追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

恋愛策略-女性陣の場合_3(:菫)


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「コットちゃん、別に無理しなくてもレイちゃんは充分異性として意識しているよ」
「……そう、であろうか……」
「うん、だから大丈夫だよ」
「そうですよ。傍から見ても良い関係だと思いますよ?」
「そうか……」

 シアンに励まされつつも、アプリコットの声は弱々しかった。
 いつものような自信に溢れたアプリコットの姿はなく、どこか自信を無くした姿。普段はいつものように振舞ってはいるが、最近はこのような姿を見る事が多い。
 理由は分かるのだが……あまり触れない方が良いな。

「……というより、グレイは着た所で褒めはしても異性として意識はしないと思うぞ」
「む、どういう意味だヴァイオレットさん?」

 それよりもこのての服はグレイにはアプリコットが狙うような効果は発揮しないだろう。
 グレイだと、今クリームヒルトが提案した服でも――

『やはり素晴らしきお方は背中で語るものなのですね! そんな背中を見られる服装なので素晴らしいかと!』
『あえて手足を隠して胴体を晒す。アプリコット様の素晴らしき肉体の前では布など不要という事ですね!』
『巻き付けるかのような布……己の力を律する事を象徴するそのお姿はまさにあなたに相応しいです……!』

 ……こんな感じで素直に褒め称えそうだ。恐らく異性に対しての喜びではなく、似合っていると純粋に褒めそうである。

「……うむ、弟子がそう言う姿が想像出来る」

 私がそう言うと、アプリコットだけではなくこの場に居る皆が納得したような表情をしている。

「あはは、でもアプリコットちゃんなら別にいつもの服でも良いんじゃない? いつもの様に師匠として振舞っていればグレイ君も好いてくれるって!」
「……今のままででは駄目なのだ」
「へ?」
「今までと同じでは、我は駄目なのである」

 そのように言うアプリコットの声は、服が書かれた紙を見ながらも、どこか遠くを見ているかのような目で寂しそうなものだった。

――やはり以前の事を気にして……

 先日の誘拐騒動でのグレイとのキス。
 グレイは「両想いが分かった」と言ってはいたが、アプリコットにとってはグレイの想いは偽物だと思っているあのキス。
 グレイは操られている時の記憶が曖昧であり、あの時のキスを覚えているかどうかもハッキリとは聞いていない。理由は――

「怖い」

 単純に、あの時の事を「覚えていない」と言われたり、覚えていても本物の感情であったかどうかを聞くのが怖いのだろう。

「あはは、でも好かれているのは確かでしょ? なら行っても良いんじゃない?」
「かもしれぬが、言霊魔法あんなものの影響で好かれても嬉しくない。異性として意識され、向こうから求められるような……そんな、誇れる女となってから結ばれたい」
「むぅ……」

 アプリコットの言葉に、クリームヒルトは「また間違えたかな……」というような表情で、少し引いていた。
 ……アプリコットは研鑽を欠かさない女性だ。
 魔法は常に挑戦し、知識を蓄え、料理の腕も常に磨く。後は体力さえつければ素晴らしき万能な女性になるだろう。
 普段の自身に溢れた性格は、それに応じた研鑽故なのだろう。だからこそ恋愛においても、協力ならともかく不本意な邪魔が入るのが嫌だという事だ。

「だから少しでも弟子に女と意識されるように、こういった露出過多な服を着れば我も意識されて……着れ、ば……!」
「あはは、私が提案しておいてなんだけど、無理はしないほうが良いよ」

 しかしアプリコットもグレイを諦めるつもりは無い。だからこそ女性としてアピールできるこの服を着ようとしているのだろうが……以前であればグレイ達とお風呂に入ろうが魔女服が捲れて下着が見えようが気にしないアプリコットではあるが、流石にこれらの服装は厳しいようである。
 ……いや、多分意識していなかった頃の彼女であれば普通に着たのかもしれないな。

「……この程度ではあの偽物の感情もどうにもならないか」
「偽物って……本物かもしれないでしょ?」
「……そうであるな」

 だが、偽物の感情と言う辺りは未知の感情に怯えている……のだろうか。
 今まで日常に溶け込んでいた年下の友達を、異性として意識する。それが今複雑な場面になっている。……私には分かる事は出来ない感情だ。
 こうなったら相談に乗って仲を取り持つ事が友としての――

「――そのように思われていたのですね」

 その声に、皆が声の方を見た。

「……弟子」
「はい」

 そこに居たのは私の息子であるグレイ。
 クリームヒルトと同様に、開いた窓からこちらを見ていた。

「申し訳ありません。聞き耳を立てるつもりは無かったのですが、聞こえてしまい……立ち去ろうとしたのですが、無視が出来ない内容だったので」
「…………」

 そう言うとグレイは一礼してから窓から入って来た。
 中に入るとアプリコットの所へと真っ直ぐ歩いて行く。アプリコットもそれに呼応するかのように立ち上がる。

「最近避けられている気がしたのは気のせいでは無かったのですね」
「…………」
「アプリコット様、私めはあの時――」
「……ふはははは! まさか本気にしたのではあるまいな。そもそも我が装束は誇り高き魔法使いがあるが故の衣装! 弟子のために変えるなど有り得ぬ!」

 そして一瞬躊躇っていたアプリコットであるが、ファーストキスに関わる事を言おうとした途端、いつもの調子でグレイの言葉を遮った。
 ……駄目だな、このままでは余計な事まで言いそうだ。誰かが止めたほうが良いだろう。ここは私が――

「お聞きください、私めは」
「弟子よ。案ずる事は無いぞ、我は――」
「アプリコット様」
「む、どうし――」

 だが私やシアンが行動するよりも早く、グレイが動いた。
 アプリコットの腕を取り、引き寄せ、近付いた所を――

「んっ――」
「――――」

 少し強引に、アプリコットの唇を奪った。
 …………グレイが強引に、アプリコットにキスをした。

「……ふぅ。やはり甘いですね。クロ様が仰られた通りです」
「え、あ、弟子……なに、を……?」

 普段の純粋無垢な様子から考えられない強引な行動に、アプリコットだけではなく全員が固まって動けない。

「なにを、と聞かれればキスです。どうやら私めの想いを疑われていたようですので」

 だがグレイだけは別であった。
 あどけなさが残る顔の中に、何処か大人な表情が垣間見える。

「アプリコット様。確かに私めはあの時沸き上がる感情に戸惑いました。これは本物なのか、植え付けられた感情なのか分かりませんでした」
「…………」
「ですが、私めはあの時、両想いになった事の嬉しさのまま、キスをしたかったのです」
「だがそれは……言霊魔法の影響であって本物であったかは――」
「ええ、アプリコット様は本物かどうか疑うのでしょうね。ですから――」
「へ――んむっ!?」

 そして再びアプリコットを寄せて、再び唇を奪った。
 眼を瞑り、先程よりも少しだけ長いキスをした後、唇を離す。

「……ですから、アプリコット様が認めなさるまで私めの想いは本物だと、こうして何度も、何度でも行動で示しますので、覚悟してくださいね」
「は、はい……」

 そして真っ直ぐとアプリコットだけを見て、キスをした後堂々と宣言をした。
 子供が故に純粋な。純粋が故に真っ直ぐな行為。
 恐らく好きの証明を私達親の姿を見て真似しただけの、見方によっては微笑ましい行動。
 だが情熱的かつ強気な告白。自分の感情に嘘を吐かない、真っ直ぐな好意。

――我が息子は、私達の中で一番の恋愛強者かもしれない。

 そう思いつつ。私達の策略など全て乗り越えて行く息子と、顔を赤くする娘候補の姿を眺めていた。

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