追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

遅くはない


「……どういう意味だ」

 理解が出来なさそうに。だが冗談と受け取ることなく、真剣な表情でシャトルーズは言葉の真意を尋ねていた。

「そのままの意味です。私が今まで貴方達に言ってきた事は全て借り物なんです」

 それに対しメアリーさんは何処か覚悟を決めたかのような、そして悲しそうな。しかし気負う事無く答えを返した。
 ……なんとなくだが、話す事を決めていたようにも思える。

――どうしようか。

 メアリーさんがどこまで話そうとしているかは分からない。
 この世界が前世のとある乙女ゲームの世界と似ていて、貴方達はその登場人物であり、その物語通りに進めて来た。などと話すかもしれない。
 突拍子もない話ではあるが、話し方によっては信じて貰えるかもしれない。
 もし話すのならば俺に関係ない話ではない。場合によっては俺とヴァイオレットさんの仲にも関わって来るだろう。悪い方向に行く可能性だってある。

――けど……

 しかし俺はメアリーさんが話すのを止める気もない。
 メアリーさんがメアリーさんなりに考えて、話そうとしている事だ。それを話せば悪化するから、という考えに固執して邪魔をするのはなにかが違う。
 仮に話す事で関係性が変わるとしても、その程度でどうにか出来ないのならばそれは俺の責任だから。当然手放す気はないのだが。

「私は前世の最期数年はほとんど動けず、本や……ゲーム、と呼ばれる作品を見て過ごしていました。とても楽しかったですよ。私には出来ない事を行う物語上の彼らを見るのは。でもどもんなに楽しくても偶に襲い掛かってくるんです。私はなにも出来ていない、と」

 それはつまり、受け手側のみで与える側になっていないという事なのだろう。
 個人で楽しめればそれで良い。という人も居るだろうが、そのようにメアリーさんは思えなかった。
 多分それは承認欲求のようなもので、病気でほとんど他人と接することが出来なかったメアリーさんにとっては、他で補う事も出来なかった。
 あるいはネットなどでなにか出来たとしても、病気に苛まれる彼女にとっては目の前で生きている相手ではないと実感が出来なかったのかもしれない。

「私の言葉はその動けない中、物は色々と与えられました。そして色々な話を見聞きしたんです。……その中には、貴方達が悩んでいるような立場と思いと似たような話もありました」
「つまり私……俺やヴァーミリオン達に今まで話していた言葉は、その話の言葉だったと?」
「はい」
「それは……」

 突拍子も無い事に、シャトルーズは上手く処理できていないかのように考える仕草を取る。嘘だとは疑っていないが、理解するには時間がかかる、という所だろう。

「……お前は相変わらず突拍子も無い事を言うな」
「そうですか?」
「当たり前だろう。お前はいつも予想外の事を言う。俺の常識が狭かったのだといつも再認識する程にな。しかし成程、前世持ちか……クリームヒルトアイツやクロと同じか……なんとなく分かるな」

 おいどういう意味だこの野郎。
 なんとなくだがその言葉には良い意味ではない意味が含まれている気がするぞ。
 ……いかん、落ち着こう。気配を消す事に集中しよう。

「それでお前が今まで言った言葉が物語上の言葉であった、か」

 それはともかく、メアリーさんの言った事は俺からしたら“だからどうした”と言うような内容だ。以前もメアリーさんに直接言ったが、同じ言葉でも場面が違えば効果も発揮されない。
 今まで上手くいったのはメアリーさんの(天然な)魅力があったからだ。ただなぞるだけの存在にあんな聖女だの言われる評価はされないだろう。それを自分で“酷い女”だと評するのは無理がある。
 しかしこれは俺の意見だし、シャトルーズや、今この場に居ない攻略対象ヒーロー達がどう思うかは分からないが、悪い方には――

『だが、それがどうした』

 行かない言葉を言うだろうと思っていると、シャトルーズは俺と同じような感想の言葉を言った。

「――でしょう?」

 だが、メアリーさんも全く同時に同じ言葉を言った。
 その事に俺やシャトルーズも不意を突かれ、メアリーさんは予想が当たったかと言うように、悪戯に成功した子供の様な笑みを浮かべた。

「シャル君は自分の感情に対する口数こそ少ないですが優しいですから。貴方ならそう言ってくれると思っていましたよ」
「……試したのか? では先程の言葉は――」
「いえ、事実です。私はクリームヒルトやクロさん同様、前世の日本という国出身で、似た世代に産まれました。病弱も事実です」

 先程までのどこか悲しむような表情はどこへ行ったのか、今のメアリーさんはまるで日常で会話をするかのように話す。

「ですけど、思ったんじゃないですか。“目の前にいる大切な仲間を悲しませたくない”“支えたい”と」
「……ああ、そうだな」

 メアリーさんはなにをしようとしているのだろう。茶化すとしても、説得するにしてもこれじゃシャトルーズの性格上逆効果ではないだろうか?
 なにせ今のメアリーさんは、シャトルーズを試す様な言葉を言った訳だから――

「なら何故それをシャル君にも当てはまると思わないんですか」

 そう思っていると、次のメアリーさんの言葉は今までよりも真剣で、どこか怒っているような声色であった。直接言われていない俺も身体を強張らせてしまう。

「私は――いえ、一緒にシャル君に着いて来たヴァーミリオン君も。私と一緒に来たアッシュ君も。シルバ君やエクル先輩も。貴方が悩んでいるのなら支えたいと思っているんですよ。そうでなければヴァーミリオン君がわざわざ学園を休んでまでここまでくると思いますか」
「……だが、これは俺個人の悩みだ。全ての心情を共有したいと願うのは、それは」
「酷というものでしょうね」

 相互理解というものは数年の月日を得ても得られるとは限らず、全ての秘密の共有なんてそれは友達でもなんでもなく、重い関係だという心情も分かる。

「ですが私達にとってはシャル君が悩んだまま居なくなる方が嫌なんです。鬱陶しく思われても助けたいんです。それに理解されようとしないのならば、理解も出来ません」

 だけど友達が悩んでいたら助けたいと思う心情も分かる。
 そしてメアリーさんにとっては理解されようともせずに一方的に拒絶はするくせに、どうしようもないのだと勝手に結論を出されるのが嫌だという事だ。それこそ今のシャトルーズのように。

「……言っただろう、弱い俺はお前の傍にはいられない。お前が傍に居れば優しさに甘えてしまう」

 ズカズカと心に入り込んでいく事を鬱陶しく思う者も多いだろう。
 シャトルーズの場合は己の弱さは己で解決するべきだと考えるから、こうやって拒絶している。
 ここまで来ると、説得は難しいんじゃ――

「ご安心ください、そうならないようにシャル君特製の強化案を考えました!」

 ……あれ?

「…………今、なんと?」
「はい、シャル君の強化案です。シャル君は筋肉量は皆さんと比べると多いですが、ナイチンゲール先生と比べると劣ります。純粋な腕力はまだまだ当面の課題でしょう。しかし柔らかさに関しては実はシャル君はヴァーミリオン君達と比べても一番柔らかいんですよ!」
「待ってくれ」
「シャル君の【一閃】に関してはまだ伸びる余地があると思うんです。一閃、つまり一太刀だけではなく、複数回の二の太刀、三の太刀を素早く繰り出していけば攻撃のバリエーションは増えると思うんですよ! そのためには柔らかさを活かした特訓です!」
「待つんだ」

 そういえば、いつだったか感じた事があったな。
 メアリーさんは魅力的かつ策略家な所があるが、それは全て天然で行われているという事を。つまり、意識してオリジナルに計画しようとすると……なんか、ポンコツじみた事になるという事を。

「当然【一閃】も磨く必要がありますね。やはり一撃必殺はロマンですから。それこそ先程のヴァーミリオン君の王族特別魔法のような! それこそ二の太刀要らず、的な威力が欲しいですね……大丈夫です、私が協力しますから!」
「待ってください」

 シャトルーズがとうとう敬語になったぞ。
 大丈夫だろうか、止めたほうが良いか、あるいはヴァーミリオンやアッシュでも呼んできたほうが良いのだろうか……?

「待て。俺はお前にそこまでの手を煩わせるつもりは無い。俺は旅に出て、己を見つめ直して強さを――」
「それは、学園で出来る努力をしてからでも遅くはないですよ」

 どうしようかと悩んでいると、その言葉にシャトルーズと同様に俺もついメアリーさんを見てしまう。

「当然旅に出るという事も良い経験になるでしょう。ですが少なくとも学園生活というものは、今しかできない事です。旅に出るのは学園で出来る経験を。努力を。出会いを。全て得た上でやっても遅くはないと思います」
「…………」
「身近に自分より上の存在が居る、というのは辛いかもしれません。ですが分かりやすい目標じゃないですか。クリームヒルトは恐らく何度でも貴方の挑戦を受けますよ?」
「……そうだな。しかし」
「優しさに甘える、ですか? 良いじゃないですか、どんどん甘えてください。その分厳しく行きますから。言っておきますが、私は厳しく行く時は厳しく行きますよ。なにせ痛みなんて、爪を剥がされようと前世の痛みと比べればなんてことないんですから。苦しもうと鬼のようにいきますよ」
「いや、それはどうなんだ」

 うん、爪を剥がされるのが大した事は無いって、それはそれでヤバいんじゃないだろうか。
 ……そういえばその事についてシュバルツさんが気になる事を言っていたような……と、今はそれは良いか。

「シャル君が学園で得るものは無いと考えれば、あるものも無くなるんです。ですが求めた上で無いと判断したのならば私は止めません。応援もします。少なくとも今は私達と出来る努力から始めませんか?」

 メアリーさんはそう言うと、シャトルーズに対して手を差し出す。
 恐らく手をとって、学園に戻って欲しいという仕草なのだろう。

「…………」

 それに対しシャトルーズは悩む様にメアリーさんの手と顔を交互に見ながら、その手をとるべきかと悩んでいた。

「……お前がそういう事を言うとはな。前世での経験、というやつか?」
「ええ。もうあんな思いはしたくないという経験です。それにこうして話すと、知らなかった一面も出て来るでしょう。シャル君はそれを拒否していたのですよ?」
「……そうだな。自分自身の過去ひみつを利用する程だ。お前にそんな一面があったとはな」
「ふふ、相手の性格やさしさを利用して、言わせたい事を言わせようとしたんです。聖女なんて言葉とは程遠いでしょう? 悪女と呼んでください」
「俺にとってはいついかなる時もお前は聖女の如き素晴らしき女だ」
「うぐっ……」

 あ、メアリーさんがストレートな誉め言葉に精神的ダメージを受けた。多分照れてる。
 あの乙女ゲーム(カサス)内の言葉であれば受け流していただろうが、今のは無い言葉だからもろに喰らったな。

「……確かに、勝てないからと挑むのをやめるのは“逃げ”でしかないな。……俺が引っかかっていたのはそこだったか」
「武者修行と言えば聞こえは良いですけどね」
「学園には優秀な者も多く集まる。俺には無い武器を持った者も多く居るだろう」
「はい皆師匠になりえますよ」
「……そうだな。学ぶことを学んでからでも、遅くは無いのか」
「ええ、遅くはないです」

 シャトルーズは視線を上にあげ、空を見る。
 なにかを考え、小さく息を吐くと、再び視線をメアリーさんに合わせた。そして、

「では、今しかできない学園での経験を得る事にするか」

 そして、メアリーさんの手をとった。
 騎士の様に、ではなく。仲の良い同じ立場の相手の手をとるように、憑き物が落ちたかのような表情で手をとったのであった。

「……良かったです」

 それに対してメアリーさんは、嬉しそうに微笑んだ。
 多分その表情を見ただけでも異性をドキッとさせるには充分な表情であり、惚れているシャトルーズにとってはより効いたようで、顔を少し赤くし、それを見られないようにと視線を逸らしていた。

――なんというか、メアリーさんは……

 以前もメアリーさん自身に言ったが、真似事だけで他者を惹き込む事なんて出来ないだろう。
 俺はメアリーさんと出会って三ヶ月程度で、接した期間など長くはない。彼女について全てが分かるとは思えないし、分かっている事の方が少ないだろう。彼女の良い点など学園に居る者達の方がよく分かっている。
 ただ俺にも確実に分かる事があるとすれば――

――メアリーさんの誰かを惹き込む魅力自体は、本物なんだろうな。

 という事くらいだろう。
 それが天然であれ、計算であれ。俺の知らぬ所でのメアリーさんの善意ある、誰かを幸せにしたいという行動は、確かに行われているという事だ。

――……まぁヴァイオレットさんの方が魅力は上だけどな!




「この好意が、俺にだけ向けば良いのだがな。お前は……」
「どうされました、シャル君?」
「……いや、なんでもない」
「?」

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