追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

唐突かつ一目


「まずは聞こう。何故お前がここに居る、ティー」

 仮面を取り、マントを取り。
 割と真剣な声色と表情でヴァーミリオン殿下はバーガンティー殿下に尋ねていた。

「はい、ヴァーミリオン兄様。ご説明いたします」

 地面に正座させられたバーガンティー殿下は、素直に言う事を聞いてこれまでの経緯を話してくれた。
 前回来られた時も言っていたが、今度行われるシキ調査においてのメンバーにバーガンティー殿下は選ばれた。そして先遣隊的な事を買って出たようだ。
 何故バーガンティー殿下自身がそのような事をなさるのか不思議であったが、それについて尋ねると、

「俺達王族は強くないと駄目であるからな。学園入学前には一つ事を為さねばならん。いわゆる経験を稼ぐ、というやつだ」
「条件付きではありますがね。私は今回は護衛も含めた調査になります」
「護衛……ああ、そういう事か」

 護衛、つまり神父様、あるいは一緒に来ていた女性の事だろうか。
 つまりお忍びで一通りの調査の下準備を行わせている、という事になる。
 経験を積ませるにしても随分と大胆な事するな、とは思ったがよく考えたら第一王子と第二王女が現役冒険者であった。さらには第三王子もこうしてここに居る。割と放任、というよりは実際の経験を積ませるという方針なのかもしれない。

「それはともかく、このウサギの仮面は?」
「はい、お忍びであまり騒いではいけないと思いまして……名乗る訳にもいかないので、謎の仮面、ラブ☆ピース仮面で行こうかと」
「むしろ騒ぎになる」

 まったくもってその通りだ。
 ……こうして説明したりしている分には、普通に真面目な好青年のはずなんだけど、意外と天然な所があるのだろうか。ラブスターピース仮面というネーミングセンスといい、あるいはただのバ――いや、これ以上は考えるだけでも不敬になりそうなので止めておこう。

「ところであのズンドコ、というのは?」
「ああ言っておけば“あ、この人近寄っちゃダメだな”って感じで正体がバレる心配が薄まるかと思い……」

 あ、それは狙ってたんだ。

「というか何故ウサギの仮面なんだ。こんなものすぐに用意できるモノじゃ無いだろう。……随分と年季が入っているようだが」
「フューシャが昔喜んだ仮面ですので、お守り代わりにと……」
「……成程な」

 フューシャ……殿下達の中で最も噂を聞かない殿下達では末子の第三王女か。僅かに聞く噂でも、引きこもりだとか不幸を招くとか良い噂は少ない。
 ヴァーミリオン殿下の反応からしても、いわゆる扱いが難しい子なのだろうか。バーガンティー殿下の感じからして悪くは思っていないようではあるが。

「ヴァーミリオン、あまりバーガンティー殿下を責めてやるな。私達を考えての事ではあるのだからな」
「……そうだな。事情は分かった。お前のシキの皆々を助けたいという意志は伝わった。だが手段と立場を考えろ」
「はい、分かりました。申し訳ありません……」

 アッシュがタイミングを見計らって止めに入り、ヴァーミリオン殿下も一応助けたいという意志は認めた上でもう一言だけを言って締めようとした。

「ヴァーミリオンお兄ちゃんは普段メアリーお姉ちゃんのために色々と立場を忘れて叫んでいるらしいけど、それは良いの?」
「…………愛、故にだからな」
「一般的に褒められる感情でも、それを理由に全てが許される訳じゃない、ってシアンお姉ちゃんが言ってたよ」
「………………」
「はは、言われたなヴァーミリオン」
「アッシュお兄ちゃんも似たようなものだと聞いたけど?」
「…………愛故にですよ、ブラウン」

 やめてあげてブラウン。
 確かに立場云々の話を聞いた時俺も思ったけど、言わないであげて。

「おーい、黒兄ー」

 ブラウンのツッコミはともかく、とりあえず話に区切りが付きそうな時に、ふと遠くから俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
 このいつでも明るく喜怒哀楽の内大抵が楽の感情が孕む声の持ち主は、俺が振り返ったのを見ると元気よく手を振っていた。傍には恐らく護衛を目的としたヴェールさんも一緒に居る。

「駄目じゃないか。お前は怪我を治したらすぐに休めと言ったろう」
「あはは、そうなんだけどさ。体力は余っちゃって。それならリオン君達が休もうとしない時のために連れ帰ることだけしようかなーってさ」
「その心配は無用だ。お前は自分の怪我の心配だけしてろ」
「はーい」

 正直クリームヒルトがあそこまでの怪我をしていたというのは信じられないが、それはともかくすぐにでも休んで欲しい怪我だ。
 ビャクの時のコイツは休まずにやれ、といったら本当に休まずにやり続けるのだから、そこはキチンと言わないと。今世では変わっているかもしれないが。

「申し訳ない、私はもう少し周囲を調査しなくてはならなくてね。悪いが彼女を送って貰う事は出来るだろうか」
「分かりましたミセス・ヴェール。では私達と一緒に行きましょうか。このメンバーならば疲れていても道中の心配無いでしょう」
「そうだね、アッシュ君。私達なら平気だろう。睡眠不足は美しさに悪いから早く寝たいよ」

 なんだろう。アッシュとシュバルツさんのその台詞はなにか起こりそうな前振りにしか聞こえないので不安になる。

「さて、では行こうかいつのまにか寝ているブラウン君。起きなさい。私を枕にしない様に」
「う、うぅん……あ、ごめんなさい。綺麗で安らげたから、つい……」
「その気持ちは分かるがね。帰ってからキチンとしたベッドで寝なさい」
「はぁーい……」
「おい、お前も行くぞティー。お前が変に行動しても指揮系統を乱すだけだ。それならば俺達の護衛をしてシキに送り届け、シキでの守護に落ち着いていろ。それくらい出来るだろう」

 ヴァーミリオン殿下はバーガンティー殿下に対し、立ち上がる様に促した後この後にすべきことを伝える。ようするに余計な事をせず、警戒に当たっていろということだろう。
 俺としても変に動いて貰っても困るで、そっちの方がありがたいのだが。

「…………」
「どうした、ティー?」

 だがバーガンティー殿下はヴァーミリオン殿下の呼びかけに応じずただ黙っていた。
 初めは子供の様に扱われる事に拗ねてでもいるのかと思ったのだが、なにか違う気がする。なんというか、魂が抜けたような表情だ。

「って、アレ。そっちの人は……はじめましてかな? ティー君、でいいのかな?」

 バーガンティー殿下の存在に気付いたのか、クリームヒルトがいつものように距離を詰めて話しかける。
 コイツの距離を詰めていく感はビャクの頃から変わっていないようだが、第四王子相手だという事に内心びくついてしまう。
 バーガンティー殿下は爽やかであるし、シキの領民相手にも受け入れて楽しんでいたからさすがに不敬と断じてなにかする事は無いとは思うが……

「彼はヴァーミリオン殿下の弟君、バーガンティー第四王子殿下だよ」
「え、そうなんだ。あれでも金髪碧眼……?」
「魔法で変えていらっしゃるんだよ、目立たないようにな。だから王族相手に失礼の無いようにしてくれ」
「あはは、そうなんだー。というか王族に対する不敬云々は黒兄が言うと重みが違うね」
「やかましい」

 そりゃ俺は第二王子アレ相手にやらかしたし、ヴァーミリオン殿下とも学園祭で喧嘩しそうだったしで色々あったけど……
 それはともかくこれで少しは気は使うだろう。とはいっても少しなだけで、クリームヒルトは持ち前の明るさは崩さないだろうが。だけど呼び方は変えると思う。

「…………」

 というかバーガンティー殿下はどうしたのだろう。
 彼がなにも言わないので俺が代わりに名前をクリームヒルトに教えたのだが……未だに動かずにいて――

「お」
『お?』

 そう思っていると、黙って居たバーガンティー殿下がようやくなにかを言おうと口を開く。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「名前? クリームヒルトだよ」
「失礼ですが、年齢は……?」
「十六だよ、一応ね。お兄さんと同じクラス」
「一応……? そうですか、ありがとうございます。私は十五です。兄様がお世話になっております」
「どういたしまして? むしろこっちが多大なご迷惑をおかけしているよ?」

 なんだろうこの会話。
 初めての挨拶にしてもなにかおかしい気がする。

「あれ、なんで私の手を……?」

 恐らくは周囲の皆がそう思っている中。バーガンティー殿下は片膝を立てて、クリームヒルトの折れていない右腕を何故か手に取って――

「麗しきクリームヒルトさん、私と結婚を前提に御付き合い頂きませんか!」
「………………はい?」

 クリームヒルトに、告白をした。
 周囲の皆も突然の出来事に付いて行けずに黙って見ていた。

――……なんだろう、王族は金髪の女性が好きなんだろうか……?

 そんな論点の違う事を考えつつ、俺は真剣な表情で見つめるバーガンティー殿下と、なにが起きたか分かっていないクリームヒルトを見るのであった。





備考:現時点での殿下達の婚約者or想い人 まとめ
ローズ     ⇔ マダー(宰相・元侯爵家・婚姻済・茜色髪)
ルーシュ    ⇔ ロボ(平民・金髪)
スカーレット  ⇔ なし(エメラルド(翠髪)は友情)
カーマイン   ⇔ オール(共和国貴族・婚姻済・金髪)
ヴァーミリオン ⇔ メアリー(平民・金髪)
バーガンティー ⇔ クリームヒルト?(平民・淡黄(赤金)髪)
フューシャ   ⇔ ?

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