追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

なにしやがってんだコイツら by周囲(:淡黄)


View.クリームヒルト


「わー……なんだろうこれ。駆け付けてみたら既にクロ達で終わらせてたのはまぁ良いんだけど……」
「ふむ……跡から見て浄化魔法……いや、光魔法だろうか? 我も見るのは初めてであるな」
「これはいわゆる王族が使えるという魔法だよ。ま、ヴァーミリオン殿下が使うのを見たのは私も初めてだがね」
「ふむ、あの第一王子ファースト・アイが使っていたようなものだろうか? ヴェールさんは見たのだな」
「まぁね。こっそりと拘束魔法で補助したりもしていたよ。補助だけで済んだのは彼らの実力だけどね」

 リオン君が王族特有の魔法を唱え、キメラを倒したすぐ後。
 少し遅れてシアンちゃん達や、元々シャル君達と依頼をこなしていたブラウン君達が応援に駆け付けていた。
 とはいえ最大の敵であるキメラは既に倒されていたので、周囲に暴走したモンスターは居ないかの索敵や、今ヴェールさんがやっているようなキメラの一部や跡を見る現場検証じみた事しかやっていないが。

「痛っ」
「我慢をしろ」

 そして私はアイボリー君の治療を受けていた。あくまでも本格的な施設(アイボリー君宅)で治療する前の応急手当だ。しかし応急手当で私達がする本格治療のレベルだね。さすが本職だ。
 それにしても本当に今日はよく治療を受ける日だね。

「腕はこれで良し。綺麗に折れていたから治るのにそう時間もかからん」
「ありがとー。うん、後は錬金魔法の薬とかでどうにかなりそう」
「まったく。治療をしたばかりだというのに、お前は骨は折るし、シャトルーズは全身を怪我するし……医者の気持ちを少しは考えろ」
「こんなに怪我をしていては興奮が収まる時が無いじゃないか、という喜び?」
「その通りだ。くそっ、シャトルーズの傷も俺が治したかった。メアリーめ……!」

 アイボリー君はシャル君の治療をしているメアリーちゃんを羨ましそうに見ていた。本当に羨ましそうだけど、傷で取り返しがつかなくなってからでは遅いので、治療の分担に関しては文句は言わないのだけど。

「あはは、まぁ、私の傷で勘弁してよ。あまり興奮しないかもしれないけど」
「傷に貴賤などあるか! どれも素晴らしい傷だ!」
「あはは、アイボリー君じゃないと聞けない台詞だね」

 それはそれとして私の怪我に対しては興奮しつつも綺麗に直しているのは素直に凄いと思う。前世と比べれば回復力が早い世界ではあるけれど、それでもアイボリー君の腕は本当に素晴らしい。錬金魔法の師匠の秘薬レベルである。

「……っ、……ぅ!」
「無理せずに痛いと言って良いんですよ。痛みは生命活動の証なんですから」
「痛く、ない……!」
「無理しないでください」

 少し遠くで治療をしているメアリーちゃんとシャル君。
 初めは治療を渋っていたシャル君であったが、あまり動けないのを良い事にメアリーちゃんが無理矢理治療をしている。
 そして周囲の駆け付けたメンバーも気を使っているのか、誰も近付かずに微妙に空間が開いている。
 治療している両名も気まずい空気が……

「よし、次は消毒します!」
「ぐおっ!?」
「錬金魔法で作った特傷薬です!」
「塗りこみっ!?」
「おや、関節がズレていますね、行きますよ!」
「はまりっ!?」
「まだまだ行きますよ! 痛みは生命活動の証です!」
「わざと痛くしていないか!? ぐぉっ!?」

 ……意外と大丈夫なのかもしれないね。
 メアリーちゃんはシャル君が弱っているからああやってコミュニケーションをとっているのかな……?
 あとは余談だけどシャル君はヴェールさんが居る事に気付いていなかったりする。なんか認識阻害の魔法を使っているようだ。

――まぁあそこは触れない方が良いかな。

 シャル君に関しては、私がなにか言うよりはメアリーちゃんに任せたほうが良いだろう。
 私は一度失敗しているし……改めて私には主人公とか無理だね。絶対にああいった他者の機微に対応するとか出来ないよ。リオン君……ヴァーミリオン殿下を相手取るとか無理だし、ヴァイオレットちゃんを敵対視するとか無理だ。私は色々とヴァイオレットちゃんを相手しようとしていたし……
 あれ、そういえばリオン君は……?

「痛いです痛いです。ヴァイオレットさん、痛いです」
「…………」

 私が治療を受けながら、そういえばリオン君の姿が見えないと思って周囲を見渡そうとすると、なにやら痛いと言う声が聞こえて来た。
 声の方を見ると、やはり黒兄が居てヴァイオレットちゃんに治療を受けていた。
 治療とはいっても黒兄はそこまで被害は受けていない。けれどキメラの固い皮膚を強化をかけて殴ったので、ちょっとだけ反動で痛めている程度だ。

「あの、ヴァイオレットさん……怒っていますか?」
「……怒っていない」
「怒っていますよね」
「……いない」

 だがヴァイオレットちゃんは黒兄の治療を願い出て、黒兄は押されて治療を受けている。
 丁寧で、相手の事を思ってはいるのだが、偶に先程の痛いと言ったようにきつめに包帯を巻いたりもする。
 さらには駆け付けた時からそうであったのだが、ヴァイオレットちゃんはなんというか……拗ねているというか、怒っているような感情を持っていて黒兄を困らせている。

「修羅場かな……」
「よく分からんが、アイツらなら心配いらんだろう」
「え、なんで?」
「バカップル、もといバカ夫婦だからだ」
「ああうん、そうだね」

 アイボリー君の発言は私を納得させるのに充分であった。……って、腕がいつの間にか包帯を巻かれてる。後でやり方を教えて貰おうかな。

「……クロ殿、聞きたい事があるのだが」
「は、はい」

 包帯の巻き方に感心しつつ、黒兄達の会話に意識を集中させていると、ヴァイオレットちゃんが黒兄に静かに切り出した。
 ……なんだろう、周囲は色々と後始末や調査、残りのモンスターの討伐とかしているのに、不思議とあの夫婦の周囲の空間はシンと静まっている感がある。

「何故、私を頼りにしなかった?」
「はい?」

 黒兄はヴァイオレットちゃんの言葉に、間の抜けた返答をする。
 私もその問いはよく分からず、内心で疑問符を浮かべる。

「クロ殿はキメラとの戦いで、私はこの場所に来ないように指示をした。それは……私が頼りないからなのか?」
「え?」

 ……ああ、成程。これは黒兄の感情もヴァイオレットちゃんの感情も分かる気がする。

「私はクロ殿やメアリー達と比べると強くはない。だが、弱くもないつもりだ。足を引っ張るほどではないと思う」
「ええ、ヴァイオレットさんは俺よりも遥かに魔法が優れていますし、充分な戦力かと」
「ならば何故私はシキでの待機組だったんだ?」
「それは……えっと」

 ヴァイオレットちゃんを待機組にした理由は多分、カサス……“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”において、ヴァイオレットちゃんが死ぬルートに関与した内容だからだと思う。聞けば神父様もキメラから遠ざけようとしていたらしいし。
 だから黒兄は無意識に避けるようにしたのだろうが、それがヴァイオレットちゃんは気に入らなかったようである。

「身体に傷を付ける訳には……貴女はじょ――」
「言っておくが、私が女だからという言い訳は聞かないぞ。シアンやアプリコットは頼っていたのだからな」
「ええと……」

 うん、黒兄の困った雰囲気がこっちまで伝わって来る。
 ……さて、黒兄はどう出るのかな?
 私としては上手くいって欲しいけど、こういった感情の時ってタイミング的にはなにを言っても無駄な時があるからね……

「……すまない。面倒な感情だというのは自覚しているのだが、どうしてもモヤモヤとしてしまって……いや、シキでの避難指示も重要な役割だからな。指示はしたのだが、終わったら私も気付いたら来てしまって……」

 重要だとはわかっていたけれど、その時は頼られなかったと思ってついここまで来てしまった。そして今冷静になって複雑になっている、という事かな。

「……心配だったんです。貴女が傷付くのを見たくなかった」
「……そうか、私を思ってくれたのだな。ありがとうクロ殿」

 黒兄が目を見ながら待機させた理由を言う。
 ヴァイオレットちゃんは黒兄の優しさに微笑み、感謝の言葉を言うけど……

――なんだろう、違和感がある。

 思ってくれた、守ろうと思っての行動ならば素直に嬉しく思っているのだろう。
 実際に少し経てば惚気として語りそうな感じはある。嬉しそうに「ふふん」とか言いそうだ。
 だけど今は少し……納得しきれていないような……? 私は感情を読み取るのが下手なので勘違いかもしれないけど、言いたい事を言いきれていない気がする。
 あと……なんとなくだけど黒兄も感情を抑えているような気もする。

「それに、その……」
「どうした、クロ殿?」
「……いえ、なんでもないです」

 黒兄は視線を逸らし、なにか言おうとして言うのをやめる。
 恐らくは私が今思ったような事を言おうとしたが、言葉にするのは……恥ずかしいといったような表情である。

「どうしたのだ、クロ殿。そこまで言われたら気になるじゃないか」
「なんでもありませんよ。別に感情を全て語らなくても良いというのがヴァイオレットさんじゃないですか」
「照れて目を逸らせば気にもなる」
「照れてません」
「照れてる」
「いません」
「いる」

 ハートフィールド夫婦はあの問答が好きなのだろうか。

「……心配だったのは本当です。貴女が傷付くのを見たくはなかった」
「うむ」

 そして迫られて観念したのか、黒兄は小さく語りだす。

「しかしそれでクロ殿が傷付いては、私は後悔する。……私は、クロ殿と共に歩みたい。頼り、頼られるような……」
「……た、……かったんです」
「む、なんだ?」

 ヴァイオレットちゃんは黒兄が心配したように、自身も同じような心配をするのだと告げようとすると黒兄は小さく、聞き取れない声量で呟く。
 それに対してヴァイオレットちゃんは小首をかしげ、少し上目遣いで黒兄を覗き込む。
 その無自覚なあざと可愛い仕草に、黒兄は観念したような表情になると――

「心配だったのもそうですけど! 好きな女性の前で格好つけたかったのもあるんです! 文句ありますか!」

 と、叫んだ。

「ええと、それはつまり……」
「相手が困難な相手だとはすぐに分かりました。それでも俺は貴女のためなら、戦う事をすぐ選べたんです。なにせ無事倒して貴女に強いと思われたかったからですね!」
「ク、クロ殿?」
「俺だって好きな女性の前で格好つけたいんですよ。馬鹿みたいに思われるかもしれませんが、格好良いと思われて笑顔を向けられたいとか思っているんですよ!」
「わ、分かった、分かったから落ち着いてくれクロ殿!」
「ですから俺は……俺は……」

 途中まで威勢が良かった黒兄だが、自分の言っている事が恥ずかしくなったのか、声が段々と小さくなっていく。顔が凄く赤い。

「……すみませんでした、ヴァイオレットさんの思いも知らずに俺の勝手を押し付けて……」
「い、いや、私の方こそすまなかった。クロ殿がそんな風に思っているとは……」
「…………」
「…………」

 そして互いに無言になる。
 これはメアリーちゃん達の無言とは違う気まずさというか、イチャイチャの一種というか……

「…………笑顔だけで、良いのか?」
「えっ」
「笑顔なんてだけじゃなくって、もっとこう……そうだ、アンバーから聞いた事をやろう。クロ殿、少し屈んでくれ」
「? はい」

 ヴァイオレットちゃんは黒兄にに手で背を低くするように言うと、黒兄は疑問を持ちつつ膝を少し折り、背をヴァイオレットちゃんと同じ高さ程度にする。
 そしてそれを見たヴァイオレットちゃんは……

「よ、よし行くぞ」
「はい――っ!?」
「ほ、ほーら、えらいえらーい」

 黒兄の頭を腕で抱きしめるようにすると、そのまま豊満な胸に埋めさせた。そして褒めながら頭を撫でる。

「えらい、えらーい」
「…………」
「えらーい…………クロ殿、なにか言ってくれ」
「…………その、思ったのと違いますが、嬉しいです。……けど、恥ずかしくないですか?」
「…………聞かないでくれ。」

 うん、なんだろうこれ。私は、私達はなにを見せられているんだろう。
 先程までキメラと死闘を繰り広げていたと思うんだけど、なんで黒兄夫妻のイチャラブを見せつけられているんだろう。
 まぁとりあえず思う事は……

「……ねぇ、アイボリー君。傷とは関係ないけど聞いても良いかな」
「どうした。特別に聞いてやろう」
「あの夫婦ってさ、なんか“どっちがより相手の事を好きなのか”みたいな感じで喧嘩しそうじゃない?」
「ようは“俺、私の方が貴方の事を思っている!”というような感じか」
「うん。どう思う?」
「いずれするんじゃないか。お前もそう思うから聞いただろう?」
「うん、そうだね」

 ……ふっ。良かったね、黒兄。羞恥、もとい周知のイチャラブだよ。

「あ、胸の所もお願い」
「了解した」

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