」

 私は不安と焦りを覚えながら、祭へと参加しようと言うとクロ殿は嬉しそうに祭の参加者と同じような表情になる。
 私を受け入れてくれた大切な――夫、と共に。祭へと参加するのであった。

「あ、私のキノコが逃げ出したから捕まえて!」「毒キノコか!」「そういう問題じゃ無いだろうこの復活した毒好き変態娘め!」「子に向かってなんだこのバカ親父!」「よしならば上空から新魔法だ、行くぞロボさん!」「ハイ!」「はいじゃない大人しくしてろ!」「トッリクオアトリートだ天使エンジェル!」「はい? あ、トリートですね。どうぞこちらを。はい、あーん。こちらを作られたのはヴァ―――」「ぐふっ!?」「え、ブライ様!?」「おい逃げた変態鍛冶爺が倒れたぞ!」「気絶した方が祭のためだ、気にするな」「幸せそうだしな!」「ククク……ぐぅ」「まったく、酒が弱いのに無理をして……寝顔が可愛いな、ふふ」「あれ、今ウツブシが喋ったような……?」「ふむこれは燃えるから強くて飲めるやつだな。よし」「あいつ強いアルコールならなんでも良いのか……!?」「愛!」「して」「いるぞ妻よ!」「私もよ夫!」「この夫婦、酔ったら普通に言葉で愛し合う……だと……!?」

 ……ところで、祭とは案外これが普通だったりするのだろうか。案外学園祭も……い、いや、違うだろう、多分。

「あ、おーい、クロにイオちゃーん。楽しんでるー?」
「今から楽しむ所だよ」
「そっかー。あ、そうだイオちゃん。料理を作るの手伝ったんだって?」
「ああ、少しだけな。とはいえ、あまり慣れていないから他と比べると劣るだろうが……」
「なに言ってるの、どれも美味しいじゃない! ほらほら、功労者であるクロ達が楽しまないなんておかしいよ。皆で食べて飲んで楽しもう!」
「わ、分かった、シアンさん」

 ――だけど、悪くないのかもしれない。





※数話リクエスト話になります。

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